9.動き出す日常と非日常

5年生編第9話  ホグズミードから戻って談話室でのんびりしていると、パタパタと忙しない足音が近づいてきた。
 がそちらを向くと、今日一日の楽しかったことをぶら下げたような顔のリリーだった。
「おかえり。ゆっくりだったね」
「いつの間にか時間ギリギリになっていて、慌てて帰ってきたの」
「楽しかったんだ」
「ええ。最初のうちは緊張してたんだけど、すぐに打ち解けられてね。ねぇ、部屋で話さない?」
「いいよ。紅茶でも持って行こうか。先に行ってて」
 はリリーを先に寝室へ戻し、ティーセットを持って後から続いた。

 アレン・エインズワースという人は、誠実で気さくな人だったそうだ。
「不思議な人ね。話しているうちに肩の力が抜けて、楽におしゃべりしていたの」
「そうなんだ。ま、心配はしてなかったけどね。いい人そうってのは会った時に感じてたし」
「さすが7年生で監督生と言うべきか、かなり成績も良いみたい。宿題で引っかかってたとこ、教えてもらったわ」
「せっかく遊びに行ったのに、何やってんの……」
 生真面目な友人に、は呆れた。
 シリウスと遊んでいた間、は一度も宿題のことなど思い出さなかった。
「また次もアレンと行くの?」
「たぶん。お互い急用が入らなければ、また行こうって」
 リリーは、はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
 珍しいその表情に、2人はずい分と仲良くなったんだな、とは思った。
 その瞬間、ほんの少しだけ寂しさがの胸をよぎった。
 今まで、ほとんどの時間を一緒に過ごしていた相手が、どこかへ離れていってしまうような、置いて行かれるような……。
 勝手だな、と心の中で自分を嗤った。
「あなたはどうだったの? 真相は聞けたの?」
 普通の声量で話しても外に声など漏れないだろうに、リリーは少し身を乗り出して声をひそめた。
 はレストランでのことを話して聞かせた。
 話し終わる頃、リリーの目はまん丸になっていた。
「じゃ、じゃあ、まだ茶番を続けるってこと? その戦いって、いつ終わるのよ」
「うん、いつだろうねぇ……。でも、このままズルズル続けるよりはいいよ。次にやることが決まってると、気が引き締まる」
 リリーはガックリと肩を落とす。
「何だってそう好戦的なの……?」
「好戦的ってわけじゃないよ。争いが向こうからやって来るんだよ。私から吹っ掛けたわけじゃないからね」
「受けて立つなって言ってるの!」
 顔を上げ、キッと睨みつけるリリー。
 はやわらかな苦笑を浮かべた。
「それは仕方ないよ。友達が戦うって言うんだから。きっと、これがリリーだって、私は一緒に戦うよ」
「そういうことじゃなくて……」
「あははっ。別に今すぐ殺し合いするわけじゃないんだから」
「そんなことになったら、失神魔法ぶつけてでも止めます!」
「どうせぶつけるなら、敵にぶつけてほしいなぁ」
 クスクス笑うに、リリーはひたすら怒った顔を見せていた。


 翌日の朝の大広間は、異様な空気に包まれていた。
 その空気は、ハッフルパフのテーブルから漂ってくる。
 女子が一塊になって、中心にいる誰かを必死に慰めていた。
「何があったのかしら……。あれ、5年生の女子よね」
「そうみたいだね。あんまりいい感じじゃないけど」
 事情を確かめに行きたいが、とても割り込める雰囲気ではない。
 と、そこにレイブンクローの席から1年下のアデル・リンゼイが小走りに駆け寄ってきた。
、大変だよ!」
「あ、アデル。いったい何があったの?」
 アデルはハッフルパフ生に気を遣い、小声で言った。
「エレイン・ガードナーのお父様が死喰い人に襲われたんだって。大怪我して、今は聖マンゴの集中治療室にいるって」
 とリリーは衝撃のあまり言葉も出なかった。
「それで、ガードナーはすっかり取り乱しちゃって……」
「それは……無理もないね」
 は、ようやくそれだけを言うことができた。
 いったいどうしてそんなことになったのか。
 ガードナー氏は手広く商売をやっていて、闇の勢力とも付き合いがあると聞いていた。そして、そちら側に傾きつつあるとも。
「ガードナーはきっと、スプラウト先生から連絡を受けたのよね。……どうしてまだここにいるのかしら。すぐに病院に駆けつけてもよさそうなものなのに」
「それがね、ガードナーにも被害がおよぶかもしれないから、捜査が終わって身の安全が確保されるまではここにいたほうがいいって話になったんだって」
 リリーの疑問へのアデルの説明に、は納得して頷いた。
 ダンブルドアがいるホグワーツが、どこにいるよりも一番安全なのは間違いない。
「彼女とはいろいろあるけど、さすがに同情するわね」
「……そうだね。どう慰めていいのか、わからないや」
 言いながらは、背筋にぞわりとする嫌な寒さを覚えていた。
 ガードナー氏が襲われた理由はともかくとして、これは誰にでも起こり得ることだと思ったからだ。
 次に狙われるのはリリーの家族かもしれないし、レドナップかもしれない。
 人を傷つけることをためらわない相手から身を守るには、こちらも相応の対策が必要になる。
 が、夏休みのバイト先の店主から学んだことだ。
「とりあえず、ごはんにしようか。アデルはもう食べた?」
「うん、ちょうどね。じゃあ、私はもう行くね」
「教えてくれてありがとう。またね」
 アデルを見送ると、とリリーは席に着き食事を始めた。
 しかし、まだショックが抜けきらない2人には、どうしようもなく味気ない朝食になったのだった。

 このニュースは、あっという間に全生徒が知るところとなった。
 友人に囲まれてうつむいて歩くガードナーに、他寮の友人から慰めや励ましの言葉かけられるのを、は何回か目にしていた。
 ガードナーにさんざん困らされたシリウスでさえ、彼女に同情的だった。
 ただし、案の定というか、スリザリン生だけは落ち込む彼女の姿を冷ややかに見ていたり嘲笑ったりしている。
 そしても、ハップルパフとの合同授業の時に彼女にそっと声をかけた。
「気の毒だったね。でも、生きていてよかったと思う」
「そうね、それだけは本当に。偶然、巡回していた闇払いに助けられたらしいの」
 ガードナーは、とても弱々しい顔をしていた。
「病院には、お母様が泊まり込みで看病しているわ。だから、私はここから回復を祈るの」
「うん、私も祈るよ」
「ありがとう、
 短い会話だったが、ガードナーがだいぶ落ち着いていることがわかった。
 授業終了後、空気が冷たくなってきた廊下を歩くとリリーは、どちらからともなくため息を吐いた。
「私達が落ち込んでも仕方ないんだけどね」
「そうね。でも、こんな嫌な話題は他にないもの」
「純血主義って何なんだろう」
「魔法界を守るための思想ですわ」
 達の進む先にある曲がり角から現れた、オーレリア・メイヒューが居丈高に言った。
 相変わらず、取り巻きを大勢引き連れている。
 めんどくさいのに会ってしまった、ととリリーは思わずしかめっ面になってしまった。
 それにもかまわず、メイヒューは純血主義について持論をぶち始める。
「中世の頃になると、魔法族はマグル達からひどく迫害されるようになりました。そのため、魔法族はマグルとの接触を断つために魔法界をつくったのですわ。お互い干渉しないことで平和を保とうとしたのに、どこからか入り込んだハーフが再びマグル生まれを入れるようになったのです」
「ふぅん。それで昔の争いを繰り返さないための思想だと?」
「ええ。かつて、マグルは魔法族から多大な恩恵を受けたにもかかわらず、迫害するような恩知らずですからね。私達は分かれて過ごすのが一番なのですわ。そうすれば、ハーフのようなどちらにも居場所がないような、不幸な存在も生まれずにすむでしょう」
「だからって、マグル生まれやマグルに好意的な人を力ずくで排除しようというのは違うと思うな」
 の意見に、意外なことにメイヒューは頷いた。
「その通りですわ。血を守るとは、そのような野蛮な行為ではありません。そういう意味では、今回のガードナー氏へしたことは恥ずべき行為だと思います」
 とリリーは、しかめっ面を忘れてポカンとした。
 2人の反応はメイヒューの気に障ったらしく、彼女は不機嫌そうに口をへの字にした。
「何ですの、その顔は。そもそもさん、あなたも貴族の血を引いているならもっと歴史の勉強をしたらどうです? そして少しでも正しい純血主義の在り方について考えてみなさいな」
 言うだけ言うと、メイヒューは取り巻きを促して歩き去っていった。
 呆然と見送ったは、混乱する脳内を整理するためにゆっくりと言葉を口にした。
「つまり……メイヒューは、今の世の大半の人が思っている純血主義は間違っていると言いたいわけ?」
「そう受け取れるわね……マグル生まれが嫌いなことには変わりないようだけど」
 リリーも同じように頭の中の情報を整理するように言った。
 それなら、ガードナーに対して疑念を露わにしていたのも頷ける。
「ガードナーさんの商売相手にはたぶんマグル生まれの人もいて、そういう人と付き合いがあるのが気に入らなかったのかしら」
「もしそうだとしたら、ずい分と料簡が狭いよね」
「それもそうね。いくら何でも、そんな子供じみてないわよね。それなら、他に理由があったってこと?」
「う〜ん、何にしろ嫌な事件だよ」
 考えたくない、と頭を振るに同意し、リリーもこの件についてはこれ以上は考えないことにした。
、明日の変身術のテスト勉強でもしましょう。またゲジゲジみたいなコガネムシに変身させないためにもね」
「まだ覚えてるの……?」
 もう何年も昔のの失敗を持ち出すリリーにげんなりするが、リリーはすまし顔で「もう見たくないもの」と返してくる。
 は何も言えなかった。

 リリーの熱心すぎる指導のおかげで、翌日の変身術の実技テストでは合格点をもらうことができた。
 特訓中ヒィヒィ言っていたも、しごかれた成果はあったと一安心する。
 リリーが自身の勉強時間を割いて教えてくれたのだ。これで不合格だったら、さすがに申し訳ない。
 結果を伝えたに、リリーも満足そうに笑った。
「あなたは真面目にやればできるのよ。だって、防衛術の模擬戦ではとても良い成績を出してるんだもの」
「あはは、緊張感かな」
「そう思うなら、次からも緊張感を持ってふだんのテストに臨んでほしいわね」
 まったくもってその通りな言葉に、は苦笑だけを返した。
 それからリリーは急に話題をクィディッチのことに変えた。
「ポッターがキャプテンになってどうなの? ちゃんとチームとしてやっていけてるの?」
 心配そうな顔をするリリーに、大丈夫と頷く
「ジェームズはいいキャプテンだよ。チームメイトのことをよく見てる。2年生のこともね」
「その2年生、たしか初心者なのよね。よくチームに入れたわね」
「競技のことを真剣に考えてるからだって」
 なるほど、とリリーは納得した。
 もう毎年のことだが、シリウス目当てにチーム入りしようとする生徒がとにかく多い。主に女子なのだが、今年も大勢が選抜試験に集まった。それはもう、見物に来ていたリーマスとピーターが圧倒されるほどに。
 そして、逃げようとするシリウスをジェームズとで押さえつけながら、試験は行われたのだ。
 何人かが現役メンバーの話し合いで選ばれ、その中に初心者の2年生がいたのだ。ちなみに男子である。
 その2年生がチームに参加しようと思ったきっかけは、去年のシリウス、ジェームズ、の3人のチェイサーのプレーを見たことだったという。その中でもシリウスのプレーに惚れて、今年の試験に臨んだのだそうだ。
「マグル生まれの子でね、飛行術は去年の授業が初めてで、当然クィディッチを見たのもね。ま、私達と同じだね」
「何だか親近感がわくわね」
「すごく熱心だよ。それに、純粋にシリウスのプレーに惚れたってのがポイント高いよね。クィディッチはチームワークが大事だから」
「いい子が入ったのね。希望のポジションはやっぱりチェイサー?」
「そうだよ。でも、ダリルがシーカーの後継者にしたがっててね。どうなることやら」
 ダリル・タッカーは6年生のシーカーだ。
 が見たところ、その2年生はシーカーもやれそうだった。
 ところで、リリーはずい分と余裕な態度のに驚いたように言った。
「どうしてそんなにのんびり構えていられるの? 初心者とはいえ、向上心のある新入りならすぐに技を吸収するんじゃないの。うかうかしてると、あっという間にレギュラーの座を奪われちゃうわよ」
 リリーの忠告に、はハッと息を飲む。彼女の言うことは、実にもっともなことだ。
 は、いつの間にか思い上がっていた自分を恥じた。
「……リリー、ありがとう。私、今すごく恥ずかしい。──よし、次の練習は気持ちを入れ替えてやろう」
 グッと拳を握りしめて宣言する姿に、リリーは期待をこめて微笑んだ。
「今年度も優勝カップをもらってきてね」
 まかせて、とも笑みを返した。


 その日の就寝前の談話室で、忘れ物を取りに行ったはリーマスに呼び止められた。
「今から少しいいかな」
 そう言ったリーマスは、何か重大なことを伝えようとしている目をしていた。
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