3.わたしはしゅくじょ2

5年生編第3話  食事もある程度進んだ頃、広間に音楽が流れた。
 見ると、4人の演奏者が曲を奏でている。
 初めての生演奏に物珍しそうにしているの目に、ダンススペースに次々に人が入っていくのが見えた。
 女性達の色鮮やかなドレスローブの裾が、曲に合わせて優雅に揺れる。
 すると、そんなの目の前にシリウスが立った。
 彼は見たこともないような綺麗な微笑を浮かべ、ダンスに誘うためお辞儀をした。
 一瞬、は何のことかわからなかったが、すぐに思い出してこちらも礼をしてシリウスの手を取った。
 ダンススペースに導かれ、練習通りのステップを踏み始める。
 と、シリウスがクスクスと忍び笑いをもらした。
「メシがうますぎて忘れたのかと思った」
「わ、忘れてないよ。アンタが変な顔するからだよ」
「変な顔だと? あれをやってダンスを拒否されたことはない顔だぞ」
「うわっ、すごい嫌な言い方! 実は本当に顔だけ男だった?」
「やめろ。あれは当たり障りなくパーティを終えるための手段なだけだ」
「はいはい、大変ですねー」
「お前……っ」
 小馬鹿にされた笑みを返されたシリウスは、ギリギリと歯噛みした。
 ふと、の表情が鋭いものになり、いっそう声をひそめて囁く。
「シリウス、ここにいる人達ちゃんと見た? やっぱりスリザリンの家系が多いみたいだね」
「そうだな」
「ガードナーのお父さん、そういう人達と付き合いそうに見えないんだよね……どういうことなんだろう」
「知るかよ。人なんて、腹ン中で何考えてるかなんて見えねぇからな」
「そうなんだけどさ……」
「それはそうとお前、あんなにガードナー達と仲良くしていいのか? 新学期からまた絡まれるんじゃねぇの?」
「仲良くしてもしなくても絡まれると思うよ」
 はややうんざりした顔で言った。
「それにしても近づきすぎだ。あんまり深入りするな。レギュラスにもだ。あいつは親の言いなりだ」
 シリウスがあまりに真剣な表情で言うため、は素直に忠告を受け入れることにした。
 そんなことを話しているうちに一曲が終わった。
 テーブルに戻る途中、シリウスがの背をポンと叩いて言った。
「あの短期間でよくここまで踊れるようになったよな。よくやった」
「自分でもそう思うよ」
 2人は顔を見合わせて笑い合った。
 それから、とシリウスはしばらく別行動になった。
 は次々にダンスを申し込まれたからだ。
 シリウスはと言うと、壁際のテーブルですっかり我関せずモードだった。周りの女の子達が踊りたそうな視線を投げかけても知らん顔。
 のダンスの相手には、スリザリンのクィディッチチームの者もいた。
 彼は嫌味な笑みを浮かべて言った。
「へぇ、まともに踊れるんだ。魔法の靴でもはいてるのか?」
「そっちこそ、少しでも人間の顔に見せようと特殊メイクでもしてきたの?」
「泣かす……!」
「泣くのはそっちだ……!」
 2人は力比べのように睨み合いながらダンスを終えた。
 もちろんレギュラスとも踊った。
 さすがと言うべきか、彼のリードはうまかった。
「まさかここでさんと踊れるとは思いませんでした。嬉しいです」
「こういうパーティにはよく出席するの?」
「そうですね。家が主催することもありますし」
「そうなんだ。楽しいけど、疲れそうだね」
「まあ……否定はしません。そういうものだと割り切って慣れてしまえばどうってことないです」
「おとなだなぁ……あ、嫌味じゃないよ」
 が慌てて付け加えると、レギュラスは「わかってます」とおかしそうに笑った。
「またこういう機会があればいいな」
 言ったレギュラスも、難しいことだとわかっているのだろう。
 願望は半ば諦め顔で呟かれた。
 もどう答えて良いのかわからず、曖昧な表情になってしまう。
 そして、曲が終わった。
 ゆったりと過ぎていったパーティの時間も、ついにおひらきとなった。
 とシリウスは、ガードナーに挨拶をしてから帰ることにした。
「今日は楽しかったわ。学校でまたお話ししましょうね」
「そうだね。普通の話をね」
 が肩をすくめて言うと、ガードナーはクスクス笑う。
 それから、ふと、切ないような顔をした。
「ねえ、私もあなたみたいになればシリウスは少しは関心を持ってくれるかしら?」
「……え? さあ、どうかな? 私に特別関心があるとは思えないよ」
「あら、どうして? 彼はあなたに夢中だって言ったじゃない」
「いや、あれは……」
「ポリジュース薬であなたになってみようかな。ね、髪の毛一本くださらない?」
「く、くださりません……! もう、変なことばっかり言うし。そもそもシリウスが一番興味があるのはジェームズだよ……アイタッ」
「誤解を招くような言い方するんじゃねぇ!」
 はどつかれた後頭部をさすりつつ、恨みがましい目でシリウスを睨んだ。
「俺は男に興味ねぇよ」
「あれ、そうなの? だって、いつもジェームズとつるんでるよね? それで、あいつがリリーに釘付けになって放置されてると、おもしろくなさそうな顔してるよね?」
「おい、肝心なとこ飛ばすなよ。大事な話し合いの最中に気をそらすからだろうが」
「いたたたたっ。ちょっと、拳でぐりぐりすんのやめて! 助けてガードナー!」
「シリウス……あなたやっぱり……。でも、いいわ。前にも言った通り、それでも私の気持ちは変わらないから」
「お前もお前で勝手に思い込んでんじゃねぇよ……!」
 シリウスは疲れたようにため息を吐くと、の腕を掴んで来客用暖炉のある部屋へと大股に歩きだした。
「シリウス、早いよ! 転んじゃうよ!」
「転んだらちゃんと引きずってってやる」
「ひどい! 仮にもパートナーに対して!」
「仮だからな」
 クククッと意地悪く笑うシリウス。
 は思わず暖炉に彼を蹴り込んだ。


 ポッター家に帰ったとシリウスは、さっそくジェームズ達の質問攻めにあった。
「パーティ、どうだった?」
 ジェームズの部屋で車座になり、真ん中にはクッキーを盛った大皿が置いてある。
 はそれをもしゃもしゃ食べながら答えた。
「さすがは貴族。ごはんがおいしかったよ!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 がっくりと肩を落とすジェームズの横で、ピーターは「いいなぁ」と羨ましそうに呟いている。
 わかってるよ、と小さく吹き出した後、はパーティの様子を話し始めた。
「あちら側の人がたくさんいた。でも、ちょっと気になることがあってさ」
 はガードナー氏の雰囲気を話した。
「闇側に見えないか……。でも、そう見えても心の中まではわからないからね」
「ジェームズもシリウスと同じこと言うんだね。もっともなことなんだけど……何か、しっくり来ないんだよなぁ」
 考え込むを、ピーターが不思議そうに見ている。
「闇側に見えるとか見えないとか、どうしてわかるの? はっきりしてるならともかく……」
 バイト先で、と言いかけては慌てて口を閉ざした。
 みんなには黙ってやっているアルバイトだ。場所が場所なだけに、知られたら猛反対されること間違いなしだ。たとえ、レドナップの許可が出ていたとしても。
 あの店には実にさまざまな客が訪れる。
 だが、彼らは皆共通してどこか薄暗い空気をまとっていた。
 ところが、ガードナー氏のそれは何となく質が違う気がしたのだ。
 後ろ暗いものを持つ人は、同じものを持つ人を嗅ぎ分けることに長けていると言うが、そういう空気に触れ続けてきたは、彼に何も感じなかった。
 そういう人物が何故わざわざ闇勢力に親しむようなパーティを開くのか。
「ま、これからもガードナーには要注意だね」
 ジェームズがまとめた。
 彼女がシリウスとに執着しているのは確かなのだ。
 となれば、必然的にジェームズ達も関わらざるを得なくなる。
 さて、と彼は表情を一転して明るくさせ「僕らの目下の敵、宿題のことだけど」と切り出した。
 もこれ以上は考えても仕方がないと、頭を切り替える。
「やっぱりここは手分けしてやるのがベストだと思うんだ。というわけで、僕は変身術を担当するよ」
「はーい、センセー。特に得意な科目がない人はどうしたらいいんですかー?」
 が挙手して聞くと、
「いい質問だ」
 などと意味があるのかないのかわからないことを言いながら、ジェームズは芝居がかった仕草で顎を撫でた。
「そういう人は好きなものからやりたまえ。得意な科目がない、ということは裏を返せばどこからでも手をつけられるということだからね。あ、変身術はダメだよ」
「はいはい、取ったりなんかしないよ。じゃあ私は魔法薬学いこうかな」
 こんな感じでそれぞれ科目を一つ選んだ。
 開始は明日からだ。ダンスの練習や遊びに精を出していたため、宿題はいまだに手つかずだった。
「そういえばキミは……」
 と、ジェームズはを羨ましそうに見つめた。
「今年もリリーと遊ぶんだったね……いいなぁ。僕も参加したい」
「めちゃくちゃになるから来ないで」
「うっ、はっきり言うなぁ。……この頃真剣に考えるんだ。どうしてリリーは僕に笑いかけてくれないのかなって」
 ジェームズの報われない恋愛話になると、シリウスは冷淡にもそっぽを向いて近くにあった雑誌に手を伸ばした。
 リーマスとピーターもそれに倣う。
 ジェームズのリリー病に彼らがいかに手を焼いているかが覗えた。
「リリーに笑ってほしくて僕はいろいろ試しているんだけど、今のところ全敗だよ」
「……」
「キミから見てどうだろう。僕はリリーに嫌われるようなことをしているかな?」
 はしばらく考えてから逆にこう問い返した。
「私がキミからそういう相談を受けるのはもう何度目かになるけど、その時にしてきたアドバイスを一度でも実行してくれたことはあるのかな?」
「ないね」
 答えたのはジェームズではなくリーマスだった。
「少なくとも、僕が見ていた限りでは一度もないよ。ジェームズはいつだってマイペースだったね」
 ジェームズは小さくうめいてうつむく。
 さらにシリウスもたたみ掛けるように参加した。
「こいつが人の忠告を聞いたことなんてあったか?」
 二人共、我関せずな姿勢だったのに耳はしっかりしていたようだ。
 ピーターは何も言わないが、そのことが返ってリーマスとシリウスの言を肯定していた。
 ジェームズは、ますます小さくなる。
 友人達に呆れの目を向けられた彼は、少ししてぼそぼそと弁解を始めた。
「全然聞いてないわけじゃないよ。のアドバイスだってちゃんと覚えてる。そういうふうにしようとしたこともあった。けど……リリーを前にすると、頭の中がカーッとなってはちゃめちゃやっちゃうんだ。彼女に、僕を見てほしくて」
 ジェームズに集まっていた呆れの視線は、いつしか哀れみの眼差しに変わっていた。
 好きな人を前にして舞い上がってしまった結果、嫌われる行動になってしまう友人へのアドバイスは何だろう。
 には経験のないことなので、どう言ったらいいのか迷った。
 その時、リーマスが悩める友に控えめに話しかけた。
「つまり、緊張して冷静な判断ができなくなるんだね? そういう時は、意識して深呼吸でもしてみたら? ほら、クィディッチの試合で接戦の時みたいにさ。焦るを気持ちを落ち着かせるんだよ」
 なるほど、とは内心で手を打った。
 発露の仕方は違うが、心がコントロールできなくなるという点は同じだ。
 ジェームズもハッとしたようにリーマスを見つめている。
 そして、悟りを得たような目でリーマスの手をガシッと掴んで力強く言った。
「そうか、試合か! 深呼吸か! ──確かに、リリーとの対面はある意味戦いだ。彼女の魅力に僕の精神が制御不能となって自滅するか、あるいは自分を見失わずに最高の僕で挑み逆にリリーの心を乱すか……そういうことだね?」
「何だか急に殺伐としてきたね……」
 リーマスは手を離してもらおうともがくが、ジェームズは引かない。
 には、あのリリーがジェームズ相手に頬を染めて戸惑う姿など想像できなかった。
「その舞い上がり癖を抑えれば、まともな会話の一つや二つはできるか……」
「よし、僕はやる。やってみせる! そしてリリーとホグズミードでデートするんだ!」
 背景に燃え上がる炎が見えそうなジェームズ。
 しかしは──あるいはジェームズ以外の全員が、今年中の実現は無理じゃないかなと予感していたのだった。
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