9.まさかの手段

4年生編第9話  ホグワーツ城に数ある塔のうち、西の塔の一つの屋上で、アデル・リンゼイ、クライブ・フラナガンの3人は円になって座り込んでいた。
 話題は、とシリウスの交際疑惑について、である。
 朝からいろんな人に何度も聞かれた話でうんざりしていたは、気心の知れた2人に対しては愛想のかけらもなくぶっきら棒に真相を話して聞かせた。
 当然、リリーにも話してある。
 話を聞くなり一年下のレイブンクロー生であるアデルは、眉を吊り上げて鼻息も荒く怒り出した。
「何てやつらなの! いざこざ起こすなら自分達だけでやればいいのに、関係ないを巻き込むなんて!」
 アデルはエレインにはもちろん、シリウスに対しても憤慨していた。
 これもへの愛故である。
 への愛と言えば、クライブも負けていない。
「どうしてシリウス・ブラックなんだ、俺のほうが絶対を幸せにできるのに!」
 そういう話をしているわけではないのだが、クライブにとってはたとえ茶番であってもが誰かと付き合っているなどという噂が立つのは我慢ならないものであるようだ。スリザリン寮で孤高の純血主義者だと謳われ、毎日を冷たい表情で過ごしている近寄りがたい姿からは想像もできないほど感情表現豊かだ。彼の家は1000年以上前から闇の魔術について収集・研究している家だという話だが、だからといってフラナガン家が純血主義だとは彼は一度も言っていない。周りが勝手に思い込んでいるだけだ。クライブもあえて訂正しないので、そういうふうに見られているのだった。
 それはともかく、今のずれた発言に対するとアデルからの視線は冷たかった。
 その上アデルからは棘のある言葉をぶつけられる。
「あなたと付き合ったとしても、たいして変わらないよ」
「なんだと? 俺とは夏休み中に遊ぶくらい深い仲なんだぞ」
「リリーとも遊んだけど。そうじゃなくて、今はそんな話じゃなくて」
 にも一蹴されクライブは肩を落としたが、彼女はまったく気にすることなく話を続けた。実はまだ本題に入っていないのだ。
 にしろアデルにしろ、クライブの素の性格を知っているのでまるで構えがない。
「あのエレイン・ガードナー。次は何をしてくるのかさっぱり読めない。どう思う?」
「純血主義なんだよね? それで、憧れのブラック家の長男がグリフィンドールに入ったのが気に食わない上に、混血やマグル出身と仲良くやってるのも許せない、と」
「シリウスが貴族らしい振る舞いをしないのも認められないみたいだね」
「自分の理想にあてはめたいのね。迷惑なヤツ」
 答えたアデルは軽蔑するように鼻を鳴らした。
 彼女は年頃らしい夢見がちなところも多々あるが、根本は現実的である。
「とりあえず、は攻撃対象間違いなしね。問題はどんな攻撃をしてくるかだけど」
「どんな性格かな。シリウスへのやり口からして陰険だろうって気はするけど」
 アデルとで考え込んでいると、クライブがポツリと口を開いた。
に直接はやってこないだろうな。おとなしく泣き寝入りする性格じゃないのはわかってるだろうし。それより周りに気をつけたほうがいいと思う。──エヴァンズとかチームメイトとか……その他の友人とか。ハッフルパフにガードナーをよく知ってる友人はいないのか?」
 聞かれてはハッフルパフ生を思い浮かべ……嫌な顔が浮かんでしまった。
 は頭を振ってその顔を追い払う。
「大丈夫よ。が困ったらすぐに駆けつけるから」
「俺達も目を光らせておくよ」
 頼もしい味方には礼を言って立ち上がった。そろそろ風が冷たくなってきた。空を見れば太陽がだいぶ傾き、オレンジ色に染まってきている。
 3人は城内に戻るため、扉をくぐった。


 大まかに捉えると、生徒も教師も決められた日に決められた動きをすると言って良い。つまり、同じ起床時間、食事時間、時間割りによる一日の行動の流れ。それを把握すれば、ある人物がその日何時にどこにいるかはだいたい予測できるのだ。
 地味に尾行を繰り返し、バートルミーの曜日ごとの行動パターンを把握したは、いよいよ彼に一泡吹かせるための行動に出ることにした。
 ジェームズ、シリウスと綿密に計画を練る。
 実行場所は西塔4階の廊下だ。空き教室が多く、ほとんど人が通らない。仕掛けるには絶好の場所だった。
 一週間のうち一度だけバートルミーは放課後にこの廊下を通る。
 3人は、というよりは並々ならぬ意欲でこの悪戯に臨んだ。
「来た」
 明かりを灯していない薄暗い教室のドアの隙間から、しゃがんで廊下を見張っていたが短く告げる。
 その後ろで中腰になっていたジェームズとシリウスの目が光る。
 こちらに気づいていないバートルミーは、資料の束に目を落としながらゆっくり歩いてくる。
 杖を握り締めた3人が息を潜めて見守る中、バートルミーはついに仕掛けの一歩手前に差し掛かった。
 ──今だ!
 はもう片方の手に握っていた細いロープをグッと引っ張った。
 このロープには透明魔法がかけてある。目くらましの魔法や変身術の応用呪文集をあさって習得した魔法だが、うまく透明にするのに予想以上に苦労し、途中、この呪文を使いこなせるようになることが目的になりかけたほどだった。最終的にがたどり着いたのは、時間制限のある透明魔法だった。十分前後の間だけ対象に呪文の効果を与えられる。
 3人の目には見えないが、は目の前のロープが廊下を横切ってピンと張っているのを手のひらに感じていた。
 バートルミの踏み出した足が見えないロープに引っかか──
「そこで何をしている。か? 他にもいるな?」
 まさか!
 、ジェームズ、シリウスは大きく息を飲み込み、その場に固まってしまった。
 何もヘマはしていないはずだ。
 ドアは薄く開いてはいるが、注意して見なければわからないほどで。
 バートルミーが目の前に来るずっと前から、3人は息を殺してしわぶき一つしなかったし、言葉を交わすこともしなかった。
 焦りに焦った3人は引きつった表情で顔を見合わせると、バートルミーがいるのとは違う、後ろのドアから逃げようと頷きあった。
 そしていっせいにドアに駆け出した直後、壊すような勢いでドアが開けられた。
「やっぱりお前か! 一緒にいるのはポッターとブラックだな? お前らのワルガキぶりは聞いてるぞ!」
 ギャーッと悲鳴を上げながら走り出す3人の足元を、バートルミーの放った呪文の光線が襲う。
「マジでやってきやがった!」
「そう言ったでしょ!」
 叫ぶシリウスにすかさず返す
 ジェームズが「ねぇ!」と声を上げる。
「3人もいるんだからちょっとやってみようよ!」
 と、先にある角を指差す。
 確かにこのまま逃げるのは悔しい。
 シリウスとは賛成を示すため、ニヤリと笑った。
 背後から飛んでくる光線をかいくぐり、角を曲がった3人は目線だけで作戦を決め、散っていく。
 はこの場に、ジェームズとシリウスはすぐのところにある教室へ。
 はバートルミーの足音が近づいてくるのを聞き、角に隠れて杖を構える。
 バートルミーの黒いローブが見えた瞬間、
「グリセオ!」
 シリウスと何度も練習した、地面の摩擦をゼロにする呪文を飛ばした。
 追い詰められたことで集中力が増したのか、魔法は正確に狙い通りの箇所を撃つ。
 足を滑らせたバートルミーが大きく後ろにのけぞる。
 すぐ後ろの教室から様子を見ていたジェームズとシリウスがすかさず飛び出してきて、ジェームズが武装解除呪文を、シリウスが全身金縛り呪文を唱えた。
「なめるな!」
 完全に体勢を崩されながらもバートルミーは体をひねって倒れこみ、まだ魔法の効果の残る床を滑りながらジェームズとシリウスの放った魔法をギリギリでかわしてみせた。
「まだまだっ」
 ジェームズは杖の先から何羽かの小鳥を飛ばして、バートルミーの次の手と視界の邪魔をしようとする。
 シリウスは笑いの呪文をかける。
 さすが引退しても闇祓いと言うべきか、バートルミーはそれらを防護魔法で防いだ。恐るべき反射神経だ。
 はシリウスの笑いの呪文で終わりだと思っていたのだが。
 だからといって気を抜いていたわけではない。
 とても不思議なことだがジェームズとシリウスが、2人が放った呪文でうまくいけば良し、防がれたなら防いだ直後を狙ってが攻撃するよう考えていることが、前もって決めていたかのようにわかったのだ。
 何より相手の体勢はまだ整っていない。
 が選んだのは武装解除呪文だった。
「エクスペリアームス!」
 バーン! と、派手な音と共にバートルミーの手から杖が弾け飛んだ。
 杖は空中で幾度も回転しながらの手元に飛んできて、彼女はそれをしっかり手におさめた。
「やったー!」
 真っ先に歓声を上げたのはジェームズ。
 一瞬後にシリウスもガッツポーズと共に声をあげ、すぐにも両手を高々とあげて「勝ったー!」と叫んだ。
 床に腰をついたままのバートルミーは、渋い表情で深くため息をつく。
「いい連携だな」
「当たり前さ! 僕達はグリフィンドールクィディッチチーム史上最高のチェイサーだからねっ」
 バートルミーが皮肉のつもりでこぼした呟きに、ジェームズがキラキラした顔で返した。いくらなんでも自分を褒めすぎだろうという言葉だったが、シリウスもも手を叩きあって喜んでいて聞いていない。
 やれやれ、と苦笑して立ち上がったバートルミーは、ローブについた埃を払いを呼んだ。
「何?」
 と、振り向いたは勝ち誇った笑顔だ。
 バートルミーにしてみれば苛つく笑顔だったが、そのへんはグッと飲み込んで言葉を続けた。
「まさか仲間を呼ぶとは思わなかったな」
「だって、今の私じゃ一人で勝てないからね。悔しいけど」
 本当に悔しそうに口を引き結ぶを、バートルミーはつい、と目を細めて見やった。
 名より実を取るやり方は、彼の好むところだった。
 もっとも、彼に好かれたところでは微塵も嬉しくないだろうけれど。
「さて、ジェームズ、シリウス。そろそろ行こうか」
 第六感というのか、はここに危険が迫っている気がしてならなかった。
 2人も何かを感じたらしい。さすが、伊達に毎日学校を荒らし回っているわけではないようだ。
 次に行く場所は決まっていないが、個人レベルならは談話室に戻るつもりでいる。
 そして一歩踏み出した時。
 遥か後方で、床と靴裏のこすれるキュッという音が聞こえた。
 振り向けば、とても人間の出せるスピードとは思えない速さでこちらに猛突進してきているフィルチの姿が。
「廊下で魔法を使うなと、あれほど言ってるだろうがー!」
「出たっ」
「クソガキ共がぁぁ!」
 達3人はいっせいに走り出す。
 抜け道合戦では五分五分なので、単純に脚力がものを言うと考えて良い。
 フィルチは年齢を超越した足の速さの持ち主だ。
「ムズムズする感じはこれだったか!」
 シリウスが食いしばった歯の隙間から唸るように言った。
 ふと見ると、バートルミーも一緒になって走っているではないか。
「何でアンタがいるの!?」
「いや、つい反射で」
 素っ頓狂な声で聞いたに、決まり悪そうに答える防衛術教師。仮にも教師なら、素知らぬ顔もできただろうに。
「さては先生も昔は……」
 ジェームズがニヤリとした時、再びフィルチの怒鳴り声が後ろから追いかけてきた。
 さっきよりも近づいている気がするのは気のせいではない。
 このままじゃ捕まる、と焦ったはあることに気づく。
 まだバートルミーの杖を手に持っている。
 はニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、床を滑ってブレーキをかけ、迫り来るフィルチに向き直った。
 そして、バートルミーの杖を大きく振りかぶる。
「フィルチー! これが犯人の、レドナップの杖だー!」
「何だと!?」
 叫んだのはバートルミーだったかフィルチだったか。
 宙を飛んだ杖はフィルチの額に当たって弾かれ、つんのめるように足を止めたバートルミーは、ローブをまさぐり自分の杖を探した。
 その隙にジェームズ、シリウス、はさっさと逃げたのだった。
 ー!
 というバートルミーの絶叫が聞こえたが、もちろん無視だ。
 あの後、フィルチとバートルミーにどんなやり取りがあったかなんて、は知りたいとは思わなかったし、さらにはしばらく会いたくなかった。仕返しされそうな予感があったから。


 そんな大騒ぎのあった翌日、朝食の席では手紙をもらった。ふくろう便で。
 ラブレターや告白の呼び出しの絶えないリリーやシリウスならともかく、そういったことに縁のないは、一瞬バイト先の店長かと思ったほどだった。
 だが、その手紙には差出人の名前がなかった。
「あからさまに怪しいね」
「嫌なにおいがプンプンするわ」
 どうにかして封筒の中身が見えないかと、天井に透かしたりしているにリリーも顔を寄せて目を凝らしている。
 残念ながら何も見えなかったが。透かし見るには羊皮紙は分厚すぎた。
「燃やしちゃえ」
 は杖で封筒を軽く叩いてあっさり焼却処分してしまった。
 過去の経験からか、リリーも「それで良し」と頷いている。
「2人とも、逞しくなって……」
 何ともいえない微笑で言うリーマス。
 リリーは爽やかな笑顔できっぱり返した。
「女の子の世界は逞しくないと生き残れないのよ」

 手紙は次の日も来たが、今度は差出人の名前が書いてあった。
 E.G
 思い当たるのは一人しかいない。
 は意地の悪い魔法がかかっていないか、慎重に確かめながら封を開けた。
 予想と違い、封筒には何の仕掛けもされていなかった。中の手紙にもだ。
 意外に思いながら2つに折られた羊皮紙を開いたは、さらに驚きに目を丸くする。
「リリー、見てこれ」

殿

 私はあなたが嫌いです。
 かの由緒ある家柄の血を引き優れた才能も受け継ぎながら、穢れたマグル出身者と交流し、自らを貶める──理解に苦しみますし、口惜しくてなりません。
 望めば強力なバックアップの元、家の再興もできるのに断ったとか。
 何ということでしょう。
 これは魔法界の重大な損失です。
 あなたは、自分の価値がわかっていないのです。
 今からでも遅くはありません。
 どうか、思い直してください。
 そのための協力は惜しみませんから
 シリウスと2人、正しき道に戻ることを切に願っています』

 リリーとはそろってポカンとしていた。
 ずいぶん昔に滅んだ家のことなどよく調べたなと言えるが、情報源はきっとレギュラスだろう。
 それにしても。
「まさかこんなふうに来るとは思わなかったなぁ」
「もっと陰湿に攻めてくると思ってたけど……でも、これはちょっと考えないと後々困ったことになるわよ。最悪の場合、純血主義者全員を敵にまわすことになるかも」
「やっぱり陰湿だ」
 リリーの言うことはもっともなので、は乾いた笑いをもらすしかなかった。
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