先に到着していたリリーをが見つけ、ドアを叩いたのだ。
お泊り会の後のお互いの夏休みについて報告しあっているうちに、列車はゆっくりと車体を揺らせて出発した。
はバリーのことを話した。
どこでどんな出会い方をしたかは適当にぼかし、アイスクリーム・パーラーでの会話が話題の中心だ。
「あの人、女好きで有名なのに知らなかったの?」
笑いながら言ったリリーに、は首を横に振る。知るもんか、と言いたげに。
と、その時。
コンパートメントのドアが陽気な声と共に勢い良く開かれた。
見なくても誰だかわかる。
リリーはサッと笑顔を引っ込めて、窓の外の景色に夢中になりだした。
その様子に苦笑してからはドアのほうを向いて軽く片手を上げた。
「やあ、久しぶり」
「やあ、。今年も値切ったのかな?」
「もちろんだよジェームズ。あれをやらないと新学期を迎える気にならないよ」
少々わざとらしさのこもったやり取りをするジェームズと。
準備運動は終わり、とばかりに笑んだジェームズがコンパートメント内に一歩踏み込んで、景色に気を取られたままのリリーに声をかけた。
「久しぶり、エヴァンズ。楽しい夏休みだった?」
「……」
やジェームズと一緒にやって来たシリウス、リーマス、ピーターの見守る中、2人の接触が始まった。
と言っても一方的な接触だが。
その証拠にリリーは初っ端から聞こえないふりを決め込んでいる。
しかし、こんな程度でくじけるようなジェームズではない。
「僕のとこは特にどこかに出かけたりはしなかったけど、父さんの書庫にこっそり忍び込んでおもしろそうな呪文をいくつか見つけたんだ。今度見せてあげるよ。すっごく笑える呪文だから」
これはロクな呪文じゃないな、とは察した。経験というやつだ。きっとセブルスかフィルチが酷い目にあうに違いないということまで想像できてしまう。
リリーはやはり知らん顔。
痛い空気が漂いはじめた。
はシリウスに視線を転じて、こいつを連れて出て行けと目で訴えた。
気づいたシリウスが、何で俺がと返してくる。
ドアの隙間からこの様子を見ていたリーマスは、苦しくなってきた空気に微笑みを苦笑に変え、ピーターはハラハラしながらジェームズとリリーとを交互に見ている。どちらも見ているのはジェームズとリリーなので、シリウスとの無言のやり取りには気づいていない。
──このギスギスした空気を察しろ。早く連れてけ。
──連れ出して、後で愚痴られるのは俺なんだぞ。嫌だ。
──このヘタレが。
──じゃあ、お前が何とかしろよ。
──嫌だよ。ジェームズって落ち込むとくどいんだもん。
──お前だってヘタレだろうが。
──何だってコノヤロウ。
──ああ? やんのかコラ。
いつの間にかメンチを切り出すシリウスと。
痛々しい空気に不穏な気配が混ざった。
横から漂ってくる剣呑な空気に真っ先に気づいたのは、こういう雰囲気には敏いピーターだった。
ハッと顔を向けて見たのは、殺人者のような目付きでを見下ろしている友人の姿。一方も負けず劣らずの刃物のような目でシリウスを睨み上げている。
ピーターは思わず叫んでしまった。
「何やってんの2人とも!」
とたん、一触即発の空気が霧散する。
ジェームズ、リリー、シリウス、という、この空気の原因らがいっせいにきょとんとした顔でピーターを見た。
まだドキドキのおさまらないピーターは、気圧されたように一歩引く。
「えぇと……う〜んと……」
もごもごと口ごもるピーター。
やがてが小さなため息と共に立ち上がった。そしてコンパートメントの隅に寄せてあるトランクに近づいた。
「……、どうしたの?」
さすがに気になったリリーが尋ねる。
ああうん、といい加減な返事をしながらが取り出したのは、1本のスプレー缶だった。
開けたトランクもそのままに、はジェームズに向き直ると彼に噴霧口を向ける。
「後でね」
ニッコリと作り笑いを浮かべたは、スプレーに添えた人差し指をグッと押し込んだ。
直後、噴出すオレンジの火炎。
「ギャーッ!!」
4人は断末魔のような悲鳴をあげてコンパートメントから転がり出ていった。
にこにことそれを見送ったが静かにドアを閉める。
そしてもう一人、後ろで小さく悲鳴をあげた人。
は軽やかに振り返ると、スプレー缶を見せた。
「火炎放射器みたいだったでしょ。見た目だけだよ。熱くも何ともない」
と、自分に向けて噴出させてみせた。炎に包まれるの上半身。しかし、炎がやんだ後のはケロッとしてた。
「ジェームズがあんまりしつこい時にどう? かなりびっくりすると思うんだ」
「心臓が止まるかと思ったわよ!」
「それは大変。一つしかないから大事にしないと」
「誰のせいだと思ってるの?」
「まあまあ。とにかく、これはリリーにあげるよ」
はスプレーをリリーに押し付けると、開いたままのトランクを閉めて元のように隅に寄せた。
セストラルの引く馬車に乗り、まだ在学生だけの大広間に入るとは何だかホッとした。
──帰ってきた。
今年もそんな気持ちになった。
グリフィンドールの長テーブルにリリーと並んで座り、しばらくするとざわめく大広間に新入生が列になって入ってきた。引率は今年もマクゴナガルだ。
多少の例外はいるが一様に緊張の面持ちの1年生達は、見ていて微笑みを誘う。
教授席の前に一列に立たされた彼らの前で、一年に一度だけの組み分け帽子の歌が始まった。
気持ち良さそうに歌う帽子の歌詞に、は「おや?」と思った。
去年の歌は知らないが、一昨年とその前ならぼんやりと覚えている。
各寮の特性を歌っていた。
もちろん今年もそうなのだが、若干の相違がある。
──自分の力を蓄えろ。未来のために。
そんな意味も含まれていた。
はわずかに眉をひそめた。
やはり闇の勢力に対する警告なのだろうか。
歌が終わり在学生や教師達の盛大な拍手が鳴りやむと、マクゴナガルは長く巻かれた羊皮紙を開き上から順に名前を呼び始めた。
「みんなかわいいわね」
「性格が出るよね」
堂々としているようで右手と右足が同時に出ている者、3回くらい名前を呼ばれてようやく出てくる者、小走りの者、本当に緊張のカケラもない者……。
今、達の前にグリフィンドールに組み分けされた女の子が心細そうな顔でゆっくりと座った。
「ようこそ、グリフィンドールへ。わからないことがあったら何でも聞いてね。よろしく」
リリーがにっこりとして言えば、その女の子はリリーを見て、続いて隣のに少し驚いた後、はにかんだ笑顔を浮かべて「よろしく」と返してきた。
確かにかわいいな、とも認めた。
最後の一人の組み分けが終わり、帽子とスツールが片付けられると、ダンブルドアが立ち上がって大広間を見渡した。
ダンブルドアは嬉しそうに頷くと生徒達に呼びかける。
「新入生は入学おめでとう、在学生はおかえり。くどい挨拶は省略して、まず新しい先生を紹介しよう」
ダンブルドアらしいすっきりした進行に、在学生の間から微笑が漏れる。
そして彼の手が一人の新顔の教師に向けられた。
達には言われなくてもわかる、闇の魔術に対する防衛術の新しい先生だろう。
「今年から闇の魔術に対する防衛術を担当してくださるバートルミー・レドナップ先生じゃ。元闇祓いじゃから将来闇祓いになりたい者は学ぶことが多いじゃろう。もちろん、他の職を望む者もじゃ」
元闇祓いと聞いたはとたんに目付きを鋭くさせた。
みんなが歓迎の拍手をする中、射抜くように睨みつけている。
闇祓いという者達に対する良い印象などない。ないどころかマイナスだ。そもそも魔法省に所属していたという点でアウトである。
が嫌悪を込めて睨んでいる間に、ダンブルドアの話は終わりテーブルにごちそうが現れた。
「どうしたの、?」
「……何でもない。私、今年の防衛術はさぼるかも」
ムスッとした顔で山盛りの料理に向き直りながら言ったの言葉に、リリーは目を丸くした。
ミモザサラダに伸ばしていた手をピタリと止めて聞き返す。
「本当にどうしたの? あの先生と知り合い?」
「知るもんか。闇祓いだった人の授業なんて受けたくない」
八つ当たり気味に鶏肉のてりやきにフォークを突き刺したに、リリーは呆れた目を向けてため息をついた。
「そんなこと言っても仕方ないでしょ。わがまま言わないで」
「言う」
子供じみた返答に、とうとうリリーは匙を投げた。本当に授業をさぼるかはわからないが、こういう時のには何を言っても無駄であることをわかっていた。
頭が冷えるまで放っておくしかない。あるいはガツンと言うか。
正面で若干の怯えを見せている新入生に、リリーは苦笑してみせた。
「気にしないで。別に噛み付いたりなんかしないから」
「私は猛獣か!?」
「そう言われたくなかったら、その不機嫌オーラを引っ込めて。せっかくのごちそうが不味くなるわ。それができないなら、先に寮に帰るのね。周りの人のためにも」
「……年々辛辣になっていくね」
しかしリリーの言うことはもっともなので、は頭の中からレドナップを追い出した。
から刺々しい空気が消えたのを見て、リリーが「それでいいのよ」と微笑む。彼女はガツンと言うほうを選んだのだった。
新入生はリリーに猛獣使いの称号を心の中で贈った。
そんなことなど露とも知らないリリーは、ニコニコしながら新入生に料理を勧めて話をしている。
その様子を横目には茹で野菜の山を取り分けた。
の前に座る新入生が、一人で5人前以上をあっさりたいらげるにあんぐりと口を開けることになるのはもう少し先のことである。
宴も終わってもみんなと一緒にグリフィンドール寮へ戻った時、クィディッチチームのキャプテンのエイハブ・ナッシュがチームメイトを呼び集めた。がチームに入った時は5年生だった彼はもう7年生だ。
先に寝室へ行くリリーを見送り、はエイハブのもとへ駆け寄った。
全員が集まるとエイハブは余計な前置きなしに話を切り出した。
「みんなもわかっている通り、ゲイリーとネイサンが卒業したからチェイサー1人とキーパー1人を補充しなくてはならない」
「はいはいはーい!」
エイハブの続きを待たずジェームズが身を乗り出すようにして挙手する。
エイハブはまるでジェームズの言いたいことがわかっているかのように苦笑した。
「チェイサーにはぜひシリウスを! あいつの実力は去年で実証済みだろ?」
「本人が引き受けてくれるなら、こちらとしても頼みたいところだな」
その当人は、自分はもう選手じゃないから、と言ってさっさと寝室に引き上げていったらしい。
ジェームズは胸を叩いて「任せてよ!」と請け負った。
引き受けてくれるんじゃないかな、とは予測した。
始めこそ渋っていたが、練習を重ねるうちに楽しくなってきていたらしい様子を見ていたからだ。
それに、嫌だと言ったところでジェームズが納得しないだろう。頷くまでつきまとうに違いない。もちろんその時にはも協力しようと思った。彼以上に飛べる人を知らないから。
「よし。それじゃシリウスの説得はジェームズに任せるとして、あとはキーパーだな。それと、今年は予備のメンバーも揃えようと思うんだ。去年みたいに突然の怪我でメンバーが欠けた時のためにもな」
反対する者はいなかった。
「2週間後の選抜にはできるかぎりみんなに集まってもらいたい。僕の目だけじゃなくて、みんなの目で予備の選手を選んでほしいんだ。──もちろん、予備にと思った人のほうが使えそうなら、そちらに入れ替えるつもりだ」
不敵に笑ったエイハブに、メンバーも似たような笑みを返す。
そう簡単にレギュラーの座を渡すか、と語っている。
「話は以上だ。何かあるか? ──ないな。それじゃ解散!」
その後おやすみ、の挨拶を交し合いメンバーがそれぞれ散って行くと、ジェームズとは自然とその場に残った。
理由は簡単、シリウスの説得についてだ。
2人は近くの椅子に腰掛けると、どちらからともなく今の予想を口にした。
「最終的には引き受けてくれるだろうけど、できるだけ早くに決着つけたいな」
「シリウスは単純なとこがあるから、挑発して勝負で決めたらどうかな。言葉でいくよりわかりやすいから、後からグズグズ言うこともないと思うんだけど」
ジェームズの希望にが提案する。
仮にも親しい友人を容赦なくハメようとする2人。
ピーターあたりが見たら卒倒してしまうかもしれない。
しかしジェームズとは生き生きと作戦を練る。
「勝負か……というと決闘かな。やっぱり僕がやるの?」
「……いつまでたっても勝負がつかない気がする」
「じゃあがやる?」
「うーん……一瞬で負けるか、うまく出し抜いて勝つか──賭けだね」
しばし見つめ合った後、長いため息をつくジェームズと。
他の勝負事というとチェスなどが浮かぶが、それはシリウスが断るだろう。今のところとは拮抗状態だし、ジェームズには勝ったことがない。
絶対に自分達が勝つこと前提で、うまいことシリウスを勝負に引き込む方法はないか──。
1、2分の沈黙の後、鼻から盛大に息を吐き出してジェームズが重々しく言った。
「やっぱり決闘かな。キミがやるんだ」
「マジで!?」
慌てるを「まあまあ」となだめて、ジェームズは自分の考えを説明しはじめた。
「確かに、は魔法が下手だ。使うのに一瞬だけど集中のための時間がいる。シリウスもそれを知っている。そこが狙い目だ。あいつはきっとキミをなめてかかってくる。だからはその隙をついて文句なしに負かしてやればいい」
「……なるほど。どうせ最初の一発はシリウスのほうが早いから、まずはそれをよけて……」
「そうそう。それでその後は……」
ゴニョゴニョゴニョ。
少しずつ生徒が寝室へ引き上げていく談話室で、ジェームズとはシリウス攻略法について話し合った。
だいたいが決まったところで、決闘をする場所をどこにするかでつまずいた。
どこかの空き教室でやってフィルチが怒鳴り込んでくるようなことがあっては台無しだ。かと言って、校庭などでやると悪目立ちする。できれば目立ちたくない、というのが2人の一致した意見だ。
「隠し部屋とかないの?」
「決闘ができるような広さの部屋は見つかってないなぁ」
「そう……明日にでも探してみよう。あんまり時間かけられないけど。見つからなかったら、もうしょうがないから校庭で」
「そうだね」
の提案に「仕方ないね」と頷くジェームズ。
目立つことと時間を天秤にかけた場合、時間が勝った。
話が一段落ついたところで壁の時計を見やると、もうすぐ日付が変わろうかというところだった。
そろそろベッドに入らないと最初の授業から居眠りするはめになってしまうだろう。
見ればジェームズがあくびを噛み殺していた。
つられてあくびが出る。こちらは遠慮なしに大あくびをする。
「──寝ようか」
あまりにもあけっぴろげなのあくびに苦笑して言ったジェームズに、は頷いて席を立った。
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