クィディッチで優勝したとなれば当然だ。
グリフィンドールは勝ち数が同じだったレイブンクローを倒して、優勝杯をもぎ取ったのだった。
「今日は本当に最高だよ! スニベリーにとっておきの悪戯が決まった時よりもね!」
「ジェームズ……そのたとえはどうかと思うよ」
苦笑するに、ジェームズは悪戯っ子の顔で「へへっ」と笑った。
そういえばシリウスの姿がないなと室内を見回すと、彼は女子に囲まれていた。
今日の試合では、ジェームズとのアシストを受けて何度もクァッフルを相手ゴールへ叩き込んだため英雄扱いなのだ。
「モテるって、大変だね……」
身動きも取れないほどの騒がれように困っているだろうシリウスに、ピーターは羨望よりも同情を覚えたようだ。
ジェームズもも、ピーターに同意した。
しかし、友人を助け出そうという気はない。
「さて、シリウスは放っておいて、僕達も楽しもう。リリーはどこ?」
「向こうでダリルと話してるよ」
ダリル・タッカーはシーカーだ。
スニッチを捕まえて優勝を決めた彼女は、本日の一番の英雄だ。
パーティが始まってからというもの代わる代わる祝いの言葉を受け、シリウスとは違った意味で周囲が賑やかだった。
「リリー!」
ジェームズが手を振って呼びかけると、リリーはダリルとのおしゃべりを切り上げてこちらへやって来た。
にこやかなリリーを迎えるために両腕を広げて待つジェームズを華麗にかわし、彼女はの隣にストンと収まった。
笑顔のまま固まってしまったジェームズに思わずが吹き出すと、リリーも小さく笑みをこぼした。
リーマスもピーターも笑いをこらえている。
ジェームズから恨めしげな目を向けられたリリーは、無駄に綺麗な笑顔で受け止め、試合のことを話し始めた。
「今日は大胆な作戦だったわね」
「僕が考えたんだ!」
ジェームズがたちまち復活して説明を始める。
「シリウスの奴、今年は散々だっただろ。だから、この試合でスッキリさせられたらと思ったんだ」
「失敗したら目も当てられない結果だったろうけどね」
「、混ぜっ返さないでよ」
「あははっ。うまくいって良かったよね」
「キミと僕でアシストしたんだから、ヘマするわけないって」
自信たっぷりに断言されると、も悪い気はしない。
「これからも使えそうだよね、あの作戦。シリウスの性格にも合ってるんじゃないかな」
「そうだね。でも、そのたびに囲まれちゃうね」
シリウスを見れば、まだ大勢の女子に囲まれている。
ジェームズとは、その様子を見てクスクス笑った。
クィディッチが終わると、次は学年末試験がやって来る。
「休む間もないね」
放課後の談話室でぼやくに、リリーが笑みを浮かべながらもピシャリと言った。
「サボろうとしてもダメよ。来年はもっと大変なんだから。これくらいでヘバッてられないわよ」
「見てきたように言うね」
「見てるわよ。すぐそこにいるもの」
リリーがこそっと指したほうを見れば、5年生が目を血走らせて教科書に喰らいついていた。
彼らは達より少し早めにO.W.Lが始まる。
「7年生のN.E.W.Tが先だっけ?」
「O.W.Lが先よ。でも、それはまだ考えなくていいの。私達には私達の試験があるんだから」
「わかったよ、エヴァンズ先生」
がわざとらしく拗ねた口調で言うと、リリーは教師よろしくすまし顔で微笑んだ。
と、2人のところにリーマスが来た。
「これから魔法の練習をするんだけど、一緒にどう?」
「へぇ、いいね。リリーも行こうよ」
「……ポッターもいるの?」
やや顔をしかめて言ったリリーに、リーマスは苦笑した。
いないわけがない。
リリーのしかめっ面が、よりはっきりしたものになる。
しかし、彼女は参考書と筆記用具を片づけて立ち上がった。
「ふざけたらすぐに帰るから」
「うん、それでいいよ。ピーターに教えてあげてほしいんだ」
「ルーピンは教えないの? あなた、魔法薬学以外は教えるの上手いじゃない」
「そうでもないけど……」
リリーに褒められるという滅多にない出来事のせいか、リーマスは照れたように頬をかいた。
もしこの様子をジェームズが見たら、ヤキモチを焼いてめんどうなことになっていたに違いない。
連れ立って空き教室へ行くと、ジェームズがリリーの姿を認めてパッと笑顔になった。
「それで、練習って何をどうするの?」
どことなく挑戦的に問いかけるリリーに、ジェームズは得意顔で答えた。
「まずは基礎から。一学期にやった基本的な魔法からやっていこう」
「ふぅん……そうね。それがいいわね」
リリーが納得したことで練習開始となった。
机の上に用意されていたティーカップの色を変える魔法から始まる。
「まずは赤にしてみよう。僕達のユニフォームの色だ」
「オッケー」
ジェームズが出した課題に、は杖を構えるとさっそく呪文を唱えて振った。
白いティーカップにじわじわと赤色が広がっていき……。
全員が注目する中、やがて変化は終わった。
「、これは赤になりきれなかった赤だね」
「中国の古い建物にこういう色があったと思うわ」
「赤にオレンジが混ざったような……相変わらず器用だな」
ジェームズ、リリー、シリウスと立て続けに下された評価に、は軽くため息を吐いた。
「色々言うけど、結局できてないことには変わりないよね」
がむくれたようにこぼすと、3人はクスクス笑った。
「杖の振り方が雑なんだよ。見てろ、こうだ」
シリウスがヒョイと杖を振ると、カップはたちまち綺麗な赤に変わった。
さすが、とピーターが感心すると、シリウスは得意気な笑みを見せた。
そして、挑戦するようにへと視線を移す。
何となく見下されているような気持ちになったは、腕まくりをして杖を持ち直すと睨むようにカップを見据えた。
「ちゃんと赤になれよ……」
強く念じて杖を振ると、今度はシリウスのように綺麗な赤色に染まった。
「ほらできた。あんたのカップより色むらがないんじゃないかな」
「何だと。俺のカップのどこに色むらがあるって?」
「このへんだよ。底のほう」
「目の錯覚だろ。そんなに言うなら、次は複数の色で勝負だ」
「受けて立ってやる」
「ちょっと」
止めに入ってきたリリーを、は手で制してきっぱり言った。
「止めないでよリリー。これは男と女の意地を賭けた戦いなんだから」
「わけのわからないこと言ってないで──あなた達もブラックを止めてちょうだい。教室が滅茶苦茶になっちゃうわ!」
この発言に、シリウスとは同時に抗議した。
「エヴァンズ、俺達はケンカするわけじゃないんだぜ」
「そうだよ。心配しすぎだって。まぁ見ててよ。4年生の魔法を完璧に使いこなせるようになってみせるから」
はリリーの肩をポンと叩くと、シリウスと共に少し離れたところへ移動した。
机に置いた2脚の赤いカップを杖を振って元に戻したシリウスは、次の課題を告げた。
「持ち手は金。その他は水色だ」
「オッケー。コツは掴んだんだ、一発で決めてやる」
こんな感じで、シリウスが課題を出して2人で挑む。結果を批評する。これを繰り返した。
色の数が五色までいった時に、シリウスは一息ついてジェームズ達のほうを覗った。
彼らもずっと賑やかだ。
しかし、リリーが怒って出て行かないのを見ると、それなりに真面目にやっているのだろう。
「ジェームズもやればできるじゃないか。リリーの前になると変にテンション上げるから避けられちゃうんだよ」
の言葉にシリウスは苦笑した。
「そう言うなよ。好きな人の前では誰だってふつうじゃいられねぇだろ」
「何だか経験ありな言い方だね」
「お前はないの?」
「ないなぁ」
まるで他人事のようにのんびりと返したに、シリウスは不意に既視感を覚えた。
いったいどこで──と、記憶を探った時、シリウスの目にジェームズと笑い合うリーマスの姿が映った。
そういえば、と思う。
リーマスとは性格こそ似ていないが、人に対してどこか線を引いているところは似ている。
人には誰しも触れられたくないことがある。そして、そこを避けるように動いてしまうものだ。
その感じが、この2人はよく似ている──シリウスはそう感じた。
しかし彼は、これらの考えを表に出すことはせず、あえて少し馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「いつまでたってもガキだな」
も負けじと言い返す。
「体ばっかりオトナの誰かさんに言われてもねぇ」
火花が散りそうな物騒な微笑みをぶつけ合っていると、一際大きい歓声と拍手が沸き起こった。
見ると、黄色のティーカップを前にピーターが頬を上気させていた。
「成功したみたい──ピーター!」
が小走りに向かうと、ピーターは嬉しそうにカップを掲げた。
「、やったよ! エヴァンズがコツを教えてくれたんだ!」
「リリーは教え方が上手いからね。私も何度も助けられてるよ」
「2人がちゃんと授業を聞いていたからできたのよ」
「僕も教えたんだけど〜?」
喜びを分かち合う3人に、ジェームズがニュッと割り込んで主張する。
ピーターは何とも言えない表情で彼を見上げた。
ピーターの気持ちをリリーが代弁する。
「ポッターのはたとえがわからないのよ。チョンと振るとか羽毛の中で一回転させるようにとか。さっぱりだわ」
「でも、イメージは伝わるだろ」
「そうだけど、ペティグリューにはもっと具体的なアドバイスをするべきだったわね」
「うっ……」
暗に独りよがりと言われ、ジェームズは言葉を詰まらせた。
言い負かしたことに、リリーは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
ピーターはと言うとこの成功で勢いづいたのか、いつもすぐに諦めてしまうのに今度は二色に変化させようと新たな挑戦を始めていた。
その懸命さに触発され、他のメンバーにもさらにやる気が沸き起こる。
休憩も忘れて練習し続け、ふと、が一息入れたのは夕食前の頃合いだった。
それでも空腹感はなく、まだまだ練習したい気持ちでいっぱいだ。
彼らは異常なほどハイになっていた。
このテンションは、なんと試験終了まで持続した。
たいていは試験最終日というと、もう早く解放されたい気持ちでいっぱいなのだが、達は最後まで入念な復習に励んだ。
さらに、その間は悪戯仕掛人の活動も休んでいたため、校内はとても静かで平和だった。
その反動か、試験終了後はやりたい放題でフィルチの血管が切れそうだったとか。
当然、リリーとジェームズの仲も、元通りジェームズの一方通行に戻った。
試験後のある日、談話室でのんびりと紅茶を飲んでいたリリーは、突如あがった笑い声にその目つきを険しくさせた。
談話室の隅のほうで、悪戯仕掛人が腹を抱えて笑っている。
ジトッと見ていると、その視線にジェームズが気づいた。
とたんに彼は大げさなほどの笑い声をたてると、持っていた杖をくるくると回転させながら放り上げてはキャッチすることを繰り返し始めた。
呆れ顔になったリリーに、向かい側に座っていたが苦笑する。
「やっぱりポッターはポッターね。ろくでなしだわ」
「ろくでなしというか、ちょっと子供っぽいとこあるよね」
「ふん。躾が必要ね」
「リリーがやるの?」
「冗談! あんなのを相手するくらいなら、を躾けるほうがずっとマシよ」
「……ちょっと、それどういう意味?」
逃げるように身を引いたを見て、リリーはクスクス笑う。
しかし、すぐに神妙な顔つきになると、に身を寄せて言った。
「レドナップ先生には返事をしたの?」
ギクリ、と身を強張らせる。
察したリリーはため息を吐く。
「もうすぐ夏休みよ。私はいい話しだと思うんだけどなぁ。何が不満なの? あの先生がついてくれたらとても安心じゃない。身元もしっかりしてるし、頼りになるわ」
「ん……」
「私だって安心できるし」
煮え切らない態度のに、リリーは苛立ちを見せた。
「あいつ、闇払いだったんだよね。知ってるだろうけど」
「闇払いは嫌だって言うんでしょ。わかってるけど、でも、あなたに一人でいてほしくないのよ」
次第に強くなっていったリリーの口調に、は小さく息を飲んだ。
リリーは3年生になる前の夏休みのことを思い出しているのだろう。
彼女の澄んだ緑の瞳が、まっすぐにを見つめる。
強い想いのこもった瞳から目をそらすことができなかった。
ただ、眩しかった。
はこの一年、レドナップをじっくり観察した。戦いを挑んだことでその実力もわかっている。人柄も。
元闇払いということを除けば、レドナップは嫌いではない。
それでも、両親を殺したのが闇払いだったことが、の心に重くのしかかっていた。
リリーはそれ以上は言わず、の結論を待った。
どれくらいそうしていただろうか。
紅茶が冷めてしまうには充分な時間が過ぎた。
長い長いため息の後、ついには頷いたのだった。
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