「こうやって毎回貼り出すの、やめてほしいなぁ」
肩を落としてぼやくピーターの気持ちに、生徒のほとんどが同意するだろう。
もその一人だ。
「こっそり渡してくれるといいのにね」
「は成績良いじゃないか」
「良い悪いの問題じゃないよ」
はぁ、と同時にため息を吐く二人。
そんな二人を、悪戯仕掛人三人とリリーが囲んでいる。
彼らと一緒なのが気に食わないリリーはしかめっ面だ。
何でこの人達と一緒に……と、不満げな呟きが時折聞こえてくる。
その時、ジェームズが大きな驚きの声をあげた。
「! キミって人は!」
バシーン、と背を叩かれる。
「いたっ。何なの!?」
「ほら、見てごらんよ、総合成績の一覧を! キミ、一番だよ!」
「え!?」
びっくりしたがジェームズが指さす一覧表を見ると、確かに彼女の名前が一番上に記されていた。
しかも単独トップだ。
「おおお!? こ、これは……!」
「やったわね、! おめでとう! 猛勉強したかいがあったわね」
リリーはの手を取り、自分のことのように喜んでいる。
はリリーに向かって神に感謝するように手を組み、首(こうべ)を垂れた。
「リリー様のご指導のおかげでございます〜」
「エヴァンズだけじゃねぇだろ。俺達と魔法の特訓したことも忘れんなよ」
「シリウス達とリリーじゃ格が違うよ」
「お前……っ」
シリウスはを小突いた。
「あははっ。冗談だよ、ちゃんと感謝してる。これまで、実技の点数がいつも足引っ張ってたからね。ところで、みんなはどうだったの?」
「ま、思ったとおりってとこかな。そこそこ満足だよ」
ジェームズの返答に、シリウスもリーマスもピーターも頷いた。
「ピーターもいい感じだったんだ」
「今回は調子良かったんだ。みんなのおかげだね」
試験後はいつも進級できるかソワソワしていたピーターが、今回は落ち着いていたのは手ごたえがあったからなのだろう。
「これで僕も進級できるよ。良かったぁ」
それでも結果を見て何の憂いもなくなったため、ピーターは心からの安堵を見せた。
二人でほのぼのしていると、今年一年悩みの種となった声に呼ばれた。
「、おめでとう。さすがね、私も見習わなくちゃ」
エレイン・ガードナーだ。
は隠しもせずに面倒くさそうな顔をしてみせたが、ガードナーはまったく怯まない。
次に彼女はシリウスに目を向けた。
「シリウスも十位以内に入ってるなんて、すごいわね。やるべきことはきちんとやっている証拠ね。私、来年のことも考えて勉強に力を入れてきたんだけど……思ったように伸びなかったわ」
「夏休みの復習でいくらでも伸ばせるさ」
「ありがとう、がんばるわ」
は苦々しい思いで聞いていた。
シリウスも余計なこと言わなければいいのに、と。
ガードナーを苦手にしているくせに、お人好しなのだ。
その証拠に、励まされたガードナーは上機嫌で去っていった。
「バカ」
の呟きに、何だよ、と反応するシリウス。
ジェームズも苦笑している。彼はと同じ考えのようだ。
「おやさしいことで、けっこうでございますねぇ。あの人につきまとわれて迷惑だったのに、元気付けるようなこと言うなんて、シリウスって案外女の子に甘いんだね。もっとドライかと思ってた」
「まるで俺が女タラシみたいな言い方だな。失礼なヤツだ」
「そう見えたよ」
「せめて紳士って言えよ」
「ハハハッ。アンタが紳士なら私だって淑女だよ」
「バカにしやがって」
「まあまあ、2人共。でも僕はどっちかって言うとの意見に賛成かな。夏休みまで後何日かあるけど、シリウスは覚悟したほうがいいかもね。──いや、夏休みもかな」
ジェームズが割って入ってきたが、その発言は2人の言い合いを止めに来たというよりは、新たな悩みの種を予言したものだった。
やめてくれ、と顔を青くするシリウス。
この話題を本当に止めたのはリリーだった。
「あんな人のことなんかどうでもいいわ。、ごはん食べに行きましょ」
「そうだね。夏休みになると、ここのおいしいごはんともしばらくお別れだから、いっぱい食べておこうっと」
ごはんのことを思ったの頭の中から、ガードナーのことはたちまち消えていった。
──シリウスは覚悟したほうがいいかもね。
ジェームズはそれを98%は冗談で言った。
ところが、残りの2%が現実となってシリウスに迫ってきたのだ。
ついに夏休みがやってきた。
とリリーは、混雑するプラットホームを人の流れに沿って歩く。
そして、比較的空いている乗車口から車内に乗り込んだ。
誰もいないコンパートメントを見つけて中に入り、トランクを隅に置いたリリーが弾んだ口調でに言った。
「それにしても、よく決心したわね。私、半分くらいは無理だと思ってたのよ」
「安全なほうを選んだだけだよ。あいつを認めたわけじゃない。それは向こうもわかってるし」
「それでもよ」
昨日、はレドナップに後見人の件を了承することを伝えたのだ。
「どうせなら、本当に養子縁組しちゃえばよかったのに」
「やだよ。それは絶対に嫌」
はじめ、レドナップはに養子にならないかと持ちかけた。
その時、はすぐに断ったが、真摯な説得の言葉受けたことやリリーの心底から心配する顔を見て、今年度中という返答期限ギリギリまで考えた結果、後見人ということに落ち着いたのだ。
レドナップはそれに頷き、次にの住まいを自分のところに移すように言ってきた。
そう来ると思っていたは素直に頷いた。
話がまとまったところで、2人はマクゴナガルとダンブルドアにこのことを報告した。
レドナップなら安心だと2人は喜んだ。
「家はわかってるの?」
「漏れ鍋から行けるみたい。まあ、安全な家なのはいいんだけどさ……今まで出てた学費がなくなるんだよね。レドナップが出すことになってね」
「後見人だものね。……あなたまさか、貯蓄のこと考えてる?」
「当然。あいつのことだから、中古を値切って買う前に全部そろえてくれそうだよ」
しかめっ面のに、リリーは呆れたとため息を吐く。
「そんな心配しなくても、後見人になったからにはちゃんと考えてくれてるわよ」
「ふぅん。あ、そうだ、レドナップは来年は先生じゃないんだって」
急な話題転換についていけずリリーはきょとんとしたが、内容を理解したとたん驚きの声をあげた。
「あの先生の授業、おもしろかったのに……」
「1年間だけの契約だったんだって」
「そう……来年はどんな先生かしらね」
「魔法省関係者じゃなければ誰でもいいよ」
「またそんなことを……」
その時、ドアがけたたましくノックされたかと思うと、こちらの返事も待たずに開け放たれた。
びっくりして見ると、入口に真っ青な顔色のシリウスが立っていた。
彼の後ろには、必死に笑いを堪えている悪友3人が。
リリーの顔がどんどん険しくなっていることにビクビクしながら、はシリウスにどうしたのかと聞いた。
「これを見てくれ。そして、俺の頼みを聞いてくれ。もう頼れるのはお前しかいねぇ」
ぐいっと突き出されたのは、綺麗な封筒。
わけがわからないまま受け取り、中身を取り出した。
「……ダンスパーティへの招待状だね。主催はガードナー家? 嫌なら断れば?」
「こういうのは、よほどの理由がないかぎり行くもんなんだよ。だから招待するほうも相手を選ぶんだ」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」
「ダンスパーティに一人で行く奴がいるか。ペアだろ」
「……私、ヤだよ」
ようやくシリウスが言いたいことを理解したは、すぐに拒否の返事をした。
しかし、シリウスも簡単に引くわけにはいかない。
「お前が来てくれないと、俺は親が用意したわけのわかんねぇ女と行かされるんだよ」
「そんなの知らないよ」
シリウスから距離をとろうとすると、そうはさせるかと彼はの肩を掴んだ。
「変な女と行くよりも、同じ変でもお前のほうが100倍もマシなんだよ!」
「それが人にものを頼むセリフか!?」
「まあまあ、2人とも」
ケンカになりそうな気配を察したか、ジェームズが間に入ってきた。
「、シリウスの頼み方が悪いのは僕が謝るよ。けど、どうか聞いてやってくれないかな。息苦しいところでも、気が置けない仲のキミがいれば安心できると思うんだ。主催はガードナーだから、キミが一緒に行っても文句は言わないはずだよ」
「私に、犠牲になれと……」
「もちろんタダとは言わないよ。ね、シリウス」
「お、おう。そうだな、礼はする」
戸惑うシリウスの態度から、自分の頼みごとで頭がいっぱいだったことがわかった。
はジェームズを見て、お礼の内容を言うように促した。
「1日だけシリウスはキミの下僕だ! 煮るなり焼くなり好きにするといいよ!」
「乗った」
「待て!」
シリウスにとって予想外の条件に大声で待ったをかけたが、もジェームズも聞こえないフリをした。
「、ドレスローブはある?」
「ない」
「じゃあ母さんに相談してみるよ。手紙送るから試着に来てよ」
「わかった」
「ダンスの練習もしなくちゃね」
「シリウスを下僕にするためなら、完璧にマスターしてみせるよ」
「よし、決まりだね」
シリウスを置き去りに、手順が決まっていった。
うなだれる彼に、リーマスとピーターが同情の眼差しを送った。
確かには同行者としてとても気が楽だろう。しかし、一筋縄ではいかない相手でもあるのだ。
しかも今回はガードナー家でのパーティへの同行だ。
タダで一緒に行ってくれというのが最初から無理な相談だったのだ。
ずっと黙っていたリリーが心配そうにを見た。
「大丈夫なの? きっと純血主義の人ばかりのパーティなんでしょう?」
「何とかなるんじゃないかな。私達、まだ学生だしね。表立って危険な話題はないでしょ」
「そうだといいけど……変だと思ったらすぐに帰るのよ」
「そうする」
リリーの忠告に反対する理由はないので素直に頷くだったが、リリーはまだ心配そうだ。
そんな彼女を安心させたくて、はこんな提案をした。
「ガードナーのパーティが終わったら、私達だけでパーティしようよ」
「いいね、それ! 僕も混ぜてよ」
「ポッターは遠慮して」
ジェームズが会話に割り込んでくるのが早ければ、リリーが拒絶するのも早かった。
「俺も参加する……。穢れを落とす」
「やめて。汚いものをまき散らさないで」
どんよりと沈んだシリウスの参加表明に対するリリーの反応も容赦なかった。
は憤るリリーを宥めようと、そっと背を撫でる。
「かわいそうなシリウスを慰めると思って、一度はみんなでやろうか。2人でのんびりするのは、また別の日にでも。夏休みは長いしね」
「もう……ってけっこうこの人達に甘いわよね」
ため息と同時に、リリーは渋々了承を示した。
が、それもすぐに視線を冷たくしてジェームズ達を見やる。
「ところで、あなた達はいつまでここにいるつもり?」
彼らはちゃっかりコンパートメントの座席に収まっていた。
6人を座らせるにはやや狭い。
何故かジェームズは照れたように笑う。
「しばらく会えないから、もう少し一緒にいさせてよ」
これが両想いの者に対してのセリフなら、甘い空間を作り出すきっかけにもなっただろうが、残念ながらジェームズの片思いだ。
リリーの目つきが険しくなった。
ジェームズを睨みながら、リリーの手がローブの内側を探る。
取り出したのは、新学期に見せかけの炎を噴射したスプレー缶だ。
それをジェームズの鼻先に突きつける。
「死にたくなければ出て行くことね」
「それ、偽物の炎だろ」
「あなたに同じ手が通用しないことくらい知ってるわ。改造済みよ」
「へぇ、どんなふうに?」
「こうよ!」
プシューッと噴霧される中身を浴びたジェームズは、軽い爆発音と煙に包まれた。
そして、晴れた煙から現れたのは──。
「蛙!?」
リリー以外の全員が驚きの声をあげた。
椅子には黄緑色のアマガエルがゲコッと鳴いている。
蛙……いや、ジェームズは、最初自身に何が起こったのかわかっていない様子だったが、しばらくして現状を理解すると、けたたましく鳴きながらリリーに飛びかかった。
「やだ、来ないでよっ」
ピシャッと手のひらで床に叩き落とされる蛙ジェームズ。
シリウス、リーマス、は哀れみの目を向け、ピーターは青ざめた。
やがて、シリウスが足元の蛙ジェームズを鷲掴みにすると、
「邪魔したな。、悪いが頼む」
と、言い残して出て行った。
蛙はずっと騒いでいたが、何を言っているかなど誰にもわからない。
ピーターが青い顔色のまま、おそるおそるリリーに尋ねる。
「ジェームズ、もとに戻るよね……?」
「当たり前じゃない。魔法は永遠じゃないのよ」
いつ戻るのか、はっきり言わないことにピーターはますます恐怖した。
は友人のそんな意地悪に苦笑する。
「心配しなくても大丈夫でしょ。戻った後のジェームズのお守り、がんばってね」
「ああ、それがあったね。めんどうだなぁ」
が軽い調子で言えば、リーマスもふざけた返事をした。
コンパートメントが再び2人だけになると、ようやくリリーの表情もやわらかさを取り戻した。
「、パーティのこと決めましょ。やっぱり日暮れからがいい?」
「そうだねぇ。でも、今はちょっと物騒だから昼間にしようか。場所はどこがいいかな」
「私の家にまた来る? 大歓迎よ」
「ペチュニアが何て言うかな……。そうだ、リリーさえよければホグズミードは? 宿で一泊二日、どう? 私達だけでの泊まりがダメそうなら、レドナップの家を拠点にホグズミードを巡るの」
「いいわね。あそこ、まだ全部回り切れてないの。でも、が好きそうなお店とかおいしいケーキ屋は見つけたわ」
「連れてってよ」
「でも、先生の家は大丈夫なの?」
「……大丈夫じゃない?」
「その辺は、後で教えてね」
キングズクロス駅に着くまで、2人は夏休みに会う予定の話や学校の話で盛り上がっていたのだった。
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