21.純血主義のお嬢様方と

4年生編第21話  抜け道を通り背をかがめて潜るような小さな木のドアを出た時、の目の前に白い人がいた。
 色素が薄いという白さではなく、白ペンキでも被ったような白さだ。
 髪も顔も服も、袖から覗く手も靴も。ただ、瞳だけが黒い。
 あまりにも異様な風体に驚いたは、反射的に杖を抜いて身構えた。
「……何者?」
 に鋭く問われた不審者は、ウッと呻いてたじろいだが、やがて観念したように名乗った。
「僕だ……スネイプだ」
 またしてもはショックを受け、次の瞬間、弾けるように笑い出した。
「セ……セブルスだって!? 髪も腹の中も好きな魔法もダークなアンタがどうしちゃったの? イメチェンの域じゃないよ、超えすぎだよ!」
 笑い転げるをセブルスは眉をつり上げて睨みつけるが、眉毛も真っ白なのでよくわからない。
 ただ、唯一黒い瞳だけが、ギラギラと怒りを燃え上がらせていた。
 これ以上笑うとセブルスが憤死しかねないと思い、はがんばって平静状態に持っていこうとするが、その姿を目に入れるとどうしても笑いがこみ上げてきてしまう。
「……良かったな。それだけ笑えたらもう人生に悔いはないだろう。今ここで引導を渡してやろうか?」
「ごめん、もう笑わないって。だから杖引っ込めて」
 逃げる真似をするに鼻を鳴らし、セブルスは杖を下ろす。
 は改めてこんな姿になった経緯を尋ねた。
 その答えは簡潔で。
「ポッター共だ」
 やれやれ、とはため息を吐いた。


 そんな出来事から数日後。
 イースター休暇がやって来た。
 5年生と7年生はそれぞれO.W.LとN.E.W.Tに向けて、鼻血が出るほどの猛勉強中なので帰宅する者はほとんどいない。
 他の学年もまばらに帰宅する生徒がいる程度だった。
 談話室で目を血走らせて教科書や参考書と睨み合っている姿は、まさに強敵に挑む戦士のようだ。
 クィディッチチームのメンバーにもその戦士はいる。
 キャプテンのエイハブ・ナッシュにシーカーのダリル・タッカーだ。
 エイハブは7年生でダリルは5年生である。
 どちらも話しかけられる雰囲気ではない。
 来年は自分もああなるのだろうかと思いながら、は談話室を出た。
 向かう先は、ハッフルパフ寮前。
 呼ばれたのだ。
 今、最も面倒くさい人物、エレイン・ガードナーに。
 お茶会に招待されたのだが、集まる面子を思うとため息が出そうになる。
 何故こんなことになったのか。
 は自身を呪った。
 それは、イースター休暇が始まった次の日。
 出された課題の資料を探しに図書館を訪れた時だった。
「こんにちは、
 声のしたほうを向けば、微笑みを浮かべたガードナーがいた。
 は微妙な笑みを返す。ちょっと引きつっていたかもしれない。
 正直、会いたくない相手だ。
 それに、多くの科目を選択しているには必要な資料も多いため、気の合わない人とのやり取りに煩わされたくなかった。
 はそれをアピールするため、手元のメモと本棚とを忙しなく見比べ、本を引き抜きながら、
「何か用?」
 と、素っ気なく聞いた。
 しかし、これくらいの反応は予想済みだったのか、ガードナーは微笑みを崩さずに答える。
「あなたをお茶会に招待したくて。来てくれるかしら」
「お茶会ねぇ……めんどくさいな」
 率直すぎるの返事に、ガードナーは一瞬言葉を失ったが、引き下がる気はないようだった。
「途中で帰ってもいいから。どう?」
 首を縦に振らないかぎり何度でも来るんだろうな、とは思った。
 イースター休暇が終われば、すぐに学年末試験が来る。
 その準備中にまでつきまとわれるのは勘弁してほしかった。
 だから頷いた。
「……わかった。いつ、どこに行けばいい?」
 ガードナーは嬉しそうに笑顔を見せた。
 そして、今日のこの時間と場所を告げたのだった。
 時間より少し早かったからか、寮の入口前にはまだ誰もいない。
 壁に掛けられている、トランプをしている紳士達の絵をぼんやり眺めていると、ようやく入口が開き、中からガードナーと取り巻きが出てきた。
 の姿を見とめると、ガードナーは少し慌てたように傍に寄って来る。
「もしかして、だいぶ待たせちゃった?」
「いや別に」
 ガードナーは遅刻したわけではないので、は気にしていない。
「空き教室を一つ借りたの。こっちよ」
 ついて行った空き教室にはすでに人がいて、お茶会の準備を整えていた。
 大きな円形のテーブルの好きな席にそれぞれが腰掛ける。
 はガードナーに勧められて、彼女の隣に座った。
 集まったのは全員貴族の女子で、グリフィンドール生はを除いて他にいない。
 主催者のガードナーがにこやかに挨拶を始める。
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。今日は特別ゲストとしてさんが来てくださいました」
 好奇心に満ちた視線を受け、はわずかに引いた後に軽く会釈を返した。
 は知らないことだが、かつて裏の世界で権勢を誇った家の生き残りだからという事実以前に、彼女自身に興味を持つ者は意外と多い。
 目立つ容姿に成績は常に上位。クィディッチの選手でもあり、いまや学校で知らない者がいない悪戯仕掛け人の一人だとか協力者だとか。
 あるいは教室をまるまる一部屋破壊したことや、グリフィンドール生なのに闇の魔法使いの代表とも言える家の息子、クライブ・フラナガンと仲が良いことなど、良い意味でも悪い意味でも好奇心を刺激される謎めいた存在なのだ。
 お茶会の始めは、授業のことや宿題のこと、先生方のこと、その他日常的なことが話題となった。
「そういえば、はとても優秀だけれど、いつもどんなふうに勉強しているの?」
 ガードナーの問いに、はクッキーを食べる手を止めて考える。
「どんなって……課題に追われているだけだよ」
「取ってる科目、多かったよね」
 レイブンクローの女子の言葉には頷く。
「そんなに勉強して、何か目指すものでもあるの?」
「今のところは特に決めてないかな」
「そうなの。でも、このまま良い成績でいられたら、魔法省に就職できるかもしれないわね」
「それはどうかなぁ」
 あんなところに働き口を希望する気はまったくないが、ガードナーに言う必要もないので言わなかった。
 と、今度はスリザリン生が質問してきた。
さんは、どうしてレドナップ先生と仲が悪いの? 時々、廊下で勝負してるわよね」
「ああ、見られてたの……。あれはねぇ、ン──ちょっとね。あまり人に言うような理由じゃないんだ」
「あら、不躾な質問だったかしら。でも、単にあの先生が嫌いだから、でもいいのよ」
 悪戯っぽく微笑む彼女に、も少し笑う。
 もしかしたら、彼女はレドナップが元闇祓いだから嫌っているのかもしれない、と思った。
「一人じゃ勝てないんだよね」
「お手伝いしましょうか?」
 そんな2人の会話に周りも乗ってきて、賑やかさが増す。
 お嬢様方も案外過激なところがあるんだな、とは意外な思いがした。
「手伝ってくれるのはいいけど、もれなくフィルチがついてくるよ」
 本当に彼は、いつもいつもどこからともなく現れる。
 彼女達もフィルチを相手にするのは嫌なのか、肩をすくめてみたり苦笑したり。
 そして、誰が言い出したかダンブルドア批判。
 世の中が物騒になってきた今、マグル出身者はわざわざ危険に飛び込んでくることもないのに、ダンブルドアがあえて彼らを死に近づけている、と言うのだ。
 そういう見方もあるのか、とは新鮮に思った。
 このお茶会に参加している人達は保守的な思考の持ち主ばかりだから、誰も異論は唱えなかったが、は賛成も反対もできなかった。
 その代わり、質問をした。
「マグル出身者が来るのを、どうしてそんなに嫌がるの?」
「何も知らない田舎者に荒らされたくないのと……」
 答えたガードナーは、次の瞬間、顔をしかめて小声で続けた。
「魔法を盗んだ罪人が私達と机を並べるなんて、虫唾が走るのよ」
「魔法を盗んだ?」
 にはわからない内容だったが、周りの女子達には常識だったようで何度も頷いている。
 ガードナーは、マグルが魔法使いから魔法を盗んだ言い伝えをに話して聞かせた。
 その目は、不気味な妄執に取り憑かれているかのようにギラギラとしている。
「だから彼らは『穢れている』のよ」
「そうなんだ……」
 はようやくマグル出身者が嫌われる理由と、あの差別用語の生まれた訳を知った。
 それが真実かはわからない。
 けれど疑問が残る。
 大昔、魔法使いとマグルが生まれた最初の頃から彼らが分かれて暮らしていたとは考えにくいのだ。
 その頃に交わった子孫が、お互いが分かれて暮らすようになってから、眠っていた魔法力が目覚めたのではないか?
 話したところでガードナーがまともに耳を貸すとは思えないので言わないが。
「再び盗みを繰り返させないためにも、奴らを締め出すべきよ」
 本気の瞳で発言するスリザリン生。
「ふぅん……その筆頭がヴォルデモートか」
 思わず名を呟いてしまった時、場の空気がサッと冷えた。
「あ……例のあの人……いや、あの方?」
、あの方のお名前を軽々しく口にしないでね」
 まるで子供に言い聞かせるような口調のガードナーに、は曖昧に笑い返すのだった。

 約2時間半におよぶお茶会がお開きとなった帰り道、参加者達と別れたは彼女達の話を整理していた。
 純血主義者のマグル出身者への嫌悪は、が思っている以上に根の深いものだった。
 親から子へ、代々受け継がれてきただろう憎しみと蔑視──ふと、はシリウスを思う。
 彼だってその教育を受けてきたはずなのに、どうやってそこから抜け出したのか。
 同じ環境で育ったレギュラスはあの通りだというのに。
 シリウスは家のことや純血主義の話をとても嫌うから、聞いても答えてくれないかもしれないが……。
「聞いてみたいな。理由を」
 ぽつりと呟き廊下の角を曲がった時、その先の次の岐路で挙動不審な生徒を見つけた。
 こちらに背を向けているので知り合いかどうかはわからないが、男子だということはわかった。
 彼は壁にびったり身を寄せ、しきりに角の向こうを窺っている。
 近づいているには気づいていないようだ。
 やがてその生徒の判別がついた時、反射的に呼びかけていた。
「セブルス、何してんの?」
 大きな声を出したわけではないが、セブルスはビクッと肩を揺らして警戒心むき出しの目で鋭く振り返る。
 その勢いにのほうが驚いてしまった。
「……お前か。驚かすな」
「ふつうに呼んだだけだよ」
「言い訳はいらん。何の用だ」
 警戒心は解いたものの、かなり機嫌が悪いようだ。
 は余計なおしゃべりはせずに、聞きたいことだけを聞くことにする。
「こんなトコで何してるの?」
 セブルスは答えかけて──やめた。
 眉間にギュッとしわが寄る。
 首を傾げるから目をそらし、素っ気なく答えた。
「お前には関わりのないことだ。放っといてくれ」
「……ふぅん。じゃあ、そうする」
 これ以上話をしても仕方ない、と諦めてはセブルスと別れて歩き出す。
 しかし、一歩踏み出したところで呼び止められた。
「純血主義の仲間入りをするつもりか?」
 はわずかに目を見開き、まじまじとセブルスを見つめる。
「……何で知ってるの?」
「偶然耳にした」
「そう。でも別にあの人達の仲間になる気なんてないよ。今日行ったのは、断ると試験の日でもしつこく言ってきそうだったから」
 セブルスはフンと鼻を鳴らす。
「つけ上がるぞ」
 短い忠告に、は苦笑する。
 彼女もそう思っていたからだ。
 そのうち2度目の誘いが来るだろう。
 もう参加する気はないが、次は試験勉強を理由に断ろうと思っているところだ。
 一度付き合ったのだから、向こうもこちらの姿勢をじかに感じたはずだ。
「何て言って来られても、あの人達の考えには同意できないな」
「そうか」
「アンタもリリーが大事なら、さっさと目を覚ますんだね。魔法界で育ったんなら、マグル出身者への憎しみの深さがわかるでしょ。──リリーを苦しめたいの?」
 セブルスはうつむき、黙り込む。
 苦い表情にため息を吐くと、は彼の肩を軽く叩き傍を離れていく。
 角を出たところで振り返らずに教えた。
「誰もいないよ」


 イースター休暇も残すところ後1日になった頃、悪戯仕掛け人は切羽詰った表情で談話室のテーブルにかじりついていた。
 休暇を遊び倒した結果のツケだ。
「もうダメだ〜! 全然わかんないよ!」
 最初に音をあげたのは、やはりピーターで。
 椅子の背に身を投げ出し、天井を仰いで呻き声をあげる。
 黙々と手を進めていたジェームズ達がピーターの様子に苦笑を浮かべた。
「しょうがないな。僕らも手一杯だし、に助っ人を……」
 言って、室内を見回したジェームズの口が動きを止める。
 リリーは見つけたが、はいない。
「どこ行ったんだろ?」
 ジェームズが首を傾げると同時に、ピーターはがっくりとうなだれた。

 は図書館にいた。
 宿題に関する細かな調べ物と、ずっと続けてきた研究の資料を探すために。
 ……そのはずだったのだが、何故か今はレギュラスの臨時教師になっている。
 星の角度についての問題の解き方の解説をしたは、ふと疑問に思って聞いた。
「夏休みや冬休みは家庭教師がついたりするの?」
 文章にピリオドを打ったレギュラスは顔を上げて頷く。
「宿題の他に、応用問題と予習をやるんです」
「勉強以外も何かやる?」
「箒の練習とか乗馬もやったことありますよ」
「乗馬? へぇ……」
 まるでマグルの貴族か金持ちの家の子みたいじゃないか、とは思った。
 けれどレギュラスに特に変化はないので、乗馬はふつうのことなのかもしれない。
 レギュラスはにこっと笑って言った。
「興味があるならやってみますか? 夏休みにでも……」
「いやいや、そんなつもりじゃなかったんだ。ちょっと聞いてみただけで」
「そうですか。もしやってみたくなったら、いつでも言ってくださいね」
 シリウスには決して見せないだろう、親しみのこもった笑顔をに見せた。
 純血主義思想が絡まなければこんなにも穏やかに会話できるのに。
 思想って厄介だな、とは思った。
 それから、今度は逆に問われた。
「その本、錬金術の本ですよね? 賢者の石でも作るんですか?」
 そう言ったレギュラスの表情は好奇心に満ちて楽しげだ。
 冒険好きなところは、この兄弟は似ているのかもしれない。
 は小さく笑って「違うよ」と首を振る。
「永遠の命には今のところ興味ないな。私が調べてたのは、自分のそっくりさんを作り出す方法だよ」
 何のために、と首を傾げるレギュラス。
「前におもしろい魔法道具に出会ってね。まあ、それは失敗作だったんだけど、成功したらいろいろ使い道がありそうだと思って」
「授業をさぼって遊びに行く……ですか?」
 悪戯をたくらむ子供のようにニヤリとしたレギュラスに、もよく似た笑みを返す。
「よくわかったね。でもアンタの口からそういう言葉が出るとは思わなかったな」
「優等生だって遊びたい時はあるんです」
「自分で言うかな」
 2人でクスクスと笑い合う。
 不意に、レギュラスは笑みを引っ込めてを見つめた。
「さぼりたいって言ったら、付き合ってくれますか?」
 泣きたいような、すがるような切なさのこもった瞳に、は彼の心の内の複雑さを感じた。
 だから、「いいよ」と頷く。
 何の解決にならなくても、パーッと遊んでスッキリすることもある。
 考え方の対立するにこんなことを言ってきた理由などわからないが、頼ってきた人を突き放せるほど冷たくないつもりだ。
「どうせさぼるなら、学校から飛び出しちゃおうよ」
 そう言うと、レギュラスは瞳を輝かせて微笑んだ。
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