「」
いつの間にかエレイン・ガードナーは名前で呼ぶようになっていた。
足を止めたの隣で、リリーが警戒した雰囲気を見せる。
「何か用?」
「今日の放課後、時間ある?」
「クィディッチの練習があるよ」
次の対戦相手は宿敵スリザリンなので、練習はいつも以上に熱が入っている。
ガードナーは残念そうに息を吐いた。
「それなら仕方ないわね。一緒にお茶でもと思ったんだけど、またの機会にするわ。ああ、その時はぜひミス・エヴァンスもいらしてね」
にこりとして会釈し、ガードナーは達を追い抜いて大広間のほうへ歩いて行った。
ガードナーは、に対し本当に穏やかに接してくる。
シリウスを獲得しようと必死だった姿が幻のようだ。
その姿勢こそが怪しいのだが、直接嫌がらせされているわけでもないのでどうしようもない。
ただ、はおそらく彼女が差出人だろう手紙のことを忘れていない。
「あの人、何を考えてるのかしら?」
疑り深い目をガードナーの去っていったほうへ向けて呟くリリーに、は「さあね」と答えて肩を竦めることしかできなかった。
そんな態度が呑気すぎると映ったのか、リリーは渋い表情で振り返る。
「あなたとガードナーは和解したとか言われてるわよ。和解して、仲良くなったって」
「全然そんなことないんだけどね」
「あの人、何かたくらんでいる気がしてならないわ」
その意見にはも賛成で大きく頷く。
「気を許しちゃいけないって、私も思うよ。──ま、今はお昼にしよう」
タイミング良くの腹が空腹を主張した。
スリザリン戦当日。
「スリザリンの席から応援してる。がんばって!」
朝食の席で、はクライブ・フラナガンから熱烈な声援を受けていた。
周りのグリフィンドール生は奇妙なものを見る目つきで2人を遠巻きにしている。
はうっとうしそうに見やりながら言った。
「アンタ、自分の寮を応援しなよ」
「好きな人を応援して何が悪い? 俺はもうずっと前からだけを応援してるよ」
「ヘンな魔法でもかけられたの!?」
クライブがに好意というか崇拝というか、そういった感情を持っていることはある程度の人は知っているが、こんなふうにわざわざ周囲に知らしめるように言ったことはなかった。
と、そこにさらにバリー・ハウエルとアデル・リンゼイが駆けつけた。
「、応援してるよ」
「私も今日はグリフィンドールの味方だよ」
ありがとう、と笑顔を返すにクライブは愕然とし、次に猛烈に抗議した。
「態度が違いすぎるだろ! ひどいよ! やり直せ!」
「うるさいなァ。スリザリンは今日は敵なの。アンタとよろしくやってスパイ疑惑とか持たれたくないの」
終いにはシッシッと追い払う仕草までする。
が、これはかえってクライブの闘志に火をつけた。
「こうなったらグリフィンドール席で応援してやるッ!」
「袋叩きにあうよ!」
バカ言ってないで早く帰れ、とは無理矢理クライブを蹴り出したのだった。
トボトボと哀愁を背負って帰っていくクライブに、リリーはやや同情のこもった目で見送る。
「ちょっとかわいそうだったんじゃない?」
「いいんだよあれで。何考えてんのか知らないけど、あんまり浮いた行動は良くないと思うな。──何、その目」
「あなたの口からそんな思いやりのある言葉が出るなんて……!」
わざとらしすぎて腹立つほどにリリーは距離をとっていく。
バリーとアデルも身を寄せ合って震えていた。
「お前らァー!」
の怒声が飛び散り、リリー達はキャアキャア笑いながら逃げていった。
時間になり、グリフィンドールとスリザリンのチームが校庭に並ぶ。
マダム・フーチがいつもの注意事項を話していたが、は適当に聞き流していた。
彼女の意識の大半はオーレリア・メイヒューに向いている。
メイヒューも敵意むき出しでを睨みつけていた。
の静かな視線とメイヒューの鋭い視線の交差を、マダム・フーチの試合開始のホイッスルが破る。
先にクアッフルを奪ったのはグリフィンドールだった。
ジェームズを中心にシリウスとが展開するフォーメーションJ1で中央突破を図る。
はジェームズとシリウスのやや後方に位置していた。
と、メイヒューがぴったり箒を寄せてきた。
は緩急をつけた飛行でメイヒューを振り切ろうとしたが、彼女はしぶとくついてくる。
飛行術の腕はが上だが、メイヒューは根性と執念で食らいついてくる感じだ。
これでは自由に動けない。
「私にばかりかまっていていいのかな?」
横目にが問うと、メイヒューはにやりとした。
「少なくともあなたの参戦は防げますわ」
「それはアンタにも言えるんじゃ?」
「私はチームメイトを信じていますの」
「へぇ! スリザリン生の口から誰かを信じてる、なんて言葉が出るなんてねぇ」
「勝利のために各自の役割を果たすのは当然でしょう」
「そりゃそうだ」
はおもしろそうに口の端をつり上げる。
──さて、どうしようか?
メイヒューの意見が押し通されたのか、あるいはチーム全体でそれが良策とされたのかはわからないが、スリザリンチームはを徹底的に封じる作戦を採用したようだ。
ちなみには、メイヒューが押し通したと思っている。
何故なら、ならマーク対象がよほどの凄腕──たとえば、その選手さえいなければ100%勝てると確信できるくらいの人──でなければ、こんな手を使おうとは思わないからだ。
主観的に見ても客観的に見ても、はそこまでの箒の乗り手ではない。
おそらく、には決してまともにプレーさせない、とか言ってチームメイトを納得させたのだろう。
そのへんの事情はにはどうでもいいことだが、彼女はそのように推測した。
──だったら、それを逆手に取ってやる。
は一気に加速し、ジェームズとシリウスの援護へまわる姿勢を見せた。
もちろん、メイヒューはぴったりついてくる。
スリザリンのビーターの妨害をかわしたシリウスへ、が手を上げた。
「シリウス、こっち!」
メイヒューがパスコースを潰そうと割り込む。
その時、シリウスはの目と口の動きに気づいた。
はでメイヒューと張り合って、意地でもパスを受け取ろうと熾烈なポジション争いを始めている。
シリウスもの動きに合わせてパスをしようとクアッフルを振りかぶったため、スリザリンのビーターもメイヒューを援護しようとへブラッジャーを打った。
直後、実況の口も観衆の口も『あ』の形で固まった。
シリウスはくるりと向きを変えると、相手チェイサーのマークを振り切ったジェームズへパス。
もほぼ垂直に進路を変え、放たれたブラッジャーは本来狙われた対象がいなくなったため、メイヒューの箒をかすめて飛んで行った。
その時メイヒューは崩れたバランスを立て直しながら、ちらりと振り返ったがしてやったりと小さく笑んでいるのを見てしまった。
屈辱に頬を赤くした時、ワッと歓声が上がる。
ジェームズが得点を決めたのだ。
これでグリフィンドールの流れになるかと思われたが、そこは優勝候補のスリザリン、動揺も一瞬ですぐに態勢を立て直し、数分後には同点に追いついた。
その後も両チームは点を取っては取り返しを繰り返し、大きな点差はつかず勝敗はシーカーにかかった。
メイヒューはのマークをやめなかったが、始めの頃のようにぴったり張り付くことはなくなっていた。
試合の行方をハラハラしながら見守っていたリリーは、同寮生に肩を叩かれ手紙を渡された。
清楚な柄の品の良い封筒だ。
「誰から?」
「名前は知らないけど男の子よ。どこの寮かわからなかったけど、グリフィンドールじゃないことは確かね」
「そう、ありがとう」
お礼を言って彼女と別れると、リリーは差出人の名を確かめようとした。
しかし、封筒にはそれらしい名前は書かれていない。
──うわっ、怪しい。燃やしちゃえ。
のそんな声が頭の中に響く。
リリーもそうしようと思った。ここは人が大勢いるから、試合の後にでも。
けれど、何故だろう。
こういうのを魔が差した、とでも言うのだろうか。
それとも、今日までの積み重ねか、あるいはこの手紙をラブレターなどではなく、いつものアレと確信して、いい加減堪忍袋の緒が切れようとしているのか──その封を切ってしまった。
思った通り、ラブレターに類する平和な内容ではなくて。
緑の瞳が鋭く細められた。
背後でワッと上がる大歓声。
ついにどちらかのシーカーがスニッチを捕まえたのか、それとも他の何かが起こったか。
廊下を歩きながらリリーは試合のことを思った。
が問題を起こしたわけじゃないわよね、と本人が聞いたら憤慨しそうなことを思い、その時の様子を思い浮かべたリリーはかすかに口元を緩める。
雰囲気の良くない女子集団に囲まれて、ひと気のない薄暗い廊下を歩いているというのに、何故かリリーの心は落ち着いていた。
ヘンに度胸がついたのは、やはりあの友人の影響かと思ってしまう。
やがて押し込まれた埃っぽい教室で、リリーは説得という名の脅しを受けた。
「賢いあなたがわざわざ私達の手紙に呼び出されてくれたってことは、協力してくれると思っていいのよね?」
「その前に聞きたいことがあるの」
ブラウンの髪を丁寧に結った女子に、リリーは問う。
彼女達は全員ネクタイを外しているため、どこの寮の集まりかわからない。また、見知った顔もいない。
「あなた達のボスは誰?」
女の子達はクスクス笑う。愚かな質問をされたように。
けれどリリーは冷静に笑って流し、問い続ける。
「ごめんなさいね。私、この容姿に成績も良いでしょう。そのせいか、やっかみが多いのよ。これが有名税ってやつかしらね」
わざと挑発するように言えば、彼女達はサッと気色ばむ。
「こんなに私に注目してくれるんだもの。ぜひ、その代表者にご挨拶したくて」
「調子に乗ってんじゃないわよ!」
ブラウンの髪の女子が怒鳴る。
彼女はリリーに杖を突きつけると、ギリギリと眉をつり上げて言った。
「この女、とんだ女狐だわ! 今のが本性ってわけね。その口車でさんをたぶらかしたのね!」
「意味がわからないわ。あなた達、何を考えているの?」
この女の子達の間ではどんな位置にいるのか。
自分達の知らないうちに気味の悪い包囲網を敷かれている気がした。
「あの人には、私達のところへ帰ってきてもらうのよ」
「どうしてマグルの孤児院なんかにいたのかわからないけど……たとえ混血だとしても、その血は貴重よ。あなたのような下等な血の人と一緒にいて良い人じゃないのよ」
「私達がどれだけ歓迎しているか、私達といるほうがどれだけ利があるか、それをわかってもらえたらきっと来てくれると思うわ」
そうなることを疑わない彼女達の言葉に、リリーは何と返したらいいのか悩んだ。
確かにには計算高いところがある。
義理や人情よりも損得勘定を優先させるところがある。
けれど、信念がないわけではない。
たとえ彼女達の側につくことに大きな利があったとしても、の信念に反するなら共に行くことはない──リリーはそう確信している。
そのためにどんな窮地に立たされても、きっと頷かないだろう、と。
もし頷いた時は、それは見せかけだ。
それに、リリー自身も納得のいかないことに膝を折る気はない。
彼女達に屈するということは、あの差別を受け入れるということだ。
そしてそれは、リリーの両親をも貶めることになる。
決して認められることではない。
「あなた達の呼び出しに応じたのは、はっきり拒否するためよ。純血社会のトップの座を用意しても、は決してついて行かないわ。私もマグル出身者への差別にも屈しない。顔洗って出直してきなさい」
直後、魔法の光線が交差した。
リリーとブラウンの髪の女子が放ったものだ。
周りの女子達もいっせいに杖を抜く。
双方の緊張が最高潮に達した時。
バーン! と、もの凄い勢いでドアが開かれた。
「そこまでだ! エヴァンス、無事か!?」
杖を室内へ向けて飛び込んできたのは、何とクライブだった。
リリー達はポカンとして彼を見つめた。
何故ここにいるのか?
反応のないリリーに眉を寄せると、クライブはさらに室内に踏み込み、彼女をかばうように立つ。
「ミスター・フラナガン。どういうつもり?」
「俺の好きな人の友人に味方して何が悪い?」
「彼女が『何』なのか、わかって言っているの?」
「何って……将来有望株の魔法使いの卵だろ?」
さらりと言われた言葉に、ブラウンの髪の女子は信じられないというように表情を強張らせた。
そして、その衝撃はリリーへの敵愾心へと変換される。
「この……災厄が! あなたは魔法界の災厄よ! 穢れた血の者が私達真の魔法使いの心を穢すんだわ!」
「やってらんねぇな、もう」
舌打ちしたクライブは、リリーの背を押してドアへ促す。
しかし、一歩先に魔法の光線が走り2人の足を止めた。
クライブの温度のない瞳が魔法を放った女子を射抜く。
とたん、凍りついたように動けなくなった姿を、クライブは興味をなくしたような、つまらなさそうな目で見ると、スッと視線を外し、
「行こう」
と、リリーを教室の外へと連れ出した。
薄暗い廊下に2人分の靴音だけが低く響く。
先に口を開いたのはリリーだった。
「一応お礼を言うわ。ありがとう。でも、あんな態度をとって良かったの? あの人達、スリザリンが主体なんじゃないの?」
「いいんだよ、あんなつまらない人達」
感情の乏しい口調に、リリーはクライブに睨まれた時の彼女達の反応と、それを受けた彼の表情を思い出した。
「どうしてあそこがわかったの?」
「後をつけたから。……良からぬたくらみがあること、本当は知ってたんだ。だから、が心置きなく試合ができるよう、エヴァンスの近くにいたかったんだけど。寮の違いって、そんなに重たいもん?」
そう言ったクライブの顔がとても寂しそうだったため、リリーはが朝食の時に言っていたことを教えた。
すると、今しがたの落ち込みようが嘘だったかのように、パァッと表情が明るくなっていく。
「そうかー! 俺のこと心配してくれてたのか。嬉しいなぁ!」
本当のところはわからない。
心配したのかもしれないし、後で自分にとばっちりが来ることを嫌ったのかもしれない。
クライブは自分に都合の良いように受け取った。
「とは……エヴァンスともだけど、出会いが最悪だっただろ。今でも許されてないのかな、とか思ってたけど、そうか……」
「そんなにが好き?」
「もちろん」
間髪入れずに頷くクライブに、リリーは首を傾げる。
その様子にクライブは小さく笑った。
「やっぱり不思議か。だけが、俺を真正面から見て自分の言葉をぶつけてきたんだ。最初はケンカだったけど、嬉しかった。諦めてたものが手に入った感じだ」
それは奇しくもクライブとの父親同士の関係が築かれていく過程と似ていたのだが、当然彼らに知る術はない。
「大げさじゃなく、俺に意見できるやつなんてスリザリンにいないから、心配いらないよ。それよりお前が危険だ。あいつら、徒党を組んでを囲い込もうとしてるぞ」
「やっぱり……」
「は闇の陣営と繋がりを持ちたがっているっていう噂で固めて、無理矢理引き入れるつもりだ」
「噂だけで?」
「噂の力を甘く見たらダメだ」
クライブは表情を厳しくする。
「根も葉もない話でも、周りがそうと信じればいつの間にかそれが真実になってしまう。それで孤立したところに、親切面して行くんだよ」
「なら、それでも拒否すると思うけど……」
「そうだろうな。でもあの人はただ黙ってる性格じゃない。自分と対話する者が自分が嫌う者しかいない時、どうするだろう?」
リリーはしばし考え、まさか、と顔を上げる。
負けん気は人の2倍も3倍もある人だ。悲観して命を絶つなど考えにくい。かといって、嫌いな者に合わせるとも思えない。
なら、諦めて受け入れたフリをして、復讐を謀るだろう。
「でも、私はを一人になんてしないわ」
「そこだよ。なかなか屈しない人に言うこと聞かせるには、その人間を孤立させるのが一番だ。その人に味方する人を懐柔するか──潰すか」
リリーは息を飲む。
今日のあの女子達は、リリーを痛めつけてに近づくとこうなるぞ、と知らしめるために来たのだろう。
「は気づいてるのかしら?」
「何となく気づいてるかもな。だから、ガードナーを放置してる。ヘタに刺激するとエヴァンスに攻撃がいくから」
リリーへの攻撃は、への警告にもなる。
言うことを聞かないと、お前の友達が傷つくぞ、と。
両方から攻めて、2人の信頼関係を壊そうとしている。
そこでリリーは、さらにその先にあるものに気づいた。
「黒幕がガードナーだとしたら、最終的な狙いはやっぱりブラック?」
「だろうな。凄まじく執着してるから。に無理矢理言うこと聞かせてブラックを呼び寄せるか……その辺は知らんけど」
何て陰険なんだろう、とリリーは怒りを通り越して呆れてしまった。
「どうしてハッフルパフなのかしら」
「さぁね」
ともかく一人になるな、とリリーはクライブに忠告された。
リリーがグリフィンドール寮へ着くと、そこはお祭り騒ぎだった。
あの大歓声はやはり試合に勝った故のものだったようだ。
「リリー、どこ行ってたの?」
真っ先に駆け寄ってきたには焦りの色があった。
リリーに怪我がないか確かめるような。
「ちょっと人と会ってたの」
「……誰?」
探るような目に、リリーはクライブの言っていたことが当たっていると確信した。
だから、を安心させるためにも正直に話すことにした。隠すべきところは隠すけれど。
「フラナガンと少し話しをしてたの。偶然会っちゃって。朝、あなたに邪険にされたこと気に病んでたわよ」
「あいつ……! リリーにグチりやがって」
は顔をしかめて舌打ちした。
報われないクライブに同情しながら、リリーはこれからのことを思う。
ガードナーとの戦いが長引きそうなこと。
を守り、自分も守らなくてはならないこと。
心を強く持たなくてはならないこと。
それから……強力な味方がほしい。
目には目をではないが、もし権力で来られた時に助けてくれるような、誰か。
この時、も同じようなことを考えていた。
今回はクライブと一緒にいたから安心できたけれど、できれば彼のように闇の魔術と関係の深い人ではなく、それと対立する人で魔法界で力のある人がリリーについてくれないか、と。
そうすれば、彼女の将来に大きな安全を確保できるのに、と。
本当は自分がその立場であれたらと思うが、血筋や体質を考えると難しそうだ。
今日の勝利を祝いながら、リリーとは頭の痛い問題に心の中でため息をついた。
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