ずい分と冷めた目で。
そこには、ノクターン横丁のある店に魔法省が強制捜査に乗り込み、そこそこの成果を上げたことが書かれてある。
その店は、も知っている店だった。
しかし、彼女が知る限り魔法省が乗り込むような店ではない。
店長には悪いが、彼は小物だ。
何か出てきたとしても、これまで魔法省が見て見ぬフリをしてきたもの程度だろう。
拡大する闇の勢力を封じ込めるような強力な策を立てられないことに対する住民達からの突き上げをそらすためのパフォーマンスか、と鼻で笑う。
彼女が毎年の夏休みに世話になっている店の主人は、大らかな見た目とは逆に抜け目ないところがあるので、捜査などされないよう『話のわかるやつ』に充分な賄賂を贈って自由に営業しているに違いない。
他に興味を引く記事もなく新聞を閉じた時、ジェームズの呼ぶ声がした。
「まだここにいたんだ。ねえ、雪合戦やらない?」
ジェームズに誘われて校庭に出てみれば、スリザリン生を除く居残り組が集まっていた。
珍しくリリーまでいる。
「組み分けはグーとパーで決めよう」
公平だからと言うジェームズに反対する者はいない。
そうして分かれた結果、・リーマス・シリウスの組と、ジェームズ・リリー・ピーターの組に分かれ、そこにハッフルパフ生やレイブンクロー生が加わった。ジェームズが張り切ったのは言うまでもない。
「当たっていいのは3回までだ。それ以上雪玉をぶつけられたら、死体役として転がってるように!」
「風邪ひくだろ」
すかさずシリウスに言われ、死体役になったら陣地から出るということに落ち着いた。
それともう一つ。魔法はナシだ。
1分間、雪玉作りや作戦会議にあてられ──いざ、開戦!
いきなり混乱したのはジェームズ達だった。
「ちょっ……ピーター、盾にしないでっ」
「え? そんなことしてな……うわぁっ!」
「ブハッ。──ペティグリュー!」
「ひぃぃっ」
ピーターに押し出されるようにして顔面に雪玉をくらったハッフルパフ生があげた声に、ピーターは身を縮こまらせた。
攻撃という行為にとことん向かない彼は、無意識に味方を盾にしながら投げつけられてくる雪玉を回避する。
これに目を付けたのがで、ニヤリとすると雪玉を次々とピーター目掛けて投げる。投げる。投げる。
そのたびに誰かが犠牲になり……。
「ピーター! アンタがいてくれて本当に良かった!」
「! 何で僕ばっかり狙うの!?」
「ピーターを狙うと収穫が多いからだよ!」
笑うだが、その猛攻撃もジェームズの反撃で終わりを迎える。
ピーターを狙うことに気をとられているところを、横から突いたのだ。
「そっちがそう来るなら、その隙を突かせてもらうよ。リリー、雪玉じゃんじゃん作って! 僕ともう一人でを狙え。あと、雪玉係を潰すんだ!」
「ぬ。それなら私とシリウスはピーターを! 他はジェームズを中心に鈍そうなやつから集中砲火だ! リーマス、雪玉よろしく!」
ジェームズとがそれぞれのチームの司令塔となり、戦いはいっそう激しさを増した。
この2人が中心になっているように見えるが、実際は勝敗の鍵を握っているのはピーターだ。
とシリウスに付け狙われ、時々流れ玉も飛んで来たりで、とうとうピーターは目を回し、ばったり倒れた。
「ペティグリュー!?」
「ピーター?」
リリーとリーマスが勝負を中断して、倒れたピーターのもとへ駆け寄る。
達も集まり、彼の顔を覗きこんだ。
「あなた達やりすぎよ」
「しょーがねぇやつだな」
リリーに睨まれてもシレッとしているシリウス。
このままにしておくわけにもいかないので、彼はピーターを校舎まで運んだ。
これにより、雪合戦は終わりを告げた。
冬期休暇も終わり、ホグワーツに賑やかさが戻ってきた。
達もいつも通りの生活になって一週間が過ぎた頃、ガードナーに声をかけられた。
授業で特に話しをすることもないので、新学期が始まってからはこれが最初の対面となる。
「こんにちは、さん」
「……どうも」
にこやかなガードナーに対しは素っ気ない。
愛想のない応対を気にした様子もなく、ガードナーは続ける。
「ティーカップは気に入ってくれたかしら?」
「ああ、うん。ステキなデザインだったね」
「そう言ってもらえると贈ったかいがあったわ」
どうやら話はこれだけだったようで、ガードナーは友人達を連れて去っていく。
会話の中に敵意やいやらしさというものはなく、そこには居心地の悪さを感じた。
彼女の態度は、そこそこ交友のある相手に対するものだ。
そんなことをされる覚えはない。
そして、この日からガードナーの奇妙な接触が始まった。
これを一番に警戒したのは、やはりシリウスで。
談話室で宿題に励んでいたの前にドーンと立ち、威圧的な目つきで見下ろす。
は気づかないフリでもしてやろうかと思ったが、後で面倒なことになるとみてシリウスの態度にムッとしながらも顔を上げた。
「何か用?」
「何か用じゃねぇよ。お前、何であの女と仲良くやってんだよ」
あの女とは、言わずもがなガードナーのことだ。
しかし、仲良くとは聞き捨てならんと、は不満たっぷりにシリウスを睨み上げる。
そんな態度が気に入らないのか、シリウスもギュッと眉間にしわを寄せた。
「何だよ。仲良いだろ? にこやかにおしゃべりしやがって」
「ケンカ売られたわけでもないのに、何かするわけないでしょ。だいたい、おしゃべりって言ったって挨拶くらいだよ」
「無視すりゃいいだろ」
「理由がないよ」
「お前なぁ。あいつには散々迷惑かけられただろうが。何より怪しいだろ」
「そりゃそうだけど」
「のこと、本気で男だと思って惚れちゃったとか」
「いや、それはないから」
突然割って入ってきて混ぜっ返したジェームズに、のシリウスの否定がきれいに重なる。
ジェームズは一瞬奇妙な感じに目を見開いたが、すぐにおかしそうに吹き出した。
「キミ達のほうがよっぽど仲良しじゃないか」
笑うジェームズに、もシリウスも言葉を引っ込め、何も言えない顔で息を吐いた。
その日の数占いの授業で、はバリー・ハウエルと組んで与えられた課題に取り組んでいた。
練習問題として出されたのは、ミニピラミッドの数字パズルの謎を解き、中に閉じ込められているものを取り出すというものだ。
ここの数字の配列が何とかの法則で……と、2人してあーでもないこーでもないと思うことを言い合いながら解を求め──
「うわっ、爆発したっ」
間違えるとトラップが小爆発を起こす。
「おやおや。今のミスで2人は永遠のハゲの呪いに冒されてしまっていたかもしれないよ。慎重さと多角的に見る姿勢を忘れないように」
通りかかった先生の不吉な言葉に、とバリーは思わず頭に手をやり、髪の毛の有無を確認した。
先生はくすくす笑いながらゆっくりと次の生徒を見に行く。
「正解だと思ったんだけどな」
「うん……あっ」
ぼやくバリーの横で、ミニピラミッドをひっくり返したが小さく声をあげる。
どうした、と覗き込んでくる彼に、見つけたそれを指し示す。
バリーは額を叩いて小さく呻いた。
本物のピラミッドはひっくり返して底を見るなんていうことはできない。
その思い込みを突かれたのだ。
「こんなところに数字が。ということは……」
別の公式を用いてバリーが導き出して行く解を、が暗証番号ボタンに打ち込む。
最後の数字を押すと、ミニピラミッドの頂点部分が見た目によらぬ重厚な音を立てて開いた。
「やった!」
「何が入ってた?」
歓声をあげたと、中身を見ようと首を伸ばすバリー。
指を突っ込んでが取り出したのは、2つのおもちゃの指輪だった。
子供用なので2人の指にはとうてい入らない。
指輪の1つをバリーにわたし、達成感にひたっていると、巡回していた先生が再びやって来てニッコリした。
「よくできました。もし2人が呪い破りを目指すなら、その指輪に呪いがかかっていないか調べることも必要なわけです」
先生のこの言葉は、呪い破りという職についてのことのようでもあり、最初の問題を突破したからといって浮かれないように、と忠告しているようでもあった。
とバリーは素直に頷き、残りの時間をこの実践のまとめに使った。
授業時間が終わり、書き切れなかった分は寮に持ち帰ろうと片付けをしているのところに、ガードナーがやって来た。
「今の授業のことで教えてほしいことがあるんだけど、いいかしら?」
友人には先に帰ってもらったのか、彼女一人だ。
の隣ではバリーが訝しげに目を細めている。
「……私にわかるならいいけど」
少しの間の後にそう返したに優雅に礼をして、ガードナーは腰掛けると教科書を開いた。
「ここなのだけど、どうしてこういう解になるのかわからなくて」
「どこまでわかってる?」
座り直し、ガードナーの疑問に答えようとすると、聞かれたことに羽ペンを走らせて返すガードナーを、バリーは黙って見守る。
何度かの問答の後、納得のいったガードナーは、晴れやかな笑顔で礼を言った。
「やっとわかったわ! ありがとう。これ、ずい分意地悪な例題だったのね」
「うん。関係なさそうな配列が鍵なんだよね」
ガードナーにつられるようにも微笑む。
まさか笑顔を向けられるとは思っていなかったのだろう。
ガードナーは一瞬、ハッとしたような顔になった。
しかし、それもすぐにいつもの澄ましたような顔になり、
「それじゃ、もう行くわね」
と、軽く会釈をして教室を出ていった。
バリーが感心したような、呆れたような長いため息を吐く。
「いつの間に和解したの?」
「してないよ。仕方ないでしょ。文句つけに来られたわけでもないんだから」
「そうだけど。適当にあしらうかと思ってたよ」
「……アンタもシリウスみたいなこと言うんだね」
やれやれと肩をすくめたは、ふと、考え込むようにバリーから目をそらす。
難しい表情のまま、は内心を吐露した。
「仲良くする気はないし、そもそも無理でしょ。相手の出方を待つなんて趣味じゃないけど……決定的な隙を見せないから、罠にはめようにも攻めようにも取っ掛かりがないんだよね」
後半の物騒なセリフに若干口元を引きつらせるも、なるほどとバリーは納得した。
ピーターに絡むスリザリン生のように、あるいはセブルスに絡むジェームズやシリウスのように、直接仕掛けて来るなら応戦するのみなのだが、表面上は友好的で素行も悪くないとなると、下手に仕掛けても自分の立場が悪くなるだけなのだ。
もともとガードナーは外面は良かった。
うまい立ち回りで、いっときとシリウスはすっかり悪者にされてしまったのだ。
いつかリリーに怪我をさせたハップルパフ生とガードナーの繋がりについても、わからないままだ。
もっとも、こちらは別件という可能性もあるが。
「みんなの前で本性を暴くのも楽しそうだけど……めんどくさいや」
だから、しばらく放っておく、とは結論付けた。
何かあったら教えてね、とバリーに頼んでおくのも忘れずに。
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