リリーとも準備を手伝ったが、その間もペチュニアは目も合わせてくれなかった。
その態度にはスリザリンのオーレリア・メイヒューを思い出した。気位の高い純血主義で、マグル出身のリリーや何かと反抗的なを敵視している人だ。ペチュニアは、いわばその逆だ。メイヒューとペチュニアが会うようなことがあったら、もしかしたら気が合うんじゃないかとは思った。
「リリーは学校ではどうだい? キツイことを言ったりしていないかい?」
ふと、エヴァンズ氏がに問いかけてきた。
やめてよ、とリリーが声を上げるがエヴァンズ氏はにこにこしながらを見ている。
何て答えよう、とは何となく正面のリリーを見れば、余計なことを言ったら殺すと目で脅しをかけてきていた。父親は彼女の隣にいるため、その形相は見えていない。幸せだ。
「えーと……仲良くやってますよ。リリーの周りはいつも明るい笑い声が絶えないんです」
嘘は言っていない。ただ、笑い声と笑い声の間に時々特定の人物に対して怒声や罵声や拳が飛ぶだけだ。
の返答にエヴァンズ氏は「そうか」と頷いた。
「この子はちょっと潔癖症なとこがあるから、特にやんちゃな男の子と衝突してるんじゃないかと心配してたんだよ」
「……大丈夫ですよ」
負けてませんから。
という言葉を無理矢理飲み込む。
さすが父親だと思った。きっと小学校の頃からいろいろあったのだろうとは予想した。
「学校は楽しいかい?」
「はい、とっても」
これは妙な間をあけずに答えることができた。
リリーの両親もジェームズの両親も基本は同じなんだな、とは思った。遠く離れた学校で子供がどんな生活を送っているのか、気になって仕方がないのだ。ましてやホグワーツは魔法使いの学校で、寄宿生のため長期休暇の時しか会えないのだから。
の両親も生きていればこんなふうに心配してくれたのだろうか、と思うと少し切なくなるのだった。
食事も終わり、風呂にも入り、後はおしゃべりしながら眠るだけとなった頃。
簡易ベッドを借りることになったにリリーが何かを思い出したように話しかけた。
「そういえば、このことポッターに話したでしょ? 見てこれ」
少し怒ったように唇をとがらせてリリーが机の引き出しから取り出したのは、パンパンに張った封筒だった。
ジェームズからのわけのわからない熱い想いを綴った手紙か、とはすぐに察しがついてしまった。
律儀な性格故か封は切られている。
「中、読んだの?」
「2枚目でやめたわ。苛ついてきたから」
「ごめん。リリーにまで行くとは思わなかった。ちょっとからかってやろうと思って、ジェームズから来た手紙の返事に書いたんだけど。ちなみに私のとこには吼えメールが来たよ」
乾いた笑いを漏らすに、リリーも疲れたような笑みを見せた。
「ほんっと、困ったヤツ」
リリーは手紙を引き出しに放り投げるようにして戻した。
「ところで話は変わるけど」
引き出しを向いていた頭をクルッとに回すリリー。赤毛が遅れて揺れる。
口調から、これからの話が本題なのだとは思った。それも、あまり聞きたくないような。
「4年生は一点たりとも減点は許さないわよ。特にマクゴナガル先生の最初の授業ではね!」
「うぅ……わかってるよ」
「学年末の時みたいな目には、もうあいたくないでしょ」
「わかってるってばっ」
勘弁してよ、と眉を八の字にする。
3年生の時に教室を一つ吹き飛ばした事件で、は100点の減点をくらい2週間、放課後にマクゴナガルの手伝いを言い渡された。
そのせいで、クィディッチでは優勝したものの、学年末に発表される寮杯の獲得は逃したのだ。その時の寮生達からの視線の痛さは、今でも生々しく思い出されるのである。
「4年生は慎ましく暮らします」
「卒業までそうすること!」
「……はいはい」
「問題起こしたら私も罰を下すからね」
「エーッ!? リリーの罰って心身ともに痛そうなんだけど?」
「痛くないと罰にならないじゃない」
ふんぞり返ってキッパリ言い放つリリーに、の背筋に寒気が走る。
やる。
これは口だけの脅しなんかじゃない。
リリーはやると言ったらやる。
それを確信し、は神妙な顔で頷いたのだった。
だがよく考えてみれば、が意図して起こした問題などほとんどない。どれも事故と言っても良いのだ。
「まずは、魔法の派手な失敗を減らすことね」
の心を見透かしたようにリリーが言った。
「前の席の人を吹っ飛ばしたり、壁に穴あけたり、机を炭にしたり、気持ちの悪い変身魔法をかけたりは絶対にしないこと」
絶対に、に特に力が入っている。
けれど、それとてわざとやっているわけではないのだ。一生懸命やった結果、そんな惨めなことになってしまうのだ。
杖が合っていないのでは、と聞かれたこともあったが、ちゃんとオリバンダーの店で選んだものなのだから、そんなはずはない。
つまり、が極端に下手くそだということになる。
ピーターも呪文の習得までに時間のかかるほうだが、彼の失敗はまだおとなしい。不発に終わったり、羊皮紙の端が少し焦げたりといった程度だ。
「そうだ!」
パチン、と手を叩くリリー。
は面倒なことが起こりそうな予感がしてわずかに眉を寄せたが、リリーはかまわずニッコリして言った。
「発音と杖の振り方の練習をしましょう。これで完璧よ」
「リリー、今日くらい勉強から離れようよ……」
予感的中でげんなりとする。
も勉強は好きなほうだが、遊ぶのも大好きなのだ。リリーの家、それも懐かしいマグルの世界の家に来たというのに、それを堪能できないのはもったいないとは思った。
けれど、リリーの考えは変わらないようだ。それどころか、やる気のないを叱るようにキリリと眉を吊り上げる。
「毎日の練習が大事なのよ。あなた、マクゴナガル先生にO.W.LとN.E.W.Tで上位成績とるように言われてるんでしょ。4年生には学年トップを狙うくらいの気持ちでいかなきゃ。ううん、狙うのよっ」
「学年トップなんてリリーにあげるよ。どうせかなわないし」
「やる前から諦めてどうするの? 1年生の時はがんばったじゃない。大丈夫、やればできるわ」
首を縦に振るまでリリーの説得は続きそうだ、とはやれやれとため息をついた。
リリーの望む返事の代わりにの口から出た言葉は。
「アンタ、絶対教育ママになるね……」
その後、結局はリリーと並んで3年生の教科書を覗き込み、呪文の復習をしたのだった。
成果があったかどうかは新学期にならないとわからない。
翌朝、いつものようにリリーより1時間程早くに目が覚めたは、リリーを起こさないよう静かに身支度を整え部屋を出た。ペットのプラチナもリリーの傍で丸くなっている。
小さくきしむ階段を下り、玄関へ向かう。住人の寝室は全て2階にあるが、できるかぎり音を立てずに玄関の鍵をあけた。
早朝の空気は少し湿り気を含んでいる。
そっと扉を閉めてが向かったのは、玄関の脇の小道から続いている庭だった。
昨日のお茶会の時に窓から見えて気になっていたのだ。
とてもきれいな庭だったから。
サク、と芝生を踏む感触が心地よい。
そして思った通りきちんと手入れされたきれいな庭だった。
花壇には夏の花々。サルビア、ヒマワリ、ポーチュラカ、ダチュラ。別の花壇にはハーブ。庭に直接植えているのは柑橘類だろうか。他にも知らない草花がたくさんあった。
はしばらく自分の顔よりも大きく背も高いヒマワリを見上げ、次に花壇の脇にしゃがんでサルビアやポーチュラカをじっくり見てはうっとりと目を細くした。
サングラスのせいで本来の色を見ることはできないが、その瑞々しさは存分に感じることができた。
魔法界でこれだけ気持ちを華やかにさせる庭は見たことがなかった。
ムーンバスケットは論外だし、ホグワーツの温室は基本的に授業や医務室で必要なものばかりだし、クライブの家の庭も毒草が多いことを除けば、ホグワーツとたいして変わらなかった。
ジェームズの家も手入れはされていたが、花にあふれてはいない。もっと自然に近い感じだった。
が見てきた場所が偏っていただけかもしれないが。
その時、後ろのほうで芝生を踏む音が聞こえた。
振り向くとジョウロを手に、硬い表情でじっとを見ているペチュニアがいた。
「おはよう。早いね」
声をかけると、ペチュニアはサッと目をそらし忙しなくジョウロをさすった。
はかまわず話し続ける。
「きれいな庭だね。もしかして全部ペチュニアが世話してるの?」
「そ、そうよっ。それが何か?」
やっとペチュニアから得た返答は、とても喧嘩腰なものだった。口調はツンケンしているのに、決して目を合わそうとしない。
そのことには苦笑すると、立ち上がって花壇の前から離れた。自分がいてはペチュニアは花に水をやることができないだろうと思ったからだ。
が花壇から充分に距離をとったことを確認すると、ペチュニアはようやく足を動かした。
彼女が無言で花に水をやる背を眺めていると、驚いたことに向こうから話を振ってきた。いや、独り言のように話し出したと言うべきか。それくらいに呟くような小声で。
「あなたのこと、リリーに聞いたわ。変な人なんか呼んでほしくないから、もしそんな人だったら絶対に反対しようと思って」
「何て言ってた?」
「すごく自分勝手な人だって」
何てことを言ってくれるんだ、とは天を仰ぎたくなった。ペチュニアが魔法使いを気味悪がっているのはよく知っているはずなのに、と。
そのペチュニアはボソボソと先を続ける。
「口が悪いし、あれが欲しいだのこれは気に入らないだの私のやることを邪魔するなだの、おまけに嘘がとても上手いだの‥‥正直言って、どうしてそんな人と友達なのか疑問に思ったわ」
そうだね、と我が事ながら同意する。
まるで暴君だ。
思わずため息が出てしまった。
ペチュニアの話はまだ終わらない。
「でも、散々に言いながらリリーは凄く楽しそうだった。それで、最後にこんなことをつけ加えたわ。──それでも、とても友達思いなのよって。がいたから、嫌なことがあってもすぐに忘れることができたって。とても守られてるって言うの……ちょっと、聞いてるの?」
水をやり終え、振り向いたペチュニアはそっぽを向いているを咎めるような声を出した。
はペチュニアにほとんど背を向けたまま、聞いてる、と短く返す。
もちろんちゃんと聞こえていた。
けれど、思ってもみなかった褒め言葉に、とてもじゃないがまともにペチュニアを見ていることができなかったのだ。
の素っ気無い返事にペチュニアは胡散臭そうな視線を投げてきた。
「……とてもリリーが言うようには見えないわね」
「リリーは大げさ。でも、アンタはその話を聞いて私の訪問を許してくれたわけだ」
「許すわけないじゃない。諦めただけよ。あの人、自分の提案はいつも素晴らしいものだと思ってるのよ。両親もすぐ賛成するしね。ううん、騙されてるのかも。得意の魔法でさ!」
不満たっぷりのペチュニアのセリフに、はようやく体の向きを直すことができた。
リリーもずいぶん嫌われたものだ、と苦笑が漏れる。
ペチュニアにとってのリリーは、リリーにとってのジェームズのような存在みたいだとは思った。
それと、両親がリリーばかりを気にかけているように感じて妬いているのだろう、とも。
ペチュニアは、まるでが憎たらしい姉であるかのように睨んで言った。
「私は騙されないわよ! あなたやリリーがへんてこりんな魔法でよからぬことをしようとしたって、必ず見抜いてやるんだからっ」
だんだんとヒステリックになっていくペチュニアに、はため息をつきたくなった。
リリーの妹はそうとうストレスが溜まっているようだ。
「……じゃあさ、ペチュニアは見張っているといいよ」
興奮したせいか、小さく息を切らしているペチュニアは、静かに言ったの言葉にきょとんと目を丸くした。
首の後ろを撫でながら面倒くさそうには続ける。
「これから学年が上がってたくさんの魔法を覚えていって、それをリリーが間違ったことに使わないように、アンタが見張ってればいい」
「あなた……リリーの友達よね?」
「そうだよ」
「なんでそんな突き放すようなこと言うの?」
「別に突き放してないよ。私は、自分が間違った魔法の使い方をすることはあっても、リリーがそうするとは思ってないから。でも、私の基準とペチュニアの基準は違うでしょ。ペチュニアがリリーの振る舞いはここではふさわしくないと思ったら、そう言えばいいんだよ。……ちょっと聞いてる?」
さっきとは逆の立場になって、今度はが呼びかけた。
ペチュニアはぽかんと口を開けて呆けていた。
それから、ゆっくり眉尻を下げていき泣きそうな顔になっていく。
いったい何があったのか、とは慌てた。
「ど、どうしたの!?」
「何で……」
ひどいショックを受けたようにペチュニアの声は震えていた。
「何でそんな冷たいこと言うの? リリーの友達なら、リリーの味方をすればいいのに。あなただって同じ魔法使いなんでしょ? リリーを悪く言う私からリリーをかばうべきじゃないの? こんなの、あんまりだわ……」
ペチュニアから出てきた言葉は、予想外のものだった。
としては、ペチュニアが見張ることでリリーもふつうの人と何ら変わりない人なんだということをわかってほしくて言ったことだったのだが、ペチュニアはそれをのリリーへの裏切りのように感じてしまったらしい。
軽く驚くと共に安堵もした。
いろいろ愚痴や捻くれたことも言うけれど、姉思いなところもあるではないかと。
「そういうつもりで言ったんじゃないけど。……でもペチュニアがそう言ってくれるなら、私の心配は思い過ごしだったかな」
「何笑ってんのよっ」
「あはは。言い方変えよう。見張るんじゃなくて、見ていて。リリーのこと、ちゃんと見ていてほしいな」
「意味がわかんないのよっ」
「あっ、そろそろ起きてるかな。まだ寝てたら鼻の穴くすぐってやろうか」
ウシシシ、と笑うにペチュニアは疲れたようにガックリと肩を落とす。同時に盛大にため息をついていた。
彼女にとっては姉以上にわけのわからない存在になった。
まだ寝ていたリリーに悪戯しようと忍び足でベッドに近づくが、後からやって来たペチュニアに止められるのはもう少し先のこと。
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