わいわいと口々にプレゼントの感想を言い合いながら賑やかにやっている中、泥水でも飲まされたような呻き声をあげ、顔をしかめた者が2名──シリウスとだ。
「見てコレ。ガードナーからだよ。呪われてないかな?」
が押し出した箱には、上品でかわいらしいデザインのティーセット。
もしこれが、一年下の友人のアデル・リンゼイからのものだったら喜んだだろうし、仮にクライブ・フラナガンやバリー・ハウエルからのものだったとしても、黙って受け取ったはずだ。
それが、目下抗争中の相手からとなると、とてもじゃないが素直に手にする気になれない。
リリーも渋い表情で箱を睨んでいる。
「あとで調査しましょう」
彼女は真剣な目で言った。
次に、視線はシリウスへと移る。
彼はリリー以上に渋い表情をしていた。
「まったく知らねぇ奴から来てる」
「いつものご挨拶じゃないの? 毎年何人かいるじゃないか。それにほら、今はこんなご時世だし」
茶化すようなジェームズの言葉にも、シリウスは強張った顔のまま首を横に振る。
「誰からもらったの?」
が聞くと、シリウスは無言でクリスマスカードを突き出した。
受け取ったカードをリリーと2人で確認したが、には初めて見る名前だった。
代わりにリリーが声をあげる。
「この人……」
「知ってるのか?」
どこか助けを求めるようなシリウスの目に、リリーは答えにくそうに口の中で何事かもごもごと呟いた。
みんながじっと見つめる中、観念したのか口を開く。
「この人、男の子に興味がある人なの」
それがどういう意味なのか、しっかり理解するのに1分くらいかかっただろうか。
次の瞬間には「わー!」だの「ぎゃー!」だの意味をなさない叫びが、達の口から飛び出した。
カードを放り投げたシリウスに哀れみの目を向け、
「たぶん、こういう具合になったんだと思うわ」
と、リリーは推理した送り主の心情を説明した。
・シリウスとは付き合っている
・は男だったらしい
・シリウスは男に興味がある?
・自分にもチャンスがあるかも!
「ねぇよ!」
「私は女だってば!」
シリウスだけでなく、からも抗議の声があがる。
そのことにジェームズは爆笑し、から拳骨をもらった。
シリウスは頭痛を振り払うように頭を振ると、追加で3枚のカードも見せる。
「……じゃあ、こいつらもその手か?」
「あーうん、真ん中の人はそうだけど、後の2人はわからないわ」
「……」
「それにしても、どこでそんな情報を?」
撃沈したシリウスに代わり、リーマスが問う。
リリーは困ったような笑顔を見せた。
「私も人から聞いただけだから……」
「女の情報網、怖ェよ……」
「は知ってたの?」
カードの送り主もそういう個人情報はできるかぎり隠しておきたいだろうに、と今度は別の意味の衝撃に打ちひしがれたシリウスの背を撫でながら、リーマスは次にに尋ねたが、こちらからは肩を竦めるだけの反応だった。
「で、シリウス。どうするの? 思い切って付き合っちゃう?」
「……ジェームズ、嫌がらせにしかならない冗談ならやめてくれ」
「シリウスがその人達と付き合うと、私は浮気されるのか捨てられるのか……」
「!」
「冗談だって。ま、そういう人達なら誤解をとけばいいでしょ。ガードナーよりマシだと思うな」
「あの女からなら、俺のとこにも来てる」
「……ああ、そう」
シリウスとは同時にため息を吐いた。
重苦しい雰囲気になってしまった2人の気分を変えさせようと、ジェームズはそれぞれの背を叩く。
「まあまあ、そんなのは放っておいてさ。他はどうだったの?」
ああ、と頷きシリウスは分類を終えたプレゼントの山を目で示した。
今年も彼への贈り物の数は凄い。
ジェームズは、うらやましそうな、同情するような、一言では表現できない表情でその山を見たかと思うと、次の瞬間にはニヤッとしてシリウスに言った。
「それじゃ、手作りは排除して既製品をいただこうじゃないか。これで当分お菓子には困らないねっ」
そのセリフから事態を察したリリーとは、生ぬるい眼差しをプレゼントの山へ向ける。
あの中のどれほどが手作りかはわからないが、身の危険にさらされるような好意を向けられるのは不幸かもしれないと思った。
「ほどほどっていい言葉だよね」
「そうね」
「リリーもたくさんもらってるけど、大丈夫?」
「そんな思慮の足りない人はいないわ」
「何だって!?」
突如、ジェームズが会話に割り込んでくる。今まで慰めていた親友を放り出して。
リーマスとピーターがフォローに回るが、シリウスのこめかみにはうっすら青筋がうかがえる。
が、ジェームズはあっさり無視してリリーに詰め寄った。
「い、いったいどこのどいつがプレゼントを!? 女の子からならともかく、男からのものなんて認めないっ。今すぐここに並べて! 僕が全部燃やしてぶへあッ」
「うるさいのよ」
まくしたてるジェームズの顔面にクッションを押し付けて、強制的に黙らせるリリー。
平和な時間は終わった、とは目を閉じる。
リリーは押し付けるクッションにさらに力を加えて、目つきを険しくさせた。
「私へのプレゼントを、あなたに横から口出しされる筋合いはないわ。あなたと私は友達でも何でもないのだから。うっとうしい!」
きつい言葉に、は何となくジェームズに同情してしまう。
いつも思うが、彼は押しが強すぎるのだ。
自信に満ち、周囲を巻き込む覇気はクイディッチなどの勝負事では有利に事を運ぶが、繊細な問題には向いていない。
恋愛など路傍の花くらいにしか思っていないでも、それくらいはわかる。
そして、これはいくら周りが言っても、本人が気づかないかぎり何度でも繰り返してしまうのだ。
思いやりって難しいな、とは思った。
「あのさ、まずは朝食にしない?」
リリーが大爆発を起こす前にが提案すると、同じことを考えていたらしいリーマスとピーターが頷いた。
向こうは向こうでシリウスが噴火しそうだ。
その時、ふとは自身の違和感に気づいた。
ペタペタと体のあちこちに触れ……そして歓喜に瞳を輝かせる。
「やった……! 元に戻ったァ!」
「本当に?」
「本当だよリリー! 着替えてくるね。──あ、そうだ。ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター……反省!」
のキーワードに反応し、4人はいっせいに床に突っ伏す。
「、てめぇ!」
「あははは! 戻った戻ったァ!」
シリウスの怒鳴り声もさらりと無視して、は女子寮のドアの向こうに消えていった。
朝食の終わったを、闇の魔術に対する防衛術担当教師のレドナップが呼び止めた。
新学期開始時よりは彼への態度が軟化しただが、依然、苦手としていることには変わりない。
時折、ジェームズ達と仕掛ける襲撃も最近はご無沙汰であるし、他の問題を起こした覚えもない。
疑問を抱えたまま招かれた事務室へ入り、促されるままに椅子に座る。
紅茶を出されたが、はゆらゆらと立ち上る湯気を見つめたままだった。
向かい側に腰掛けたレドナップは、いやに真剣な面持ちで突拍子もないことを切り出した。
「私の養子にならないか?」
「なりません」
話はそれだけか、と立ち上がろうとするを押さえ、レドナップは続ける。
「お前は今、自分がどのような立場に置かれているかわかってるのか?」
「ガードナーが、滅んだ家を復興させようとしている……とかいう戯言なら少々」
辛辣なの物言いにレドナップは一瞬苦笑したが、すぐにそれを引っ込めた。
「確かに今は戯言かもしれん。だが、あの家はブラック家に急接近している。ブラック家としても味方が増えるのは嬉しいだろう」
「どっちにしろ、私は関係ないでしょ。純血じゃないんだから。ガードナーは知らないから勝手なおせっかいを……」
「そこだ」
パンッ、とレドナップは軽く膝を叩く。
「かつて権勢を誇ったお前の家の復興を手土産に、ガードナーはブラックとの結びつきを強くしようとしている。そのお前が純血ではなかった──いや、ヒト以外の血が混じっていると知ったら……。私は、お前の才が惜しい」
レドナップがいい加減な考えで言っているわけではないことは、彼の目を見ればよくわかった。
彼が今日まで彼女を観察して出した結論だ。
は目的を遂げるためなら暗闇の中に手を突っ込むことも厭わないが、自分がどこに立つべきかはわかっている。そう見ていた。
は、戸惑いを隠せなかった。
元闇祓いの子になんてなれるか、と突っぱねることは簡単だが、事はそんなに単純ではないことを突きつけられてしまった。
レドナップははっきりとは言わなかったが、そういうことだ。
ガードナーやブラックが、の血を隠してまでという旧家にこだわるとは思えないし、明らかになった時に周りは許さないだろう。
純血主義者の、純血への狂信的とも言える姿勢はスリザリン生を見ていればわかる。
現在、未成年であるは、その身柄は魔法省預かりとなっている。
世の中が健全なら良いが、闇の勢力が拡大している今、魔法省にも彼らの手が伸びてきていることは間違いないだろう。
レドナップは、権力によりの才を闇の勢力に取り込まれるか潰されるかする前に、自分の手元に置こうと考えたのだった。
だが、それにはの同意がいる。
彼女はまだ4年生だが、レドナップはその身に迫る危機をわかっているのではないかと期待した。
は軽く頭を振った後、レドナップの目を見て答えた。
「少し、考える時間がほしい」
その目は、レドナップの期待を裏切ってはいなかった。
は学校の外で起こるだろう自身に関する危機を、漠然とながら感じていた。
その危機は、あくまでも可能性の低いものとしてだったが。
しかし、3年生になる時の夏休みにあったことは、いまだに鋭い痛みとしての中に居座っている。
あのようなことが再び起これば、生きていられるかわからない。
けれど、割り切れないものもある。
元闇祓いで現ホグワーツ教職員。これほど身元のしっかりした人のところに行くことが、どれほど自分の守りになるかわかっていたが、たとえ関係なかったとしても、両親を殺した連中と同じ職業の者のところに行くのには抵抗があった。
レドナップもの葛藤を察したようで、今学年が終わるまでに返事をくれれば良いと言った。
このことをリリーに話したら、
「今すぐOKの返事をしてきなさい!」
と、迫力ある顔で言われたが、やはりは決めかねて沈黙してしまった。
「先生が保護者になってくれるなんて、滅多にないわよ。レドナップ先生は良い先生だと思うわ。……私も、あなたが心配よ」
そう言って、リリーはの手を握る。
は、あたたかなその手をじっと見つめていた。
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