挨拶をしても目をそらすグリフィンドール生。
クィディッチチームのメンバーは、がどんな人かよく知っているのであからさまな態度はなかったが、その代わりどういうことなのかと質問攻めにされた。
「全部ガードナーのでっち上げだよ」
細かい説明は全て省略してそれだけ言ったに、彼らは安心したような微笑を見せた。
もともとエレイン・ガードナーの言うことなど信じていなかったが、本人からはっきりと否定の言葉を聞けて心が落ち着いたのだ。
と貴族令嬢という単語がよほどしっくり来なかったということだろうか。
さらには、シリウスとの噂のことでは同情されてしまったのだった。
シリウスとが釣り合わないという意味ではなく、ふだんの関係を見てもとても2人の間に恋愛感情があるように見えないからだ。ケンカ友達というなら、文句なしに全員が頷くだろう。
「ガードナーが何を考えてるのかわからんが、災難だったな。いや、今も災難なのか。ともかく、他のやつらが何を言おうと僕らはキミ達の味方だから、協力してほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
誠実な言葉をくれたキャプテンのエイハブ・ナッシュに、は本当に遠慮なく申し出た。
「ガードナーの闇討ちに力を貸してほしいんだけど」
「さて、練習のスケジュールだが……」
エイハブは眉ひとつ動かさずにあっさりと話題を変えてしまった。このあたり、長年の付き合いの賜物である。
そんなわけで、一部の頼もしい味方を得て一日が始まった。
すっかり悪者になってしまったシリウスとだったが、どちらがより悪かと言うとのほうだった。
シリウスにはもともと寮を超えた強烈な非公認ファンクラブがある。
対してにそんなものはない。それどころか、去年の教室爆破事件などで評判が良いとは決して言えない。
「だいたいさ、みんな馬鹿みたいに噂に振り回されすぎなんだよ」
午後の授業は薬草学で、温室で実習授業のための移動中、はげんなりとした顔でこぼした。
グリフィンドール生は口でこそ何も言ってこないがよそよそしい態度で、ハッフルパフ生からは冷たい視線を送られ、レイブンクロー生からは「あなたの態度は感心しない」などとわかったような顔で言われ、スリザリン生からは揶揄だか野次だかが飛んでくる。
私が何をした! と、叫びたい気持ちでいっぱいだった。
隣のリリーも彼らの態度にはほとほと呆れ返っていたようで、これまでほぼずっとムスッとした顔をして過ごしていた。
「ハッフルパフとの合同授業、嫌だな。バックレちゃおうかな」
「ダメよ。そんなの、負け宣言したようなものよ」
面倒くささから出たの言葉に、リリーはキッとなって言った。
負けず嫌いな彼女らしいセリフに、に思わず苦笑がこぼれた。
それにも生真面目なリリーから逃げられるとは思っていないのだ。一緒に歩いている以上、授業をサボる気はなかった。
指定されていた温室に入ると、真っ先に突き刺さってきたのが予想通りハッフルパフ生の鋭い視線だった。
それらの奥にはエレイン・ガードナーを見つけた。
目が合うと暗い瞳でうっすらと笑った。
それに嫌悪を感じつつもはサッと視線をそらして、何も見なかったふりをした。
チャイムが鳴り全員がそろったのを確認したスプラウトは、3人くらいでグループを作れと指示する。
とリリーとあと一人誰か……と首を巡らせたところで、爽やかな笑みを浮かべて手を挙げて自分をアピールするジェームズを押しのけ、ハッフルパフの生徒が現れた。
夏休み中に会ったバリー・ハウエルだ。
彼は同寮生からの視線もものともせず、
「一人なんだ。混ぜてよ」
と、言って勝手に混ざってきた。
こうして3人で木の剪定の実習に入ったわけだが。
「何だか大変なことになっちゃったね」
パチン、と枝を切って形を整えながらバリーが小声で言った。
教科書の見本と自分の木を見比べていたリリーが、ちらりとを窺う。
はつまらなさそうな顔でバリーを見る。
「そう思うなら何とかしてよ」
「僕、あの人は苦手なんだよ。スタイルは抜群にいいんだけど……わっ、人に鋏を向けちゃダメだって!」
「それ以上くだらないことを言うと舌をちょん切ってやる」
「、落ち着いて」
居心地の悪い授業に若干苛立っていたをリリーがなだめた。
舌打ちしたが再び剪定作業に戻ったのを見たリリーは、バリーへ視線を移すとエレインについて質問をする。
「彼女の目的は何なの? 復讐?」
「まぁ、そんなとこだろうね。シリウスを落とす計画をメチャクチャにされたんだから。がもう少し注意力の足りない人だったら、こんなことにはなってなかったと思うよ」
「まるで私が悪いかのような言い方……。それより、詳しいね。聞いたの?」
「聞こえたんだよ。エレインと友達が話しているのがさ」
聞きたくなかった、と言いたげに困り顔で肩をすくめるバリー。
それはそうだろうね、とは初めて彼に同情した。誰だって暗い話題など耳に入れたくないだろう。
「、あなた絶対に彼女の神経を逆撫でするようなことしちゃダメよ」
「してないよ……ちょっと、鋏をこっちに向けないでよ」
先ほど注意されたことを、今度は注意する側に回る。
リリーの鋏を押しのけるに、バリーはやや真剣な声音で言った。
「あの人、自分を我慢することができないんだよね。そういう意味では素直で正直なんだけど……僕で力になれることがあったら言ってよ」
「そうする。ありがと」
3人はほぼ同時にため息をついた。
結局、出た結論は『エレイン・ガードナーには関わらない』という今までと変わりないものだった。
消極的な案だが、リリーもバリーももそれが最善だと判断した。
下手につついても話がややこしくなるだけだ。
触らぬ神に祟りなし?
臭いものには蓋をしろ?
少し違うかもしれないが、そんな位置づけである。
さらにはリリーとの間ではエレインこそが『名前を言ってはいけない例のあの人』になっていた。
数日が過ぎたがシリウスのほうもこれといって絡まれている様子はない。
このまま自然消滅してしまえばいい、とが思っていた矢先にそれは起こった。
変身術の理論について疑問があったが、職員室へマクゴナガルを訪ねた帰りだった。
ドタバタとうるさい足音を立ててへと駆けてくるリーマス。
どこか緊迫した青白い顔色から、悪戯してフィルチに追いかけられているわけではないことがすぐにわかった。
どうしたの、と問う間もなくリーマスはの手を引っ掴むと、息を整えるのも惜しんで来た道を走って戻ろうとする。
「ちょっとちょっと、リーマス! いったいどうしたの!?」
とりあえず、付いて走りながらが聞くと、
「リリーが階段から落ちて、今医務室にいるんだ」
と、リーマスは前を向いたまま返してきた。
とたん、今度はがリーマスを引っ張る形で前に出た。
医務室行きなるほどの怪我など、いったいどんな落ち方をしたのか。
リリーが単なる不注意で足を滑らせるとは考えにくい。
彼女も理不尽なやっかみを受けることが多い人だ。
何かに巻き込まれたのではとは心配した。
ほとんど飛び下りるように階段を下り、半ば滑りながら角を曲がる。後ろで何か叫んでいるようなリーマスの声が聞こえたが、には聞こえなかった。
そして医務室のドアをぶっ壊すような勢いで開け、リリーの名を呼んだ。
「何ですか騒々しい! ここをどこだと思ってるんです!?」
返ってきたのは医務室の主マダム・ポンフリーの怒声だった。
その声量の凄まじさには反射的に首をすくめる。
「すみません。あの、リリーが階段から落ちたって聞いたんですけど……ね、リーマス──リーマス?」
が振り向いて確認を求めたが、当のリーマスは頭を抱えてフラフラしていた。
「……キミの勢いに引きずられたらたまらないよ。僕、何度か空飛んだ気がする」
「ご、ごめん」
「まったく、何をやってるんですかあなた達は。ミス・エヴァンズはこちらですよ。軽い捻挫でした。もうすっかり治ってますから、安心なさい」
マダム・ポンフリーのその言葉に心から安堵して、は彼女の後についてリリーのいるベッドへ向かった。
閉められたカーテンの向こうに一声かけてからマダムがカーテンを開ける。
そこにはベッドに腰掛けているリリーの他に、ジェームズとシリウス、ピーターがいた。
珍しい、と口の中で呟く。
まさか彼らを入れているとは思わなかったのだ。
それはそうと、3人の表情は嫌に厳しかった。
マダムの話だと軽い捻挫だったはずだ。
を見たリリーが苦笑気味に手を振った。
「階段から落ちたんだって?」
「軽い捻挫よ。マダム・ポンフリーのおかげで、もう何ともないわ」
「うん、そう聞いた。じゃあ、もう帰れるんだね?」
「ええ。あなたを呼びに行ったって言うから待ってたの。行きましょ」
軽く勢いをつけてベッドを降りたリリーは、脇に置いてあった鞄を持ち上げた。
ジェームズはうつむいたまま、どこか一点を睨みつけたまま動かない。
ピーターは今にも泣きそうな顔でジェームズを見ている。
異様な雰囲気だ。
を連れて医務室を出て行こうとリリーが手を取った時、シリウスがに目配せをした。
これは単に階段で足を滑らせたわけじゃないな、とは察した。
「鞄、持つよ」
「大丈夫よ。本当にもう痛くも何ともないから」
の申し出をリリーはやんわりと断る。彼女の歩調はいつも通りだ。そのことには安心した。
「それにしても、リリーが階段から落ちるなんて、どうしたの?」
「足が滑っちゃったのよ。それだけ」
「案外ドジなんだね」
「うるさい」
ドジと言われたことが癪に障ったのか、リリーはツンと顔をそむけると早足になって行ってしまう。
は慌てて追いかけた。
何となく感じたのは、この話題にこれ以上触れてほしくないという気配。長年の付き合い故に感じることのできる気配だ。
リリーの頑固さもプライドの高さも知っているは、本当のことを聞きだすのは無理かな、と感じた。そうなると、何か知っていそうだったジェームズに聞くしかないのだが。
夕食時、いつものように旺盛な食欲を全開にしているは、少し遅れてやって来たジェームズ達から意味深な目配せを受けた。
医務室でシリウス受けたものに似ている。
何かを聞かせてくれるのだろう。
彼らは離れたところのあいた席に座り、特に変わった様子も見せずいつも通りに食事を始めた。
五つ目のローストビーフのかたまりを食べ終えたは、
「食べたら図書館に寄っていくから、先に戻っててくれるかな」
と、リリーに言うと、彼女はやや心配そうな目でを見た。
「ねぇ、マクゴナガル先生に賛成してる私が言うのも何だけど、ちょっと勉強しすぎじゃない? 辛いなら、私も先生に……」
「平気平気! 確かにちょっと無謀かなーとは思うけど、どうにかなるって。だんだん慣れてきたし。ありがとね」
どんな心境の変化か、こんなことを言ってきたリリーに、は思わず笑ってしまった。と、同時に今回は別の用事であることに、やや罪悪感を覚える。特別に隠す必要はないはずなのだが、リリーが話したがらない以上、自分が気にしていて探っている姿を見せるのは上手いやり方ではないだろう。
大広間を出てリリーと別れた後、しばらくそこでウロウロしているとはシリウスに呼ばれた。
5人はジェームズを先頭に歩き出す。
どこに向かっているのかわからないだったが、着いたのは古いタペストリーをめくり、大きな亀裂の入った壁を杖で叩いた向こうにある隠し部屋だった。
むき出しのままの岩壁、座るのにちょうど良さそうな背の低い岩。それだけの、洞窟のような部屋だった。燭台もないので杖明かりだけが頼りだ。
それぞれが適当な位置に落ち着くのを確認すると、ジェームズがじっとを見つめて切り出した。
「リリーのことなんだけど」
「うん。うっかり足を滑らせたって本人は言ってる」
「わかってると思うけど、そんなんじゃない。ピーターが見てたんだ」
がピーターに視線を移すと、彼は緊張したように背筋を伸ばした。
聞かせてくれる、と言ったにピーターは頷き、その時に見たことを話し出す。
「僕、フィルチから逃げてて、壁のくぼみに隠れてたんだ。それで、時々外の様子を窺って……そしたら、目の前をエヴァンズが通り過ぎていった。何となく見てたら、後ろを下りていた女の子達の1人が階段の下段のあたりでエヴァンズを押したんだよ」
「どんな女の子達だったかわかる?」
「同じ学年のハッフルパフの人達……」
だいたい、そうではないかとは思っていた。
嬉しくない正解にため息が出る。
「ガードナーはいた?」
首を横に振るピーターに、は唸る。
ガードナーが指示したのか、勝手に攻撃に出たのか別勢力なのかわからない。彼女達に繋がりはあるのかないのかも。
「軽い捻挫ですんだのは、リリーの運の良さと運動神経の良さだね」
その時、ようやくジェームズが口を開いた。真剣な目が杖明かりを受けて怖いほどの迫力があった。
「僕は、犯人を突き止めるよ」
「……どうやって?」
尋ねたことを、はすぐに後悔することになる。
ジェームズはとシリウスを見ながら、突然ニヤリと人相悪く笑む。
「キミ達が付き合い始めたことにして、は闇の勢力に惹かれているふりをするんだ──つまり、噂通りに振舞う」
シリウスとはショックのあまり声も出なかった。
リーマスもピーターも似たような表情になっていたが、当事者でない分、まだ何かを言うことくらいはできた。少なくともリーマスは。
「それで……そこから犯人を探り当てろと? ジェームズ、危険だよ。それにシリウスに闇の勢力に近づけだなんて……」
「僕だって見てるだけじゃないさ。そんな人でなしじゃない」
非難するようなリーマスの視線に、ムッとするジェームズ。
「僕はガードナーを徹底的に調べる。叩けばいくらでも埃が出そうだからね。それらを突きつけて二度とリリーに近づくなと脅しをかけるのさ」
クククク……と片方の口の端を吊り上げて笑うジェームズは、悪のボスにしか見えなかった。
がシリウスを見やると、向こうもに目を向けていた。
どちらも困ったような、呆れたような顔をしている。
リリーを攻撃した誰かも、まさか新たな──それも厄介な──敵を作ってしまったとは思ってもみないだろう。
そもそも。
「ジェームズが本気なら、私とシリウスがヘンな演技する必要はないんじゃないの?」
の言葉にシリウスも何度も頷く。
「憂いは全部潰しておきたいんだよ」
「俺達の憂いはどうなるんだ」
「ま、それはあとで」
「何ていい加減なんだ! メガネ洗ってこい!」
「メガネは関係ないだろう!」
「いいや、お前の目もメガネも曇ってる!」
「ジェームズ、私もシリウスに賛成」
「僕も」
「ごめん、ジェームズ……僕も」
に続きリーマス、ピーターにも反対され、ジェームズはがっくり肩を落として諦めた。メガネを外してローブの袖で拭いている姿が哀愁を誘う。
「リリーには私がついてるようにするよ。とばっちりだろうから、ちゃんと見とく」
「……うん。頼むよ。ガードナーは、僕が」
とジェームズはお互いの決意を胸に、がっちりと握手した。
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