そのことに少しだけ気落ちしたが、は何度も手紙やカードを読み返すことで時を過ごした。
リリーからの手紙は、大半がを気遣う内容で後の少しは授業のことだった。が諦めたマグル学のノートはしっかりとってあるから心配はいらない、と。
本当に頼もしい友達である。
寮では2人部屋なので、きっととても寂しい思いをしているに違いない。
だって、早くリリーの声を聞きたいと思っている。
一番重かったジェームズ達からの手紙は、とても濃い手紙だった。
ジェームズはの見舞いの手紙というよりは、を心配するリリーを心配している内容だし、シリウスはスネイプの悪口がほとんどだ。リーマスは魔法薬の相談をしてきている。唯一の常識人といってもよいピーターだけがを励ますことを書いていた。
しかし彼もしょせんは悪戯仕掛け人。
『がいないと、魔法へたくそ仲間がいなくて寂しい』
などという言葉で締めくくっていた。
「あいつら……」
頬が引きつってしまう。
でも、こんなふざけたことを書いて寄越せるのもがちゃんと元気になって戻ってくると信じているからで。
頬の引きつりはすぐに緩んでしまう。
アデルも一心にを心配している。最後に『お姉様に大怪我をさせた犯人に地獄のような苦しみを与えるような呪いをかけたいです』と、空恐ろしいことがかわいらしい文字で綴られていた。
「アデルって、こんな子だったっけ?」
もしかして自分やクライブの悪い影響か、と反省の念がよぎる。
たまに3人で集まっていると、あのいけすかないヤツをどうシメるか、とかいう物騒な話題でとクライブが盛り上がっているのをアデルは間近で聞いているのだ。
「今度からもう少し気をつけよう」
は決意した。
そのクライブからは、気持ちが悪いほどのやさしげな慰めと励ましの言葉が贈られた。
気でも狂ったのかと思いつつ最後の一枚を見れば、早く元気にならないともっと背筋が寒くなる手紙を送る、と赤いインクで書かれていた。
「何がしたいんだあいつは」
を元気付けたいのか嫌がらせをしたいのか。
他にも袋の中に山ほどのお見舞いのカード。
なんと、あの、何かと突っかかってくるオーレリア・メイヒューからも来ていた。もちろ嫌味の言葉が綴られていたが。
は先日吐いた言葉を後悔した。
魔法界に来なければ良かったなどと……。
それはつまり、リリーやジェームズ達との出会いを否定する言葉だ。
すでににとっては大切なものになっている彼らを。
よく思い返してみれば、マグルの町にいた時も全部が全部良い思い出ばかりではなかった。良いこともあったし悪いこともあったのだ。
どこにいたって両方経験するのだろう。
マクゴナガルの言ったとおり、本当に寂しいことを言ってしまったとは反省した。
愚かだった。
先生達が次にいつ来るかはわからないけれど、もしまたマクゴナガルが来たら、このことをちゃんと話そうとは思った。
がその思いを伝えることができたのは、その2日後のことだった。
その日もダンブルドアとマクゴナガルが見舞いに来た。
「この前言ったことは取り消したいのです。ひどいことを言いました。ごめんなさい」
と、が言えばマクゴナガルは安心したように微笑んでくれた。
その後は、前の時の帰りがけにダンブルドアが言っていた、相談したいことについてだった。
それは、襲撃で失われたの私物や学用品についてだ。
現場を見ていないにはわからないが、大半が失われてしまったことから、けっこう派手にやり合ったことがうかがえた。
そこではハッと気づく。
「杖……私の杖はどうなりました!? あの日、確か杖は部屋に置いていったんです」
夏休み中だし、行き先はマグルの町だからという理由で。
「杖は……破壊されておった」
戦闘に巻き込まれて壊れたのか、誰かが故意に壊したのか。それはわからない。
思ったとおりに魔法を使えた例はあまりないが、それでも愛着のわいてきた杖だった。
呆然とするを気遣うように見つめるダンブルドア。
「、失われたものは多いが、今はキミが生きていることに感謝しなさい。交通事故にあってしまったとはいえ、キミは運が良かったのじゃ。もしあの戦いの場にいたら、命はなかったじゃろう」
「そうですよ、。それに事故にあったことこそが、あなたが殺されずにすんだ要因とも言えるのです。ふつうに用事をすませて夕方にでも戻っていたら、どうなっていたことか」
2人の先生に言われて、そうだったのかと改めては今自分が生きていることの奇跡を知った。
それにはきっと、白い世界で会ったウィリスも関係しているのだろう。
彼が道を教えてくれなかったら、おそらく死んでいたのではないだろうか。
ウィリスを思うとどうしてもいろんな感情があふれ出してしまいそうになるが、はきつく握り締められた拳を見つめてそれらを飲み込む。
「また、ダイアゴン横丁に買いに行かないと」
「お金のことは気にせんでよい。また支給されよう」
は黙って頷いた。
深呼吸するように息を吐いて、は顔を上げて2人に聞いた。やや明るい口調で。
「ところで、私はいつ退院できるんでしょうね? もういい加減退屈に殺されそう」
そう言うと、ダンブルドアもマクゴナガルも気持ちを切り替えたように今後のことに話題を移す。
「まだ外出許可は出ておらんのじゃろう?」
「はい」
「なら当分先じゃないかのう」
「え〜、もうここ飽きたよ。学校に戻りたい」
「それはわしやミネルバが決めることではないのう」
わざと意地悪く言うダンブルドア。けれどそれは本当のことだ。の退院を決めるのは、あの淡々とした癒者だ。
「マダム・ポンフリーの監視下でいいから学校にいるほうがいい……」
彼女の監視下のほうが今より窮屈かもしれないが、馴染んだホグワーツの空気のほうがいいとは学校を懐かしんだ。
がぐずっていると、マクゴナガルがコホンと咳払いをする。
「そこまで言うなら、癒者にかけあってみましょう」
「さすがマクゴナガル先生!」
パッと顔を明るくしたに、マクゴナガルはやや呆れた眼差しを向けたのだった。
の退院が決まったのは4日後だった。
マクゴナガルの多大な尽力との迷惑千万なわがままが通ったのだ。
本来ならまだ退院などできない身のに、これでもかというほど言い聞かせるため、その日は担当癒者と看護士、マクゴナガル、マダム・ポンフリーがの病室に集まって現在の容態と学校生活における注意点をくどいほどに話していた。
クィディッチは当分ダメ、少しでも具合が悪くなったら授業中でも医務室へ行くこと。生活は医務室で行うこと。一週間に一度は検診に来ること。
何より、おとなしく過ごすこと。
「……」
厳しい条件に沈黙してしまう。
クィディッチの禁止も体調不良による授業の途中退出も我慢できるだろうが、おとなしく過ごすなどできるだろうか。いや、うっかり何かをやらかしてしまいそうだ。
返事のないに、癒者は鋭い視線を向ける。
「いいかい、大声など出したこともない、早歩き以上などしたこともない、まさに深窓の令嬢のように過ごすんだ。無茶をすれば苦しい思いをすることになるよ」
脅すように言う癒者。
仕方がない、とは重い気持ちで頷いた。
癒者はなおも疑わしそうにの顔を覗き込んでいたが、やがて身を起こすと椅子に深く座り直しため息をついた。
その様子は「こんな退院は認めたくない」と語っている。
しかし彼の口はそれとは反対のことを紡いだ。
「それで、明日からの予定だけど……」
はマクゴナガルと共にムーン・バスケット1号棟へ行き、私物の確認。足りない学用品をマクゴナガルに購入してもらい、その間には杖選び。その後は病室へ。翌日の朝、検診の後、問題がなければホグワーツ特急に乗車という手はずになった。
やっとこの退屈の檻から解放されると思うと、自然との気分も上昇していく。
学校へ行っても窮屈な生活になりそうだが、会話の相手もすることもないここよりはマシだろう。
そして、はまばらな一般客と共にホグワーツ特急に乗り込んだ。
付き添いとしてダンブルドアが付けたのはハグリッドだった。
とハグリッドはほとんど面識がない。
初めて大きなハグリッドを見たのは入学式の時だった。日の暮れたホグズミード駅でランタンを振り回しながら大声で新入生を呼び集めていた。
それ以降は城内の廊下でたまに見かけたら挨拶をするくらいだ。
けれどは知っている。
一見怖そうに見えるハグリッドがとても優しい心根の持ち主だということを。
ハロウィーンの準備を手伝ったり、傷ついた動物の手当てをしているところをたまに見ていたから。
「校長先生から聞いてると思うけど、私は・。よろしく」
手を差し出せばハグリッドもにっこりと笑顔をに返して、大きな手で握手に応じた。
「大変だったな。だが、元気になって何よりだ。具合が悪くなったら我慢せずすぐに言えよ」
「うん」
「じゃ、乗ろうか」
荷物はハグリッドが持ってくれた。
は先を行く彼の後について、待機中のホグワーツ特急に乗り込んだ。
真ん中より少し後ろのコンパートメントに席を取り、シートに腰掛けたはさっそく向かいに座ったハグリッドに話しかける。
「平日の特急に乗るのは初めてだよ。ホグワーツ生が乗るような日は貸切なの?」
「そうだ。まあ、普段も列車を利用する魔法使いはほとんどおらんがな」
「ふうん……あぁそうか。みんな姿くらましで移動するんだね」
「ああ。後は『夜の騎士バス』とかな」
「バスなんてあるんだ」
「お前さん、知らなかったのか?」
頷くにハグリッドはバスについて説明した。
聞いたかぎりでは、あまり乗りたいと思うバスではなかった。
魔法界のものってどうしてこう過激なんだろう、と頭を抱えたくなるだった。
それから、ハグリッドはが彼のことをあまり知らないのとは反対に、意外とのことを知っているということがわかった。
クィディッチの試合でのことを知ったらしい。
「悔しいが、今のグリフィンドールチームは強い」
「ハグリッドはどこを応援してるの?」
彼の言い方から、別の寮の応援者だとわかったが尋ねた。
するとハグリッドは懐かしそうに目を細めて言った。
「俺はハッフルパフ出身だからな……とはいえ、退学したんだが」
「そうなんだ。ハッフルパフか……あそこってチームワークがすごくいいんだよね。守りに入られたらなかなか突破できないよ」
だから、何としてでも早いうちに得点しておきたいのだ。
出身寮のチームを褒められたハグリッドは嬉しそうに笑う。
「後は、攻撃のうまい選手が入れば文句ないんだが、寮の特性か、おだやかな人が多いからなぁ」
「ふふふ、それはちょっと違うよ。ハッフルパフの選手だって闘争心は他の寮に負けてないよ。ただちょっとフェアプレー精神が旺盛なんだよね。グリフィンドールもそうだけど。だから、搦め手とかが得意なレイブンクローが勢いづくと翻弄されちゃうし、点を取られて負けるくらいなら相手選手を潰すことも厭わないスリザリンが相手だとすぐ頭に血が上って、本来のプレーを忘れちゃうんだ」
「なるほど。でも今のグリフィンドールはずいぶん小手先の作戦が好きなようだが?」
その表現にからクスクスと笑い声がこぼれる。
「あれは悪戯の発想だよね」
「……ポッターか」
とたんにハグリッドは目元を渋くさせる。
「お前さんからも言ってやってくれんか。友達連れて森に冒険に行くのはやめてくれと」
ああやっぱり、とは思った。
あの4人が──特にジェームズとシリウスが、禁じられた森を目の前にしていつまでも眺めているだけなわけがない。
だっていつかは入ってみたいと思っているのだ。
そんなが「行くな」と言ったところで彼らは聞き流すだけだろう。むしろは「混ぜろ」と言いたいくらいだし彼らも「混ざれ」と言ってくるはずだ。
「おかげで気が休まる暇もない」
ぼやくハグリッドには苦笑を返すことしかできなかった。
それから間もなくして、は眠ってしまった。
列車の揺れが心地よくてというよりは、疲れて眠気が襲ってきたという感じだった。
過去の夢も、白い世界の夢も見なかった。
起こされたのは、ホグズミードまで後30分という時だった。
ローブに着替えているうちに寝惚けている頭もスッキリしてきて、とうとうホグワーツに着くんだという期待に満ちてきた。
やっと、元通りになった気分だ。
本当は何も元通りでもなんでもないのだが、一時だけでもそう思いたいだった。
着替えの後、到着まではハグリッドとドラゴンの話題で盛り上がった。
がドラゴンの生態について詳しく知ったのは、図鑑でセストラルを見つけた時だった。
それまで、ドラゴンと言えば魔法薬の貴重な材料くらいにしか思っていなかった。実物を見る機会もなかった。ドラゴンに関する規制は厳しいのだ。
けれど図鑑で知って以来、その力強さと賢さと気高さには強く惹かれた。
「俺はいつかドラゴンを飼ってみたい……卵からな」
「卵からかぁ。ドラゴンの赤ちゃんてどんな感じかなあ」
「そりゃあもう、目の中に入れても痛くないくらいにかわいいに決まっちょる」
「大きくなったら一緒に魔法省に乗り込んで、大臣どもを踏み潰してやりたいなぁ」
「……おいおい」
もちろんそんなことにドラゴンを巻き込んだりはしないが。
ホグズミード駅で降りると馬車が一台、とハグリッドを待っていた。
ダンブルドアが用意してくれたのだという。
今から学校に着くとちょうど夕食の頃だろうか。
うまくみんなに会えるといい、とは思った。
ところが、ホグワーツに着くなり安心したのか、はとてつもない疲労感に襲われてしまった。
迎えに来ていたマクゴナガルとマダム・ポンフリーがびっくりするくらいに疲れ切った顔をしていたのだ。
は夕食どころではなく、ハグリッドに抱えられて医務室へ直行することになってしまった。
こんなにも、弱っていたのかと情けなさを覚える。
そんな気持ちが表に出ていたのか、それともこれまでの付き合いから察したのか、ベッドへ寝かされたにマクゴナガルは慰めるように言った。
「明日の朝、調子が良ければ大広間で食事をとれるでしょう。今日はもうおやすみなさい」
まるで眠りへ誘う呪文のようだった。
の意識はゆっくりと深い闇に沈んでいった。
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