6.今年は2人で

3年生編第6話  フラナガン邸を訪れてからというもの、アルバイトが休みの日はほとんどそこで過ごした
 屋敷のある場所が場所なので、ダイアゴン横丁とノクターン横丁の境目にマリオンが迎えに来てくれていた。そこからは付き添い姿くらましであっという間だ。
 二度目の訪問では約束通りクライブは庭の植物紹介のための図鑑を用意して待っていた。
「あれは何?」
 と、が尋ねるたびに図鑑を開き、自身の知識も交えて説明をしてくれる。
 もちろん、庭を見てばかりではなくゲームをしたり、ひらめきに任せて魔法薬の調合をし猛烈な異臭を発生させてマリオンに叱られたりもした。とはいえ、デタラメな調合は思わぬ危険を引き起こすことはちゃんと知っていたので、たいして危険のない材料ばかりを選んだのだが、一筋縄ではいかないのが魔法薬。犬なら完全に死ねる刺激臭のする魔法薬に生まれ変わってくれたというわけだ。
「まったく、悪い遊びばっかり覚えさせられていく」
「楽しんでたくせに人のせいにするかな」
 たった今も2人は北側の庭に生えていた『悪魔の罠』を火であぶってからかっていたところをマリオンに見つかり、たっぷり怒られたところだった。
 どうしてそんなことをしたのか、と聞いたマリオンにはこう答えた。
「蔓がよじれる様子がおもしろくて……」
 マリオンは頭を抱えた。
 ダメと言ったものに触れたりあるいは部屋に入ったりしなければ好きにして良い、と確かにマリオンは言った。
 それでもはじめのうちはも遠慮していたのだが、クライブの案内で慣れてくると彼を巻き込んで本領発揮が始まったのだ。またクライブもおもしろがっての提案に乗った。
「自分の家にこんな楽しいことがあったとは」
 と、クライブにとっては発見の日々だったらしい。
 マリオンは何となくホグワーツでのを察したのだった。
 引き出しの中の写真を取り出し、若かりし頃の自分と友人を見つめる。
 彼も時々突拍子もないことを思いついては実行に移していた。そして巻き込まれるマリオン。
「あなたの子供は似なくていいところまで似ているようだよ……」
 写真の中で笑う親友へ、マリオンは力ない笑みを返すのだった。


 そろそろリリーが家族旅行から帰ってきて、今年もみんなで学用品の買い物へ行く日が迫ってきた頃、実はまだ宿題を残していたの部屋に2羽のふくろうが競い合うように舞い込んで来た。
「はいはい、今もらうから」
 先に自分の手紙を受け取ってくれ、と言わんばかりにふくろう達はに半ば襲いかかるように羽根を散らす。
 わがままな鳥をたしなめながら手紙を足から外したは、次にふくろう用の皿に水を入れて窓際の所定の位置に置く。
 2羽がおとなしく水を飲んでいる間には手紙を読んだ。
 差出人はジェームズとリリー。
 たいして長い手紙ではなかったが、読み終えたは徹夜明けのようにぐったり疲れていた。
 とうとうジェームズは決定的にリリーを怒らせてしまったようだ。
 二通の手紙の内容を照らし合わせるとこんな感じだ。
 ジェームズが買い物の日時の相談の手紙をリリーに送った。その際、まるでリリーが早くジェームズに会いたがっているかのようなことを書いたらしいのだ。その厚かましさにリリーはキレた。とても本人の前では言えないような罵詈雑言が手紙には書いてあった。かなりのご立腹だ。
 当然、リリーがジェームズ達と買い物に行くはずもなく。
 ノーの返事にジェームズは混乱と嘆きに暮れ、にとりなしてくれと泣きつき、リリーは2人で買い物に行こうと言ってきている。
 額を押さえ、うなだれる
「ジェームズの頭の中ってどうなってるんだろう」
 実際、彼がどんな手紙を送ったのかはわからないが、リリーがわざわざ書かれた内容を曲げて理解とは考えにくい。それに、ジェームズもきっと心のままに言葉を綴ったと思われる。
 そうなると、ジェームズの手紙の内容がよほどのものだったということに……。
 恋する人間というのは、何でも自分の都合の良いように解釈するものなのだろうか、とは疑問に思った。まだそんな経験のない彼女には、ジェームズの気持ちがいまいちわからない。
 あぁ、との唇からため息がもれた。
 しばらく頭を抱えていたは、やがて手紙の返事を書いた。
 今年は、リリーと行く。
 2人の仲を取り持つ気などさらさらない。そんな面倒臭いことに関わりたくもない。その辺はとてもドライだ。
 ジェームズには悪いが、純粋にリリーとの買い物を楽しませてもらおうと思うだった。

 待ち合わせは毎度おなじみの漏れ鍋。
 早めに着いてしまったはカウンター席でリリーを待つ。
 日取りはジェームズ達とはずらしたので、バッタリ出会うなどということはないはずだ。ジェームズが待ち伏せなんかをしていなければ。
 そこまで考えてはふと店内を見回してしまった。
 ──大丈夫。誰もいない。
 そんなことをしながらグレープフルーツジュースをちびちび飲んでいると、背後から懐かしい声がかかった。
 振り向けばやっぱりリリー。日焼けしたのか、ほんのり肌が小麦色だ。
「久しぶり、元気そうだね」
こそ。そういえば選択授業の件はどうなったの?」
 の隣の席に滑り込みながら尋ねるリリー。最初の話題が授業のこととはリリーらしい、とは小さく笑う。
「新学期の案内と一緒に再考するようにっていう紙が同封されててね、マグル学と古代ルーン文字学がかぶっちゃってさぁ……ルーン文字のほうを取ったんだけど。マグル学も名残惜しいなぁ」
 どちらを取るかについてはほぼ一日費やした。
 ウィリスの部屋のベッドを占領してゴロゴロと転がりながら唸っていたら、とうとう彼に部屋を追い出されてしまったのだ。
 すでに返事は出したとはいえ、いまだに未練の残るにリリーから頼もしい提案がされた。
「私のでよければ見せてあげるわよ」
 まさに神の声。
 パッと顔を上げて真剣な眼差しでリリーを見つめる。リリーはニコニコしている。
 感激したはリリーの両手を握り締め、何度も上下に振った。
「ありがとうございますリリー様! よろしくご指導くださいませ」
「任せなさい」
 拝むにリリーもノリ良く鷹揚に頷いてみせたのだった。
 それから漏れ鍋を出た2人は文房具店に入った。
 羊皮紙や羽根ペン、インクなど定番の消耗品の後、改めてじっくり店内を見て回る。
 様々な色のインクや派手な羽根ペン、インク用消しゴム、クリップ……デザインもかわいいものから奇抜なものまでけっこうそろっていた。
 中でもダチョウの羽根でできた羽根ペンや孔雀の羽根でできた羽根ペンはの目を引いた。いったい誰が使うんだろう、と。持ち運びがとても不便そうだ。
「ねぇ、これ見て。キラキラしてとても綺麗!」
 インクの試し書きをしていたリリーに呼ばれて行ってみると、パールピンクのインクが羊皮紙の上で照明を反射して輝いていた。
「かわいい色だね。でも、ずいぶん光ってない?」
「魔法でもかかってるのかな」
「緑や金もあるんだね」
 インク瓶の外側から見るかぎりでは、ふつうの色とたいして変わりはないのだが、書くと光る不思議なインクだった。
 魔法薬材料店で指定材料を買い、制服のサイズ調整は今年はなしなので洋装店は通り過ぎてフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かう。
「今年も古本屋で買うの?」
 と、リリーに問われたは迷いなく「もちろん」と頷いた。
 あまりにすがすがしい返答に苦笑がこぼれるリリー。
 書店は涼しかった。どういう仕組みなのか冷房がきいているようだ。
 入るなり、リリーは真っ直ぐ店員に向かい、教科書リストを見せてそろえてもらっていた。
 早くに会計が終わりそうなので、はリリーの隣でおとなしく待つことにした。
「そういえば、リリーは何を選択したんだっけ?」
「マグル学と魔法生物飼育学よ。……言わなかったっけ?」
「聞いてないなあ。ああ、あの時だよ。ほら……」
 が言いよどめば、リリーも思い出したらしく「あの時……ね」と、バツが悪そうに言葉を濁した。
 仲違いをしていた時だ。
 リリーは他の友達と、はジェームズ達と決めていたためお互いが何を選んだのか知らなかったのだ。
 ふと、ジェームズは何を選んだんだろうかとは思った。
 彼のことだ。リリーと教科を合わせたのではないかと思ったのだが、あの時のは自分のことで手一杯だったので、他のことまで気が回らなかった。だからピーターやシリウスが占い学を選択したのは傍で話していたから知っているが、それ以外はわからないのだ。
 それから、彼らに渡した魔法道具化させたメガホンとピコピコハンマーの製作法のその後も。果たしてフィルチに復讐はしたのだろうか。
 何も記憶にないことから、本当に余裕なかったんだな、と改めて感じるだった。
「魔法生物飼育学は一緒に勉強できるね」
「どんな動物が出てくるか今から楽しみだわ」
「動物、好きなの?」
「ええ。本当は猫でも連れて行きたかったんだけど、ちゃんと世話できるか不安だったから……」
「みんなけっこう逞しく生きてるよね」
 ホグワーツの廊下を我が物顔で闊歩する猫やヒキガエルの姿を思い出し、リリーとは笑い合った。
「ペットショップに寄って行こうよ。いい子がいれば飼ってみたら? 私も動物は好きだからかまわないよ」
 の提案にリリーは少し迷いを見せたが、やがて晴れた表情で頷いた。同室者の了承があるなら心強い。
 思い立ったが吉日とばかりに、の教科書は後回しにして2人はペットショップへ向かった。
 ガラス扉は開放されていて、店に近づいていくにつれて猫やネズミや他の動物の鳴き声が聞こえてきた。
 店内は隙間なくケージが並び、積み重ねられている。オリバンダーの店や書店もそうだが、魔法で固定されていなければ雪崩を起こしている積み具合だ。
 寝ているもの、ケージ内をウロウロしているもの、興味津々にリリーとを見つめているもの、威嚇してくるもの、無関心なもの、様々だ。
 リリーもも圧倒されてしまい、店内に一歩入ったところでポカンと口を開けて足を止めてしまった。
「す、すごいわね……」
「うん……」
 ようやく口を開け放したままにすることに飽きた2人が、素直な感想をもらす。
 それからゆっくりと歩き出した。
「こんなにいたら、どうしたらいいんだろうね?」
「うーん、勘?」
 自信なさそうなリリーの返答に、は乾いた笑いで応じた。
 でも、本当に勘で決めるしかなさそうだ。
 しばらく店内を巡っていると、不意にリリーが立ち止まった。視線の先は一番下のケージ。まだあどけない金色の双眸がじっとリリーを見上げていた。子猫のようだ。
 呼ばれたかのようにその双眸の主の前にしゃがみ込むリリー。
 金網の隙間から指を差し込み、小さな額を撫でている。
 には、まるで会話をしているように見えた。
 ふと、顔を上げたリリーは晴れやかな笑顔で告げた。
「決めた。この子にする」
 店員を呼んでケージから出してもらった子猫を見て、は何とも複雑な気持ちになった。
 ケージが一番下にあったのと、面倒臭くてサングラスをしたままでいたので子猫の目立つ瞳しか判別できなかったのだが、その猫は雪のように真っ白な毛をしていた。
とおそろいね」
「……そうね」
 嬉しそうに子猫を抱くリリーの言葉にどう返せばいいのか、にはわからない。喜べばいいのか恥ずかしがればいいのか。どちらも違うような気がしていた。
 真っ白な毛並みの子猫と真っ白な髪の。明るい金色の瞳の子猫と暗金色の瞳の
 きょうだいよ、とでも言えと?
 子猫がケージに入るのを嫌がったのでリリーはそのまま腕の中におさめ、ケージはまだ荷物の少ないが預かった。
 夏の日差しの強い通りに再び出ると、薄暗い店内で真ん丸になっていた子猫の瞳孔がキュッと縦に細くなる。
「名前は?」
「うーん、2号とかどう? 略して2号」
「冗談だよね? ね? それに、その名前は猫にもかわいそうだよ」
 慌てるにリリーが笑う。
「そうよね、あなたはともかくこの子がかわいそうだから……」
「ちょっとちょっと」
 訴えるをさらりと無視するリリー。彼女はたまに意地悪になる。
 困り顔のに朗らかに笑った後、リリーは言った。
「プラチナ」
「……その子の名前?」
「うん。見た瞬間にそう浮かんだの」
「へぇ。運命の出会いだね」
 自分が話題になっているなどわかっていないだろう子猫の頭をはつついた。
「プラチナ、これからよろしく」
 2人はそのまま古本屋を目指した。の教科書を買うためだ。
 店に入る前にリリーはプラチナをケージに押し込んだ。
 よほどケージが嫌いなのか、入るのを拒んだので本当に押し込んだのだ。
 はアイスクリーム屋で待っててくれてもいい、と言ったのだがリリーは一緒にいると言った。ケージの中でプラチナが抗議の声を上げているが、リリーは無視した。
「これも躾よ」
 と、ツンと言う彼女は将来立派な教育ママになるかもしれない、とは思った。
 ドアまで古びた古本屋に入るなり、インクの匂いと古本特有の少しカビ臭いような埃臭いような、そんな匂いが鼻をついた。
 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店とは違い、ここでは教科書リストを見せたら店員がそれらをそろえてくれるわけではないので、は1冊ずつ自分で集めていく。その際、中身のチェックは忘れない。
 破けたページはないか、塗りつぶされたページはないか、書き込みが激しすぎてもとの文章が読めないページはないか……。
 重要っぽい書き込みのあるページはないか。
「去年は外したからな……」
 ついこぼれた独り言だったが、リリーは耳聡く聞きつけた。
「そうそうズルはできないと思うわよ」
「ズルだなんて失礼な……。それにしても耳がいいね」
「あなたの声は聞き漏らさないから。そう決めたの」
「えぇ? 何? 監視?」
「もぅ、そうじゃなくて!」
 静かすぎる店内にリリーの声はよく響いた。実際はそんな大声ではなかったのだけれど。
 半分焼けてなくなったページを見つけて棚に戻したは、隣から強い視線を感じて目を向けた。リリーがいやに真剣な目でを見つめている。
「あの時、言ったでしょ。私ももお互いを知っているようで何も知らなかったんだって。だから、あなたの言葉は小さなことでもちゃんと聞いておこうと思ったの。もうあんな気が滅入るような日はいらないから。それに、何だか毎日新しいあなたに出会えるようで、けっこう楽しいのよ」
「な……」
 告白まがいのセリフに、思わずは一歩引いてしまった。
「私……そっちの気はないんだけど」
「バカッ、私だってないわよっ」
 バカと言われてしまったが、友達がノーマルだったことにひとまず胸を撫で下ろす
 けれど本当は。
 胸の奥底にじんわりと不思議なあたたかさが広がっていた。
 同時に、リリーにまだ打ち明けられないことがあることに罪悪感も覚えた。
 いつか話した時、それでも今と同じことを言ってくれるだろうか。
 もう何度も考えたことだけれど。
 リリーを大切だと思うなら。
 こんなふうに誠意を見せてくれる彼女に、こちらも誠意を示さなければならないのではないか。腹をくくる時が来たのではないか。
 あんなに心を寄り添わせていたマグルの仲間にも打ち明けられなかったことを、リリーに。
 嬉しさに緩みそうになる頬を、わざと緊張させて動かさない。
「う〜ん、ちょっと気をつけようっと」
「人の話聞いてるの!?」
 まだ、今は。
 照れくささのほうが先立って仕方がないから、茶化してしまおう。
 買い物を終えて店から出る頃になると、何故かリリーの顔はまずいものでも食べたようにムッツリしていた。
 逆にはホクホク顔だ。
「アイスクリーム・パーラーに寄って行こうよ。大丈夫、そのくらいのお金はあるよ」
「そうでしょうとも。あれだけしつこく値切ればね……!」
 原因はこれだった。
 は古本屋相手に値切りに値切ったのだ。
 リリーが思わず「プライドはないのか」と言い出したくなるほど、の交渉の仕方は凄まじかった。
 だが店主も子供相手だからと容赦はしなかった。
 2人の知恵を絞ったバトルに、リリーは見ているだけで疲れてしまったのだ。
「おかげで素晴らしい値段で買えたよ。ねばってみるもんだね」
「まったくもぅ……。それにしても、ずいぶん親しそうだったけど初めてじゃないの?」
「違うよ。値切りバトルも何度かやってる」
 それであんなに容赦がなかったのか、とリリーは納得した。
 2人は適当に空いている席に荷物を置き、注文に行った。
 冷たく甘いサンデーを食べながら、リリーはジェームズからの手紙の話を始める。
 序盤はうんざりした口調で愚痴をこぼしていたが、中盤でふつふつと怒りがこみ上げてきたのか少々口調が荒くなり、終盤ではスプーンを握り締めて思うさまジェームズの悪態をついていた。
 は一言も余計な口を挟まず、ウンウンと聞いていた。
 一通り不満をぶちまけたら気持ちが治まってきたのか、リリーはかわいい顔に似合わない荒々しいため息をつくと、さっさと話題を変えた。いつまでも気に食わない人間で頭の中を満たしておくことを時間の無駄遣いと悟ったのかもしれない。
「そういえば、もうマグルの店での買い物はすんだの? ノートやボールペンが欲しいって言ってたわよね」
「よく覚えてたね。夏休みの最後の日に行こうかなって思ってるよ」
「そうなんだ。──私も買っておこうかな。あるとやっぱり便利だろうし」
 その後、追加でジュースも注文して他愛もないことをしゃべりまくり、薄暗くなってきた頃2人はそれぞれ帰宅したのだった。
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