本当は去年のように宿題の答え合わせをしようと朝食の時に話していた5人だったが、いざ集まってみればクィディッチの話題が上り、いつの間にやら悪戯グッズの話やホグワーツの教授達の批評会に流れていた。そうなればもう宿題などというつまらないものは頭から消し飛んでしまう。
そのしわ寄せは最終日にやって来た。
開き直ってこのまま遊ぶことにしてもいいのだが、面倒事はみんなで手分けしてやったほうが早いので、5人は意見を出し合いながら羊皮紙を文字で埋めていく。
「のことだから、もうあらかた終わってると思ってたよ」
ピーターの言葉には羽根ペンを動かす手を止めて小さく笑った。
「ダラダラしてたら8月になってたんだ。みんなでできて良かった」
「去年は交換条件出してきたよね。調子いいなぁ、もう」
「臨機応変ってことで」
「小賢しいんだよ」
シリウスがコツンとの頭を小突いた。
そんな調子でやっていたのだが、やはり遊びたい盛りの年頃。それが5人も集まっていつまでも机にかじりついているわけがない。
勉強会はポッター夫人の「お昼ご飯よー」の呼び声と同時に終了した。
昼食後、ジェームズは目をキラキラさせながら達の前に羊皮紙を一枚突き出した。
「実はこれ、前にチラッとシリウスと話したやつなんだけど」
と、言うわりにはシリウスは首を傾げているが、ジェームズは先を続けた。
「爆発と同時に範囲内に花のペイントがされるという新型爆弾なんだ! これでホグワーツをステキに模様替えしようと思うんだけど、どうかな?」
どうかな、と言いつつ目は「やるよね」と言っている。
もちろんシリウスは一番に乗った。リーマスは熱心に乗り気というほどでもなさそうだが、賛成しているのは表情からわかる。ピーターはすでに花模様になった城内のどこかを夢想していて明後日のほうを向いていた。
はというと、ジェームズってやつは次から次へと……と感心していた。
が、次の瞬間彼の表情はわずかに曇った。
「でもねぇ、数種類の花のペイントを出す方法がどうにもね……一種類ならできるんだけど」
「何種類咲かせたいんだ?」
「できれば5種類。大きいのから小さいのまで。綺麗だろ」
「花の候補は?」
「やっぱ薔薇は欲しいよね。それからマーガレットとデイジーとセントポーリアにパンジーに……百合!」
シリウスの問いに答え、最後の花の名を力いっぱい叫ぶジェームズ。
仮にもリリーの名を冠する花を悪戯に使ったら、彼女は気分を害するんじゃないかとは思った。
しかしジェームズはそう考えないようで。むしろリリーが感激すると思っているようで。
ふつうに百合を贈ったほうが喜ぶだろうとは思う。
「無理かなぁ。でも諦めるのは惜しいんだよなぁ。何か良い案ない?」
と、を見つめるジェームズ。
それには答えず、は思っていたことを素直に口にした。
「リリーに喜んでほしいなら、ふつうに花をプレゼントするのがいいと思う」
ジェームズはガクッと肩を落とした。
それから力なく頭を振り、わかってないなァと呟く。
「ふつうにやったんじゃ他の男と一緒になっちゃうじゃないか。キミだって間近に見てるんだからわかるだろう、彼女の人気ぶりを。リリーの心に響くようにしなくちゃ!」
「いろんな意味でもう充分響いてると思うよ。それよりも、リリーは奇抜さよりも誠実さを好むと思うんだよね。間近で見ている私としては」
「何の工夫もなくやって、凡庸な男だと思われたりしないかな」
「何言ってんだか。アンタにはクィディッチがあるでしょ」
「そうか……そうだったね!」
すると、このままではこの悪戯案が消えると不安になったのか、シリウスが割り込んできた。
「おいおいジェームズ。エヴァンズのためにやるつもりだったのか?」
シリウスは純粋に周りの人をびっくりさせるのを楽しんでいる。もちろんジェームズも同じなのだが、リリーが絡むと彼の思考はあっさり方向を変えてしまう。シリウスにはそれが少々不満なのだろう。
「まさか。まぁ確かにリリーにも楽しんでもらえたらとは思ったけど、が言うには違うみたいだからね。それなら、これはこれできっちり盛り上げないと」
楽しみは楽しみとして実行する、との宣言にシリウスは安心したように笑顔になる。
単純なヤツだ、と思ったのはだけではない。
それからはまた、この花ペイント弾をどう作るかの話し合いになった。
ただ人を驚かせるだけのことにはあまり興味のないは傍観を決め込もうとしたが、この面子でそれが許されるはずもなく。
何で私まで、と面倒に思いながらもいつの間にか熱中していたのだった。
さんざん意見を出し合ったものの、どうにも決め手に欠けていた。杖の使用を禁止されているのが痛い。
「よし、こうなったら」
と、ジェームズが目を付けたのが先人の知恵……つまり、本だ。
そんなわけで5人はポッター氏の書斎に侵入していた。ふだん、ここへの出入りは禁止されているらしい。
もっともジェームズがそんなことを素直に聞いているとは思えないが。
魔法を使えない以上、頼れるのは魔法薬学関係だけ。
その本を集中的に引っ張り出し、参考になるものがないかページをめくる。
ポッター氏は夕方まで帰ってこないが、夫人は家にいる。まさかここに入ってくるとは思えないが、5人は部屋の外の気配に注意しておいた。
何度か夫人の足音に身を固くしたが、5人は無事に使えそうな本を見つけ出して急いで書き写し、ジェームズの部屋に戻った。
見つけたのはリーマスだった。
この快挙に彼らは一時沸いた。何と言っても、いつも授業の調合で珍薬を編み出している彼が見つけたのだから。
「リーマス、キミならやると思っていたよ!」
などとジェームズは調子の良いことを言ってリーマスの肩を叩いていたが、リーマス本人は「偶然だよ」と苦笑していた。
それからは材料集めだ。
さすがに広い敷地を持つだけあり、ペイントしたい花はすべて庭にあった。はここで初めて夫人の趣味の一つがガーデニングであることを知った。
また、ペイント弾にするための様々な薬草や聞いたこともない魔法薬材料は、ポッター家近くの森や、ダイアゴン横丁の専門店で買った。ついでに悪戯グッズ専門店にも足を運ぶのはお約束だ。
夫人は心配そうに5人を見ていたが、ジェームズが何とかごまかし続けた。
小型簡易コンロに火をつけ、鍋をのせる。
5人で手分けして材料を切ったりすったりした。
鍋の中で充分に花を煮込みエキスを出す。それに凝固粉末やら何やらを混ぜて、粘土のようになったら少し冷まし、ぬるくなったら指先でつまんで丸くする。それを必要な分だけ作り、外枠に使う器のなかに詰めていく。花火の要領だ。
「一度実験しなくちゃね」
なんて話していた時だ。
コンロの火が近かったのか、導火線に火がついた。短いそれはあっという間に焼き切れ──。
声を発する間もなく大爆発を起こした。
はとっさに顔を覆ったが、爆風に吹っ飛ばされた。周りで何が起こっているかというより、自分に何が起こっているかがわからない。横にシリウスがいたがどうなっただろう、と考える余裕もない。
自分がどんな体勢でいるかもわからないまま目をきつくつむり、、の思考は停止していた。
やがて、静寂。
グワングワンと耳鳴りだけがやかましい。
「みんな……生きてる?」
弱々しい声でそう呼びかけたのは誰だったか。
ゆっくりと目を開け、その声に答えようと息を吸った瞬間、は激しく咳き込んだ。部屋は1m先もわからないほど煙が充満している。
「ああ……は生きてるね……」
確かに生きてはいるが、息継ぎも許さない咳き込みには涙をこぼした。
と、部屋の外でドスドスと足音が近づいてきたと思うと、ドアがバーンと開かれた。
「何事なの!? ジェームズ! これはいったい何なの、何をしたの!」
この爆発で夫人がやって来たのだ。そりゃそうだろう。家の中で爆音がしたのに無反応でいられるわけがない。
「う〜ん……ちょっとね」
ようやくの咳もおさまってきた。
「ねえ、みんなは?」
何とか出した声は、とても自分の声とは思えないほどしわがれていた。
そのことにさらに夫人は興奮したようだ。
「まで! まったくもぅ……」
ブツブツ言いながら夫人が杖を一振りすると、部屋に充満していた煙が消えた。
はやっと部屋の様子を見ることができた。
まさに惨状。
ベッドはボロボロ、窓ガラスはすべて吹き飛び、部屋にあった荷物は壁際でメチャクチャになっている。本棚は半壊していて壁も天井もクロスが剥がれてそよ風に揺れていた。
叫びの屋敷を思い出すだった。
部屋の滅び具合に呆然としたままは友人達に目をやった。
さっきから話しているのはジェームズで、シリウス、リーマス、ピーターはおもしろい姿勢で部屋の隅に転がっていた。どうやら気絶しているようだ。
ふと、ジェームズと目が合う。
瞬間、は吹き出した。それはジェームズも同じで。
「ちょっとジェームズ、何て頭してんのっ……」
それ以上はこみ上げる笑いで言葉にならない。
ジェームズの頭は見事なアフロで、そこから採取した花のミニ版がピョコピョコと咲いていた。
「そっちだって……ププッ」
「嘘!?」
うろたえては頭に手をやる。
「何か咲いてるーっ」
「あっはははは! みんなのも見てみよう!」
言われてはジェームズと協力して気絶している友人達の姿勢を楽にしていった。
結果。
みんな見事にアフロになり花を咲かせていた。
目を回している友人達の傍に座り込んだジェームズとは、もう笑うしかない、と笑い転げたのだった。
たった一人、笑うどころかこめかみに青筋を立てているポッター夫人。彼女の雷が落ちるまで後5秒。
あれから、5人は夫人にこってり怒られた。
気絶していた3人は最初の怒声で意識を取り戻した。その声で天井からパラパラと塵が降ってきたほどだ。
しかしアフロのまま怒られていたので、チラリと隣に目をやればおさまった笑いの発作が再び起こりそうになってしまう。
そのたびに夫人に睨まれるのだが。
奇妙に口の端をヒクヒクさせながら、5人は夫人の説教をくらい続けた。
たっぷり説教が終わると、当然、次には部屋の片付けを命じられた。窓や壁紙など、どうしようもないところは夫人が魔法で新しくしたが、他は魔法なしでやらなければならない。
自業自得なので誰も文句は言わなかった。
それよりも、いつまでこの頭でいるのかとは思った。
ムーン・バスケット2号棟に帰ってもまだ花の咲いたアフロ頭だったら、ウィリスを筆頭にみんなに笑われること間違いなした。それは嫌だった。
しかし、以上にこの頭に深刻になっている人がいた。
「なぁ……俺達いつまでこの頭なんだ?」
シリウスだ。
仮にも貴族のご子息。こんなナリで帰ったらただではすまないだろう。
もっとも、シリウスが気にしているのはそういうことではないだろうが。単にこんな珍妙な頭でいるのが嫌なだけだ。何だかんだで誇り高い彼。それの誇りが許さないのだろう。
気性の穏やかなリーマスやピーターは、もはや諦めの境地で燃え尽きたような表情をしていた。
「斬新なヘアースタイルだと思わないかい?」
「アグレッシプにも程があるだろ」
どこまでも前向きなジェームズの発言を、シリウスは一刀両断した。
しかし内心ではジェームズも困っていたのだろう、苦笑が浮かぶ。
リーマスはおもむろに頭の花に触れ、長いため息をついた。引き抜こうとすれば、髪の毛を束で引っ張られているような痛みが走るのだから、抜くこともできない。
あらかた片付けも終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
様子を見にきた夫人は、作業が順調に進んでいたことに満足そうに頷くと、夕飯にしましょうと言った。
五つの花咲きアフロがリビングに集まると、帰宅していたポッター氏が飲んでいた紅茶を吹いた。
「キミ達……それはどういう遊びなんだ? さすがにそれは流行しないと思うぞ」
この発言も個性的だとは思った。
ポッター氏に対し、5人は引け目があるので笑ってごまかした。無断で立ち入り禁止の書斎に入り、そこにあった調合法で悪戯グッズを作っていて失敗したなどと言えるわけがない。
もちろん彼は子供達が何か隠し事をしているのに気づいただろうが、特に追求してくることはなかった。もしかしたら、すべてお見通しなのかもしれない。
とりあえず髪型は一時忘れて、は夕食を楽しむことにした。
食べ終わる頃には元に戻っているかもしれないし……と期待していたのだが、これは甘かった。髪の毛1本すら戻っていない。花も生き生きしている。
「くそっ……そんなに私の頭は栽培に向いているのか」
帰り支度を終えたは、ブツブツ文句を言いながら1階の暖炉の前まで下りた。
残念ながらウィリス達に笑われる覚悟をしなくてはならないようだ。
遅れてやって来たシリウスの表情も暗い。
「新学期始まってもこのままだったりして」
「ピーター、縁起でもないこと言わないで」
「でもさ、まるで戻る気配がないんだよ」
「……」
ピーターとは不安に満ちた眼差しを交わす。
その時、ポッター夫人が呆れ顔でそろった5人の前に立った。
「だいぶ反省したようね」
セリフとは裏腹に、夫人は一番反省の色が見えない息子をジロリと睨んでいる。
「そんなバカバカしい姿で帰したりはしませんよ」
そう言って夫人は杖を一振り。
はピーターの頭が元の淡くやわらかそうな金髪に戻ったことに、あっ、と声を上げた。シリウスもリーマスも見慣れた頭になっている。
ピーターも口を開けての頭を指さしていた。
触ってみると綿菓子のようなフサフサした頭ではなく、花も咲いていない。
「……ジェームズ?」
やったー、と喜んでいたのはジェームズを除く4人だけで、彼の頭には何の変化も見られなかった。
ジェームズは愕然とした顔で夫人に詰め寄る。
「母さん! 僕は!?」
「あなたは反省が足りないようだから、もうしばらくそうしてなさい」
「しばらくっていつまで!?」
「あなたが作っていた薬でしょう!」
夫人に一喝され、ジェームズは首をすくめて口を閉ざした。
正確には作っていたのはこの場の5人だが、言い出しっぺがジェームズであることは夫人には当たり前にわかっていることだったらしい。
一度、夫人は鼻から大きく息を吐き出すと、次にはやさしく微笑んで帰る4人のほうを向いた。
「また来年もいらっしゃいね。楽しみに待ってるから。──ただし、部屋は爆破しないこと」
4人は苦笑の浮かんだ顔を交し合い、夫人に向かって頷いたのだった。
■■
目次へ 次へ 前へ