2.素敵なお泊り会

3年生編第2話  死喰い人がムーン・バスケット2号棟に来てから、住人の様子が何となく変わったのをは感じていた。
 みんなどこか落ち着きがなく、今まで以上に帰ってこなくなった。本当に出て行ってしまったらしい人もいる。誰も言わないが、闇の陣営に行ったのだろうとは思った。あの日、と話したヴァンパイアの女性もぼんやりと考え事をしている姿をよく見る。
 この場で一番親しい狼人間のウィリスはどうかと言うと、不思議なほど何も変わっていなかった。新しい仕事が見つかったと言ってご機嫌だ。前にに言っていた通り、闇の陣営に行く気はさらさらないらしい。
 今日はのバイトはお休みで、ウィリスは仕事に出ていた。だから自室で宿題を片付けていた。ちょこちょこ進めてはいたが、バイトと魔法の特訓は意外と疲れるものだったのだ。
 禁じられた呪文は、やはり禁じられているだけあり気持ちのいい魔法ではなかった。今は虫を相手に磔の呪文の特訓をしているが、正直なところやめたい。
 けれど、店主と約束した以上はやらなければならない。
 どうせなら学校の呪文の復習をさせてほしい、とは思った。また新学期早々マクゴナガルの説教を喰らうのはごめんだったからだ。
 何よりもの気持ちを暗くさせたのは、闇の魔法と相性が良いことだった。
 店主が「キミならできる」と確信を持って言っていたのは、当てずっぽうではなかったというわけだ。
 思い出してため息をついた時、窓辺で大きく羽ばたく音した。
 見れば、手紙を運んできたふくろうがいる。見覚えのあるふくろうはジェームズのものだ。
 はすぐにふくろうから手紙を受け取り、封を開ける前にふくろうのために水とビスケットを用意した。ふくろうが水を飲んでいる間に手紙を読む。
 予想通りお泊まり会の日程の手紙だった。8月の頭頃と言っていたから、そろそろだ。
 去年と同じく2泊3日。
 は短く『OK』とだけ書くと、水もビスケットも食べて待機していたふくろうへ持たせて送り出した。
 そこでふと思い出す。
「クライブに手紙出すの忘れてた」
 帰りの汽車の中で落ち着いて話すことができなかったから、後でこっちから手紙を出すと言っておいたのだが、薄情なことにすっかり忘れていたのだった。
 は机の引き出しから新しい羊皮紙を取り出すと、教科書や書きかけのレポートを脇に寄せて、手紙を書き始めた。


 お泊まり会当日。待ち合わせは去年と同じく『漏れ鍋』。
 煙突飛行で到着したは、去年ジェームズが大遅刻をしてきたことを思い出した。まさか今年もということはあるまい。
 いつもの身軽ないでたちと違い、2泊3日分の荷物を抱えて現れたを見たマスターのトムは、心得たように一つ頷くと、客席の一角を目で示した。去年、5人でここで待ち合わせしていたことを覚えていたようだ。
 すごい記憶力だ、とは感心した。
 そして示されたほうを見れば、もう全員そろっているではないか。
 は足早にそのテーブルへ向かった。
「お待たせ。まさかもうみんないるとは思わなかったよ」
「やあ、。さすがに去年の失敗は繰り返さないよ」
 が声をかけるとジェームズがすぐに答えた。その目は得意げにきらめいている。
 シリウスもリーマスもピーターも何も変わっていなかった。
 そのことには安堵を覚える。自分の身の回りが変わろうとしているからかもしれない。
 彼らは席を立つとそれぞれの荷物を持って暖炉へ向かう。
 ジェームズがフルーパウダーを暖炉に放り込む前に、に振り返っていたずらっぽく笑って言った。
「今回はすっごく楽しいことを用意してるから」
 どんなこと、とが聞き返そうとした時には、すでにジェームズの姿は暖炉の中に吸い込まれてしまっていた。
 はシリウス達に目を向けた。
「共犯!? その顔は共犯だね?」
「まあまあ。きっとびっくりして喜ぶことだから」
 緩む頬を押さえきれないように言うリーマス。
 シリウスもピーターもにやけるのをこらえているが失敗している。
 知らないのはだけのようだ。
 それをちょっぴり悔しく思いながらも、はリーマスの言う「びっくりで喜ぶ」という言葉を信じることにした。
 彼らがジェームズの後を追ったのを見届けたは、トムに挨拶をしてからフルーパウダーを投げエメラルドグリーンの炎の中に入ると「ポッター宅!」と告げた。

 暖炉から吐き出されたを出迎えたのは、去年と同様ポッター夫人だった。ポッター氏は外出中なのか姿は見えない。
 夫人は安心するようなあたたかい笑顔で今年も4人ものうるさいお客達を歓迎してくれた。
 達は前と同じ部屋に案内された。飾られている絵が多少入れ替わっていたが、内装は同じだった。何となくそれを懐かしく感じてしまう
「リリーも来れたらなー」
 部屋で荷物を片付けながらは小さく呟いた。
 それが終わって部屋から出るとジェームズが待っていた。
「下でお茶にしようって。こっちはまだ終わってないから先に行ってて」
「わかった。あとでね」
 リビングへ続く階段を下りながら、やっぱり大きな家だとは思った。それでも掃除が行き届いている。どこもかしこもあたたかい、ひだまりのような家。
 リビングへのドアは開いていたので、はこそっと中をうかがった。焼きたてのスコーンの香りがする。夫人が作ったのだろう。清潔な白いテーブルクロスの上の大皿に、スコーンが山盛りになっていた。テーブルには6組のティーセット。
 は中に踏み込むと夫人がいるだろう奥のキッチンへ向かった。
 サンドイッチを作っている最中の夫人の背にはそっと声をかける。
「あの、何か手伝いましょうか?」
 夫人は振り向くとニッコリして言った。
「ここのできあがったサンドイッチを切ってくれるかしら。包丁は火であぶってからね」
「はい」
 は言われたとおり、まず包丁を火であぶる。それから、キュウリとハムのサンドイッチに包丁を入れた。
 切ったものを大皿に並べていると、夫人がどこか浮かれた口調で言ってきた。
「今晩は楽しみにしててね」
「……ジェームズもそんなことを言ってましたけど、何かあるんですか? みんなは知ってるみたいなのに……」
「ふふふ。その時までのお楽しみよ」
 結局の心を戸惑わせるだけだった。ついでに今の言い方はジェームズそっくりだったとは思った。
 サンドイッチもテーブルに並び終えた頃、ジェームズ達4人が下りてきた。
 テーブルの上のスコーンやサンドイッチを見るなり、ニヤリとした顔をに向けるジェームズ。
「これくらいなら一人分だね」
「なにを……っ」
 思わずカッと赤くなるだったが、直後にシリウスに笑われリーマスとピーターにはなだめられで、4人にからかわれているんじゃないかと思ったのだった。のふだん食べる量を知らない夫人だけは、きょとんと首を傾げていたが。
 はこの家にいる時は人並みしか食べていない。
 ジェームズは遠慮するなと言うが、1人で5人前食べるとして、成長期に入る男子4人が加わったら、ほんの3日間でどれだけ食費に費やすことになるやらだ。
 はそこまで厚かましくはなれなかった。
 当然と言えば当然だが、お茶会はとても賑やかに進んだ。
 夫人もかなりおしゃべり好きで、ジェームズだけでなく達にも学校で何があったのかといろいろ質問をしてきた。
 調子の良いジェームズはハロウィーンの悪戯のことなど、みんなが楽しめるような悪戯のことは得意そうに話したが、悪戯のメインであるフィルチやスネイプへの仕打ちのことは一言も話さなかった。
 そのことには思わず苦笑してしまう。
 けれど、バラす気はなかった。
 その代わりというように抑えきれないニヤニヤ笑いをこぼしていると、ピーターが「どうしたの」と尋ねてきた。
 はピーターに顔を寄せて囁く。
「ジェームズって、調子いいよね」
「だって、ジェームズでしょ?」
 小さく吹き出した後、ピーターも忍び笑いをもらしながらいたずらっぽい目でを見たのだった。

 その後、5人はジェームズの父が集めたという箒を借りてミニ・クィディッチや意味のない追いかけっこをして夕方まで過ごした。
 たっぷり汗をかいてしまったので、交代でシャワールームを借りた達お客組。そこから部屋に戻る廊下ではポッター夫人に呼び止められた。
 何か楽しいことでもあったのか、彼女はご機嫌だ。
「ちょっと一緒に来てくれる?」
 断る理由はないのでは素直に夫人の後に続いた。
 連れていかれたのは衣装室だった。夫人とポッター氏の服があふれんばかりにレールのハンガーにかけられてある。ちょっとした店を開けるのでは、と思うような量だ。
 マダム・マルキンの洋装店ではないが、まさに普段着から式服までといった感じだ。
 色も様々だ。
 こんな色の服、いつ着るのと疑問に思うものまである。蛍光色やら金ピカやら。けっこう派手なローブを着ているダンブルドアでも着ないだろうと思われる色だ。
 唖然として入口に突っ立っているを、夫人は手招きして奥へ導いた。
 そこには濃紺のドレスローブが一着、他の服から離されて掛けられていた。
 服に関してはド素人のが見ても良い品だと思うドレスローブだった。
 上半身はタイトに、スカート部分は自然な感じにふくらんでいる。丈は膝より少し下でシフォンがついていてやわらかい雰囲気だ。襟元や袖口には同色で繊細なレース。レース糸に銀糸でも混じっているのか、室内の明かりに反射して星のように輝いていた。
「素敵なドレスローブですね」
 は正直な感想を言った。
 夫人は嬉しそうに微笑むと、突拍子もないことを告げた。
「今日はこれを着てパーティよ」
 の思考が止まる。突然脳に血液が巡らなくなってしまったように。
 それでも数秒の後、はぎこちない発音で聞き返した。
「……今、何とおっしゃいました?」
「今日はみんなでおめかしして、パーティにするわよ」
 夫人はちょっとだけ説明を加えたが、言ってる内容は変わらない。の聞き間違いではなかったのだ。
「みんな、と言いますとジェームズ達も?」
 夫人は大きく頷く。
「今頃着替えてるところね。私達も着替えましょう。あの人ももうじき帰ってくるわ」
「こ……これを隠していたんですね……」
「そうよ。ふふふ、びっくりしたでしょう?」
「そりゃあもう。まだドキドキしてます」
「じゃあもう一つ。このドレスローブは、あなたへのプレゼントよ」
 これには思わずは声を上げてしまった。
 目も口も真ん丸である。
「こ、こんな高級そうなものいただけませんっ。反対ですっ」
「あら、新品ではないのよ。申し訳ないけど私のお古を今風に手直ししたの。だから遠慮はいらないのよ」
「ででででも……っ」
「私にはもう着れないもの。あなたが貰ってくれないと捨てることになるわね」
 もったいない! 即座にはそう思った。そしてそれは顔に出ていた。それこそ夫人の思う壺だ。
 結局はそのドレスローブをありがたくちょうだいすることになった。
 着たこともないドレスローブを着るのを夫人に手伝ってもらう。
 そして鏡の前に立った自分を見ては「誰だこいつ」と思ってしまった。
 横で夫人は「私の見立てに狂いはなかったわ」と満足している。
「少しお化粧もしましょうね」
 今度は鏡台の前に座らされ、有無を言わさず夫人はの顔に薄く化粧を施していく。
「はい、完成!」
 完成版は自分でも自分ではないくらい普段の姿からかけ離れていた。
 一番驚いたのは奇異の視線の対象でしかなかった白い髪が、濃紺のドレスローブにはとても合っていたということだった。日光に当たらないようにしてきたため、の肌は抜けるように白い。唇は淡いピンク色に。いつの間に付けられたのか、髪には瞳と似た色の髪飾り。パンプスもドレスローブと同色だが、どう考えてもこれはのために買ったとしか思えなかった。
「あの子達、どこのお嬢様かと思うわよ」
「私も、どこのお嬢様かと思いました……」
 呆然と呟くを夫人は朗らかに笑った。
 それから夫人は上品なローズ色のゆったりしたドレスローブを身に纏い、2人で部屋を後にした。

 別人になってしまったと思ったのはだけだはなく、ジェームズ達4人もそうだった。
 パーティ会場となったリビングで、それぞれ完成版となった5人は顔を合わせたとたん言葉もなくお互いを見つめあてしまった。
 から見たジェームズ達は、数歳年上に見えるほど変身していた。いつものやんちゃな雰囲気からいっきに大人びた雰囲気になっている。
 衣装一つでこうも変わるものなのか、とは心底感心したし不思議に思った。
 帰宅していたらしいポッター氏も貴族のような気品をまとっていた。去年会った時はとても気さくなおじさんだったのに。夫人と並ぶと本当に物語の中の貴族のようだ。
 今さらながら、自分は場違いなのではと思い始めたを、ポッター氏がニッコリ笑って褒めた。
「おお、素敵なレディになったね!」
 生まれてこのかた、こんな言葉を贈られたのは初めてで、の頬に朱が差していく。
 照れるをシリウスがおもしろがるように眺める。
 その視線に気付いたは、ごまかしも兼ねて一言いってやろうと口を開きかけたが、その前にリーマスが声を発した。
「すごく似合ってるよ
「うん……かわいいと思う」
「リ、リーマス! ピーターまで……!」
 ここで一言、2人も素敵だとでも返せればいいのだが、免疫のない賛辞にの脳みそは完全に停止していた。どんなに口をパクパクさせても、気の利いた言葉ひとつ出てこない。
 が、次のジェームズの言葉に一気には調子を取り戻すことになる。
「僕、初めてが女の子に見えたよ」
「ウンウン。ホグワーツでの数々の武勇伝が嘘みたいだな」
 シリウスがその言葉を待っていたと言わんばかりに、しみじみと頷いている。
「アンタら今まで私を何だと思ってたわけ!?」
 ダンッと踵を鳴らして反射的に怒鳴りつけたに、2人は大きく吹き出した。
「それでこそいつもの! やっぱちょっとオシャレしたくらいじゃ本性は隠しきれないんだねぇ」
「まるで私が乱暴者みたいに聞こえるんだけど」
 ツカツカとジェームズに詰め寄り、睨みつける
 しかしジェームズは涼しい顔だ。
「乱暴者だなんてとんでもない、勇敢な我がグリフィンドール生よ! ……イタッ。ちょっ、つねらないでっ。ほっぺが伸びるっ」
「人のことおちょくって! そのまま伸びてたるんでしまえっ」
「僕の顔が変形したらリリーが悲しむよ」
「いいや、むしろ喜ぶねっ」
 まるで幼子のケンカ並のジェームズとに、ポッター夫妻もシリウスもリーマスもピーターも笑った。
「ほらほら2人とも、グラスを持って。乾杯しよう」
 ポッター氏に仲裁され、2人はようやく離れてそれぞれグレープフルーツジュースの注がれたグラスを手に取った。
 そして「皆の健やかな学生生活を祈って、カンパーイ!」というポッター氏の音頭に合わせ、カチンとグラスを鳴らした。
 その後は、夫人の絶品手料理とポッター氏選曲の音楽を流して、食事を楽しんだりダンスを楽しんだりしたのだが、当たり前だがは踊れない。裏町の騒がしい音楽とでたらめな踊りしか知らないのだ。
 5人の中でクラシックダンスを踊れるのはジェームズとシリウスだけだった。
 そこで急遽、ポッター夫妻によるダンス教室が始まった。
「僕が教えてあげるよ」
 ジェームズが名乗り出たため、は彼に教えてもらうことに。
 お互いの立ち位置から足の運びをジェームズは丁寧に指導する。
 リーマスはシリウスと、ピーターは夫人と組んでいた。
 十数分もすれば、多少型がおかしくてもみんなそれなりに踊れるようになっていた。教える側が上手だったおかげだ。
 始めはぎこちない動きだったも、数曲踊るうちにどんどん楽しくなり、そうなると多少ステップが違っても音楽に合わせて勝手に体が動く。代わる代わるみんなと踊り、最後にはシリウスとアップテンポな曲を楽しんでいた。
 ホグワーツではどこか不機嫌なシリウスも、体質のせいで一歩も二歩も周囲に境界線を引いているリーマスも、いつも自信なさそうなピーターも、はじけそうなほどの笑顔だった。
 それは当たり前のことで。
 ここには、不快にさせるものも恐がらせるものも不安になるものもないのだから。
 楽しいものだけが、ここには詰まっていた。
 この夜だけは、もここ数日の薄暗い気分を忘れた。
 死喰い人のことも、禁じられた呪文のことも。
 騒ぎに騒いで、とうとう彼らのエネルギーが尽きたのは、そろそろ明け方かと思える頃だった。
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