20.現実的な彼女の非現実的な願い

3年生編第20話  寮の掲示板にクリスマス休暇の居残り者リストが貼られると、ホグワーツにはクリスマス気分が漂いだす。
「今年も残るんだ」
 貼り紙の名前欄に名前を書き込んでいたにジェームズが声をかけた。
 最後の一文字を書き終えたが振り向き頷く。
「今年のクリスマスディナーは何が出るかな。楽しみ! 去年も一昨年も違うものが出たんだよ。特にケーキはね」
 メインの料理やケーキは同じだったが、それを彩るものが違っていたのだ。
 するとジェームズは悪戯っぽく微笑む。
「一人で全部食べたりしちゃダメだよ」
「あはは、気をつけとく。ジェームズは帰るの?」
「うん。残ろうと思ったんだけど、母さんに先手を打たれちゃってさ」
 この前手紙が来たんだ、と肩をすくめるジェームズ。
 親に呼ばれては、さすがにジェームズも逆らえないようだ。
 悪戯が見つかってマクゴナガルに散々に怒られてもケロッとしているジェームズが、と思うとおかしくてはクスクスと笑う。
 そこに、まだ眠そうなピーターとあまり浮かない顔のリーマスが男子寮のドアを開けて下りて来た。2人の後ろからは不機嫌丸出しのシリウス。
 ハロウィーンはとっくに終わったのに、とは不思議に思った。
 おはよう、と声をかけたらリーマスとピーターからは返事があったが、シリウスは「ん」とか何とか喉の奥に詰まったようなものしか返ってこない。
 ジェームズが苦笑して説明した。
「あいつも帰るんだよ」
「え? どうして? あんなに嫌がって去年は残ったのに」
「もちろん今年も残るつもりだったさ。でも家から帰還の手紙が来たんだ。ここんとこ毎日来てるみたいだよ」
「毎日!」
 いくら家族でもしつこすぎやしないか、とは目を丸くした。
「それで、無視して残って吼えメールをしこたま送りつけられるのも面倒だから、帰ってやるんだって。何か重要なイベントでもあるのかねぇ」
 が気の毒な友人のほうを向けば、彼は紅茶をがぶ飲みした後リーマスのスプーンが入れる五杯目の角砂糖に盛大に文句をつけるという、迷惑な人に成り下がっていた。
 あれは近いうちにリーマスに氷の一撃を喰らうな、とはさらなる不幸に心の中で手を合わせた。
 すでにピーターがすっかり縮こまっている。
 こうして不幸は連鎖するんだなとはしみじみと思った。
「まったく、しょうがないお坊ちゃんだね。ピーターを助けに行くか」
 性質は違うが充分お坊ちゃんだろうジェームズが友人達のところへ向かう。
 も後に続いた。
 ジェームズはシリウスの隣に腰掛けるなり、肩に腕を回して言った。
「案ずることはないよシリウス。またここに戻ってこれるんだ。そうしたら家であったことなんかあっという間に忘れてしまうさ」
「ジェームズ……。そうだな、きっと去年の腹いせに決まってるよな。おべっかと愛想笑いと地位の確認のパーティなんて、料理をつついてるうちに終わるよな」
 暗い声でボソボソと言った後、シリウスはこれまた暗いため息をついた。
 周りの者の気分まで沈みそうなため息だ。
 うなだれたシリウスに気づかれないように、達は目を交し合って苦笑した。
 まったくもっていつものシリウスらしくない。いつもの見る人を魅了する真っ直ぐな瞳も爽快な雰囲気も、みんなどこかへ置き忘れてきてしまったようだ。
 はジェームズとは反対側のシリウスの隣に回り、ソファの肘掛に中途半端に腰掛けると、顔を覗き込むように身をかがめて囁いた。
「出ろと言われたパーティが終わったら、さっさと家を抜け出してここに帰ってきなよ。それで秘密のあの通路を抜けてパーッとやろうよ」
「ああ、それいいね! 僕も早めに戻ってこようかな」
 ピクリと反応したシリウスの気分を盛り上げるようにジェームズが続いた。すると、リーマスとピーターも身を乗り出して同意する。
「きっとクリスマスカラーで綺麗になってるね、三本の箒」
「マダム・ロスメルタも特別に着飾っているかもしれないよ」
 彼らが言うには、シリウスは三本の箒のマダム・ロスメルタが気になっているのだとか。
 ませたヤツだとは思った。しかも相手はマダムだ。既婚女性が好きなのかと疑ってしまう。もっとも三本の箒はバーなので既婚かどうかは不明だが。女主人という意味かもしれない。
 もし既婚女性が趣味だとしたら、シリウスの人生は茨の道だろう。
 こんなどうでもいいことをが考えている間に、シリウスは復活しつつあった。
「そうか……そうだな。クリスマスパーティが終われば、後は何もないはずだから夜にでも家を抜け出して……」
「うんうん。そうだ、待ち合わせしないかい? それでみんなでここに来る」
 友人達の顔を見回すジェームズの表情は、とっておきの冒険に出かける冒険者のように輝いていた。
 リーマスが空になったままのシリウスのティーカップに新たな紅茶を注ぎながら続いた。
「家から何か言われても、勉強したいから学校の図書館を利用したいとか言えばいいね」
「実際、宿題も山ほど出るし」
 やれやれと言いたそうに肩を落とすピーターにジェームズ達は笑う。
 ようやく顔を上げたシリウスは、泣きそうな顔で、しかし嬉しそうに微笑んで言った。
「ババアがお前らのこと何て言ってるか知ってるか? ……不良だってさ」
 その答えに達は吹き出した。
 ジェームズ達のことはレギュラスから話が行っているのだろう。
 しかし、これでクリスマス休暇の予定は決まった。
 そのタイミングを見計らったかのように、を呼ぶリリーの声があった。
 振り向けば女子の輪の中から手招きしている。
 はシリウスの背を軽く叩く。
「ヘマしないでしっかり抜け出しなよ」
「するか」
 ニヤリとした笑顔は、やっといつものシリウスだ。
 も同じように返して、リリー達のほうに行った。


 クリスマス休暇はあっという間にやって来た。
 特ににはこの休暇までの時間は短く感じられた。入院のせいで学校生活の開始が遅れたからだ。学校に復帰してからも医務室暮らしが続いたり、遅れた分の勉強を取り戻さなくてはならなかったりと、何かと慌しかった。
 休暇前には聖マンゴ病院に検査にも行った。
 回復は順調で特に問題なし、とのことだった。それから体質による症状のことだが、あれ以来時期のずれた発作は起きていないので、しばらく様子見となった。処方された薬のせいではないそうだ。
 悪い方向へ向かっているものは何もなくて、一安心のだった。
 今年のクリスマスプレゼントは相変わらずお金はかかっていないが、しかし手間はかけてみた。
 リリーとアデルには魔法仕掛けのオルゴール。箱を開けば絵本に出てきそうな王子様とお姫様がワルツに合わせて踊るというものだった。曲はモーツァルトを選んだ。立体ホログラフィのような映像を作るのは少し時間がかかった。習いたての古代ルーン文字を使ってみたのだが、どうしてもワルツからすぐにサンバになってしまうのだ。
 それから、悪戯仕掛け人とクライブにはたまには気取ったものでも贈ってびっくりさせてやろうと思い、温室で育てているバラを5本ちょうだいして、花びらにホグワーツから見える景色を数点、ランダムに現れるようにしてみた。バラに写した景色なので、時間が繋がっているわけではない。
 最も悩んだのはマリオンとバイト先の店主とスネイプの分だった。あの年齢の人がどんなものを喜ぶのかわからないのだ。スネイプは純粋にわからなかった。
 談話室に置き忘れてあった誰かの通販カタログを見てさんざん悩んだ結果、はペーパーウエイトを選んだ。湖の傍で見つけた色の良い手ごろな石を磨いて加工したものだ。そう聞くと引いてしまいそうだが、我ながらカタログと比べても遜色ないだろうとは思っていた。艶出しだけはカタログで注文したが。
 こうしてクリスマスまでの数日間をは忙しくも充実しながら過ごした。
 半ば燃え尽きて迎えたクリスマス当日の朝、は鶏のけたたましい鳴き声で叩き起こされた。
 確か鶏はハグリッドが飼っていたはずだが、この部屋に放り込んだか何かしたのだろうかと不審に思いながらベッドから顔を出す。
 ベッドの周りには友人達からだろうクリスマスプレゼントの箱がいくつか積み重なっており、どうやら鶏の鳴き声はそのうちのどれかから聞こえてくることがわかった。
 一つ一つ箱を手に取り確かめていき、音源の箱を見つけるとリボンを解いて蓋を開けた。
 すると、中から鶏が一羽飛び出してきたではないか。
 顔面にキックを喰らい、ひっくり返ったを飛び越えて鶏はうるさく鳴きながらあちこちを跳び回った。真っ白な羽根が散る。
 は蹴られた鼻の頭の痛みも気づかないかのように呆然として大の字になっていたが、すぐに飛び起きて暴れる鶏の捕獲にかかった。
「待てこらっ。大人しくしないとローストチキンにして食うぞっ」
 ベッドの上を跳ね、開けたカーテンを抜けていった標的に向かって手を伸ばす
 一人と一羽はしばらく激しいバトルを繰り広げた。
 部屋がメチャクチャになりお互いが疲れてきた頃、がやっと鶏を捕まえることができた。
 瞬間、ポンッと音を立てて鶏は豪華なお菓子と紅茶の詰め合わせセットに変わった。そして、ひらりひらりと舞い降りてくるのはクリスマスカード。

『メリークリスマス!
 どう? 元気の良いクリスマスプレゼントだっただろう?
 あ、中身はちょっと奮発したんだ。味は保証するよ!
 こっちの計画の目処はついたよ。ホグワーツに着くのは来年の2日になると思う。
 それまでお菓子でもつまんで待っててくれたまえ。
 それじゃ。

 悪戯仕掛け人より』

「クリスマスプレゼントは箒としてもらったんじゃなかったっけ?」
 苦笑しつつもはありがたく受け取ることにした。でも、開けるのはまだ先だ。せっかくだから、みんなが来てから開けようと思ったのだ。
 大乱闘の後のプレゼントはどれも平和だった。もっとも、これが正常なのだが。
 リリーからは珍しいことに手作りのマドレーヌが届いた。いつだったか彼女は、料理は全然できないのだと言っていたが……。
 カードを見ては小さく笑う。
「何だ、けっこううまくやってるようだね」
 母と妹と一緒に作ったらしいが、妹のほうが手際が良かったと書いてあった。どうやら魔法薬の調合と料理は別物のようだ。
 アデルからはあたたかそうな靴下だった。それも、いかにもクリスマスを意識した柄の物凄く派手なやつだ。
「アデルの趣味かな。それとも冗談のつもりで?」
 は時々アデルがわからなくなる。
 クライブとマリオンからは薬草の図鑑が来た。夏休みに庭を回っていた時に見ていた図鑑だ。貴重な薬草のことが詳細に書かれていた。が強い興味を持っていたことを覚えていて、それを譲ってくれたのだろう。
 その本はとても貴重なものなのでは何やら恐れ多い気持ちになった。
 鶏に次いで驚いたと言っていい。
 バイト先の店主からは、毒性のある薬草を扱う時に使うような手袋だった。
 これは消耗品なのでとてもありがたい。
 はそれらを丁寧に片付けた後、身支度を整えて朝食へ向かった。


 足が雪の中に埋まるたびにキュッと鳴る。
 歩くたびに杖を振り、足跡を消す。
 向かう先は禁じられた森。足跡が残っていては困るのだ。
 ついでに、こんなところを誰かに見られてもまずいのだが、今はクリスマス休暇中で生徒はほとんど居らず、先生方ものんびりしている。森番だってきっと緩んでいるはずだ。
 というのがスネイプの見解だった。
 それは当たっていた。
 彼は誰にも見つからずに森の中へ入ることができた。
 そこは外の世界とは違い、足元に雪はほとんどない。時折、枝を滑り落ちてきた雪のかたまりがポツンポツンとあるだけだ。ただし、一年中ろくに日が当たらないせいで、体の芯まで冷えるような寒さだ。おまけに暗い。まだ昼間だというのに。
 自分の吐く白い息と草を踏み分ける音だけを供に、スネイプは奥の目的地を目指した。
 こんなふうに冷え込んだ日の収穫が望ましい薬草があるのだ。
 ふと、自分のもの以外の音を聞いた気がして、スネイプは足を止めた。
 杖を握り締め、気配をうかがう。危険な生き物がいたら、相手にもよるが引き返さなくてはならない。
 スネイプは音の発生場所の見当をつけると、できるかぎり足音を立てないようにしながらそこを目指して進んだ。
 獣道ですらない箇所を抜けて太い木々の合間から見えたのはだった。
 わざわざ問いかけなくてもわかる。
 こんな人の来ないようなところですることなど、良くないことと決まっている。
 ハロウィーン以来そんな姿は見なくなったのですっかり忘れていた。
 彼女は考え込むように腕組みして首を傾げていた。
 正体不明の苛立ちを覚えながらスネイプはわざと足音を立てて近づいていった。
 大きな音にがハッとして振り返る。そして、現れたのがスネイプだとわかると、少しだけ警戒を緩めた。
 逆にスネイプはの足元に転がっているいくつもの奇怪な死体に眉をひそめた。
「……何をしている? 足元のそれは何だ?」
 しかしは薄く笑って全く関係のない返答をした。
「メリー・クリスマス、スネイプ。プレゼントは届いたかな?」
「ああ。こちらは用意していなかったがな」
「別にいいよ。せっかくだから種明かしをしよう。あの石は、ここの湖の周りで見つけたものなんだよ。なかなか綺麗に加工できてるでしょ」
 スネイプは一瞬言葉に詰まった。
 まさかそんな身近なところのものだとは思わなかったし、それを加工したのが目の前の人物だとも思わなかったからだ。
 しかし、今話したいことはそういうことではない。
「質問に答えてもらってないんだが」
 スネイプの視線が再び下りる。
 異形といってもよいそれら。
 かろうじて、もとはネズミであったことがわかる。頭部が倍ほどに肥大化したり、後ろ足が異常に発達していたり、後頭部にもう一つ頭部らしきものがあらわれていたりと、直視するにはあまりに惨い死体。
「キマイラでも作ろうとしたのか?」
「違うよ。そんなんじゃない」
「それなら何だ? どう見てもまっとうな魔法をかけられたようには見えない。いったい何をしたんだ」
 はスネイプから目をそらし沈黙した。
 ため息をもらしたスネイプは、のすぐ傍の切り株に羊皮紙を見つけた。
 素早くそこに足を進め、手に取る。
 は目で追うだけで何もしなかった。
 羊皮紙は5枚あった。
 スネイプはざっと目を通していくが、その目がじょじょに見開かれていく。
 とても3年生で扱うような魔法ではない。数種類の魔法がお互いに複雑に絡み合い、影響しあって一つの結論を目指している。魔法の中にはスネイプが知らないものもあった。のオリジナルなのかどこかから引っ張ってきたものなのか。
 羊皮紙を持つスネイプの手が小刻みに震える。
 感心や呆れや驚きや恐れや嫉妬や……とにかく、いろいろな感情がごちゃごちゃに一つの鍋で煮られているような気持ちだった。
 同い年の人間に大きな差を感じた瞬間だった。
 けれど、が欲しい結果は得られないだろうことはすぐにわかった。きっと、どんな手段を用いても無理だろう。
 それは自然の摂理に反しているから。
「お前、自分が何をしているのかわかってるのか?」
「もちろん」
 あっさりと答えたの表情は、口調と同じくあっさりしていた。
 そのことに何故かスネイプはひどく傷ついた。
 力が抜けたように羊皮紙を切り株に戻したスネイプは、ゆっくりとに向き直る。彼女は静かにスネイプを見ていた。
 が小さく笑った。ただの笑み。
「泣きそうな顔してる」
「そうかもな」
 投げ出すように返した後、スネイプは独り言のように続けた。
「僕もずいぶん闇の魔術に触れてきたが、お前のやろうとしていることなどどこにもなかった。魔法は便利だが万能ではないということだ」
「そうだね。錬金術で賢者の石を作ったとしても、それはあくまで生きている人のためのもの。死んだ人のためじゃない」
「そうだ。死んだ人は生き返ったりしないんだ。……お前はちゃんとわかっていると思ったが、違ったようだな」
「わかってるよ。何度も見てきたからね。でも、もう一度会いたかったんだ」
 どちらも独り言のような声量で交わされた会話はいったん途切れ、2人の視線は自然と哀れな異形のものに移った。
 の失敗した魔法で異形と化したものだ。
 残酷なことをしているとわかっていても、はやめることができなかった。
「親しい人が亡くなったのか?」
 囁くようなスネイプの問いに、は小さく鼻を鳴らして皮肉げに唇を歪めた。
「そんなやさしいものじゃないよ。殺されたんだ。きっと粗末に葬られた。遺品もない……」
 その背景はわからないが、の心がとても不安定になっていることをスネイプは充分に理解した。
 数分の沈黙の後、は明らかに空元気とわかる声で言った。
「やっぱり失敗だった。きっと、知識不足とかそんなんじゃないよね。だって、若返りの魔法さえどの魔法事典にもないんだから。これはもうおしまい。ネズミ達のお墓を作らないとね」
 生き返らせることは不可能とわかったら、は次は何をするだろうか。
 スネイプは考えた。
 性格を考えれば、大切な人を殺されてただ泣いているだけではないことはすぐにわかる。
 まずは生き返らせようとした。それがダメなら次は。
「復讐でもする気か?」
 魔法であけた穴に死体を埋めていたの手が止まる。
「当たり、か……。相手は? 殺すなんて尋常じゃない。闇の魔法使いじゃないのか?」
「今日はずいぶんおしゃべりだね。おまけにおせっかい」
 は再び手を動かす。全ての死体を穴に納め、丁寧に土をかけていく。
 話を混ぜっ返されたのは2度目だが、スネイプは今回も根気良く続けた。
「質問に答えろ」
「今度は命令?」
!」
 とうとうスネイプは声を荒げた。
 自分でも何故こんなにを引き止めようとしているのか謎だが、傷ついたのは本当だし、放っておけないのも本当だった。
 土を盛り終えたは墓標代わりに石を積む。季節柄、花がないのが寂しい。
 しばらく黙祷していたは立ち上がるとスネイプと目を合わせた。
 その目には深い怒りと嘆きがあった。
「直接手を下したのが誰かはわからない。でも、見殺しにしたのが誰かは知ってる。絶対に許さない」
「……その殺された人は、復讐を望むような人だったのか?」
「そんなことわからないよ」
 は軽く肩をすくめて続けた。
「だって、死んだ人は何も言わないからね。私が復讐したいと思うことを喜ぶか怒るか、もうどんな反応も返してはくれないんだ。だから、これは私の勝手」
「殺すのか? その相手を」
「できればそうしたいね。でも知ってるといっても名前だけで、今どこにいるかはわからないんだ。それでも方法は考えてある。後は実現可能になるまで練り込まないと」
 はっきりと言い切るをどうやって思い留まらせたらいいのか、スネイプにはわからなかった。わかるのは、このままを放っておいたら確実に取り返しのつかないことになるということだけだ。
 ふと、はからかうように口の端を上げた。
「やめろ、て言いたそうだね」
「言えばやめるのか?」
「さあ、どうかな。言ってみる?」
 人の心をもてあそぶようなの発言に、スネイプは舌打ちをして眉間にシワを刻むとそっぽを向いた。
 本気で不快にさせてしまったことに気づいたが慌てて謝罪する。
「ごめん、やりすぎた」
 こういうところはいつもと変わらないのに、の心の中には一瞬にして全てを支配するほどの怒りと嘆きがあるのかと思うと、スネイプはどうにもやりきれない気持ちになってしまうのだ。
 スネイプはため息をひとつこぼして、気にするなと言った。
「イライラしていたのだろう?」
「……帰ろうか。寒いし」
 そう呟いては切り株の上の5枚の羊皮紙を取ると、杖で叩いてそれらを全部燃やしてしまった。
 先ほど言ったとおり、この研究はもうおしまいということなのだろう。
 杖をしまったが話題を切り替える。
「ところでスネイプはここに何しに来たの? 何か目的があったんじゃないの?」
「……ああ。薬草を摘みにきた」
「一緒に行ってもいい?」
「好きにしろ」
「そうする」
 2人は会話もなく森の中を進んだ。
 そしてスネイプは目的の薬草を見つけると、用意してきた袋の中に摘んだそれを丁寧に入れていった。
 その作業を眺めていたが薬草についてあれこれと質問してくるのを、うるさいなと思いつつも返しているうちに、ふとある疑問が浮かんだ。
「あの魔法は肉体を離れた魂を呼び寄せようとするものだったな。それなら、肉体のほうはどうするつもりだったんだ?」
「錬金術に人間を作る方法っていうのがあった。まあ、そういう研究はあるけど成功した者はいない、とかいう結末だったんだけどね」
「……もしあの魔法が成功していたら、その研究もする気だったのか?」
「そうだよ。まさかネズミに呼び寄せるわけにはいかないでしょ」
 笑って言うだが、内容はおぞましい。彼女は困ったふうな口調でため息混じりに言った。
「何だかアンタにはいやな場面を見られてばっかりだなぁ」
「好きで見ているわけじゃない」
「わかってるよ」
 必要な分だけ薬草を摘み終えたスネイプは、袋の口を閉じて立ち上がった。
 もうここには用はない。
 帰りも会話はないに等しかった。
 森を出てから2人は、足跡を消しながら慎重に城を目指した。
 沈黙を破ったのは珍しくスネイプだった。
「お前はさっき死んだ者の気持ちはわからないと言ったな。それなら、生きている者の気持ちならわかるのか?」
 は返事の代わりに足を止めてスネイプを見た。
 スネイプも立ち止まり、話を続ける。
「今のお前を見たらエヴァンズやポッター達はどう思うのだろうな」
 は目を伏せてポツリと言った。
「……裏切られたとか悲しいとか、思うだろうね」
「それでいいのか?」
 足元を見つめたままのと、それを見つめるスネイプを冷たい雪交じりの風が過ぎていく。じきに本格的に降りだすだろう。
 次に顔を上げた時、は苦しそうに顔を歪めていた。そして苛立ちを吐き出す。
「だったら、私のこの悔しさはどうしたらいい!? 憎くて憎くて悲しくて、何もせずになんていられない! 本当は今すぐにでもアイツの居場所を突き止めて息の根を止めてやりたいくらいだよ! でも、こんなことにみんなを巻き込めないじゃないか! もう、自分じゃどうしようもないんだ!」
 一気にまくし立てたは、肩で息をしていた。白い息が風に流される。
 一方スネイプは、の強い憤りを静かに見つめていた。
「僕はお前がアズカバンへ行く姿なんか見たくない。あいつらも、そうじゃないのか?」
 息を詰めたのきつい眼差しと、スネイプの落ち着いた瞳がぶつかり合う。
 そしては足元の雪を蹴飛ばすと、走って城へ行ってしまった。
「この足跡を、僕一人で消していけと……?」
 その背が豆粒ほどになった頃、スネイプの呟きが強くなってきた雪に溶けた。
■■

目次へ 次へ 前へ