18.彗星のように

3年生編第18話  異様な暑さでは目が覚めた。
 ハロウィーンも終わり、11月半ばになった今、暑さで寝苦しいとは何事かと思いつつ習慣でベッドサイドの置時計に目をやると、4時10分を指していた。午前の4時10分だ。
「何で……」
 は一度眠れば時間まで起きないタイプだ。もちろんアクシデントは別だが、このホグワーツにそこらへんの魔法使いが侵入できるはずもなく、また女子寮は男子禁制であり魔法の仕掛けも万全だ。
 それなのに目が覚めた。
 暑苦しいということは、信じられないが風邪でもひいたかなとが思った時、息が詰まるくらい大きく心臓が脈打った。
 その感覚に、まさかと焦る。
 ──そんなわけない、満月にはまだ一週間もある。
 意識がはっきりしてきたことで、暑苦しさの正体がわかった
 これは暑いのではない、渇いているのだ。
 体が人の血を欲している。
 医務室に行かなきゃ、と身を起こしかけた時、鋭くなった五感がルームメイトの気配を察知した。
 ギュッと胸のあたりのパジャマを握り締める
 あれは食料じゃない、友達だ! 大切な、トモダチ。
 一刻も早く離れなきゃ、と焦りながらもはできるかぎり足音を殺して部屋のドアノブに手をかけた。
 絶対に振り向いてはいけない、と持てるかぎりの意志を振り絞って。

 談話室まで下りると、はようやく一息つくことができた。人の気配のないところは多少楽になる。
 額の汗をぬぐうとは廊下に出た。夜明け前の冷たい空気が気持ち良かった。
 近道を使い、医務室を目指す。
 この時間は絵の住人達もゴーストも眠っているのか、聞こえる音はの足音といつもより少し早い呼吸音だけだった。
 みんなが起き出している時間帯ではないことをは心底感謝した。
 どこからか隙間風が入ってきて、汗をかいた首筋を撫でていく。
 思わずくしゃみが出た。
 予想以上に音が響き、自分で出した音には驚き肩を震わせた。
 まさかこんな時間にフィルチが突撃してきたりはしないよな、とキョロキョロつつも歩く足は自然と速くなる。
 そして着いた医務室のドアを、ノックはせずにゆっくりと細く開けた。
 こんな時間はさすがにマダム・ポンフリーも就寝中のようだ。
 はそのことに安堵した。
 マダム・ポンフリーだって人間だ。発作の起きたの前に立つのは危険極まりない。
 薄暗い室内にある棚の上、いつかと同じように血液パックの入った箱を下ろす。
 箱を開けて中の一つを手に取り、吸い口のピンを外していると、奥の事務室のほうから物音が聞こえた。すぐに鍵を回され、ドアが開く音がする。
「待って!」
 はとっさに声をあげた。
「私です。です。発作が起きたので来ました。まだ飲んでないのでドアを閉めてください」
 早口に一気に注意を促すとドアは静かに閉まった。
 はホッとしてさっさと血液パックの中身を飲み干した。
 今までの猛烈な渇きが嘘のように消えていった。満たされていく自分をはほんの少し嘲笑う。自分の体質は認めているが、まったく平気というわけでもない。
 箱を片付けてからは事務室でやきもきしながら待ってくれているだろうマダム・ポンフリーに声をかけた。
「もう大丈夫です。お騒がせしました」
 が言い終わる前にマダム・ポンフリーは飛び出してきて、心配そうな目で彼女を見つめた。
 は安心させるように微笑む。
「急に出たんでびっくりしましたが、もういつも通りです」
「他にどこか変な感じのするところは?」
「ありません」
「それにしても変ね……満月まであと一週間はあるというのに。先月は何でもなかったはずですし、処方もしましたね」
「はい。私も全然心当たりがなくて……」
「とりあえず、体調には充分気をつけてください。このことは校長先生にも連絡しておきます。それと、次の聖マンゴ病院での検査の時にも担当癒に言っておいたほうがいいでしょう。薬が関係している可能性もありますから」
「そうします」
 面倒になったな、とは内心うんざりした。
「それじゃ、そろそろ戻ります。ルームメイトが起きる前に戻らないと。こんな格好で出て来ちゃったので」
 パジャマだし裸足だ。リリーが起きた時がいないのはいつものことだが、戻ってきた彼女がこんな格好だったら驚くだけじゃすまないだろう。
 マダム・ポンフリーも、もう出て行っても良いと判断したのか頷き返した。


 誰にも何も疑われないまま、今日の授業が始まった。
 今日の魔法薬学の授業ではリーマスと組むことになった。いつかの返礼の時が来たのだ。
 突然のペア変更にリリーは渋い顔をしたが、リーマスには前に助けてもらってそのお礼なんだとが説明すると、さらに渋い表情になりながらも納得した。
 フリーになったリリーにすかさず声をかけようとしたジェームズだったが、彼のそんな行動など見切っているかのようにリリーは別の女子のグループの中に混ぜてもらいに行っていた。
 実に素早い。
 シリウスが慰めるようにジェームズの肩を叩いた。
「僕、女の子に生まれたかったな……」
「女に生まれたらエヴァンズとはデートできないぜ」
 いつかもやったような会話をまた繰り返す2人。
 今回はジェームズ、シリウス、ピーターの3人で調合をすることになったようだ。
「それじゃ、始めようか」
 が言い、リーマスと2人で調合に必要な材料を取りに教卓前のテーブルに向かった。
 作業を始めてすぐ、は頭を抱えたい気持ちでいっぱいになっていた。
 まさかここまでひどいとは、といったところだ。
 白菊の根を刻むリーマスの手元を見たは、クラリと眩暈を覚える。
 ナイフを持つリーマスの手を止めて、板書の調合の手順を写した羊皮紙を彼の鼻先に突きつけ、注意点を指さして言った。
「白菊の根は『繊維に直角に』、『約0.5mmの厚さに切る』! ……リーマス、これは『みじん切り』だ」
「似たようなもんだろう?」
「似ているけど全然違うものだよ。まったくもう。はい、やり直し。こんなの使ったら今日の課題の魔法薬は永遠に完成しないよ」
「やれやれ、面倒だねぇ」
「アンタがちゃんと指示に従えば面倒は最小限なんだよ」
 リーマスは今度は注意深く指定通りに根を刻んだ。
 その間には満月の光を浴びせたホネ貝をすり鉢でする。
 それから露草の葉を煮込むのだが。
「待った!」
 再びが叫んだ。
「お湯が沸騰してから入れるんだよ。まだダメ」
「でも、泡が出てきてるよ」
「ここに書いてあるでしょ。『ボコボコと沢山の泡がたつくらい沸騰してから』って。リーマスは説明を読まなすぎ!」
「う〜ん」
 こんなことが何度となく繰り返され、終業時間ギリギリでやっと魔法薬が完成した時には、は今日一日分の体力精神力を使い果たしたようにグッタリしていた。
 まだあと一つ授業が残っているというのに。
 逆に、毎回恒例の鍋爆発や異臭騒ぎを起こさなかったリーマスはご機嫌だ。
 1年生の時から続く魔法薬学の調合において、初めてまともな成果を出したと言ってもいい。
 ジェームズ、シリウス、ピーターもそれに驚き、喜んでいた。歓声をあげながらハイタッチしている4人を、は恨めしげに見ていた。
 疲れ果てた表情で魔法薬を詰めたクリスタル小瓶に提出用のラベルを貼っているに、リーマスはニッコリして言った。
「また次もよろしくね」
「絶対嫌」
 組むならやっぱりリリーが一番だ、とは心から思った。
 この2人の賑やかな調合の様子に周囲はどうだったかと言うと。
 スラグホーンは減点も加点もしなかった。授業に関係する会話なら彼は寛容だ。
 グリフィンドール席では、おもしろがる者、魔法薬学で一、二を争う好成績のの指摘に自分の作業過程を見直す者、どこを見てそうなったのか、やっぱりあの2人は付き合ってるのかと勘繰る者、ちょっぴり同情する者などさまざまだった。リリーは同情と呆れが半々の目だった。
 そして合同のスリザリン席では、大方が不快げにしたり、バカなヤツらだと嘲笑を浮かべていたりしていたが、スネイプとクライブははっきり同情の眼差しを送っていたとか。
 もちろん同情の相手はである。
 いつもと変わらないの様子に、スネイプは密かに安堵する。ハロウィーンの図書館で見た暗い影は今は見えないことに。


 その週の土曜日はクィディッチの試合の日だった。
 シリウスのデビュー戦でもある。
 グリフィンドールの談話室は朝からそわそわと落ち着きがなかった。
 談話室の一角をチームが占領し、今日のことについて話し合っている。
 は観客席からの観戦だが話し合いには参加していた。
 ジェームズの隣でキャプテンの話に耳を傾けているシリウスを見れば、ちょっと緊張しているようだ。
 だんだんふてぶてしくなっている彼でもこういう時は緊張するのか、とは珍しいものを見たような気持ちになった。シリウスに言ったら、失礼なヤツめ、と言われそうだが。
 話が終わり、メンバーが朝食へ向かうためいったん解散となると、はさっそくシリウスに話しかけた。
「シリウスはこれからちょっと大変になるね」
 ウシシシ、と気味悪く笑うにシリウスは若干引き気味だ。
 それでも律儀な彼は会話に付き合う。
「ど、どういう意味だよ」
「アンタ、クィディッチ始めてから注目度が急上昇なんだよ。今日はきっと競技場に黄色い歓声が響き渡ること間違いなしだね。試合が終わったら告白してくる人がいるほうに1ガリオン!」
「あっははは、、それは賭けにならないよ」
 元気良く言い切ったをジェームズが笑う。
 反対にシリウスは渋面だ。
「シリウスはもうすでに告白される頻度が上がってるからね」
「やっぱり! どこの寮の子が一番多いかな。やっぱりグリフィンドール?」
「もちろんだよ。それどころか、ホグワーツで一番の人気じゃないかな? いやーこれからが楽しみな人材だと思わないかい?」
「まったくだ。卒業する頃には告白しない人のほうが少ないかもしれないね」
 止まることなく調子に乗ってしゃべる2人に、とうとうシリウスはキレた。
「お前ら人が黙ってればベラベラと!」
「ぎゃーモテ男が怒ったー!」
「怒った顔もしびれるわ〜」
 しかし、ジェームズとにはまったく効果がなかったのだった。
 すっかり不貞腐れてしまったシリウスは、プリプリしながら談話室から飛び出していった。
「やりすぎたかな」
「まあいいんじゃない? これで余計な緊張も解けただろうし」
 シリウスを見送ったの呟きに答えるジェームズ。
 それからはジェームズに向き直ると、目でリリーの座るソファを示してヒソヒソ声で言った。
「アンタもリリーに挨拶しなくちゃ。行ってくるって、それだけをリリーの目を見て言うんだ。余計な言葉はいらないから」
「……たったそれだけ? 物足りなくないかい?」
「リリーにはそれでいいの。どうしても何か言いたいなら、プラチナは賢そうだね、くらいにしとくといいよ」
 プラチナは夏休みにリリーが買ったペットの猫だ。真っ白な毛の色からその名前に決まった。
 はまだ納得のいかないような顔をしているジェームズの体の向きを無理矢理変えると、リリーのほうへ押し出した。
 半ばつんのめってリリーの前へ出たジェームズに、リリーはプラチナを撫でていた手を一度止め、冷めた目でジェームズを見上げるとまた何事もなかったかのように手を動かしだした。
 相変わらず徹底した嫌いぶりだ。
 気を取り直しリリーを呼ぶジェームズ。
 面倒臭そうにリリーは顔を上げたが、いつもうるさくくどくどと言葉を並べ立てるジェームズが、短い一言だけ告げて背を向けるときょとんとした顔をしていた。
 まっすぐに戻ってくるジェームズの顔がにやけているのを知っているのはだけだ。
「ああ、今日もリリーは可憐だった……」
 頬を染めてうっとりと宙を見ている姿はちょっと不気味だ。
 は苦笑してジェームズの肩を叩く。
「絶対勝ってよ。リリーにいいトコ見せなくちゃ。観客席で応援してるから」
「任せといてよ! 最高のプレーを見せるよ」
 2人は拳を合わせあうと、ジェームズは外へはリリーのところへと別れた。
 まだポカンとしているリリーを3度ほど呼んだところでは自分の存在に気づいてもらえた。
 に気がつくなり、リリーは今世紀最大の謎に直面したような顔でまくし立てる。
「ねえ、今の見た? あの超絶にうざいポッターが、真面目な顔で出立の挨拶だけして行っちゃったのよ! いつもなら歯の浮くような美辞麗句をつらつらと垂れ流すっていうのに。……頭でも打ったのかしら」
 あまりのひどい言いように思わずは吹き出した。
「ジェームズも少しは大人になったってことじゃないの? それより、そろそろ行こうよ」
 が誘えばリリーは頷いてプラチナを膝から下ろした。
 談話室を出て大広間を目指す2人の足元を白い子猫がチョロチョロとついてくる。
 がグリフィンドール寮へ戻って生活できるようになってからは、すっかり馴染みの光景になっていた。

 外はだいぶ寒くなっていたものの、競技場の観客席は熱気に包まれていた。ついでに異様に盛り上がっている一帯があった。不思議なことに、そこは寮に関係なく女子生徒のみが固まっており、手におそろいの旗を持っている。
「あれって、もしかしてブラックの?」
「だろうね。凄いね。見てよほら、グリフィンドールとスリザリンが隣同士で座ってる」
「あそこは異次元ね。そっとしておきましょう」
「賛成」
 リリーとは不気味な一帯をさっさと視界から追い出した。
 と、そこにを呼ぶ声がした。
 振り向くと、通路からアデルとクライブが手を振っている。
 も手を上げると、2人はこちらへやって来た。
 そして、来るなりアデルが言った。
「今日は私達は敵同士よ。悪いけど、グリフィンドールチームのことは分析済みなの。試合はレイブンクローがいただくから」
 クライブもアデルに続く。
「俺はレイブンクローを応援するけど悪く思わないでくれよ」
「ふぅん……それはそれは」
 は意地の悪い笑みをクライブに向ける。
「私達よりレイブンクローのほうが勝ちやすいと思った?」
 とたんアデルがクライブを睨みつける。
 クライブは慌ててアデルをなだめにかかった。
の口車に乗るなって。こう言って俺達に仲間割れさせようって考えなんだから」
 その通りだったのでは舌を出して肩をすくめてみせた。
「まあとにかく、いい試合ができるといいね。勝つのはグリフィンドールだけど」
「どっちの選手も充実してるもんね。熱い試合が見れるはず。勝つのはレイブンクローだけど」
 とアデルはがっちり握手しあいながらも、ぶつかり合った視線は火花を散らしていた。
 不敵な笑みを交し合っていた2人だがそろそろ時間だから、とアデルとクライブはレイブンクローの応援席へ移っていった。
『さあ、いよいよ今年度最初の試合が始まります! グリフィンドール対レイブンクロー、黄金のスニッチを握るのはどちらか!?』
 拡声魔法のかけられたマイクから元気の良い声が競技場に響き渡り、観客席は呼応するように拍手でわいた。
『さて、毎年選手の入れ替えはあるものですが、今回はグリフィンドールに大きな交代がありました。去年、強烈なデビューをした選手が今回はケガのため出場できません。そして代打として指名されたのがシリウス・ブラック選手です!』
 例の異次元地帯から黄色い歓声があがった。
『情報では仕上がりは上々とのことですが、どんなプレーを見せてくれるのか非常に楽しみであります──』
 それから後は両チームの選手の紹介が始まり、否が応にも興奮が高まっていく。
 その興奮が最高潮に達した時、審判のマダム・フーチの試合開始の笛が鳴った。
 大歓声の中、高く上がったクァッフルを先に掴んだのはレイブンクローだった。
 アデルが自信満々に言った通り、レイブンクローのチェイサーの動きは素晴らしかった。グリフィンドールのビーターの防御パターンをよく掴んでいる。
 正確なパスワークの末、あっという間に先制点を取られてしまった。
 グリフィンドール席から唸り声があがった。
 けれど、試合はまだこれからだ。点差にもよるがクィディッチはシーカーが試合を決めると言ってもいい。
 その後、どちらのチームのシーカーもスニッチの行方を掴めず、ほとんどチェイサー戦となっていた。
 点を取られたら取り返す、の繰り返しで今のところ60対70でレイブンクローがリードしている。
「スニッチはどこにあるのかしら」
 リリーがフィールドに目をこらすが見つけられずにため息をついている。
 も探していたが、同じく見つけられない。
 それにしても、シリウスはよくやっているとは思った。
 あの短気ですぐに頭に血が上る彼が、ジェームズやゲイリーと息を合わせ自制しているのだ。そこには当然2人の辛抱もあるだろうけれど。
 シリウスが初得点をあげた時には、思わずも立ち上がって拍手をしたものだ。
『ブラック選手からパスを受けたポッター選手、ゴールを目指します! チェイサーを1人かわし、ブラッジャーもかわし……ゴール!』
 しばらく膠着状態が続いていたが、これでグリフィンドールとレイブンクローが並んだ。
 その時、レイブンクロー寄りのフィールドの地面すれすれのところにキラリと小さな光があった。
「スニッチがあそこに!」
 誰かが叫んだ。
 それより一瞬早く両チームのシーカーがスニッチを見つけていて、矢のように目指している。
 レイブンクローのビーターの打ったブラッジャーがグリフィンドールのシーカーのダリルを狙った。
「ダリル!」
 進むのかかわすのか止まるのか。彼女がどれを選ぶかが勝敗の分かれ目だった。
 進めばレイブンクローのシーカーよりわずかにリードしているからおそらくスニッチを掴めるだろう。しかしブラッジャーに当たって怪我をするのは必至だ。かわせばどちらが勝利するかは運任せ、止まれば確実に負ける。
 ダリルはきっと進む。
 そう確信しては立ち上がり、身を乗り出して決定的瞬間を見逃すまいとした。
 が、そこで予想外のことが起こった。
 迫り来るブラッジャーの前に何かが飛び込んできたのだ。
 赤いユニフォーム、グリフィンドールの選手の誰か──。
「シリウス!? ああっ!」
 だけではない、観客全員が同じような叫びをあげたといってもいい。中でもシリウス応援団の悲鳴は物凄かった。
 シリウスがダリルの盾となってブラッジャーを止めたのだ。
 直後、ダリルがスニッチを掴み取った。
『なんと、ブラック選手が身を挺してシーカーを守り、タッカー選手はスニッチを見事その手に収めました!』
 半ば落下するように芝の上に転がったシリウスに、ダリルは勝利の余韻に浸ることもなくすぐさま駆け寄った。
 もフェンスを乗り越え、チームメイトが集まっていくところへ全力で走った。
 人を掻き分け、シリウスの傍に滑り込むように膝を着けて名前を呼ぶ。
 腕に当たったのか、右腕を抱えて顔をしかめている。
「マダム・ポンフリーを呼んできたよ!」
 いないと思ったら医務室へすっ飛んでいたらしいジェームズ。
 マダム・ポンフリーのために生徒達が道を開けると、彼女は担架を出現させシリウスの体を浮かせてその上に横たわらせた。
「心配いりませんよ。すぐに戻れるでしょう」
 彼女はハッキリそう言った。
 マダム・ポンフリーが言うなら絶対だ。
 もみんなも彼女の腕を疑う者は誰もいない。
 担架を操り医務室へ去っていく。
 大丈夫、という約束を得てようやく達の顔に笑顔が生まれた。
 そうなれば、後は勝利を喜ぶだけだった。

 グリフィンドール談話室に戻ってきたシリウスは、まさに本日の英雄となっていた。
 すっかりケガも良くなったその姿にワッと人が集まり、もみくちゃにされる。
「シリウス、ナイスファイト!」
 満面の笑顔でが肩を叩いて健闘を讃えれば、シリウスは照れたように頭をかいた。
「一番近くにいたの、俺だったからな。どうしても勝ちたくて、気がついたら飛び出してた」
「シリウスらしいね! 初勝利おめでとう!」
 が杖を振って色とりどりの紙ふぶきを飛ばすと、あちこちから生徒達がクラッカーを鳴らす音が鳴り、どこからかシャボン玉がふわっと飛んだ。
 そのうち誰かが投げた紙テープで、全身をぐるぐる巻きにされて慌てふためいているシリウスを見ては思い切り笑った。
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