17.秘密の道

3年生編第17話  何度も振り返りながら出かけていくリリーを、は笑顔で手を振って見送った。
 まだ混雑している玄関ホールから人ごみを縫って脱出したは、人がまばらになったところでいったん足を止めると息をつく。
 気分が落ち込んでいきそうになるのを無理矢理引き上げた。
「さて、これから何をしようかな」
 などとわざわざ口に出してみるが、やりたいことはもう決まっている。
 宿題は今日を心行くまで楽しむためにリリーと終わらせてしまった。となると、このあいた時間は思う存分趣味に費やすことができるのだ。
 は一度寝室へ戻ると筆記用具を入れたカバンを抱えて図書館へ向かった。
 きっと今日の図書館はガラガラだ。下級生だって宿題が切羽詰っているか勉強こそ人生という人でもないかぎり、のんびり過ごしているだろう。5年生と7年生は大きな試験があるから、もしかしたら図書館に陣取っているかもしれないけれど、先程の玄関ホールではほとんどが出かけるように見えた。息抜きは大事なのだ。
 そんなわけで誰はばかることなく、普通の本からちょっと危険な本まで読み放題だ。
 の予想通り、図書館にほとんど生徒はいなかった。
 きっとマダム・ピンスの心はとても穏やかであろう。年中無休で神経を尖らせていては、いつか胃に穴があいてしまう。
 はいつものように人の来ない奥のほうのテーブルにカバンを置くと、背の高い本棚の周りをフラフラと歩いた。
 歩きながら、これと思った本を抜いていく。
 全て読めるかはわからないが、読みたい時に貸し出されていて読めないのは残念なので、キープしておく。
 5、6冊抱えてテーブルへ戻ると、は本の世界に飛び込んでいった。


 必要な物を購入してさっさとホグワーツに戻ってきたセブルス・スネイプは、課題の残りを仕上げるために図書館へ出向いた。
 運良く本棚に収まっていた必要な参考書を数冊引き抜き、いつものひとけのない奥のテーブルへ向かう。
 テーブルが見えたところで彼は、はたと足を止めた。
 こんな日にこんなところにいるとは思わなかった人物がいる。
 しかも、いつもならすぐに近づく人には気がつくのに、今日は完全に外に気を配っていないようで一心に読書をしている。
 気づかれていないとはいえ、今さらテーブルを変えるのも不自然かと思ったスネイプは、止まった足を再び動かした。
 そして、近づくにつれ読書の主の異様な雰囲気に眉をひそめた。
 彼女が『ちょっと危険な本』に興味を示すのは今に始まったことではない。初めてここで会った時からそうだった。けれど、それはあくまでお堅い勉強の合間のほんの遊びだったはずだ。時々、グロテスクな魔法の効果を描いた挿絵を見ては、それを明るく笑い飛ばしていたのを覚えている。
 それはつまり、そんな魔法は使わないよ、という意思表示で。
 変な娯楽感覚の持ち主だとつくづくスネイプは思ったものだった。
 マグルで言うなら、殺人のあらゆる方法を書いた本を嬉々として読みながらも、こんなことするのは馬鹿と阿呆だけだ、と笑っているようなものか。
 そうだったはずなのに。
 今、目の前で本に集中する彼女の目は真剣だった。暗金色の瞳を真っ黒な情熱に染めている。恨みとか憎しみとか、そんな色だ。
 気がつけば、スネイプは彼女から本を取り上げていた。
 そうされてやっと人の存在に気づいた
 本を取り上げたスネイプを見上げた目には、何の感情もうかがえなかった。
 思わず息を止めるスネイプ。
 凍りつくような感覚と共に、自らの行動を不思議に思う。
 いつもなら、誰が何をしていようと関わることなどしないというのに。今までだって、が読む本を知ってはいたが、それについて反対を言うことはしなかった。
 どうでもいいからだ。
 それなのに、今回は衝動的に止めた。
 あの暗い瞳がそうさせたのだ。
 しばらく2人は視線を合わせたままでいた。
 だんだんと、の目にふだんの色が戻ってくるのを見て、スネイプは止まっていた息をゆっくり吐き出した。
「アンタも行かなかったの? ホグズミード」
 先に口を開いたのはだった。同時にスネイプの手から本を取り戻す。しかし、再び読むことはせず、閉じてテーブルの上に置いた。
 スネイプはの正面にまわり、腰を下ろした。
「も、ということはお前もか? まぁ、僕は帰ってきたところなんだが」
「あ、行ったんだ。早かったね。つまらなかったの?」
「そんなことより、いったいどうしたんだ?」
 の質問を無視して、先程の彼女について尋ねるスネイプ。
 質問に答えてもらえなかったことなど気にしていない様子で、は首を傾げた。
「どうしたって、何が?」
「……気づいてないのか? お前、さっきからずっと無表情だぞ」
 きょとんとしては頬を包むように両手を添える。
 本当に自覚してなかったのか、とスネイプは肩を落とした。
「何だってあんな目でその本を読んでたんだ?」
 目でテーブルの上の本を示したとたん、は目を伏せた。
 そして、何も言わずに席を立つ。
 無言で本と筆記用具をまとめる姿は、拒絶を現していた。
 初めてから受けたその態度に少なからずショックを受けるスネイプ。自分が無視することはあっても、彼女が誰かを拒否することなどないと思い込んでいたのだ。
 ちらりと見えた羊皮紙には、メモが細かに取られていた。
「お先に」
 平坦に別れの呟きを残して、はスネイプと目を合わせることもなく去っていった。
 様子が変だというよりも、何かを思い詰めたようなの背に、スネイプは危ういものを感じた。


 グリフィンドール寮へ続く廊下を足早に歩きながら、は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
 不覚だ。まさかスネイプに見られていたとは思わなかった。
 あの席は誰も来ないと言ってもいい席で、今日はみんなホグズミードに行っていて夕方まで帰ってこないと思っていたから、はすっかり油断していたのだ。
 今日だけは誰にも会いたくなかった。
 しかし、改めて思うと見られたのがスネイプだったのは不幸中の幸いだったかもしれない、とも思う。リリーやジェームズ達だったら深く問い詰められていただろうから。きっと、ほんの出来心だと笑ってごまかされてはくれないだろう。
 階を一つ上がった時、廊下の向こうからを呼ぶ声があった。
 目をこらしてみれば悪戯仕掛け人の4人だ。ドタバタと足音うるさく駆けて来る。
 彼らまで早くに帰って来たのだろうか、とは首を傾げる。彼らこそ今日は時間ギリギリまでホグズミードにいると思っていた。
 たぶんまだ強張っているだろう顔に無理矢理意識を伝えて、は笑顔を貼り付けた。
「どうしたの? もしかしてホグズミードって死ぬほどつまらないの?」
 の質問を盛大に笑い飛ばすジェームズ。
 自分を見ても何も変わらない彼に、は内心で安堵した。
「凄いところだよホグズミードは! もう死ぬほど楽しいところさ! ほんっと、キミにもぜひ味わってほしいよっ」
 ジェームズが興奮気味に言い終わるや否や、グイグイと腕を引かれる
 驚き戸惑っているとリーマスが背を押してくる。
 シリウスとピーターが両脇でクスクスと笑っている。
 ガッチリ囲まれてしまった。どうやら4人はを逃がす気はないようだ。
「ねえ、わけがわからないんだけど説明はしてくれないの?」
「説明よりもついてきてくれたほうが話が早いな」
 振り返り、目を輝かせてウインクを寄越すジェームズ。
 彼が何かにウキウキしているのは珍しいことではないが、今日のは何だか格別だとは思った。
 そこまで心弾むものはいったい何なのか、だって気になる。
「わかった。ついて行くから手を離してよ」
「そう来なくっちゃ! こっちだよ!」
 が素直になるとジェームズは手を離し、タッと走り出す。シリウス、リーマス、ピーターも同時に駆け出した。
 4人が足を止めたのは5階の隻眼の女神像のところだった。
「さあ、よく見てて」
 杖を抜いたジェームズがに注目を求める。
 そして女神像の背部に回り込むと、杖で背のこぶを数回叩いて呪文を言った。
「ディセンディウム!」
 すると、こぶが開き地中に続く滑り台のような坂が現れたではないか。
 息を飲み、目を丸くして声も出ない
 その反応に悪戯仕掛け人は大満足だ。
 芝居がかった仕草で穴の向こうへを促すジェームズ。
「ささ、ずずいっと行ってくれたまえ!」
「坂が急だから足元に気をつけてね」
 気遣うピーターに、やはり彼は常識人だとは思った。
 はカバンを肩にかけ直すと、人ひとりがやっと通れるくらいの狭い穴に首だけを突っ込んで中の様子をうかがう。
 ピーターの言った通りの急勾配の細い坂道が一直線に下に伸びていた。
 ──これを下りろって?
 いったいどこに続いている道なのか。
 聞いたところで先程と同様に彼らは答えてくれないだろう。
 は覚悟を決めて穴に飛び込んだ。
 ほとんど滑るように坂を下っていく。の目に暗闇は何の障害にもならないから、やがて見えてきた坂の終点にバランスを取るために曲げていた膝をさらに曲げて着地に備える。
 坂の終わりは段差になっていた。は軽くジャンプしてトンッと足を着く。
 間を置いて後ろからジェームズの声。
「どう? なかなか爽快な坂道だと思わない? もうちょっと明るいといいけどね」
「それよりも、ただのスリリングな滑り台だけってわけじゃなさそうだね。道が続いてる」
 本当は必要ないのだが杖先に明かりを灯して、奥のほうを照らしながらは言った。できるだけ顔は彼らに向けない。
 の疑問に不気味な笑いで応じるジェームズ。
「ふっふっふふふ……まあ、ついて来てのお楽しみだ」
 そこに、シリウス、リーマス、ピーターも下りてきて全員がそろった。
 ジェームズはそれを確認すると暗い奥の道へ先頭に立って歩き出す。みんなもそれに続いた。
 歩きながら彼は話した。
「この道を見つけた時、僕らは狂喜乱舞したね。誰が作ったかは知らないけど、粋なことをしてくれたもんだよ」
「まったくだ。リーマスの強欲に万歳だな」
 楽しそうにクツクツ笑って続けたシリウスの言葉に、は首を傾げた。
「リーマスの強欲って?」
 すると、前を並んで歩くジェームズとシリウスが顔を見合わせ、声を殺して笑い合った。
 横にいるリーマスを見れば、何とも言えない複雑な表情をしている。
 リーマスはの体質を気遣って隣を陣取り、さらにその隣にピーターを置いていた。これだけ暗い道なら前の2人も滅多に後ろを向いたりしないだろうから、後はピーターの目を遮ればいいと思ったのだ。
 おかげでは前の2人にだけ気を付ければよかった。
「ハニーデュークスっていうお菓子屋があるんだけど、リーマスは棚には並んでいない秘蔵のお菓子があるはずだとか言い出して、カウンターを回ったもっと奥に行ったんだ。そこは半分在庫置き場みたいになっててね。そこで僕達は床の扉に気がついた。扉があれば開けたくなるだろう? 人が来ないのを確認してから扉を開けたんだ。てっきりそこはリーマスの言う通りのとっておきのお菓子の保存庫だと思ったんだけど……」
「何と、入ってみれば延々と道が続いてたってわけさ」
 ジェームズの説明とシリウスの締めを聞いたは、まさかと呟いた。
「まさか、この道はそのお菓子屋さんに!?」
「あっははは! やっぱり驚くよね! 、これでもう許可証なんか関係なくホグズミードに行けるよ」
 ああそうか、とは唐突に思い至った。
 きっとこの道は脱出路なんだ、と。
 ホグワーツが開校されたのは約1000年前。ヨーロッパでは魔女狩りなどが行われていた時代だ。もしかしたら今よりもマグル世界と魔法界の境界線はあいまいで、ぶつかり合うことも多かったのかもしれない。この城がもとから城として機能していたのか、それとも城のデザインをとった学校として造られたのかはわからないが、そんな不安定な時代にできたのなら、万が一のマグルの侵攻に備えて非常用脱出路があってもおかしくはないだろう。それに城には本来そういうものが付いているものだ。
 その出口がお菓子屋なのは意味がわからないが。
 もともとは違っていて、後の世にお菓子屋の一部になってしまったのかもしれないし、ホグワーツができた頃からお菓子屋を目くらましにしていたのかもしれないし。
 非常用脱出路なら確かに許可はいらないだろう。
 道はまだまだ続いている。
 小一時間はかかるらしい。
「ばったりリリーに会ったら大目玉だね」
 腕を組み目を吊り上げて怒るリリーの姿を想像し、苦笑する
 たとえに同情していても彼女ならこういう不正を許さないだろう。そこらへんはお堅い人だ。
「うん……そうだねぇ。じゃあはこれでも被ってなよ」
 ジェームズが寄越してきたのは透明マントだった。
 薄水色に淡く輝くマント。これを身につければ人の目には見えなくなる不思議な魔法道具だ。
「いいの? 大切なものなんでしょ?」
「もちろん。大事に扱ってくれよ」
「了解。ありがとう」
 その後、この道のことを例の地図にも書いておかなくちゃ、とか次のホグズミードの日にはどこで待ち合わせしようか、などいろいろな話で盛り上がった。
 4人と話しているうちに、図書館にいた頃は真っ黒だったの心はいつの間にか穏やかになっていた。そのことをは少し後ろめたく思いながらも、今は流れに身を任せることにしたのだった。

 ようやく終点に着くと、確かに天井に扉があるのをは見た。そこまでは短い階段がある。
 ジェームズがそっと扉を押し上げて、自分達が出られるかを確認する。
 その間には透明マントを被った。
 細く開けた隙間から滑り出るジェームズ。素早いその身のこなしは、ふだんの悪戯活動の成果か。
 続いてシリウス、リーマス、ピーターと出て行き、最後にが地上に上がった。
「到着っと。さあ、ホグズミードだ」
 まだ声をひそめて、しかし楽しさをこらえきれないようにニヤッと笑ってジェームズが言った。
はお金持ってる?」
「少しなら」
「じゃあまずはここから見て回ろう」
「……俺は外にいるよ」
 甘い匂いにうんざりとして言うシリウス。ホグワーツもここも甘い匂いでいっぱいだ。
 逆にリーマスとピーターは嬉しそうだ。
「みんなはもう買い物を済ませたんじゃないの?」
「まだだよ。キミにこの抜け道を教えるのが先だと思ってね」
「うわー! 何て嬉しいことを言ってくれるんだか!」
 は飛びつきたい気持ちになった。透明マントで隠された自分がもどかしい。せめて顔を見せられれば、どんな喜んでいるかわかってもらえるのに。
 けれど、彼らは声の調子からの気持ちを読み取った。
「悪いけどはなるべく黙っててね」
「うん」
「それにしても、お前いったいどこにいるんだ? ……うあっ」
 適当に動かしたシリウスの手が偶然にもの被るマントのフード部分に触れた。
 結果、フードが後ろに外れ、の首から上だけが宙に現れる。知らない人が見たら生首が浮いてるように見えるだろう。
 気づいたが慌ててフードを戻した。
「ちょっとシリウス、私、幽霊騒動を起こす気はないんだけど?」
「悪い悪い。そこにいるとは思わなかった」
 ちっとも反省の色のない口調で言うシリウスの横で、ジェームズ達3人は声を殺して笑っていた。
 それから、言った通りシリウスは外で待機し、達はハニーデュークスを楽しむことにした。
 店内の棚はが見たこともないお菓子でいっぱいだった。そのうちいくつかはホグワーツ特急の車内販売ワゴンで見たことがある。
 どう見ても、味わうよりも楽しむほうを重視したお菓子のコーナーでは、ジェームズが何かを企むようなニヤニヤ笑いで数種類のお菓子をカゴに入れていたし、チョコレートコーナーではリーマスが全種類のチョコレートをカゴに盛っていた。ピーターはばら売りではなく箱詰めのお菓子をいくつか買うつもりのようだ。
 少しはお金はあると言っただが、実はお菓子に費やせる分はない。だから、見て楽しむことにした。それにきっとリリーがお土産に買ってくれているかもしれないし。
 待ち合わせ時間に店を出てシリウスと合流する。
 そこで初めてピーターが気づいたようにに言った。
、その姿じゃ会計できなかったよね。欲しいのあった? 僕が払ってくるよ」
「ううん、いいよ。見てただけでお腹いっぱいになったから。それより次はどこ?」
 が促すとシリウスが待ってましたと行く先の名を告げる。
「ゾンコの悪戯グッズ専門店だろ」
 誰にも異存はなかった。
 ゾンコの店に入ったとたんジェームズとシリウスは目の色を変えて商品を物色しはじめた。時々、フィルチだのスネイプだのと聞こえてくる。哀れな犠牲者の名だ。は聞かなかったことにした。
 悪戯グッズはいろいろな意味でも興味があった。それらがどんなふうに作られているのか、ということだ。
 は近くにいたピーターに、選んだいくつかの会計をしてもらうことにした。
 お菓子と悪戯グッズで両手をいっぱいにした4人と透明な1人は、今日の締めにと『三本の箒』に向かった。
「ここのバタービールは最高だよ!」
 そう言うジェームズには少し不安になった。
「ビールなんて飲んでいいの?」
「ビールってついてるけどノンアルコールだから大丈夫」
 店はホグワーツ生で混雑していたけれど、うまく奥のほうにあいているテーブルを見つけて素早く確保した。を一番奥に座らせ、傍にあった背の高い観葉植物を少し移動させてその辺りを隠す。
 シリウスとリーマスで注文を取りに行った。
 しばらくして人数分のバタービール瓶とから揚げやポテトフライの盛られた皿を持って戻ってきた2人は、何やら焦っている様子だった。
 バタービールをの前に置きながら、シリウスが声をひそめて言った。
「エヴァンズがいる。気をつけろ」
 しかし、反応したのはジェームズだった。
 リリーと聞いてじっとしているわけがない。
 そわそわと首をめぐらせ、愛しい人の姿を探している。
 は少し後ろめたさを感じた。
 落ち着かないジェームズの頭をグイッと押さえつけるシリウス。ゴキッという鈍い音がした気がしたが、誰も何も言わなかった。ジェームズだけが首を押さえて唸っている。
 そんな親友をさらりと無視して口を開くシリウス。
「さて、それじゃ乾杯といこうか! 素晴らしき発見をしたことに!」
 カチンと瓶を合わせ、みんなは一斉に中身を飲んだ。
 炭酸とバターの風味とほんのりした甘さがの口の中に広がった。初めて味わったその飲み物は、自然と笑んでしまうくらいおいしかった。
「これはクセになる味だね」
「だろう? ここでしか飲めないんだ。……あれ? ジェームズはどうした?」
「エヴァンズのとこに行ったよ」
 リーマスの返答に、シリウスは片手で額を覆ってがっくりとうなだれた。
 その様子がおかしくてはクスクスと笑った。

 帰り道、ハニーデュークスの地下の抜け道を歩くのは1人。
 ジェームズ達は地上から帰る。
 暗い道を歩きながらは今日はたくさんのことがあったな、と思い返す。
 そして、帰ってからもまたいろいろあるのだろう。
 とりあえず決定しているのは、リリーと眠くなるまで今日のことをしゃべり倒すことだ。きっと彼女は一晩中話してもまだ足りないほど、いろんなことを聞かせてくれるだろう。もちろんお菓子付きで。
 リリーが見たホグズミードはどんなふうだったのだろう。
 そういえば、とは別のことを思い出す。
 毎月リーマスと過ごすあの屋敷はホグズミードにあるのだと、いつだったか聞いた。
 今日、そこに案内されなかったのは、はリーマスの秘密を知らないと思っている彼らが、リーマスを気遣ってのことだったのだろう。
 そのことに、申し訳なさを感じないわけではない。
 騙しているも同然だ。
 も打ち明けてしまえばいいのだが、まだそれができずにいる。
「やっぱり、リーマスは勇気があるなぁ」
 こぼれた言葉は小さすぎて反響もしない。
 ようやくあの急な坂が見えてきた。
「まさか、あれを登るなんて言わないよね?」
 嫌な想像に頬を引きつらせた後、は小走りに駆け寄り坂の周辺を調べた。
 何もないことに一度首を傾けてから、杖を抜いて数回坂を叩いてみる。
 すると、坂は階段状になりゆっくりと上昇を始めた。
 はそれにホッと安堵すると、タイミングを見て階段に足を乗せた。
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