11.悔しい人達

3年生編第11話  途中でリタイアしたのはその一日だけで、翌日からはは最終授業まで出席することができた。ただし、その後はくたびれた雑巾のようになっていたが。
 そして、先日のクィディッチチームのミーティングでシリウスがみんなに受け入れられたかどうか、は尋ねた。
「何の問題もなかったよ。その後、少し飛んだけどゲイリーともうまくやっていけそうだ。最初の試合にも間に合うんじゃないかな? ま、は安心して見てなって」
 調子良く報告するジェームズの表情に、も安堵した。
 ジェームズは続けて言った。
「体力に余裕があったら練習を見にきてよ。今はのポジションにシリウスを入れてるんだけど、僕達3人のフォーメーションも考えたいんだ」
「そうだね。シリウスの良いところを引き出せるようなやつね」
「多少無茶でもあいつならやってくれるから」
「じゃあゲイリーとも相談して、かなり無茶なフォーメーションを理想にして、それに近づけていくっていうのは?」
「それいいね。もちろんシリウスには内緒だな。無茶してるってわかったら文句言いそうだし」
「ヘソ曲げられたら面倒だもんね」
 あはははは、と声をそろえて笑っていると、真正面から不貞腐れた声がやって来た。
「お前ら、全部筒抜けなんだけど」
 昼食の席で、当のシリウスを目の前に声を抑えることもなく話していれば聞こえて当たり前である。
 もちろん、ジェームズももわかってやっているのだが。
 シリウスの横ではリーマスとピーターが必死で笑いをこらえていた。ピーターなどキュウリを突き刺したフォークを持つ手が震えている。
 の隣でもリリーが不自然な咳払いをしていた。
 リリーはいまだに食べる量の少ないを心配していたが、マダム・ポンフリーからちゃんと栄養になるものをもらっているから大丈夫、と言われてしまってはさすがに「もっと食べろ」とは言い出せなかった。
 じっとの前の皿に目を落としていたリリーにが気づく。
「リリー、これが欲しいの? いいよ、あげる」
 そう言って、ソーセージを差し出す
 リリーは慌てて手を振り遠慮する。
「ち、違うから! ソーセージなら大皿にもまだあるし」
「取ってあげるよ、リリー!」
「けっこうよ、ポッター。それと何度名前で呼ぶなと言ったらわかるの? あなたの脳ミソは穴だらけなんじゃないの?」
「その分の穴はキミが埋めてくれるんだろう?」
「直接土にでも埋めてあげましょうか」
 を挟んで相変わらずの噛み合わない言い合いをするリリーとジェームズ。
 2人を止めるのも面倒臭いので、はピーターに占い学について聞いてみた。
 簡単そうだから、という理由でこの学科を選んだピーターだったが、実際どうだったのか占いには興味はないが気になっていたのだ。
 とたん、ピーターはやれやれ、と肩を落とす。
「難しいことはないんだけど、夢の内容なんていちいち覚えてないよ」
「夢解きって言って、見た夢が何を暗示しているのか考えるのが今の課題なんだ。僕も……よくわからない。夢なんて見ないし」
 リーマスが苦笑しながらピーターの話の補足をした。
「夢ねぇ」
は夢は見るほう?」
「たまに見るよ。でもあれは記憶って言ったほうが……」
 は何度か見た夢の内容を振り返る。
 どれも過去の記憶だった気がする。
 が、ふとウィリスが出てきた夢を思い出す。
 あれは記憶ではなく、意味深な不思議なものだった。
「ま、何にしろ取らなくて良かったかな」
 ニヤッとして言い切ったに、ピーターもリーマスも乾いた笑いを返したのだった。
 きっと、占い学を選んだことを後悔しているのだろう、とは思った。

 放課後、は久しぶりに図書館へ足を運んでいた。
 今まで授業はどうにか最後までこなしていたが、その後は疲れてしまいどこかへ行けるような状態ではなかったからだ。
 実際、まだグリフィンドールの談話室にさえ行っていない。8階まで階段を上りきれる自信がなかったのだ。
 それに、上りっぱなしというわけにもいかない。もしもそんなことになったら、角を生やしたマダム・ポンフリーが談話室に怒鳴り込んで来るだろう。
 最悪のオプションとしてマクゴナガルもついてくるかもしれない。
 早く自由を手に入れるためにも、慎重にいこうとは心がけている。
 この日の図書館へのお出かけも、マダム・ポンフリー承認の下だ。
 ここに来たのはレポート作成のための参考書探しと勉強の遅れを取り戻すため、それから趣味のためだ。
 静かな館内に入ると、は先に遅れた分を取り戻すための資料探しに取り掛かった。参考になる本はリリーや、同じ選択科目を選んだ友人達が選んでくれた。
 ポケットからメモを取り出し、目的の本棚へ向かう。本はすぐに見つかった。
 次にレポート用の本。今回は魔法史のものだが、これはたまたま先生がいくつか挙げていたので、それを探せばいい。
 最後に、趣味の本。
 全部そろったら貸し出しの手続きをして医務室へ戻らなくてはならない。そういう約束なのだ。心配性のマダムは、が目に入る範囲内にいないと落ち着かないらしい。
 が、は趣味の本に関してはじっくり選びたかったので、ちょっとだけ居座ることにした。
 読みかけだったはずの魔法道具に関する本を抜き、いつもの奥のテーブルに向かう。滅多に人のいることがないため、邪魔が入らずに読めるのだ。
 ところが今日はその滅多にない日だったようだ。
 珍しくも3人も人がいる。それもかたまって座っているから知り合い同士なのだろう。
 遠目にわかったネクタイの色はスリザリン。
 スリザリンか……と、は内心で渋い顔をする。他の寮なら近くに座っても何も言われないだろうが、スリザリンはそうはいかないだろう。何しろは天敵のグリフィンドールだ。
 別のテーブルに移動しようと方向転換しかけて、はその3人が知っている人達だったことに気づいた。
 スネイプとクライブとブラック家の子。ブラック家の子は背を向けているので、本当にその子なのかはわからない。
 あの3人ならいいかな、と思っていると、の視線に気付いたのかスネイプが顔を上げた。
 は軽く手を挙げて挨拶とした。
 クライブと(たぶん)ブラック家の子も気がついてへと顔を向ける。
 その時の2人の反応は対照的だった。
 クライブは喜びに顔を輝かせて席を立ち、もう1人の子は何故かショックを受けたような表情をしていた。嫌悪ではなく。
 は不思議に思ったが、クライブの声にそれはすぐに掻き消された。
、もういいのか?」
「うん、まあね。すぐに戻らなくちゃならないんだけど」
「そうか……。まったく、地底人に戦いを挑みに行くなんて、そんなおもしろそうなことに一人で行くなよ。次は誘えよ」
「はぁ!?」
 修行にドラゴンにヒグマに人食い鮫に、地底人とは。
 久しぶりに見たクライブの顔を懐かしいと思う間もなく、は恨めしそうに彼を見る。
 そこにさらに追い討ちがかかる。
「……巨人とデートに行ったのではなかったのか?」
 まさかのスネイプの言葉にはテーブルの上にダイブしそうになった。
 ちょっと、と抗議しようとしたら、今学期最大の衝撃を受けたらしいクライブがあっという間にに詰め寄ってきた。
「本当か! 俺のことは振ったくせに巨人の誘いは受けるなんてひどいじゃないかっ。いったいどこの巨人なんだ? 真ににふさわしいかどうか、行って見極め……」
「クライブうっとうしい、そして黙れ」
 お互いの鼻がくっつきそうなほど顔を接近させてまくし立てるクライブを、迷惑そうに押しのける
 ギロリと原因であるスネイプを睨んだら、彼は涼しい顔をして羽根ペンを動かしていた。まるで先程の発言は自分ではないと言いたげだ。
「まったく、どいつもこいつも……」
 そもそも、何故そんな話を疑いもせず信じるのかがには不思議でならない。
 スリザリン生の特徴である疑り深さはどこへいった、と思うのだ。
 物事を欠片も用心せず受け入れるのではなく、一歩引いた立場から多角的に分析して、一番自分の利になることを選択しなければならないんじゃないのか?
 同い年の2人を軽く睨み、は抱えている本を置こうとテーブルに向かう。
 スネイプとクライブは並んで座っていたので、はブラック家の子(仮)の横に席を取ることにした。
 ようやく重い本を下ろすことができた時、横からポツリと声が聞こえてきた。
 そちらを見れば、いまだショックを受けた状態から立ち直れていない少年がいる。
 彼の口からこぼれた呟きは。
「なんで、グリフィンドール……?」
 ふと、はローブの襟元に目を落とす。ふだんは上まできっちり閉めている襟元は、今は少しくつろがせている。そのため、いつもよりネクタイがよく見えていた。
「なんでと聞かれても、帽子がそう決めたから」
「……脅したくせに」
「うるさいよクライブ。脅してないし」
「あなたのお父上はスリザリンの優秀な生徒だったと聞きました」
 低レベルな言い合いが始まりそうだったとクライブの間に、力のない少年の声が割り込む。
 その言葉には目を丸くした。何故この少年が知っているのだろう、と。
 そんな疑問を察したのか、彼は自己紹介から始めた。
「挨拶が遅れました。僕はレギュラス・ブラックといいます。あなたのお父上のことは母から聞いたのです。学年は違いましたが同じ寮だったので知っていたそうなのです。夏休みにお会いした時にひと目でわかったと言ってました」
 やはり、は父親に似ているということなのだろう。クライブの父マリオンもそう言っていた。
「その……あなたのお父上が亡くなられた後、行方不明になっていたそうで……父も母も気にしていたと」
「そうなんだ。私、ずっとマグルの孤児院にいたんだよね」
 マグルの、という言葉が気に入らなかったのか、レギュラスの眉がわずかに寄る。
 シリウスが弟の話をする時いつも渋い顔をするが、なるほど、この弟は確かに純血主義なのだとは感じた。
 そこで疑問が浮かぶ。
 そんな純血主義の彼が、どうしてどちらかと言えば実力主義のスネイプや、主義などどうでもいいクライブと一緒にいるのだろう。
 考え、すぐに答えが出た。
 装っているからだった。
 スネイプは相変わらず個人行動派だが少なくともグリフィンドール生は好いていないし、クライブは時々取り巻きと共にいる。
 心の内を見せないかぎりはわからないのだろう。
 ふと、レギュラスが気にかけるような目でを見て言った。
「余計なことかもしれませんが、グリフィンドールに居ずらくなったらいつでもおっしゃってください。寮を変えてもらえるよう言いますから」
 不意打ちのセリフには吹き出しそうになるのをギリギリでこらえた。
 いったい彼は母に何を吹き込まれてきたのか。
 ともすれば、笑いに歪みそうになる口の端を必死で引き締める。スネイプとクライブも何とも言えない顔をしている。
 しかし、この、ある意味純真な少年は真剣だ。
 は引きつりそうになる笑顔で答えた。
「お気遣いありがとう。でも、私はグリフィンドールでうまくやってるから大丈夫だよ」
「そうですか。でも、残念だなぁ。母から言われていたんです。氏の子ならきっとスリザリンで、成績も優秀だろうからいろいろと教えてもらいなさいって。その気があるなら、家の再興にも助力を……あ、失礼しました。これは本当に余計なことでした」
 レギュラスは気まずそうに顔をしかめてうつむいた。
 その失言に、はなるほどと頷く。
 家が純血主義の家柄だったことはマリオンから聞いていた。
 ブラック夫人がどんな思惑でいるのかはわからないが、一度滅んだ家の再興に協力してもいいと思うほどに、家は力のある純血主義の家柄だったのだろう。
 けれど。
 興味なし、とは心の中で一蹴する。
「ま、寮は違うけどよろしく。困ったことがあったら相談に乗るよ」
「ありがとうございます。さんも何か困ったことがあれば力になりますので」
 シリウスとは正反対の、純血主義に純粋培養された少年は、に対して何やら誤解をしている様子がうかがえた。例えば、何らかの理由があってグリフィンドールに入った……とか。
 は彼の目を見てそう感じ取ったが、言っても簡単には納得してくれそうもないので放っておくことにした。
 それにしても、スリザリンに選ばれる生徒というのは、狡猾云々よりもどれだけ思い込みが激しいか、で決まるのではないかとはこの3人を見て思ったのだった。
 その後は、時々他愛のない話をしながらそれぞれ宿題をしたり本をめくったりして1時間ほど過ごした。
 そろそろ戻らないとマダム・ポンフリーがうるさくなりそうだと判断したは、借りる本も決まったからと席を立ったのだった。


 数日後、とリリーはグリフィンドールクィディッチチームの練習を見物した後、それについて勝手な意見をおしゃべりしながら廊下を歩いていた。
 この頃にはの体調もずいぶん安定してきていて、魔法の実践の最中に動悸が激しくなり、周囲を慌てふためかせるなどということもなくなっていた。
 ゆっくり階段を上っていると、は上からねちっこい視線を感じ、目を上げた。
 直後、それを後悔する。
 そこにいたのはオーレリア・メイヒュー。1年生の頃からとは水と油の仲の相手だ。
 メイヒューは相変わらずの取り巻きを連れて、すまし顔で階段を下りてくる。彼女の顔はを前に意地悪く歪んでいた。
「あら、あなたまだこの学校にいましたの? もうとっくに辞めたと思ってましたのに。辞めたのはクィディッチだけだったのね」
 いつもならもおもしろがって相手をするのだが、今日はそんな気分ではなかった。いや、しばらくは。言葉の応酬の末に杖を抜き合うようなことになった場合、体調が万全でない今は不利だろうと思ったからだ。やるからにはきっちり勝ちたいのがだ。
「しばらくはシリウスと交代なんだ」
 簡潔にそれだけ言っては通り過ぎようとしたが、今日のメイヒューはやる気満々のようで逃がしてくれない。
「へぇ、シリウス・ブラックがねぇ。あのわがままな御曹司に務まるのかしら」
「うまくやってたよ」
「あらそう。でもどうせ長くはもたないわね。それでも……あなたの代わりに彼を選んだのは賢い選択だったわね。魔法界のスポーツにマグルの血が混じった者が関わるなんて、価値が下がるもの」
 マグルの血、が果たしてに混じっているのか彼女は知らない。父方にはないだろう。ヴァンパイアハーフだったという母はどうなのだろうか。母の両親のどちらかは、マグルのだったのか魔法使いだったのか。
 母に関することはまるで情報がないのだ。
 そんなことをが考えていると、何と、リリーが反撃に出た。いつからかがメイヒューの相手をするようになってからは、一切口を挟まなくなったというのに。
「あなたって家柄を自慢するわりには本当に口が汚いわね。マグル製品で申し訳ないけれど、とっても強力な汚れ落としの洗剤があるのよ。今度プレゼントしましょうか?」
 が乗り移ったんじゃないかと思うくらい、嫌味ったらしく言うリリーにはポカンとして彼女を見つめた。
 リリーはメイヒューに口を挟ませる隙を与えず続ける。
「それに、ブラックのことを見くびりすぎよ。あなたが思うほど彼は自分を抑えられない人間じゃないわ」
 この人は本当にリリーか、とは疑った。
 ジェームズに並んでシリウスのことも毛嫌いしていたというのに。
 メイヒューもシリウス達とリリーの仲の悪さは知っているので、意外そうに片方の眉を上げて聞いていた。
 リリーがシリウスをかばったことには何も言わず、メイヒューはいつもの人を見下す笑顔に戻って言った。
「せいぜいさえずってることね。俄仕込みの我慢がどこまで通用するか見ものね」
 取り巻き達とクスクス笑い合いながら、ようやくすれ違っていこうとするメイヒュー。
 口論だけで済んではホッと息をつく。
 しかし、今日のリリーは別人のように好戦的だったことをすぐに知ることになる。
 リリーはメイヒューの背に挑発するように言った。
「せっかくと同じポジションの選手になったのに肝心の負かしたい相手がいなくて悔しいなら、素直にそう言えばいいのに。ま、どうせあなたじゃ敵わないでしょうけど」
 魔法が飛んでくるか、とはそっと杖の収まっているポケットに手の忍ばせる。
 しかし、それは杞憂に終わった。
 振り返ったメイヒューは一瞬だけ鋭い視線をリリーに送ると、とても綺麗な笑顔でこう言った。
「選手でもないあなたが何を言ってもまったく意味がないことね。せいぜい吠えてなさいな」
 そして今度こそ彼女達は階段を下りて行ってしまった。
 しばらくリリーはその背を睨みつけ、見えなくなった後もまだ同じ姿勢のままでいた。
 はそっと声をかける。
「リリー、今日はどうしたの? 珍しいね、あんなふうに言い返すなんて」
「だって、悔しいじゃない!」
 振り向いた勢いに乗ってリリーの赤毛がふわりと舞う。
「あの人達、がいない間さんざんひどいこと言ってあなたのこと笑い者にしてたのよ。だから、今度何かあったら絶対言い返してやるんだって決めてたの。チェイサーであなた以上の選手がいるものですか」
 リリー自身のためではなく、の名誉のために。
 の胸にじわりと嬉しさが広がった。
「ありがとう。私は大丈夫だよ」
 本当はもっといいたい気持ちがあったはずなのに、出てきた言葉はあまりにも短かった。
 けれどリリーはその短い言葉に込められたの想いをきちんと汲んでくれた。
「今は……しょうがないからあの新入りチェイサーを応援しましょう」
「そうだね。後で私とリリーの意見をまとめて提出してあげようよ」
「いいわね、それ。どんな顔して受け取るかしらね!」
 後にその意見書を受け取ったシリウスは、褒め言葉から辛辣な言葉までびっしり並んでいる様にありがたいやらいじめにあっているような気分やら、とにかく何ともいえない気持ちになったのだとか。
 そしてその横では親友が「リリーからお言葉をもらうなんて!」とハンカチを噛んでいたのだった。
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