「さあ練習だ! 試合まで時間がないんだ、最後の調整をやるぞ!」
エイハブが入学して以来の初めての優勝杯がかかっているだけに、気合の入り方が違う。きっと試験勉強以上に違いない。
優勝杯獲得のため、エイハブは突然鬼教官になった。ほとんど毎日、外出時間ギリギリまで激しい練習スケジュールを組んだ。唯一それを止められるマクゴナガルも、数年ぶりの優勝杯に目をギラつかせ、エイハブの持ってくる予定表に嬉々としてサインをしている。
おかけでもジェームズも、練習が終わって談話室へ戻ってくるとソファにダラリと寝そべる始末だった。
そんなを、リリーは心配そうにうかがっていた。
はその視線に気付き、期待する。
もうすぐ仲直りできそう。
これでスリザリンをぺしゃんこにして優勝でもすれば、きっとリリーの気持ちもやわらぎ、前のように楽しくおしゃべりができる仲に戻れるはずだ。
その前に解決しなければならない問題があるはすなのだが、はそのことを都合よく頭の隅っこに押しやっていた。
「えへへ〜」
「わっ、何だよ。薄気味悪い笑い方すんなよ」
明るい近未来の想像に、思わず緩んだ笑い声をあげたを、シリウスが危険なものでも見るような目で見た。
ちなみに、毎食恒例のシリウスvsのチキン争奪戦(チキンがない時は別の何か)にジェームズが参戦するようになった。
思わぬ三つ巴の展開に、彼らの一角の殺気は数倍になったとか。
そのせいで食事時の彼らの周りは奇妙な空間がある。
下手に近寄って新たな敵と思われたくないからだ。
今の3人の辞書に『和やかな食事』というものは存在しなかった。
試合当日、グリフィンドールクィディッチチーム控え室にて。
エイハブは円陣を組むチームメイトを強い瞳で見渡した。
「特に言うことはない。悔いのないように試合しよう。そして優勝だ!」
オゥ! と選手達の気合のこもった声が重なった。
グリフィンドールは今日まで全勝してきている。
は頭の上に押し上げていたサングラスを引き下げ、箒を手に取る。今年最後の試合、それも優勝杯がかかった試合だと思うと、いつも以上に気持ちが引き締まってくる。
隣のジェームズも同じ思いのようで、何度も深呼吸をしていた。
突然、2人の肩に何かが乗っかってきた。
「今日はクァッフルでお手玉なんかやってる暇ないからな、」
同じチェイサーのゲイリー・アディントン、6年生だ。
「ジェームズも、メガネがずれたとか言うなよ。敵じゃなくてキャプテンのブラッジャーが襲ってくるぞ」
とジェームズは反射的にキャプテンのエイハブのほうを見た。
彼ならやりかねない。幻覚ではなく目に炎が灯っているように見える。
「ま、ま、ま。練習通りにやればいいのさ。俺達は最強のチェイサーだろ」
さすが先輩、と言うべきか。
はこの言葉に完全にリラックスできた。気持ちが引き締まるのはいいが、それで体が硬くなっては意味がないのだ。
「時間だ、行くぞ」
エイハブの声に選手達は控え室を出て競技場へ向かった。
観客席からは試合のたびに聞いてきた大歓声。
審判のマダム・フーチがキャプテン同士に握手をさせた。
そして、彼女の笛の音と共に両チームの選手達がいっせいに宙に舞った。
クァッフルを先に取ったのはスリザリンだった。
確かバート・マックイーンとかいう名前だったな、とは思い出す。シーカーになってもおかしくない、すばしっこい男子だ。
バート自身もそれを自覚しているのだろう。他の2人のチェイサーが見えていないかのように矢のごとく飛んだ。
しかしそれが災いした。
敵地に孤立してしまったのだ。
エイハブの打ったブラッジャーがバートの手からクァッフルを弾き飛ばした。
こぼれ玉をゲイリーが拾う。
素早く反転したジェームズとが、いつパスをもらってもいいようゲイリーを覗いながら箒を飛ばした。
「スリザリン、もう一息でしたがビーターにクァッフルを弾かれてしまいました。今度はグリフィンドールの攻撃です──アディントンからポッターへ、それからへ。その選手にガタイのいいスリザリンチェイサー、ノースブルックがクァッフルを奪い取りに行った! おっと、強い接触での箒が揺れました。そしてクァッフルを下にいたアディントンへ落とします」
熊みたいなスリザリンチェイサーが体当たりをするようにクァッフル強奪に来た時、当たったの腕にしびれるような痛みが走った。クァッフルは下を飛んでいたゲイリーにパスし、はノースブルックを睨みつける。
ヘンな痛みだった。人の体はあんなに固いっけ?
疑問が浮かぶが、今は試合に集中することにした。
ちょっと目を離した隙に、クァッフルは再びスリザリンの手に渡っていた。
解説によると、なんとシーカーが妨害にきたらしい。
その後、どちらも点の入らない状態が続いた。
シーカーもまだスニッチを見つけられずにいる。
そしてどちらもゴール前でクァッフルを相手チームに奪われていた。
再びがクァッフルを抱えると、またどこからともなくノースブルックがやって来た激しいタックルを食らわせてくる。これくらいの当たりでは、ファウルは取られたりしない。
が、やはり当たった箇所が異様に痛い。岩でもぶつけられたようだ。
何か細工してるな、とは思った。
固くなる魔法でもかけているのだろうか。彼は7年生だから、いろんな呪文を知ってるのだろう。それとも何かを装備している?
ノースブルックは痛みに眉を寄せるをせせら笑う。
「次は、その色メガネを壊してやる」
は全力でそれを無視して、ジェームズへパスをした。
ジェームズからゲイリーへ、そしてまたジェームズへ。
「ゴール! 先制点はグリフィンドール!」
スリザリンから再開した時、はノースブルックがクァッフルを持っているのを見ると、真っ直ぐに彼のほうへ箒を飛ばした。
パスをしようと振り上げた手からクァッフルを掠め取る。
ノースブルックは舌打ちしてを追ってきた。
は慎重に箒の速度を調節し、ノースブルックが体当たりしやすい位置を狙った。
案の定、彼はその恵まれた体格を生かしてクァッフルを力ずくで奪いに来る。
ドシンッ、と音がしそうな勢いで当たられた瞬間、の手はノースブルックのユニフォームの肩口あたりを掴んでいた。そして力任せに引っ張る。緑色のユニフォームはビリビリと音を立てて引き裂かれた。
露わになった彼の腕に、は呆れと怒りを同時に覚え、顔が引きつった。
ノースブルックの腕には小さな突起がいくつもついた鉄製の篭手が装備されていたのだ。
「なんだそれはー!」
が思わず叫んだと同時に、怒りで顔を真っ赤にしたマダム・フーチが鋭く笛を鳴らして割って入ってきた。
「前代未聞です! こんなバカげたことをするなんて!」
マダム・フーチは今までにない怒りようだった。
スリザリンを除く観客席からも激しいブーイングが巻き起こっている。
実況担当者も言葉がないらしく「うー」とか「あー」とか言うばかりだ。代わりにマクゴナガルの「恥を知りなさい、恥を!」と、非難する声を魔法仕掛けのマイクが拾っていた。
しかしこんなことでめげるスリザリンではない。ノースブルックはうつむいていたが、その顔に反省の色は皆無だった。他の選手も恥じ入るどころか逆に、よくもやってくれたな、とまるでが悪いかのように目付きを鋭くした。
ゲイリーがペナルティーシュートを決め、グリフィンドールは20点リードしたが、このことは両チームに妙な火をつけてしまった。
つまり、どちらも頭に血が上って本来のプレーができなくなっていたのだ。
パスミス、連携ミス、そして失点。
いつの間にか50対50の同点になっていた。
エイハブがタイムを要求すると、ダリル・タッカーが一番にチームメイトのもとへ降りて来て言った。
「ちょっと、そろそろ冷静になってもいいんじゃない? 上から見ていて、プレーのヘボさにすっごく恥ずかしいんだけど」
ヘボいと言われ、さすがに皆は自分を取り戻した。
もノースブルックにこだわり過ぎていた、と反省する。
チームメイトの反応にダリルはにっこりして頷くと、
「あんまりネイサンをヒヤヒヤさせちゃダメよ」
とキーパーのネイサン・ヒルのほうに目を向けた。
同様だったスリザリンチームも落ち着いたようだ。
試合再開後、ダリルは上空の定位置につく前に、箒を急発進させた。
その意味するところは一つ。
スリザリンのシーカーも気がついている。
エイハブと、もう一人のビーター、デューイ・グルーバーは素早く持ち場に戻ってブラッジャーの警戒に入り、ゲイリー、ジェームズ、はシーカーの行方を息を飲んで見守った。
全員がシーカー対決に注目していた。
スニッチはフィールドの下の隅で小さく煌めいている。
先に箒を走らせたはずのダリルに、スリザリンのシーカーが並んだ。
「ダリル!」
が思わず名前を叫ぶと、ゲイリーとジェームズもグリフィンドールのシーカーを力いっぱい応援した。
観客席からも両チームのシーカーへの声援や野次の爆発が起こっている。
「ダリルッ、行け! 相手のシーカーなんて蹴飛ばしちゃえ!」
それは反則だ、とゲイリーが言っていたがの耳には入っていなかった。
ダリルは並ばれはしたものの抜かれることはなかった。そして、箒をしっかり両足で固定すると、両手を離してスニッチへ大きく体を伸ばした。
スリザリンのシーカーもスニッチを取ろうと手をめいっぱい伸ばし、ダリルの進路に割り込もうとする。
その時、ダリルは相手シーカーの割り込もうとする力に力で対抗するのではなく、一瞬流されるようにしたかと思うと、するりと前に一歩出た。
が歓声を上げる。
「やった! 成功させた!」
チーム内で唯一ダリルと同じくらいのスピードを出せると、時間を作っては練習していた技だった。シーカーはだいたいにおいて小柄な人が向いているが、小柄同士の争いとなれば競り勝つには技術が必要になる。できれば衝突の危険を少なくし、かつ相手に勝つにはどうすればいいか、と考えた結果出てきた案だった。箒の繊細な操作を要求され、ダリルは何度か箒から落ちそうになったが、本番で見事成功したなら練習に付き合ったも報われるというものだ。
ダリルは頭一つ分抜けた瞬間をムダにはしなかった。
そのまま箒から飛び降りるんじゃないかと思うほど、もっと両腕を突き出し、とうとうスニッチを捕まえた。
グリフィンドール席から爆発が起こったかのような大歓声が上がった。実際、花火が上がっている。
達はすぐにダリルのもとに集まり、叩きあいながら勝利を喜んだ。
表彰式で優勝杯を受け取ったエイハブは、嬉し泣き寸前の顔をしていた。
事実、控え室に入った瞬間、感極まって泣いてしまったのだった。もちろん、それを笑う人など誰もいない。ダリルがエイハブの背を撫でて何度も「おめでとう」を言っている。いつも口数の少ないデューイもその傍で何か声をかけていた。ネイサンはずっと笑い続けて、ゲイリーと手を叩きあっている。
ジェームズとも似たり寄ったりだった。
みんなで控え室から出ると、シリウス、リーマス、ピーターが待っていた。ジェームズとに気がつくと満面の笑顔で駆け寄ってくる。
「やったな、おい!」
シリウスがジェームズに飛びついた。
ジェームズはにっこり笑って言った。
「僕の言ったとおりになっただろう? 僕とがチームに入れば優勝間違いなしってね!」
「ははは、その通りだ!」
シリウスは笑いながらジェームズの頭をクシャクシャにかき回した。
「、おめでとう!」
「ありがと、リーマス」
「腕は大丈夫?」
ピーターが心配そうにの腕を見る。
は腕をぐるぐる回して、全然平気、と答えた。
グリフィンドール談話室へ戻れば、そこはすっかりパーティ会場と化していた。テーブルの上には所狭しと料理やお菓子類、飲み物などが並べられ壁はキラキラした房飾りで飾られている。半年早いクリスマスがやって来たみたいだ。
チームのメンバーが入ってくるなりその場にいた全員が拍手と歓声で7人を迎えた。中でも見事にスニッチを掴んだダリルは、すぐに友人達に談話室の真ん中に連れて行かれてもみくちゃにされていた。
達も上級生達に引っ張られて飲み物を注がれたゴブレットを渡され、誰かの乾杯の合図で一気に中身を飲み干したのだった。
飲み終わり、一息ついた時、は誰かに呼ばれて声の主を探した。
「、優勝おめでとう」
リリーだった。
ちょっぴりぎこちないけれど、久しく見ていない笑顔だった。
は一瞬どう反応していいのか戸惑った。今までずっとお互い口をきいていなかったのだから。
確かに、優勝したらまたリリーと前のように仲良くできるだろうと夢を見たが、それが現実になったとたん頭の中が真っ白になってしまったのだから、どうしようもない。
柄にもなくがまごついていると、ずいっとジェームズが前に出てリリーに抱きつこうと両腕を広げた。
「リリー! 見ててくれた!? ちゃんと見ててくれたかい?」
「エヴァンズよ、ポッター。ちゃんと見てたわ。その……すごかった。私、すごく感動したの。こんなに嬉しかったことって、きっと初めてよ。たくさん練習してがんばったのね。おめでとう」
ジェームズもまさかリリーからこんな賛辞をもらえるとは思っていなかったのだろう。抱きつく寸前で固まってしまった。そして、ゆっくりとを振り返る。
「リリーが……初めて褒めてくれた気がする……」
「気がするんじゃなくて、褒めてくれたんだよ。ね、リリー」
が言えばリリーは大きく頷いた。
「でもね、名前で呼ぶことを許可した覚えはないわ」
あくまでも訂正し続ける相変わらずのリリーに、はたまらず吹き出してしまった。ジェームズも嬉しいような困ったような顔で頭をかいている。
はリリーに向き直ると、ダリルがスニッチを掴む前の動きについてあれこれと説明を始めたのだった。
優勝の興奮でいくらか寛大な気持ちになっていたとはいえ、さすがに午前3時を回ってもまだ騒いでいるグリフィンドール生に、とうとうマクゴナガルの雷が落ちた。
が、そういう先生もとても寝ていたとは思えない格好だったのだが。
しかし監督生がお開きの合図をすれば、寮生達も仕方なくそれに従いそれぞれの寝室へ引き上げるしかない。
久しぶりに6人でおしゃべりしていた達も、おやすみを言って別れた。
寝る準備を整えたは、眠りにつく前にリリーに言っておきたいことがあった。
「リリー、あのね」
まだ着替えているのか、カーテンの閉まったベッドに声をかける。
なあに、という返事の後、パジャマ姿のリリーがカーテンを開けた。
「私、あの時の行動は反省点はあるけど、やっぱりあれで良かったと思ってるんだ。また同じことがあれば、きっと同じ方法を選ぶと思う。でも、その時は……リリーと一緒に行動に出る時は、必ず全部リリーに話すよ。だから、やり過ぎだと思ったら言って。それで、一緒に考えてほしい。そうしたらきっと、本当に一番いい方法が見つかると思うから」
は、少し緊張していた。
またリリーを不機嫌にさせてしまうかもしれない。また仲がこじれてしまうかもしれない。今度こそダメになってしまうかもしれない。
何秒間か、リリーの緑色の瞳と見つめあった。
「のやり方には賛同できなかったけど、でもあれ以来平和なのは確かだわ。それに……あなたが私にいっさいお咎めが来ないようにしたんだってことにも気がついたの。けど、それでも納得はできなくて……うん、私も、今度と組んでケンカする時はお互いの考えを出し合うのがいいと思う。もちろん、ケンカじゃなくてももっといろいろお話したいわ。今回のことでつくづく思ったの。私達、お互いのことをわかっているようで実はわかっていなかったのよ」
「うん、その通りだね」
もうあんなギクシャクした日々はこりごりだ、とがぼやけば、リリーも大きく頷いた。
2人は目を見合わせると自然と笑みを交わし合った。
「ぶつかった腕は大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「あんな手を使ってくるなんて、ホント、何をするか予想もできないやつらね」
「びっくりしたよ、あれには」
「ユニフォームを引き裂いたにもびっくりだったけど」
「だって、絶対何か隠してると思って。魔法で細工してると思ったんだけど、まさか篭手とはね」
「ふふふ。考えてみればちょっと間抜けよね」
あの時のノースブルックを思い出し、は笑った。
談話室でさんざんおしゃべりしたのに、リリーとは今まで途切れていた時間を埋めるように話し続けた。
結局2人がしゃべり疲れて眠りについたのは、空がかすかに白み始めた頃だった。
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