2.2泊3日

2年生編第2話  ホグワーツから2学年時の案内が届いた数日後、ジェームズからのふくろう便がの元にやって来た。
 学年末パーティの時に話していた『2泊3日』の件だ。彼はちゃんと覚えていたらしい。
 手紙の1枚目には8月第2週目の金曜日から日曜日に遊びに来ないか、という内容が簡潔に書かれ、2枚目はリリーへの愛着が切々と綴られていた。
 会えなくて寂しいとか、夏休み中にどれだけ綺麗になっただろうかとか、僕のこと忘れていないだろうか、とか。とにかくリリー一色だ。出す相手を間違えているとしか思えない内容だった。
「ますます燃え上がってるなぁ」
 ジェームズの想いは、まだにはよくわからない。
 故に、これだけ一途に想われるのは嬉しいことなのかそうでないのかも、よくわからなかった。
 が、1年生の頃のを思い出せば、少なくともリリーは迷惑そうに眉をひそめるだろうことは想像に容易かった。
 きっと同じ内容の手紙をリリーにも送っていることだろう。
 もしかしたらシリウス達にも送っているかもしれない。
 それはともかく、今日のバイトの時に店主に休ませてもらえるか相談しようと決めただった。

 約束の日、2泊3日分の荷物をまとめたは、鏡の前で服装チェックをしていた。
 とはいえ、バイトに行く時となんら変わりはないのだが。
 黒の長袖シャツにGパン、帽子とサングラス。いつも通りだ。
 後は管理人の嫌味を我慢して、待ち合わせ場所の『漏れ鍋』へ暖炉から飛ぶだけ。
 管理人のことを思うと憂鬱になるが、きっと今日はそれほど凹まずにしのげるだろうとは確信していた。ずっと今日を楽しみにしていたのだから。
「あ、そうだ。一応言っておいたほうがいいよね」
 呟き、は荷物を持って部屋を出るとウィリスの部屋へ向かった。
 ドアをノックすると、しばらくしてひどく機嫌の悪そうな顔のウィリスがを迎えた。寝ていたようだ。午前9時。普段のウィリスはまだ寝ている。
 しかし彼は旅行に行くような恰好のに気付くと、不機嫌そうな顔から不思議そうな顔へと変わった。
「2泊3日で友達の家に行ってくるよ。いきなりいなくなると心配するかと思って、それだけ言いにきた」
「……いってらっしゃい」
 まだ寝惚けている様子でウィリスは言い、軽くの頭を撫でると再び寝るつもりなのだろう、あくびをしながらドアを閉めた。
 そしては意を決して管理人室へ歩き出した。

 散歩の次はお泊りかたいそうなご身分だな、などと陰湿な声を耳にこびりつかせ、こめかみがヒクつくのを自覚しつつ暖炉飛行で『漏れ鍋』へ飛んだ
 はバイトに行くたびに「ダイアゴン横丁に散歩に行く」と言っている。正直に話したら何をされるかわからないからだ。ただし、あの管理人が本気でが散歩に出かけていると信じているかどうかはわからないが。
 余計なことを考えていたせいだろうか。煙突飛行から吐き出されたは、着地に失敗してしまった。
 顔面を打つことはなかったものの、旅行用カバンがおもしろいように遠くまで飛ばされた。本人はとっさに床に手をついたおかげで、痛いのは手のひらだけだった。
「おやおや、大丈夫かい?」
 騒々しく現れたに気付いた店主のトムが彼女に手を差し出した。
 は素直にその手を取り、立ち上がる。
「ありがとう、大丈夫です」
「それなら良かった」
 シワを作ってニッコリ笑うトム。
 週3日のバイトでいつもこの暖炉を使うので、彼とはすっかり顔なじみになっていた。
 ふと、はこの店がいつも賑わうのはこの店主の笑顔のおかげかなと思った。
 バイト先の店主も人の良さそうな笑顔を見せるが、トムとは雰囲気が違う。あの店主は確かに穏やかに笑うのだが、どこか抜け目ない。しかしトムは──大人に対してこの表現は失礼かもしれないが──無邪気な裏のない笑顔をするのだ。こんな笑顔を向けられたら、きっと彼に対する警戒心などあっという間に解けてしまうだろう。
 吹っ飛ばされたカバンを拾い、はもう一度トムに礼を言ってオレンジジュースを注文すると、店内に目を走らせた。
 そして入り口付近のテーブルに久しぶりに見る顔を見つけ、小走りに近づく。
「シリウス、リーマス!」
「あ、だ。久しぶり!」
 名前を呼ぶと2人は顔をへと向け、親しみのこもった笑顔を見せた。
 リーマスが手を振ってくる。
 シリウスが隣の椅子を引いたので、はそこに滑り込んだ。
「まだ2人だけ?」
「見ての通りだ。でもまだ時間まで間があるしな。けど、あいつらはいつも寝坊が酷かったからなぁ。もしかしたら、まだ寝てるかもな」
「そういうシリウスだって寝起きが良いとは言えないくせに」
「お前だって起きたはいいけどしばらく記憶力がゼロじゃねぇか」
「なんか……大変なんだね」
 よく1年間遅刻せずにすんだものだとは感心してしまった。
 もリリーも朝に強いタイプなので、寝坊の心配などしたこともなかった。
「ところで
 突然、と言ってもいいくらいにシリウスが振り向き、いやに真面目な表情でを上から下まで観察した。
「お前……その恰好、家出少年みたいなんだけど」
 リーマスが小さく吹き出した。
 は少年、という言葉に眉をしかめつつも改めて自身の恰好を見る。
「家出……そうかな。ずっとこんな感じだったんだけど」
「まぁ別に、人の服装の趣味にケチつける気はないけどさ、その恰好でジェームズの両親に会ったら、まず間違いなく男だと思われるな」
「嘘!? そんなに男の子に見えるかなぁ。どうしよう、着替えたほうがいいと思う……あぁ、ダメだ。そんなお金ないや。う〜ん、まぁしょうがないかー」
 後半のほうは独り言になっていたが、同席しているシリウスとリーマスにはしっかり聞こえていた。
「あーあ、開き直っちゃった。スカートは持ってないの?」
「持ってない」
 リーマスの問いにはあっさり首を振って答える。
 しかし直後にシリウスがとんでもないことを口にした。
「やっぱそのままでいいんじゃねぇ? だってさ、そのナリでスカートはいたらアブナイ子みたくなりそうだぜ」
 それはつまり、アッチの人と言いたいのだろうか。
 サングラス越しには隣のシリウスを睨んだが、彼は呑気に笑いながらの肩を叩いている。
「まぁまぁ、間違われたら本当のこと言えばいいだけだろ。そんなに気にすんなって!」
「アンタが言い出したんだろうがー!」
「イテェ! ギブ、ギブ〜!」
ッ、落ち着いてっ」
 は肩を叩いていたシリウスの腕を捻り上げ、シリウスは痛みにテーブルをバンバン叩き、リーマスは怒れる同級生をなだめようと腰を浮かせる。
 正直、うるさいが店長のトムも他の客も何も言わなかった。
 おおらかな店だ。
 その大騒ぎの中、リーマスにとっては絶妙のタイミングでトムがオレンジジュースを運んできた。
 さすがにシリウスとも我に返り、おとなしくなる。
 元気が良いね、とやはりトムは笑顔でオレンジジュースをの前に置き、カウンターへと戻っていった。
 そんなトムへ申し訳なさでいっぱいになりながら、オレンジジュースを一口飲んだは、気を取り直すように言った。
「ジェームズとピーター、遅いね」
「……まさか、本当に寝てたりしないよね」
「リーマス、不吉なこと言わないで」
 先ほど聞いた彼らのホグワーツの朝の様子から、もリーマスとほぼ同じことを考えたらしい。
 騒いでいるうちに約束の時間は過ぎていた。
 と、嬉しいことにその予想を覆すように待っていた友人の1人が店のドアをくぐって現れた。
 彼は達を見つけるとホッした顔をして駆け寄ってくる。
「ごめん、遅くなっちゃって」
「寝坊か?」
「ちゃんと来たんだから、いいよ」
「ピーター、元気そうだね」
 シリウス、リーマス、と次々に声をかけられ、ピーターは少し慌てた。それからリーマスの隣の椅子に座る。
「ジェームズはまだ?」
 ピーターの問いに、シリウスは眉間にシワを寄せて首を横に振り、リーマスとは苦笑しながら肩をすくめた。
 とたんに心配そうな顔になるピーター。
「人のこと言えないけど、まさかまだ寝てるとか……」
 ジェームズはよほど寝ぼすけのようだ、とは改めて思った。
 その時、暖炉から誰かが吐き出される音がした。
 出てきた人物は非常に慌てているのか、カウンターの角に足を引っ掛け派手に転んだ。
 それがすごい音だったので、店中の注目を集めてしまう。
「イッタタタ……」
 と言ってひょっこり上がった顔は、達がずっと待っていた最後の友人だった。
 相変わらず髪があちこちにはねている。
 幸い、派手に転んだわりに眼鏡は無事だったようだ。
 彼は友人らの姿を見つけると、ぶつけた足の痛みも忘れて満面の笑顔でやって来た。
「やぁ、遅くなっちゃったね。ゴメンゴメン」
 まるで悪いと思っていない様子だったが、に遅刻を咎める気など少しもなかった。それよりも、これから訪ねる彼の家のことのほうが重要だった。
 だからジェームズが、
「それじゃ、行こうか」
 と、言えば文句など空の彼方に吹っ飛び、席を立って荷物を持つのだ。
 4人はジェームズの先導により『漏れ鍋』の暖炉から旅立っていった。

 けっこう長い間の窮屈な煙突飛行の後にたどり着いた場所で、はまず二種類の良い香りに出会った。
 一つは単純に嗅覚を刺激する良い香り。甘い──クッキーだろうか。
 そしてもう一つは、時折リリーから感じる感覚的な良い香りだった。
 あたたかでやさしい香りだ。
 サングラス越しに見えたのは、明るくて清潔なリビング。とても広いのに、寂しさはまったく感じさせない。
 足元はやわらかい絨毯で左側は大きく開放的な窓。レースのカーテンが外の光を透かす様子は何やら神秘的でさえある。部屋の中央には大きなテーブル。そのテーブルの真ん中に高級そうな花瓶と豪華な色とりどりの花。清潔な白いテーブルクロスが一層好感が持てた。
 正面の壁には風景画が掛けてあった。
 ホグワーツ以外で初めて見る煌びやかな部屋に、は口をポカンと開けて見入っていた。
? どうしたの?」
 ジェームズの手が顔の前をひらひらとよぎったおかげで、は我に返った。
「いや、ちょっと、あまりの豪華さに驚いて……」
「そう? まぁいいや。僕の家族を紹介するよ」
 言われたは慌てて帽子とサングラスを外した。
 ジェームズの父と母は、彼の年齢からすれば少し年の行った両親だった。
 けれど、さすがジェームズの親と言うべきか、とても明るくてあたたかみのある人達だ。こういう人に育てられるとジェームズのような子ができるのか、とは2人を見ながら思った。
 そしてそれぞれが自己紹介をすませると、ジェームズの母親が全員を覚えるように見渡した最後に、視線をピタリとで止めた。
 あまりじっと見つめられ、何かおかしなところでもあるのかとはドギマギする。
 しかしそうではなかったらしく、ジェームズの母親は次の瞬間にニッコリと微笑みかけた。
「あなたがね。ジェームズから聞いてたとおりね」
「え? あの……?」
 わけがわからず、はジェームズとその母親を見比べる。
 少し離れたところでは父親が笑いを噛み殺していた。
 いったい何だと言うのか。
「女の子のお客様は初めてよ。ゆっくりしてってね。──それじゃジェームズ、皆さんをお部屋に案内してちょうだい。その間にお茶の準備をしておくから」
「はーい。皆、こっちだよ」
 はジェームズの母親が彼女に向ける妙に親しみのある笑顔を気にしながら、荷物を持ってジェームズを追った。
 部屋は2階にあるらしく、階段を上っていった。その途中、ホグワーツの廊下に飾られているような動く絵が、達を興味深そうに見ては次々と挨拶をしてくる。
 ついクセで、はその全てに挨拶を返していると、先頭を歩いていたはずのジェームズがとって帰して来て彼女の手を引っ張って進ませる。キリがないと思ったらしい。
「当たり前だけどは一人部屋ね。僕達は二人ずつの部屋」
「ねぇジェームズ」
 ジェームズの説明が終わるとはさっきから気になっていることを聞いた。
「おばさんに何て言ったの?」
「ああ、あれ? 雪みたいな髪の色の女の子が一人来るって言ったんだよ。男の子に見えるけど違うからってちゃんと付けたしといたから、間違われなかったでしょ」
「あぁ……そう。……私、そんなに男の子に見えるのかなぁ」
 確かホグワーツ特急で初めてリリーとピーターに会った時も、そんな感じだったっけとは思い出す。
 ピーターもそれを思い出したのか、気まずそうにつま先をもぞもぞさせた。
「うーん、まぁ、紛らわしいことは確かだね」
 悪気というものをまるで感じさせず、元気にジェームズに断言されてしまえばもそれ以上は何も言う気になれなかった。
 脱力というやつだ。
「でもさ、がもっと大きくなったらわからないよね。すごい美人になってるかもしれない」
 が複雑な表情をしていたせいか、リーマスが慰めるように言ってくれた。
 その言葉に、もこれ以上気にしても意味なしと気持ちを切り替えることにした。
「えーと、荷物を置いたらここに集合かな」
「そうだね。じゃ、後でね」
 は男の子4人と別れて、示された部屋のドアを開けた。
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