19.新生、愉快な仲間達?

2年生編第19話  早朝の散歩ではお馴染みの旅人に、愚痴っぽい相談をしていた。内容はもちろん昨日のリリーとの意見の違いについてだ。
 あの後リリーは本当にマクゴナガルに報告したようで、夕食の時は先生に呼ばれた。
 例の玉の作り方を提出するように言われ、先生の事務室まで届けに行くとじっくりとその羊皮紙に書かれた内容は検分された。そして、二度と作らないように、と厳しく言われたのだ。精神に作用するものは危険だから、という理由だった。
 そんなことはわかっている。参考にした本にも飽きるほど書いてあった。だから、使う前に自分で実験して妙な反応が起きないことを確認した。
 と、マクゴナガルに訴えたが先生の表情は厳しいままだった。
「魔法を学びはじめて二年目にしてよく作りました、と言いたいところですが、まだ早すぎます。あなたは魔法の良さも恐ろしさも理解していません。それがわかるまでは手出しを禁じます。次に同じようなものが見つかった時は相応の処罰がありますから、そのつもりで」
 そんなわけで今回は減点も罰則もなかったがは釈然としない気持ちで事務室を後にした。
 レシピを没収されたことやマクゴナガルに呼び出されたことよりも、やはりリリーに裏切られたという感が強い。
 寝室に戻ってもリリーのベッドはピッタリとカーテンが閉められていて、会話を拒否されていた。
 ここまでされるようなことだっただろうか、と思うがリリーもけっこう頑固なところがあるから、お互い頭が冷えるまで待たなければならないのかもしれない、とも思った。
 夕食時からすでに別行動だったリリーとに、ジェームズ達は首を傾げていたがは質問される前に席を立ったのだった。
「……というわけなんだけど、私、そんなに酷いことしたかな」
「ふむ、そうですねぇ。──あなたは恋をしたことはありますか?」
「恋? ないよ」
 あっさり答えたに、旅人は小さく苦笑すると納得顔で頷いた。
「それなら、ミス・エヴァンズの気持ちはわからないでしょうな。どうして彼女が怒ったのかを知りたければ、恋をしてごらんなさい。きっとわかるでしょう」
「してごらんなさいでできるものなの?」
「あなたしだいです」
「旅人さんは、恋をしたことあるの?」
「もちろんですよ。恋は素晴らしいものです。苦しく辛いことも多々ありますが、それでも誰かを好きでいる時の満たされているという感情は、掛け値なしに心地よいものなのです。今だって私は……おっと、ここからは秘密です」
 旅人はパチンと口を両手で塞ぎ、おどけた表情でウインクをした。
 興味に湧いていたの表情が残念そうにしぼむ。
 旅人と別れてからしばらくは城内をブラブラ歩き、朝食の時間が近づくと談話室へは戻らず大広間へ下りていった。戻ってもリリーは一緒に行動はしないだろうから。
 グリフィンドールのテーブルのいつもの席に着くと、はゴブレットにオレンジジュースを注いで大広間を見渡した。
 開いたばかりであるせいか、生徒の数はとても少ない。どのテーブルも数人が座っているだけだ。
 気分と食欲は関係しないだったが、さすがに食べるペースは遅くなっていた。それに、いつものようにおいしいとも感じない。
 周囲から見れば普段と変わらず常人離れした食欲なのだが、本人の中ではかなり違っていたのだ。
 食事も終わり、ゆったり紅茶を飲んでいる頃に大広間の入り口に見慣れた深い色合いの赤毛を見つけた。
 思った通り彼女はからかなり離れた席に座った。数人の友達と一緒に。
 にはリリーとジェームズ達以外にこれといった友人はいない。物怖じしない彼女だが、人に対しては受け身だった。スネイプに対しては自分から声をかけるが、それは特殊な例だ。自ら人の輪に入っていくことはほとんどないと言っていい。それはの体質が理由のほとんどだ。自身の体質のことに悲観はしていないし認めてもいるが、それと広い人間関係を作れるかどうかは繋がっていない。軽い会話くらいは交わすが、それだけだ。
 誰とでも穏やかな関係を築いているが、実態はとても希薄な関係なのだ。
 だからといって一人でいることに苦痛も孤独も感じないため、新たな人間関係を作ろうとしないところがらしさであり良くない点でもあった。
 チビチビ飲んでいた紅茶を飲み終わる頃、ジェームズ達が現れた。
 いつも一緒にいる2人が離れて座っていることに、ジェームズは一瞬どちらに行こうか迷ったふうだったが、すぐに愛する人のほうへ足を向ける。なかなか届かない愛ではあるが。
 ピーターがを気にするように振り返ったが、彼女は笑顔で手を振るに留めた。
 は席を立つと、最初の授業である薬草学を受けるため温室へ向かうことにした。


 リリーのへの拒否態度は徹底していた。
 授業で2人組を作る時、すべて以外の人と組んだ。
 仕方がないからも別の人と組むわけだが、呪文の応酬はともかく魔法薬学では呼吸が合わず戸惑うことも多かった。
 今まで手際が良いリリーと組んでいたのだから当たり前だ。そんなわけで、組みになった人の手元にも気を配りつつ、時には注意もしながら調合作業を進めていると、いつの間にやらその人から尊敬の眼差しを受けていた。
 それはともかく、こんな状態が3日も続けば元来勝ち気なは次第に苛立ってくる。
 そうなると、何がリリーの気に障ったのかと自省する気も失せてしまった。
 むっつりした気分のまま図書館へ向かう。今日出た課題の資料探しだ。提出日近くになると読みたい本が貸し出し中になったりするので、こういうのは早めが良い、とは去年一年で学んでいた。
 魔法史の棚で数冊に当たりを付けて本を抜き、中身を吟味していると後ろから誰かが近づいてくる気配を感じて振り向いた。
 振り返らなきゃ良かった、とすぐに後悔する。
 あからさまにしかめっ面で本に向き直ると、相手は「オイオイ」と苦笑じみた声を出す。
 会いたくない人物ベスト5に入るフラナガンだ。
「別にケンカしにきたわけじゃないって。ちょっと話をしないか?」
「しない。忙しいの」
「後で資料探し手伝うから」
 気持ちの悪い申し出に、思わず再度振り返ってしまう
 フラナガンはやっぱり苦笑していた。この前とは打って変わって毒のない表情をしている。
 それがかえって怪しく感じたは、疑心の目でフラナガンをジロジロと見た。
「ああ、まぁ。疑うのはわかる。でも本当にケンカする気はないんだ」
「……先に資料探しを手伝ってくれるなら」
「わかった。何を探せばいい?」
 としては追い払いたくて言ってみたセリフだったのだが、彼はあっさり了承した。
 ますます怪しい。絶対何かたくらんでる。
 の心の中はフラナガンに対する不信感でいっぱいになった。
 けれど、話をすると言ってしまったのだから仕方がない。
 は課題である『近世における魔法省の功罪』のレポートに使えそうな本を探していることを伝えた。
 ちょうどよい本も見つかり、図書館を出たはフラナガンの後について校庭に出て、湖に沿ってゆっくり歩いていた。止まったのはちょうど反対側まで回った時だ。
 前を歩いていたフラナガンは振り向くと、じっとの顔を見つめる。
「……何か?」
「まだ少し腫れてるな」
 フラナガンの視線は自分が打ったほうの頬に集中していた。
 思い出したは不機嫌そうに目を細める。
「おかげさまで。でもアンタのほうがひどいんじゃないの?」
「おかげさまで」
 フラナガンはの口調を真似して笑った。
 この変わりようは何だ、と訝るにフラナガンはようやく本題らしき言葉を吐いた。
「この前のアレ、見事だったな」
「別に」
 あれのせいで今リリーとこじれているのだと思うと、ますます不機嫌に拍車がかかった。
「絶対仕返ししてやると思ったんだけど、冷静になってみたら感心するばかりでさ。あれ全部お前が考えたんだろ?」
「気安くお前って呼ぶな」
「じゃあで」
 は抱えていた本を落としかけた。
 何でこの男にフレンドリーにされなければならないのか。
 そんなの気も知らず、フラナガンはどこか恍惚とした表情で湖面を見つめながら続ける。
「きっとあいつらが最初の一通を出した時から全ての思うがままだったんだろうな。彼女達はお前の手のひらの上で踊らされてたってわけだ。あの場に俺がいたのは予想外だったろうに、一番に俺を潰したのも良かった。それも強烈な潰し方だ。あれだけで彼女達は戦意喪失してただろうな。その後もリーダーから攻撃にかかったのが良い。そしてとどめのあの玉。──あれから平和なんだろ? 俺だったら二度とお前達に手を出そうなんて思わないからな」
「いったい何が言いたいわけ?」
 悩みの種をつらつらと挙げられて、は大きくため息をついた。
「俺と付き合わない?」
「…………はぁ?」
「お前の頭と行動力にすっかり惚れてしまったんだ。それに、あんな攻撃受けたのも初めてだった。初めて正面から向き合ってくれる人に会えたっていうか……」
 は風邪でもないのに頭痛がして片手で頭を押さえた。両手があいていれば抱え込みたい気分だ。
 フラナガンの気持ちの推移がさっぱりわからなかった。
 彼は女に一撃で沈められ、プライドが大いに傷ついたはずだ。それも相手はグリフィンドール。山のように高いプライドを持つスリザリン生なのだから、その傷つきようは他の寮生とは比べ物にならないだろう。
 それを、どこをどうしたら『付き合おう』になるのか。
 あれか? 河原で殴り合って友情が芽生えるアレか? それが何かの勘違いで友情を飛び越えて恋情になったとでもいうのか? 頭は大丈夫か?
 失礼極まりないことをは心の中で巡らせていた。
 何にしろ、の答えは決まっている。
「付き合わないよ。悪いけど」
「……まぁ、そう言うと思った。じゃあ、普通に友人として付き合うなら?」
 を諦める気はないらしい。
 よくわからないが、こっぴどくやられたにも関わらず、彼はを気に入ってしまったのだ、と無理矢理納得するしかないようだ。
「……わかった。友人ね」
 スリザリンの友人は二人目だな、とは唐突に思った。
 もっとも、もう一人はが一方的に友人だと思っているだけだが。
 友人関係であることをが了承すると、フラナガンは嬉しそうに微笑した。
「出会い方が最悪だったからな、これから理解を深めていこう。お前とはいい付き合いができると思うんだ。困ったことがあれば何でも言って。協力するから。あ、でもエヴァンズとのことはちょっとムリかな。あそこまで徹底されるとな……」
「ハハハ……」
「そもそもどうして避けられるわけ?」
 何だかもうどうでもいい気分になってしまったは、あの日教室を出た後のことを話して聞かせた。
「なるほど。ま、エヴァンズの言うことも一理あるな。とどめを刺さずに話し合いで解決、という方法もあったかもしれない。お前達は圧倒的に有利だったわけだし。……でも、俺はお前の取った方法に賛成だな。俺が同じ立場でもきっとそうする」
 闇の魔術の専門家の息子に賛成されちゃったよアハハ……と、の頭の中に乾いた笑いがこだました。
 あの時のの考えに、話し合いという選択肢は影も形もなかった。ただ、自分達に害なす者を排除するだけでいっぱいだった。
「リリーに関しては、待つよ。リリーは確かにひどく怒ってたけど、戸惑っているようにも見えたんだ。私だってリリーが突然殺人鬼になったらびっくりして遠巻きにしちゃうだろうし。ちゃんと向き合ってくれるまで待つよ」
「ふぅん」
 関係を切ってしまえば楽なのに、とフラナガンの目は言っていた。
 けれど、それはとリリーの付き合いの深さを知らないからだとは思った。一年と半年ちょっとも寝食を共にすれば、ほぼ家族も同然だ。何よりはリリーが好きだから。
 そう簡単に切ったり諦めたりはできない。
「アンタだって家族のこと、簡単に切り捨てられないでしょ」
 気のない返事をしたフラナガンにそう言えば、彼は苦笑して頷いた。
 はひとつ深呼吸をすると抱えていた本を下ろして言った。
「気分転換に少し相手してよ。もうすぐ防衛術の小テストなんだよね」
 同じ学年なのだから、これだけ言えばフラナガンもピンときた。
 杖を使う授業で行われる実践テストでは、は毎回苦労させられている。繰り返し練習を積み重ねておかないと、散々な結果になるのだ。
 いつもはリリーかジェームズ達が練習相手になってくれるのだが、今の状況では頼みにくい。リリーはもちろん、あの4人にしたって練習よりも2人の間に何があったのかを聞きたがるだろうから。
 話してしまうと、何だか告げ口したような気分になりそうだ。それは嫌だと思った。
 少し距離をあけ、杖を抜いてフラナガンと向かい合う。
「武装解除呪文で」
 が呟くとフラナガンは頷き返した。
 教授の言葉を思い出し、いざ、と思った時。
「お姉様に何をしているの!」
 甲高い声がの集中をぶち壊した。
 前に踏み出していた足の力が抜ける。
 声のほうを振り向けば、芝生を抉るようにして駆けつけてくるアデルの姿。
 蜂蜜色の髪が派手に揺れて、まるで金色の炎のようだ。
 アデルはとフラナガンの間に割り込むと、キッとフラナガンを睨みつけた。
「私のお姉様に杖を向けるなんて、私に杖を向けるのと同じこと! お姉様の代わりに私が相手になるんだから!」
 勇ましく宣戦布告したアデルは、素早く杖を抜くとまっすぐフラナガンに向けた。
 彼女もけっこう根性の据わった人物のようだ。
 呆気に取られて見ていたは、必死な一年後輩の少女に思わず吹き出してしまった。
 いきなり笑い出したに、戸惑いの顔で振り返るアデル。
「あの……?」
「ああ、ゴメン。あのね、別に決闘してたわけじゃないよ。魔法の練習相手になってもらってただけ。もうじき防衛術の小テストなんだよね」
「え!? あ、あっ……うわぁ……!」
 勘違いに気付いたアデルは真っ赤になった頬を両手で押さえた。杖がポスン、と芝生に落ちる。
「グリフィンドールとスリザリンが杖突き合わせてれば、決闘だと思っても仕方ないけどね。アデルも一緒に練習する?」
 杖を拾い、差し出しながらが誘うと、アデルは目をキラキラさせて力いっぱい頷いた。
 とてさすがに1年生の魔法はきちんと扱える。新学期最初の変身術では散々だったが、あの後きっちり復習して勘も取り戻したのだ。
 フラナガンもアデルが加わることを何も言わずに受け入れた。
 はそのことを少し不思議に思った。
 あの教室でと対峙していた時、彼は明らかにグリフィンドールを嫌っている感じだったからだ。それともレイブンクローならオッケーということなのだろうか。
 交代で呪文の練習をしていると、いい加減薄暗くなってきたので練習を切り上げて夕食のため大広間へ向かいがてら、はそのことを聞いてみた。
「本当は、寮なんてどうでもいいんだ」
 どこか不貞腐れたような答えが返ってきた。
 彼はもしかしたらシリウスに似た部分があるのかもしれない、とは思った。
「それより、また時間が合えば3人で練習しないか? 今日はけっこう身になったからさ」
「お姉様とだけだったらいつでも大歓迎だけど……ま、あなたもいてもいいよ。しょーがないから」
 大げさに肩をすくめてアデルが言うと、フラナガンは彼女の頭を抱え込み拳でグリグリしはじめた。
「先輩には敬意を払えよ、クソガキ」
「痛い痛い、いじめ反対ー!」
「アンタらずいぶん仲良くなったね……。まぁ、私も構わないよ。フラナガンはいいの? 寮で立場が悪くなったりとかは?」
「ははは、俺に意見できるやつなんかいないよ。それと、俺のことはクライブでいい」
「了解」
 こいつはもしかしたら寮で孤独なのかもしれない、とは思った。
 これで闇の陣営側だったらまだ仲間と呼べる人がいただろうけれど、シリウスの話ではフラナガン家は中立だ。あの日、ピーターに絡んでいたのも寂しさを紛らわせていただけだったのかもしれない。それはそれで迷惑なのだが。
 何にしろ、この3人でいた時間は楽しかった。
 ふと、は組み分けの儀式のことを思い出した。
 真っ先にスリザリンを勧めてきた組み分け帽子。その次はレイブンクローだったか。次にハッフルパフで、グリフィンドールは勧められなかった。それどころか、忠告さえされた。グリフィンドールはにとって眩しすぎる寮だから、友達の手を離さないようにと。
 今、その手が離れようとしているのだろうか。
 いいや、まさか。
 仲違いくらい、誰だってあるだろう。リーマスの話では、ジェームズとシリウスも部屋でケンカすることがあるらしいし。リリーと自分は、それがちょっと長引いているだけだ、とは思うことにした。
 きっとまた手を取り合える日がくるはず、と希望を持つ。
 だから、寝室に戻ったらたとえベッドのカーテンが閉められていても、リリーを諦めることだけはすまいと思うのだった。
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