とたん、シリウスとスネイプは敵意をむき出しに睨み合う。
ピーターはどうしたものかと落ち着きなく双方に視線を走らせ、はまたかと呆れた。
クリスマス休暇初日もこうして睨み合ったのだ。
さらにはまで睨まれた。
これはシリウスに対するものとは違い、こいつが残ることをどうして言わなかった、という八つ当たり的な睨みだったのだが。
はで、そんなこと知るか、と肩をすくめてみせたのだった。
食事のたびにこうなるのも面倒なので、達はスネイプとかち合わないように時間をずらして大広間へ行っていたのだが、今日はプレゼントを開けていたせいで鉢合わせになってしまったらしい。
「シリウス、私お腹すいた」
今にも杖を突きつけあいそうな二人を引き離すため、が軽くシリウスの踵を蹴ると、彼は鼻を鳴らしてグリフィンドールのテーブルへ向かった。その間も鋭い視線はスネイプに向いたまま。
ピーターと二人がかりでシリウスの背を押しながら、はスネイプに小さく手を振った。
「メリークリスマス」
スネイプから返事はなかったが、に向けた目からは剣呑さが消えていた。
テーブルに着くなりシリウスは不機嫌いっぱいにカップにコーヒーを注いだ。
自棄酒ならぬ自棄珈琲か。
お腹がすいていると言った言葉に嘘はないは、いそいそと皿に料理を盛り付けていった。
そのにシリウスが不満をぶつける。
「何であんなヤツににこやかに挨拶してんだよ」
「知り合いだもん。挨拶くらいするよ」
「あーそうでしたね。アナタはあいつと仲良しサンでしたね」
「……ヤキモチ?」
シリウスの嫌味をがからかうと、シリウスはカップをテーブルに叩きつけた。
の隣に座るピーターが、フォークに刺したはずのソーセージを皿に落とす。
だんだんもうんざりしてきた。
「アンタさぁ、そのトゲトゲしたものそろそろ引っ込めてくれない? メシがまずくなる」
「そのわりにはガツガツ食ってんじゃねぇか」
指摘通りの食事の手はふだんと変わりない。
ピーターはやや食欲減退気味だというのに。
「ちゃんと聞いてた? まずくなるって言ってんの」
しだいに発音がきつくなっていくに、シリウスは意地の悪い薄ら笑いを浮かべて言った。
「お前がスニベリーとの付き合い方を改めるっていうなら考えてやるよ」
「何それ。私が誰と付き合おうとアンタには関係ないでしょ」
「だったら俺がどんな空気を発しようとお前には関係ないよな」
「アンタのは一人の問題じゃないっつの。公害だね」
「そういうお前はピンポイントで俺への毒だな」
加熱してくる言い合いに、もはやピーターは食事どころではなくなっていた。
それなのに何故当事者達はフォークとナイフが止まらないのだろうか。
いつものチキン争奪戦とは違う雰囲気に、他寮の生徒達も訝しげにこちらを見てくる。人数が少ないだけに声がよく響くのだ。
が、それ以降はシリウスもも口を開くことなく黙々と料理を口に運んだ。
食事を終えたは、やはり何も言わないまま二人と別れた。シリウスもそっぽを向いていて何も言わない。ピーターだけが気遣わしげにシリウスとを見比べていた。
ピーターにまで態度を悪くする気のないは、気を揉ませてしまったことへの謝罪も込めてかすかに微笑んでみせたのだった。
そして今、は図書館にいる。
去年の今頃は闇の魔術に夢中になっていたが、今年は魔法生物に興味を注いでいた。
杖の芯によく使われているユニコーンやドラゴンから、見たことも聞いたこともない生物。それからマグル世界の動物によく似ているけれど違う動物。
見ていて飽きなかった。
シリウスと言い合ったことなどたちまち忘れてしまうほどに。
ふと、自分の杖は何でできていたっけ、とはオリバンダーの杖店での記憶を探った。聞いてもよくわからなかったので半分聞き流していたのだが、しばらくがんばった結果どうにか思い出すことができた。
アルボル・ビダエにサンダーバードの羽根、と言っていたか。
はサンダーバードがどんな生物なのか目次をさらった。名前から何となく想像はつくが。
思った通り、雷や稲妻、豪雨をもたらす巨大な鳥であった。アメリカ大陸に古くから生息しているらしい。
「よくまあ、そんな鳥の羽根が手に入ったねぇ。どこの勇者だろ」
「何をブツブツ言っているんだ。ついに頭がやられたか?」
軽く揶揄するような言葉に顔を上げると、本と筆記用具を抱えたスネイプがいた。
向こうから話しかけてくるなんて珍しいこともあるものだ、と見上げていると、見るなと言わんばかりに眉をしかめられた。
「魔法生物の本を見てたんだ。いろいろいるよね。──あ、そうだ。これあげるよ。さっき嫌な思いさせたお詫びに」
は思い出したようにポケットからキャンディを取り出し、スネイプがちょうど広げた羊皮紙の上に置いた。どうやら彼はここで勉強をするらしい。のことは、グリフィンドールだが邪魔とは感じなくなったのかもしれない。
何も言わずにキャンディの包みを開けたスネイプは、透き通った黄色の中に深々と降る雪をみとめわずかに目を見開いた。
「……何かにしようとして失敗したのか?」
「失敬な。試作品だよ」
お詫びと言っていたものに試作品をあてるのはどうなのか、とスネイプは思ったが、何だか面倒になったので何も言わずに口に放り込んだ。
色を裏切らないレモン味だった。
はそれを見届けると再び本に目を落とす。
スネイプの口から感想が出てくるなど、はなから期待していない。むしろ不味いと感じたら無言で吐き出すだろう。そうしないということは、食えない味ではないということだ。
サンダーバードから数ページめくると、入学式の日に見た馬車を引いていた『馬』を見つけた。
セストラル。
シリウスはそう言っていた。そして哀れむような目をに向けていた。
はセストラルの説明文を読んでいく。
──死の瞬間を見た者にだけ見える生き物。
なるほど、と思った。
確かに見たことがある。
大人ならそういう機会に立ち会ってしまうこともあるかもしれないが、自分達のような子供がそれを目にしてしまっていたことにシリウスは同情したのだろう。
寒い雪の日に、薄汚い路地裏でゆっくりと息絶えていった男を思い出す。強盗に入ったはいいが、家の人に見つかり揉み合いになった結果思わぬ反撃を受けて致命傷を負ってしまった不運な男。
少しずつ浅く少なくなっていく呼吸に、その時のは彼がどうなってしまうのか不思議に思っていた。
死というものは頭ではわかっていたが、そこに向かって行く人を見たことはなかった。
そしてその時、は男の周りに不可思議なあたたかさを感じていたのだ。それはとても暗くて男の持っているものなら何もかもを飲み込んでしまいそうなほど寒いのに、何故か穏やかに身を委ねたくなるようなあたたかい何か。
目に見えているようで見えていないもの。
あれがいったい何だったのか、には今でもわからない。
きっと自分が死ぬ時にやっとわかるものなのだろう。
死を見た者にしか見えないセストラルという生き物は、もしかしたらとても哲学的な生き物なのかもしれないとは思った。
死を見るということは、同時に生を見ることでもあると思うから。
とても方向感覚に優れているというセストラル。生と死の方向も知っているのかもしれない。
「ねぇ、ゴーストも昔は生きてたんだよね。どうしてゴーストになったのかな。生と死の方向を間違えたのかな」
「さぁな。本人に聞いてみたらどうだ」
「私にもデリカシーってものくらいあるんだけど」
「それは知らなかったな」
一度も目を上げないまま淡々と失礼な言葉を吐くスネイプに、はムスッとした。
それから凝ってしまった肩をほぐすように上下させると、魔法生物図鑑を持って席を立つ。
難しいことを考えてしまったせいか、脳みそまで凝ってしまったような感覚だ。
「もう行くよ。じゃあね」
「ああ」
珍しく返事があった。
今日のスネイプは珍しいずくしだ。
彼もクリスマスに浮かれるなんてことがあるのだろうか。
図書館から出た時、はふと今晩のクリスマスディナーのことを思い出した。
去年は一つの丸いテーブルを皆で囲んだのではなかったか。
今日までの食事の風景を見るかぎり、今年残った生徒は去年とほぼ同数。きっとまた同じように皆でクリスマスを祝うはずだ。
あの2人、どうするんだろうとは今朝のことを思って少し憂鬱になった。
何となく談話室に戻る気にはなれなくて、思い切って外に出てみると湖のほとりにピーターの後ろ姿を見つけた。シリウスはいない。
ザクザクと雪を鳴らしながら「ピーター!」と声をかけると、ハッとしたように振り向き、安堵の表情を浮かべた。
「こんなところで何してるの?」
「ん……」
ピーターは言おうかどうか迷う様子を見せた後、雪に吸い込まれそうな小声で言った。
「ちょっと……自己嫌悪、かな」
「何かあった? あ、その……言いたくなかったらいいんだけど」
あまり真正面からピーターを見るのもどうかと思い、横目でチラリと見ると彼の表情は思ったほど沈んではいない。
2人はしばらく湖面を見つめた。水の中のほうがあたたかいのか、大イカの足先も見えない。
「僕は──何もできないな、と思って」
「どういう意味?」
「朝、シリウスとスネイプがケンカしそうだった時、止めたのはだった。食事の時、キミとシリウスが言い合ってるのもただ見ていただけ。今もシリウスが落ち込んでるのに、気の利いた言葉ひとつかけられなくて、かえって怒らせちゃった」
からすれば、それらのどれ一つとしてピーターが落ち込む必要のないものだったが、彼はどうしてか自分を責めてしまったようだ。
シリウスとスネイプが睨みあった時に止めたのは、別に放っておいてもよかったのだ。ただ、後で面倒くさそうだったから割り込んだだけ。食事の時の言い合いも、それほど大きなケンカだったとは思っていない。
どうしたものかとは考えた。
それを言ったら、だって隣で落ち込む友人を慰める言葉一つ出てこない、ということになる。
逡巡している間にもピーターの凹みは急速に進行していく。
「本当はわかってるんだ。僕が皆にとって取るに足らない存在だってこと。ジェームズ達と悪戯する時だって、鈍くさい僕は足手まといなんだ。ジェームズもシリウスもリーマスも、凄すぎて……」
自分のような者がくっついているのは不釣合いだ、と。
ピーターとはまた別の意味でも同じことを感じていたが、今はそれはどうでもいい。
ピーターの思い違いを正さなければならないから。
「悪戯仕掛け人じゃない私から見ると、アンタ達4人は一緒にいるのが自然に見えるけど?」
「……はぁ」
を見たピーターの目は、言われた言葉をまったく信じていなかった。
「私がマグルの世界にいた時の仲間達は、年齢も能力もバラバラだったよ。でもやっぱり同じような力量の人は固まることが多かった。ふだんはそれでいいんだ。でもね、いったん皆で何かをするって決めたら、皆がそれぞれの持てる力を出し合ってコトを成したよ。誰一人欠けちゃダメなんだ。私もそのうちの一人だった。見ての通り私は見た目がハデだからね。よく囮になったよ。その代わり隠密行動には参加不可だった。隠密にならないから。小さい子や運動が苦手な人は実行組の支援に回ったよ。遊ぶ時もその遊びに参加したい人は、全員が楽しめるよう工夫したし」
「いつも思うけど、ってマグルの世界で何してたの?」
「えへへ。つまりね、ジェームズ達にとってピーターの逃げ足が遅かろうが魔法がヘタクソだろうが、そんなことはどうでもいいってこと。悪戯を考えるのはだいたいがジェームズだっけ? 彼はきっと4人で楽しむにはどうしたらいいかってことしか考えてないよ。しかもそれを楽しんでる。ピーターの悩みの種でさえ、きっとのワクワクするスリルの一部なんじゃないかな。ピーターの悩みはまったくの無駄。どうせならピーターが苦手に思うことは全部誰かに任せちゃえばいいんだよ」
「そんなことしたら、僕は本当に何もできないよ」
「それは、ピーターがまだ自分を知らないだけじゃないかなぁ……なんて、私も自分に何ができるかなんて、よくわかってないけどね」
「は何だってできてるじゃないか……」
ピーターはうつむいて小さくこぼした。
それをは笑い飛ばす。
「私の学期最初の変身術の結果を知らないとは言わせないよ。杖の使い方はピーターよりできてないんだから。……信じられない? じゃあ、私から見たピーターを言おうか。ピーターの杖の魔法は最初はダメだけどすぐに安定するんだよね。それと、これはたぶんアンタの武器になると思うけど──とても耳がいい」
声を潜めて秘密を打ち明けるように言ったに、ピーターはきょとんとした表情で応えた。
「いろんな噂をいったいどうやってあれだけ集めてくるんだろうね?」
「別に集めているわけじゃ……何となく聞こえてくるだけだよ」
「そう、それ。誰もが聞き流していることをピーターは覚えている。これって重要なことだよ。いつかきっとフィルチからあの3人を助けるよ」
言い切るにピーターは曖昧に微笑んだ。まだ半信半疑といったところなのだろう。
けれど、これ以上に話すことはない。
あとはピーターが自覚するかしないかだ。
「ピーターにはジェームズやシリウスが完璧に見えるのかもしれないけど、それは違うよ」
「でも、実際僕よりはるかに何でもできるし」
「そうかな。ジェームズは独りよがりだしシリウスは短慮だ。ちなみにリーマスは根暗だ」
突然友人の悪口を言い出したに、ピーターは目を剥いた。
「リリーは潔癖すぎるしスネイプは頭が固い」
「……?」
「アデルは思い込みが激し過ぎるしメイヒューは自分で考えることをしない」
はピーターとの共通の知人友人の欠点を次々に上げていく。
だんだん聞いていられなくなり、とうとうピーターは声を荒げた。
「ッ、キミは言うことがキツ過ぎる! 前から思ってたけど、時々すごく思いやりに欠けたこと言うよねっ」
今にもの口を両手でふさぎそうな気迫のピーターに、はニッコリ微笑んだ。
「ピーターは人の和を大切にするよね」
それを嫌味と取ったのか、ピーターの鼻の頭にかすかにシワが寄る。
いつの間にかはらはらと細かな雪が降ってきていた。
空気も冷えてきたように感じる。
は暖炉が恋しくなってきた。
「そろそろ戻ろうか。シリウスの機嫌も直さないと。いつまでもグズグズされてもうっとうしいしね」
「だからキミはどうして……っ」
「私の言葉が冷たい分は、ピーターがフォローしてくれるんでしょ。頼りにしてるよ」
言うだけ言って、はさっさと城へ歩き出す。本格的に寒くなってきた。改めて自分の恰好を見たら、防寒といえるものはマフラーだけだ。この寒い中、冬用のマントも着ていない。早いところ温まらないと風邪を引いてしまうだろう。
長いことここにいたピーターもやはり体が冷えてきていたのか、すぐにの横に並んだ。
まだご機嫌斜めのようだ。
「はとっても自分勝手だ。その上、自分の思うように人を動かそうとする」
「……そうだね。私、途中から作戦会議に加わってたから」
「だからキミはいったいマグルの仲間と何を……」
「あっ。あれシリウスじゃない?」
「ちょっと、話をそらそうとしないでよ」
「一人が寂しくなったのかな。寂しン坊やって呼んでやろうか。おーい!」
「これ以上話をややっこしくするつもり!?」
城の扉にたたずむシリウスをからかってやろうと大きく手を振るに、ピーターは悲鳴じみた声を上げた。
我の強い友人2人に振り回されて、ピーターの神経は早くも疲労困憊寸前だ。
もうすぐクリスマスディナーだというのに、気まずさが増すのは勘弁してほしいと彼は心底思った。
また朝のように険悪になってしまうのかと思いきや。
「一人が寂しくなったのでちゅかー? 寂しン坊や」
「なんだとコノヤロー。薄着で出て行ったのを心配してやりゃあ、その仕打ちか! お前なんか風邪を引いてしまえ!」
「イタッ、イタタタッ。ちょっ、首を絞めるなぁ!」
はシリウスに頭からマントをかぶせられ、さらにヘッドロックをかけられていた。
ギブギブと叫ぶの頭にさらにグリグリと拳を押し付けるシリウス。
何とも乱暴な光景だが、朝の時のような殺伐とした空気は消えていた。
シリウスはそのまま引きずるようにを連れて城の中へ入っていき、いまだ呆然としているピーターに気付くと、
「何やってんだ? 早く来いよ」
と、いつもの口調で促した。
ようやく解放されたがギャアギャアと文句を言うのに、シリウスも張り合って言い返している。
うるさい。
でも、この感じは嫌じゃない、とピーターの頬がゆるむ。
けれど、言ってやりたいこともある。
低レベルな言い合いをしながらズンズン進んでいく2人の間に体を割り込ませたピーターは、わざと怒ったふうに口を尖らせた。
「勝手にケンカして勝手に仲直りして……挟まれた僕の身にもなってよね。八つ当たりはされるしさ……」
「あぁ……悪かったって。反省してる」
シリウスは素直にそう言ったが、ピーターは半分しか信じていなかった。
この友人はどうせまた同じ状況になれば同じことを繰り返すのだ。
ピーターと同じように思っているのか、が忍び笑いをもらした。
クリスマスディナーは何事も起こらなかった。
さすがに仲が悪いと言っても、ディナーを楽しみたい他の生徒達にまで嫌な空気を振りまくのは控えたのだろう。
だいいち、ダンブルドアをはじめ多くの先生方がそろっているのだ。騒ぎを起こしたらマクゴナガルから、休暇中にも関わらず罰則などという嬉しいイベントをもらうこと間違いなしだ。
その代わりというわけではないが、去年以上に賑やかな食事となった。
毎食バトルを繰り広げているシリウスとがいるのだ。この時だけおとなしいなどありえない。
クラッカーから飛び出したキンピカの三角帽子をかぶりながら、はお腹いっぱい食事を楽しんだ。
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