厨房でバンザイが連呼されていた。
たくさんの屋敷下僕妖精の中心にいるのは真っ白い髪に暗金色の瞳の。
今年のクリスマスは皆に贈り物をしようと、誰にも言わずにコソコソ作っていたのだ。
試作も兼ねて3日くらいかければできるだろうと思っていたのだが、甘かった。
今回のクリスマス休暇にはピーターとシリウスがいたのだ。
部屋にこもって悪戯の計画でも立てていればいいものを、グリフィンドール生で残っているのが自分達3人だけだからか、何かとにかまってきた。
ふだんはそっちはそっちの4人で行動しているのに、いったい何なんだとは訝ったが、もしかしたら女子で一人だけ残ることになったことに気を遣っているのかもしれない、と思い直したのがこの徹夜明けだった。
それまでは、2人が常にくっついているため作業が捗らない、と少々不満に思っていたからだ。
城全体が寝静まった頃にベッドを抜け出して3日間がんばったかいがあった。
は完成品に満足げに頷いた。
「そろそろ皆様がお目覚めの時間なのです!」
甲高い声で言った屋敷下僕妖精の声に、我に返ったは慌ててラッピングを始めた。手の開いていた屋敷下僕妖精の何人かも手伝ってくれる。
クリスマスっぽく緑の箱に赤いリボンを付けられた6個のプレゼントは、一つが手のひらに乗る程度の大きさだ。
徹夜明けというのは妙に気分をハイにさせるのか、も屋敷下僕妖精達もクタクタに疲れているのに、やけに元気がみなぎっていた。
「皆、ありがとね! それじゃ行ってくるよ。またねー!」
ブンブン手を振っては厨房から出て、ふくろう小屋を目指した。
城にいるシリウスとピーターの分は除き、後は全てふくろうに任せた。
去年のクリスマスには何もできなかったが、今年はプレゼントを贈ることができたことには充足感を覚えた。
スキップでもしそうな勢いのままグリフィンドール談話室へ入ると、まだ朝早いせいか誰も下りてきていなかった。
は2つの箱を暖炉から一番離れたテーブルに置きソファに腰を下ろすと、友人達が起きてくるのを待った。
半ばうとうとしながらその心地よさに身をまかせていると、2人分の足音と共に男子寮のドアの開く音がしての意識が浮上した。
「やあ、メリークリスマス、」
ピーターの楽しそうな挨拶に、も手を上げて「メリークリスマス」と応えた。
そしてテーブルの上の箱を取ると2人へ歩み寄り、差し出した。
「メリークリスマス。はい、2人に」
「マジで?」
まさかからもらえるとは思っていなかったのだろう。シリウスは目を真ん丸にした。
「ありがとう、。開けてもいい?」
「どうぞ」
さっそくピーターがリボンをほどいていく。
「あ、俺からのはそこのツリーのとこにあるはずだけど、もう見た?」
シリウスが目で談話室にある見事なクリスマスツリーを示した。
自分のことで頭がいっぱいだったは、そんなことはすっかり忘れていた。
テーブルとソファの間を漕ぐようにしてツリーのところにたどり着いたは、まず山積みされたプレゼントの量に驚いた。3人分にしては山が高すぎる気がした。
が、それもよく見ていくうちにすぐに納得がいった。
ほとんどがシリウス宛てだ。
旧家名家と言われる家々から彼に思いを寄せるホグワーツの生徒まで。
感心しながらそのプレゼントの山を丁寧に崩し、はシリウスとピーターからのプレゼントを探した。
2人からのもちゃんと見つけられたが、それ以外の友人からのも見つかった。リリー、ジェームズ、リーマス、それからアデル。
「見つかったよ。2人とも、どうもありが」
が言いかけた時、強烈な爆竹の音が鼓膜を破かんばかりに鳴り響いた。
気が付くと、シリウスもピーターもも耳をふさいで床に伏せていた。誰もが抱えていたプレゼントを放り出して。
やがて訪れた沈黙を最初に破ったのはシリウスだった。
「いったい何が……あっ」
頭を上げ、シリウスは目の前に転がっている緑色の箱を見て小さく声を発した。
箱から何かキラキラした文字らしきものが出ているが、横になっているため何が書かれているのかわからない。急いで箱を起こしたシリウスは、そこに『Merry X’mas!』の文字を見て頬をほころばせた。
ピーターも箱を正してクリスタルのように輝く文字に見入っている。
は一人、首を傾げていた。
爆発した箱は、が贈ったものだった。が、そんなふうに仕掛けを施した記憶はない。もっとかわいらしくポンッと音が出るようにしたつもりだった。
「何でだろ〜?」
「ははは、どこかで加減を間違えたんだろ。すげぇビックリしたけど、こういうのもいいな。今頃皆ひっくり返ってるぜ!」
その様子を想像したのかシリウスとピーターは楽しそうに笑い声を立てた。
魔法界の住人ならちょっとくらい過激でもいいかもしれないが、マグルの家庭のリリーはもしかしたら活火山のごとく怒っているかもしれない、とは休暇明けを思い少ししょげた。
それからは放り出してしまったプレゼントをかき集め、2人のいるテーブルの上に置くと開封にかかった。
まずはシリウスの包みから。去年はジェームズと一緒に悪戯グッズをくれたが、今年は別々に送ってくれたようだ。
「、これ飴だよね?」
「そうだよ。ちゃんと味見もしてるよ」
「何か……食べるのもったいないなぁ」
棒つき飴を近くや遠くから眺めながら、ピーターが感嘆の息をもらした。
その棒つき飴には立体映像の魔法がかかっていた。雪の降り積もったお菓子の家だ。この仕掛けを作るのにはえらい苦労をしたのだった。少しずつ飴を大きくしながら立体映像が崩れないように魔法を重ねがけしていくのは、なかなか緊張するものだった。呪文の得意なリリーだったらもっと簡単にできあがっただろうけれど。お金はかかっていないが的に手間はかかっていた。
「お前も成長したなぁ、ウンウン。新学期のあの傑作ボタンとは大違いだ。ありがとな」
「シリウス、あのボタンのことは忘れて……」
あの失敗のせいでマクゴナガルに2時間も説教をされたのだ。
しかし、そんな苦い思い出もシリウスからのプレゼントの前にかき消された。
「うわぁ、シリウス! これは……!?」
出てきたのは手袋だった。これだけならもこんなに驚いたりはしない。
問題は仕立てだ。
モノの良し悪しなどたいしてわからないでも、この手袋が高級であることはすぐにわかった。
「、それ手袋……だよね?」
何をそんなに驚いているの、という顔のピーターには手袋のなめらかさを体験させた。
とたん、クワッと目を見開くピーター。
よりも良い品に会う機会の多いピーターも、ようやく彼女の狼狽の理由がわかった。
わかっていないのは贈った本人だけ。
「……ふつうの手袋のはずだけど。変な呪いでもかかってたか?」
ピーターとは呆れと諦めの混じった笑みを交し合った。
これだから坊ちゃんは、と2人の目は語っていた。
けれど、それはそれ。はありがたくいただくことにした。
「ありがとうシリウス。大切に使うね」
珍しく毒のない笑顔に、シリウスは一瞬呆気にとられたが、すぐに「穴開けるなよ」と悪戯っぽく返したのだった。
次はピーターからの包みをほどく。
シックなデザインの箱の中に納まっていたのは、靴墨の容器のようなものとやわらかい手触りのハンドタオルサイズの布。
「靴磨きセット?」
……にしてはブラシが足りない、と思いつつ首を傾げるに男子2人から同時に「違う」と声が上がった。
「これは杖の手入れセットだよ。杖も手入れをすると長持ちするんだって」
「そうなんだ。そうだよね、呪文の途中で折れたら困るもんね。さっそく手入れしよう。ありがとう、ピーター」
100%感謝と好意の笑顔。
その笑顔にピーターもつられて微笑む。
「そういうふうに笑ってれば、きっと誰も男女とか悪魔とか言わないだろうに……」
シリウスの呟きは幸いには聞こえていなかった。
もっとも、無邪気な笑顔ばかりのは気持ち悪いなどと思い直したりするのだが。
それからリーマスからは注文通りの紅茶セット。プラス雪の結晶をかたどった砂糖菓子もついていた。これを紅茶に浮かべてもいいかもしれない。
というわけで、思いついたら即行動、とは3人分の紅茶を入れるためにソファを立った。その間にシリウスとピーターもそれぞれのプレゼントを取りに行く。
プレゼントの上にこぼさないようにカップの位置に注意しながら、包みを開けていく3人。
が次に開けたのはジェームズからだ。
一瞬、ピーターと同じものをもらったのかと思ったが、よく見たら鋏とか付いていて同じではないということがわかった。
同封されていたカードに『箒磨きセット』だと書いてあった。
どうやらこの休暇は磨くことが課題のようだ。
ある意味開けるのが怖かったアデルからは、一風変わったお菓子セットだった。
植木鉢を思わせる箱を開けたら、ニョキニョキと木が生えてきて、やや逃げ腰になりながら見守っているとやがて木は高さ70センチメートルくらいのクリスマスツリーになり、綿菓子の雪やチョコレートのステッキ、飴の星などさまざまなお菓子が枝に現れたのだ。
魔法界ならではのお菓子セットだ。
ところで樅の木だけは本物のようだが、これは育てろということなのだろうか?
そして最後に開けたのはリリーから。
かわいらしい作りの箱から出てきたのはヘアピンだった。
伸びた前髪を邪魔くさそうにかき上げていたのを見ていたのだろう。
の瞳の色と同じ色のヘアピン。
休暇中に髪を切ってしまうつもりでいたが、前髪だけは切らないでおこうと決めただった。
「どうだった?」
そこらへんに放っていた包装紙やリボンをまとめながらシリウスとピーターのほうを見やると、顔を上げた2人の表情が固まった。
「……何? あれ、もしかして変? やっぱ鏡見なかったのがまずかったかなぁ」
慌ててヘアピンを外そうとするを、男子2人の声が止める。
2人は顔を見合わせしきりに目配せしあっている。どちらが言うか押し付けあっているようだ。
結局負けたのはシリウスだった。
「お前さ、休暇明けもそのピン付けとくといいよ」
「どうして?」
「男には絶対に見えないから」
それはヘアピンをしないと男にしか見えないというのか、とは微妙な気持ちになりとっさに反応に困った。
そんなにピーターが慌てて言い足す。テーブルの下でしっかりシリウスのつま先を踏みながら。
「よく似合ってるってことだよ。エヴァンズでしょ。いいもの選んでくれたね」
ふだんは前髪に隠れがちで、もともと少し鋭い目付きのはそれ以上に目付きが悪く見えてしまうのだが、ヘアピンで前髪のはしを上げるとその鋭さが消えて女の子特有のやわらかいラインが出るのだ。
せっかくピーターが褒めてくれたのだが、そんなことでごまかされるではない。逆に半眼でピーターを見やった。
というのも、シリウスとピーターを並べてどちらが自分に正直かと比べてみた場合、の中ではシリウスのほうに天秤は傾くからだ。
ピーターはたとえ地雷を踏む結果になったとしても、彼なりに人を気遣う人物だ。ところが、シリウスは思ったことを思ったまま口にする。
だからピーターが心にもないことを言っているとは思わないが、半分はシリウスをかばっていると考えられるわけで、それはつまりシリウスの発言に肯定する気持ちもあるということになる。
の中ではこんなふうな捻くれた思考がなされていた。
それからはいつもの何かをたくらんでいるようなニヤリとした笑みでこんなことを言った。
「いつかアンタ達もかわいくしてあげるよ」
いったい何をするつもりですか、と聞くのも怖くてシリウスとピーターは聞こえないフリをして、プレゼントの開封を始めたのだった。
2人がプレゼントを開け終わるのを待っていたは、ふと忘れ物をしていたことを思い出した。
寮に残った2人と楽しく過ごそうと思って作ったものがあったのだ。
はプレゼントを抱えて寝室へ駆け込むと、ベッド脇の机の上に置いておいた作品二つを持って、再び談話室へと駆け下りた。
「どうしたの?」
いきなり走っていなくなったを、ピーターが不思議そうに見上げる。彼のほうはもう全てのプレゼントを開け終えたようだ。
はピーターに持ってきたもののうちの一つを渡した。
「この休暇を楽しく遊ぼうと思ってね。はい、これはピーターに」
差し出したのはピコピコハンマー。マグル界では子供のオモチャ売り場によくあるものだ。
手渡された品をしげしげと見つめるピーター。どう使うのかわからないようだ。
「これはこう使うんだよ」
はピーターからピコピコハンマーを借りると、傍らで最後のプレゼントを開けているシリウスの後頭部をピコンッと叩いた。
何だ? とシリウスが振り返った時、彼の頭の周りを黄色いヒヨコが2羽、ピーピー鳴きながら飛び回った。
「何だこりゃ!? めちゃくちゃウゼェ!」
ヒヨコを追い払おうと手を振り回すシリウス。しかしヒヨコはその手をたくみにかわし、飛び続ける。視界の端をちらつくそれは、とてもイライラさせるだろう。
「ムカついたらこれで相手を叩くといいよ。こうやってピヨピヨ飛び回られて、敵はきっと胃潰瘍だね」
「胃に穴が開くまで飛び回るのか!?」
シリウスが悲鳴じみた声を上げたが、は呑気に笑うだけ。
はピコピコハンマーをピーターに返した。
「2回叩くとヒヨコは4羽になるけど、やっぱり2羽くらいがちょうどいいと思うんだ」
何にちょうどいいのか。胃に穴が開くのにか?
聞きたいが聞けないピーター。
けれど、おもしろそうなのは確かだ。
ピーターの頬にじわじわと笑みが広がっていく。
俺の質問は無視か! とシリウスが叫んでいた。
「5分くらいで消えるよ」
「絶対だな?」
「うん、これは試したから大丈夫」
「試したんだ……」
この形におさまるまでいろいろあったんだろうね、とピーターはしみじみ思った。
頭の周りをうるさく飛び回るヒヨコを我慢して、シリウスは最後のプレゼントの包みをようやく開いた。
それを見届けたは次にシリウスにも自作の魔法道具を見せた。
こちらはメガホン。
ピコピコハンマーもメガホンも、リリーが持っていた通販雑誌に載っていたものだ。マグルのオモチャの特集のページだった。
「これはシリウスに。これは、こう使うんだよ」
言うなりはメガホンを口に添え、杖で軽く2回叩くとシリウスに向かって叫んだ。
「ドアホー!」
すると、音声が立体ブロックとなってシリウスに叩きつけられたではないか。
30センチ立方の『ド』『ア』『ホ』『ー』に襲われひっくり返るシリウス。当たった瞬間、空気圧のようなもので体を押されたのだ。
「な、何だぁ?」
ぶつかった文字達はすぐに空気に溶けるように消えていった。
はメガホンを渡しながら説明する。
「これね、音声を立体にするの。使う前に杖で2回叩いてね。そうしないとただのメガホンだから。立体化するのは一息分だよ」
早口言葉が得意な人は、よりたくさんの言葉を立体化できるというわけだ。
本当は杖で叩く回数によって立体化する文字の大きさも変化させようと思ったのだが、あんまり大きいとぶつかった時にケガをしてしまうので、30センチ立方に固定したのだ。
「なるほど……しかし、いつの間にこんなものを」
「授業中に設計図を考えて……」
「おいおい。それはともかく」
シリウスは物騒な笑みでを見た。
そして素早くポケットから杖を抜き、メガホンを2回叩くと思い切り声を張り上げた。
は逃げの体勢に入っていたが、遅かった。
「道具の説明に俺を使うなコノヤロー!」
吐き出された文字は、隣にいたピーターも巻き込んで吹き飛ばす。
ソファの後ろまで吹っ飛ばされたは、テーブルに掴まりながら立ち上がりシリウスに向けて親指をグッと立てて言った。
「ナイス」
楽しそうなクリスマス休暇がようやく始まる。
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