12.初めての試合

2年生編第12話  ハロウィーンパーティから3日後、は思った。
 あの日、にわか窃盗犯になってまで薬を調合する必要はなかったのではないか?
 子猫に変化した机や椅子を一匹残らず回収するだけでよかったのだ。そうして外にでも出しておけば時間がきたら勝手にもとに戻るのだから。
「慌てるとロクなことがない……」
 早朝の誰もいない談話室では一人、やれやれと頭を振った。
 リリーに怒られ損だ。
 それから気持ちを切り替えて先日図書館から借りてきた本を開く。
 『一般的な毒草から幻の毒草まで』という呪われてそうなタイトルの図鑑だ。
 にはやりたいことがある。
 けれど、どこから手をつけたらいいのかわからず、これと思った本に片っ端から目を通している状態だ。
 一つは1年生の時に偶然見つけた、自分のコピーを作り出す箱。それは失敗作だったのだが、は悪い部分を直して作りたいと思っている。
 もう一つは夏休みのバイト先で見つけた『非現実的な夢のある研究史』というタイトルにあった脱狼薬の研究レポート。ここにその本はないのでそれについて何かをすることはできないから、今はおあずけだ。次の夏休みもそこへバイトに行くので、その時にでも書き写すなりすればいいと思っている。
 前者は自分のため、後者は狼人間であることに苦しんでいる友人のため。

 ハロウィーンパーティから3日後、シリウスは思った。
 腕の中でかわいらしく鳴く子猫が無機質な机や椅子だとは信じられず手放さない女子達に、心にもない愛想を振りまく必要はなかったのではないかと。もっと他にうまいやり方があったのではないかと。
 あれのおかげでシリウスの人気は急上昇。
 告白ラッシュ。超モテ期突入だ。
「いっそ引き篭もってしまいたい……」
 こんなバカバカしいこと、早く終わってしまえとため息をこぼすシリウス。
 おかげでいつもならまだ眠っている時間に目が覚めてしまった。
 二度寝しても見るのは悪夢だけのような気がして、彼は談話室へ下りることにしたのだ。
 もしかしたら、彼女がいるかもしれないから。
 一人でストレスと戦うよりも気心の知れた人と実のない話でもしていたほうがマシだと思った。
「あれも一応女だけど、そんな雰囲気まるでないからなぁ。不思議といえば不思議……」
 シリウスは自分が周囲にどのように見られているか、よくわかっている。
 鈍感ならどれほど良かったかと思うほどに。
 ブラック家はじめ、いわゆる貴族階級の家が開くパーティ会場で出会う女性達の甘ったるい視線には、嫌悪と軽蔑しか感じない。彼女達はシリウスを見ていない。彼の背後にあるブラック家を見ている。力のあるブラック家と少しでも繋がりを持つために、跡継ぎであるシリウスに気に入られようとして様々な接触を試みてくるのだ。
 高価な贈り物だったり、綺麗なだけの笑顔や言葉だったり。
 いつからそれらにうんざりしていたのかはわからない。
 弟はうまくやっているが、シリウスはそれが我慢ならなかった。
 同じ環境に育っていて何故こんなふうに感じるようになったのか、きっかけは何だったのか。
 どうしてか覚えていない。
 ホグワーツに来ていろんな生徒が集まる場所で、少しはまともに過ごせるかと思ったが、女子の視線はあまり変わらなかった。
 全員が全員シリウスを見ているわけではないが、視線に敏感な彼としては居心地が悪い。
 そんな中で虚飾なくものを言ってくる女子がいた。
 それも2人も。
 一人は混じりッ気のない友情を、一人は真っ直ぐな嫌悪を。
 何とも対照的だが、どちらも彼のバックのブラック家などまったく見ていない。
 ──嬉しかった。


 ドアの開く音には目だけを上げた。
 どこかげっそりして出てきたのはシリウスだ。
「おはよう。よく眠れなかったようだね」
 の言葉にシリウスは苦笑を返す。
 彼はの向かいのソファに体を投げ出すようにして沈み込んだ。
 何故朝から疲れているのか、その理由をはよくわかっている。
「今日は何人から呼ばれるかな」
「楽しそうだな。人事だと思って。一度俺の身になってみろ」
「自分で蒔いた種でしょ。私は知らないよ。遠巻きに楽しませてもらいます」
 ニヤニヤと嫌な笑いで見られたシリウスのこめかみに青筋が立った。
 いちいち事実なだけに余計に腹が立つのだ。
 よほど捻くれた気分だったのか、こんな考えが浮かんだ。
「それじゃ、今度から断る理由はと付き合ってるから、にしとこうかな」
 その時のの顔は、滅多に見れないくらいびっくりしたものだった。
 考えてもみないことを言われたは、とっさに言葉が出てこない。
 まさかそう来るとは。
 しかし、そんなことを言いふらされては非常にまずいことになる。
 リリーに送られてくる例の手紙だ。
 あの性質の悪い手紙のことはリリーとしか知らない。
 そしてそのグループを叩くためにも、ここでシリウスに出てこられては困るのだ。の計画が台無しになってしまう。
 それに、知ればきっと彼は手を貸そうとするから。それはますますリリーやの立場を悪くする。
「そんなこと言いふらしたら、図書館中の呪いの本を集めて最悪の呪文で呪ってやる。気がついたら手遅れだった、というようなやつをね」
 ギロリと睨むとシリウスの笑みは引きつった。
「そ、そんなに嫌だった……?」
「今はね。来年なら断る理由にしていいよ」
「なにそれ」
「何でもないよ」
 素っ気ないにシリウスは釈然としない様子だったが、しつこく聞いたところで本当に呪文を飛ばしてきそうなので引くことにした。
 代わりに別の話題を口にする。
「そういや次の土曜日は初試合だな。ジェームズ共々デビュー戦だ。こけるなよ」
「任せといて。バッチリ勝ってくるから。気合の入った応援よろしく」
 は自信に満ちた暗金色の瞳を細めた。


 試合当日。
 この日ばかりはも単独行動はしなかった。
 朝食もクィディッチチームのキャプテンであるエイハブ・ナッシュの目の届く範囲で食べている。
「キミ達は……緊張とは無縁なのかい?」
 昨日とまったく変わらない食欲のジェームズとに、ピーターが呆れたような畏れたような視線を送った。
「まひゃふぁ。ふぃんひょうふふぁいふひゅふぁ」
「ジェームズ、食うかしゃべるかどっちかにしろ」
 口いっぱいに料理を詰め込みながら返事をするジェームズに、シリウスが眉をひそめる。ふだんとチキンを奪い合う彼も、これは許せなかったようだ。
 ジェームズは口の中のものを飲み込むと、改めて返した。
「僕だって緊張くらいするさ。でもそれよりも、早く試合したいってところかな」
 初めての試合でこうも堂々とできる者は少ないだろう。
もそうなの?」
 ピーターがを見れば、彼女は周囲を探るようにキョロキョロしていた。まるで、これから試合だということを忘れてしまったかのような様子だ。
「……?」
「……ん? あぁ、ごめん聞いてなかった。何?」
 二度目の呼びかけにハッと振り向いた。これからの試合がどうこう以前の問題だ。
、これから何をするか忘れたわけじゃないよね?」
「もちろん。対レイブンクロー戦でしょ。……それよりもリリー」
 それよりも!?
 のこの言葉にジェームズ達は目を剥いた。
 今日この日、試合の勝利以上に重要なことがあるというのか?
 はリリーに小声で何やら話しかけている。
 リリーは一瞬顔をしかめたが、やがて小さく頷いた。
 2人の話が終わったのを見計らったかのように、エイハブがチームメイトを呼んだ。これから更衣室へ行きユニフォームに着替え、時間が来たらついに初試合だ。
 ジェームズとは席を立ち、友人4人に向けて「行ってくる」と手を振り微笑んだ。
 チームメイトの列の最後尾を歩きながらジェームズがリリーと何を話していたのかに尋ねた。
「今日の観戦についてだよ。ジェームズのデビュー戦なんだから、応援してあげなよって」
 とたん、ジェームズは感動に輝いた目でを見つめた。
 本当はそうではなく、一人にならないようにと言っていたのだ。
 はシリウス達と一緒にいることを勧めたのだが、渋い顔をされてしまった。それなら他の友達と一緒にいるように、と言ったのだ。
 今、彼女は嫌がらせ手紙攻撃の真っ只中だ。
 今日のような日には何も起こらないだろうが、用心に越したことはない。
 リリーもそれはよくわかっている。
 シリウス同様、ジェームズにも知られたくないから、騙すようなことを言ってしまったが、これで彼が120%の力が出せるならいいか、と思い直すことにした。
 更衣室に入り、グリフィンドールの真紅のユニフォームを羽織ると、エイハブがチームメンバー全員を見渡した。
「レイブンクローは緻密な作戦を練っているはずだ。揺さぶりをかけられても慌てず自分の呼吸を忘れないように。以上! 準備はいいか? この試合、勝つぞ!」
 全員の気合の掛け声がそろった。
 は夏休みにジェームズ達から貰ったサングラスのバンドが緩んでいないか確認する。万が一外れたりしたら箒から落ちてしまう。そんな失態はさらしたくない。
「いつも通りいこう」
 先輩チェイサーのゲイリー・アディントンがリラックスさせるようにの背をポンと叩いた。
 時間になり、メンバーが一列になってフィールドに進んで行くと、とたんに観客席から大きな歓声が上がった。時折聞こえるブーイングはスリザリンからだろう。
 実況席から担当生徒が選手の紹介をしていく。
『メンバーを一新したグリフィンドールチームのキャプテンは、卒業した前キャプテンから指名されたエイハブ・ナッシュ! 5年生ですがクィディッチへの造詣の深さはプロ並みとの評判! ポジションはビーター!』
 そうだったのか、とは初めてエイハブの凄さを知った。普段の練習でも彼からのアドバイスは的確で、ルールも詳しいことまでよく知っているため、は彼をとても頼りにしている。
『エイハブの相棒であるもう一人のビーターは、デューイ・グルーバー! 物静かな人ですが打ち出されるブラッジャーは苛烈と言われています! 続いて3人のチェイサー。経験者のゲイリー・アディントン。3年生からチェイサーを務めています! そして新人のジェームズ・ポッターと! 聞いたことがある人も多いでしょう! それからキーパーを務めるのはネイサン・ヒル! 彼の笑い声は地下まで届くそうです!』
 はウンウンと頷く。
 ネイサンは明るくてハンサムで性格も申し分ないのだが、笑い声だけは破壊的だった。いつか談話室の窓が割れると思っている人は、グリフィンドール生皆が思うところである。
『最後に花形ポジションにつくのはチームの紅一点ダリル・タッカー! スポーツ好きの彼女はオシャレも大好きというとてもかわいらしい選手です! ……え? 何ですか、マクゴナガル先生。……え? はい? えぇ!? でもこの資料には男子にマルがついて……ああ、はい、間違いなんですね。失礼しました』
 は唇に氷のような薄笑いを浮かべながら箒を握る手に力をこめた。柄がミシミシと鳴っている。
 隣のジェームズが立ち上る殺気に怯えながらも、気の毒そうに俯いているを覗き見る。
「気にしてないよ……よくあることだし」
 同情の言葉を言われる前には言った。
 けれど、その声は歯の隙間から絞り出すように力が入っていた。
「えー、先ほどの選手紹介の選手ですが、女子ということでした。グリフィンドールチームには女子が2人いるんですね。僕もてっきり男子だと思ってました。素行もアレですしね。はい、では次にレイブンクローチームの紹介です!」
「あの実況、殺す!」
 箒に乗って実況席へ飛び出そうとしたを、慌ててジェームズとゲイリーが捕まえた。ネイサンが笑い声を響かせている。
 試合前からグリフィンドールチームは変な盛り上がり方をしていたが、レイブンクローの応援席でひっそりショックを受けている女子生徒がいた。
 アデルである。
 観戦中、アデルはとても落ち込んでいたが、やがて彼女の中に別の思いがわき上がってくるのであった。
 ちなみにもう一人、ショックを受けている人が。
 スリザリンの塊の中でパカッと阿呆のように口を開けている彼。
 その目はフィールド上の白い髪の人物に注がれている。
 彼は隣の同級生に震える声で問いかけた。
「お前、知ってたか?」
 問われた男子は一つ頷きを返す。
 尋ねた彼は奇妙な唸り声を発して頭を抱えた。
「冗談じゃないぞ。あれは女の蹴りじゃなかった! 頭のてっぺんまで響いたんだぞ」
「噂ではあのブーツには鉄板が仕込まれているらしい」
「何だそりゃ!? いったい何の意味があるんだ、えぇ?」
「ぅぐ、苦し……」
 ローブの首元を掴まれグイグイ揺さぶられているスネイプの顔色がいつも以上に悪くなっていく。隣の同級生は慌てて手を放した。
 そんなことをしているうちに、審判のマダム・フーチが試合開始のホイッスルを高らかに鳴らした。

 クァッフルを奪取したゲイリーが前方のジェームズに素早いパスを回す。
 ジェームズが受け取った瞬間、叩き込まれるレイブンクロービーターからのブラッジャー。しかし彼はビーターの動きが目に入っていたのか、直進してくるブラッジャーを軽くかわした。
 そして一直線にゴールへ加速する。
 当然、クァッフルを奪おうと相手のチェイサーが圧力をかけてくるが、それはゲイリーの立てた作戦だった。
 ジェームズが囮になり、ゲイリーとを身軽にする。
 失敗すれば攻められてしまうが、うまくかわし2人のどちらかにパスを回して得点に繋げようというわけだ。
 ジェームズは2人までは引き付けた。さすがにこれ以上はキツイ。ブラッジャーにも気を配らなければならないのだから。
 ふと、ゴール前を見る。
 レイブンクローの選手の隙間の向こうに
 フリーだ。
 ジェームズは少し後退し、さらに相手のチェイサーをゴール前から引き離すと、彼らの脇下を抜ける鋭いパスを出した。
 が受け取れば、確実に先制点を取れる。
 が、は受け止めるはずのクァッフルをお手玉してしまった。
 慌てて手の中に収めようとするも、横から来た相手のチェイサーに掠め取られてしまった。ゲイリーのフォローも間に合わない。
 まずい、と思った時はもう遅く、ジェームズをマークしていたレイブンクローのチェイサー2人が猛然と攻撃に転じた。
 完全にカウンターを喰らってしまい、一時エイハブとデューイで乱したもののゴールを奪われてしまった。
 は不思議そうに首を傾げ、両手を開いたり閉じたりしている。
 そこにジェームズが心配そうに寄ってきた。
、どうしたの?」
「あぁ、うん……私、緊張してたみたい。手が震えてた」
「はぁ? でもキミ、そんな素振りは少しも……」
「私も全然気付かなかっ……うわぁっ!」
 突如、に降りかかる棍棒。
 紙一重でかわしたが、心臓をバクバクさせながら棍棒の出所を見ると、怒りの形相のエイハブが第二撃を繰り出そうと棍棒を振り上げているではないか。
「ちょっ、そんなの当たったら死ぬからっ」
「キミならへっちゃらだろう!?」
「無理!」
「何が緊張してるみたいだ! キングズクロス駅から出直してこい!」
 ブンブン振り回される棍棒から必死で逃げ回る
 ジェームズとの会話が聞こえていたようだ。
 先ほどの腑抜けたプレイをしたにキャプテンはお怒りだ。緊張で手元が狂うにしても、態度というものがあるらしいことを空を切る棍棒の合間から叫んでいた。
『おおっとぉ! グリフィンドール、仲間割れか!?』
 おもしろがるような実況の声。
 上空から降りてきたダリルが興奮状態のエイハブに強烈なチョップをお見舞いして、正気に戻した。
、もう大丈夫なんでしょ。取り戻すわよ!」
 張りのあるダリルの声に、チームの気持ちが引き締まる。
 もちろん、もこの失態を取り消す働きをするつもりだ。
 グリフィンドールの内輪もめで中断されていた試合が再開された。
 その後のは練習の時の動きを発揮し、クァッフルを取りこぼすようなことはなかった。
 逆に、次々パスを受けてはゴールにクァッフルを叩き込んでいく。
 攻撃された時もビーターと協力して相手のチェイサーのパスワークを混乱させた。
 チェイサーの司令塔のゲイリー、正確にパスを回せる上に囮としてもうまいジェームズ、ブラッジャーも恐れない度胸でゴールを狙う
 観戦していたグリフィンドールの上級生は、見てきた中で最高のチェイサー達だと思った。
 相手がこちらのリズムを掴んできた時には、役割を入れ替えたりして主導権を渡さない工夫もあった。
 80対30でグリフィンドールがリードしていた時、ついにダリルがスニッチを掴んだ。
 も目の端で見ていたが、シーカー同士でかなり激しく争っていた。
 それにダリルが勝ったのだ。
 わあっ、とグリフィンドール席から割れるほどの歓声が上がる。
 初めての勝利にも気分が高揚し、ダリルのもとへまっすぐに飛んだ。
 地上でエイハブに頭を撫でられまくっているダリルに、
「ナイスキャッチ!」
 と、が飛びつく。
「あなたも、充分に名誉を挽回したわね!」
 後から降りて来たチームメイト達もダリルを讃えていく。
 それから、はグリフィンドールの応援席を見上げた。
 生徒が多すぎて誰がどこにいるのかわからなかったが、きっとあの中に友人達がいるはずだ。
「ジェームズ、きっと、リリーは喜んでくれてると思うよ」
 そう言えば、ジェームズはだらしなく笑った。
 本当にリリーが好きなんだな、とは思った。
 最近は派手な悪戯もやっていないようだし、このまま2人が仲良くなってくれればいいなと思うのだ。
 でないと、挟まれた時が悲惨だから……。
 更衣室に戻ると、着替える前にエイハブは今日の試合の反省会を開いた。
 まずはいきなりヘマをした
 自分の状態くらいきちんと把握するように、と注意された。自分の状態がわからないということは、今日みたく挽回できるならいいが、そうでない時はチームの調子そのものを崩しかねないからだ。
 は素直に頷いた。
 リリーのことが気になっていたとはいえ、それでチームに迷惑をかけたのではいけない。けじめがなさすぎる。
 それから各人の細かな動きについて触れ、今後のハッフルパフ戦、スリザリン戦への課題を告げて反省会は終わった。
 着替えて廊下に出ようとするとゲイリーがジェームズとを呼び止めた。
「攻撃パターンを増やしたいんだ。次の練習日までに話し合おう」
 エイハブに言われた課題の一つだ。
 今日の作戦でもやっていけるだろうが、相手チームも様々に研究してくるはずだ。これからの勝利のためにも、攻撃パターンは多ければ多いほど良いだろう。
 ジェームズとが頷くと、お疲れ様、と言ってゲイリーは2人と別れた。
 2人も早く談話室に戻ろうと足を早める。
 2階まで駆け上った時、を呼ぶ声がかかった。
 階段の脇を見ればアデルが立っていた。
 ジェームズを先に行かせて、は「こんにちは」とアデルに微笑む。
 たった今までお互いの寮は争っていたので、は何となく気まずい思いだ。
 けれど、アデルはニッコリ笑って「おめでとう」と言った。
「それでね、私、あなたに謝らなきゃいけないの」
 とたんに俯いてモジモジし始めたアデルに、はピンときた。
 アレだ。あのバカ実況の言葉で勘違いに気付いたのだろう。
「私、のこと男の子だと思ってて……」
「あぁ、うん。いいよ、気にしないで。よく間違われるから。私のほうこそ、変な誤解させちゃったね」
「ううん。私ね、思ったの。のこと、これからはお姉様として好きでいようって」
「え……?」
 今、お姉様とおっしゃいましたか?
 は頬を染めている下級生を凝視する。
 どうしてこんな展開に?
 勘違いということがわかって、気まずくなり疎遠になるか、友達としてやっていくかだろうと彼女は思っていた。
 なのに、言われた言葉は『お姉様』。
 それならアナタは『妹君』?
 ヨロリ、と傾く
「改めて、よろしくお願いします」
「う、うん……こちらこそ。けど、私、アデルの手本になれるような人じゃないけど……」
「そんなことないっ。今日の試合ではすっごく素敵だったよ! きっとあの試合でファンができちゃっただろうなー。皆に負けないようにがんばらないとっ」
 それじゃ、と言ってアデルは階段を上って行ってしまった。
 がんばるって、何を?
 というの問いは、虚しく飲み込まれた。


 グリフィンドール談話室へ戻ると、すでに初勝利パーティが始まっていてお祭り騒ぎになっていた。
 何かと皆で騒ぐのが好きな彼らを見て、は思う時がある。
 いろいろ理由をつけて酒宴を開きたがるオヤジ達のようだと。
 名前も知らない同寮生にオレンジジュースを注がれたゴブレットを押し付けられる。
 その人は、今日のプレイは素晴らしかったと熱く声を上げ、の手を握り振り回す。
 それに笑顔を返しながら、はリリーを探した。
 そして見つけた彼女に小さく笑う。
 ジェームズが隣にいる。
 とても嬉しそうだ。
 の思った通り、今日ばかりはジェームズへの態度も軟化しているようだ。
 その視線に気付いたらしいピーターが手を振ってきた。
 はジュースのお礼と次もがんばると言って、まだ手を握って感動している目の前の人に解放してもらうと、大切な友人達のところへ混ざっていった。
■■

目次へ 次へ 前へ