何を血迷ったのか悪戯仕掛け人が猫耳&尻尾を生やす日である。
頼まれていた魔法薬は前日に渡していたが、その後1時間もしないうちにもっと作ってほしいと言ってきたため、面倒くさくなったは調合法ごとジェームズにあげてしまった。
夕方、ハロウィーンパーティが始まった時、はこれをとても後悔した。
昼食の後、リリーは見知らぬ生徒から紫のリボンで丸められた羊皮紙を受け取った。
それを見た瞬間、リリーの眉が情けなく下がる。
わかりやすすぎる変化に、隣のはクスクス笑った。
「笑い事じゃないわよ。もぅ……なになに、ハロウィーンパーティのご招待……と。大広間のパーティが終わった後ね。8時ですって」
そう言ってリリーは長いため息をついた。
新学期が始まって間もなく、リリーは魔法薬学の教授スラグホーンから招待状を受け取るようになっていた。
も噂程度に聞いていた『お気に入り』というやつだ。スラグ・クラブと言われているそれは、スラグホーンが気に入った生徒を自室に招待してパーティをするというものらしい。
先生に気に入られるなんて良いことだよ、とは言ったが、実際にパーティに出席したリリーは釈然としない顔をしていた。
というのも、リリーに言わせればそのパーティはただの自慢大会だったからだそうだ。
スラグホーンは少し変わった人で、自分が有名人になるよりも、有名人と繋がりを持つことに喜びを見出すらしい。そうすることで次に彼がこれと思った生徒をその人物に紹介し、また人脈を広げていく……。これが楽しみなのだそうだ。
故にスラグホーンのお気に入り達は、一つでも飛び抜けた才があったり親が有名人だったりという生徒ばかりで、スリザリンの寮監でありながら血筋や寮で差別することはないという。
「も招待されれば良かったのに。どうしてあなたが呼ばれないのかしら」
「まぁまぁ。私の分も楽しんできてよ。それにそういう先生なら絶対に仲良くするべきだよ」
力説するだがリリーの表情は晴れない。
「はあの自慢の世界を知らないから……」
「そりゃあ他人の自慢話なんておもしろくも何ともないだろうけどさ、将来イイコトありそうならちょっと我慢してニコニコしとくべきだって!」
その時のリリーの目は、あなたってセコイわ、と正直に言っていた。
そんな彼女に、はどうしてわからないの、となおも熱く語る。
「だってさ、よく考えてよ。将来リリーが就きたい職にリリーと同じ能力のライバルがいてその人が純血だったとするよ。雇用者がもし純血が好きだとしたら、そこで負けちゃうじゃないか。でも雇用者があの先生と仲良しでリリーは先生と仲良しで、ライバルはそうじゃなかったとしたら、きっと採用されるのはリリーだよ。その時は絶対にあの先生が口添えしてくれるに決まってるんだから!」
これが12、3歳の考えることか、とリリーは友人の頭の回り方に眩暈を覚えた。
「そうしたらリリーは職を得て、先生にたっぷりお礼をすればどっちも幸せになれるんだよ。ね? すっごくイイコト尽くしだと思わない?」
「わかった、わかったからそんなに近づかないで。でもね、私はどうせなら自分の力だけで成功したいのよ」
「その気持ちもわかるけどさぁ、これはチャンスだよ。招待された人ってごく少数なんでしょ? せっかくチャンスが転がり込んできたんだから、とことん利用しなきゃ」
セコイ! セコ過ぎるわ! なんて打算的なの!
リリーの内心の叫びはに届かない。
いっそ口に出してしまおうかとも思うが、もっと熱くさせてしまいそうだと諦めるリリーだった。
もしもが招待状を受け取っていたら、きっと最大限に生かしていただろう。
リリーはの昨年の成績を知っている。
あの成績でどうしてスラグホーンの目に留まらなかったのか、不思議でならなかった。しかも毎度の魔法薬学の調合ではリリーとスネイプと並ぶ腕前だというのに。それを見ていないわけはないのに。実際、何度も点数をもらっているのだ。
それはともかく、ここで今日のお呼ばれを蹴ったら徹夜でから説教されそうだから出席するしかない、とリリーはこっそりため息をついたのだった。
午後の薬草学の授業が終わると後はハロウィーンパーティまで待つだけだ。
悪戯仕掛け人は何を企んでいるのか、今日は授業以外で姿を見ない。
どうせロクでもないことを計画しているんでしょうよ、とリリーは冷ややかに言うが、去年のパーティの仕掛けには満足そうだったじゃないか、と言いたいのをはどうにか飲み込んだ。
そんなことを言えば、彼らの悪戯計画に便乗してメイヒューに仕返しをしたことを持ち出すに決まっているからだ。今さら去年のことでガミガミ言われたくはない。
そんなリリーとは、今日くらいはのんびりしようと宿題を脇に退けて、チェスに興じていた。
あれからはルールも覚えて少しずつ腕を上げてきている。まだ一度もリリーに勝ったことはないが。
そして今日もほどよく3連敗したところで、そろそろ時間ね、とリリーが腕時計に目を落として言った。
二人はチェス道具を片付けると談話室を出て大広間を目指した。他の生徒達もぞろぞろとそれぞれの寮から出てくる。
おかげで大広間の入り口は生徒でいっぱいで少々詰まり気味だ。
生徒達に挟まれながら大広間に入ると、そこは昼食時とは違い暗幕を下ろしたように暗かった。外はまだこんなに暗くなるほどではない。
その暗闇の中、生徒達が迷わないようにそれぞれの寮のテーブルへ誘う光が床に点々と光っている。なんと足跡の形だ。
「おもしろいね。幽霊の足跡みたいだ」
は足跡を踏むようにしながらグリフィンドールのテーブルを目指す。
それから天井にはハグリッドが畑で育てたという巨大カボチャをくり貫いて作ったジャック・オ・ランタン。中の蝋燭のオレンジ色の光は周囲を飛び回るコウモリの群を不気味に照らし、ちょっとした怖さを演出していた。
寮テーブルには等間隔に蝋燭が並んでいる。燭台は髑髏だ。
意外と明るい炎は、テーブルの上を不自由なく照らしている。からっぽの金の皿がゆらゆらと炎を映していた。
入り口はけっこう暗く感じたが、テーブル周辺は明るかった。
そのことにはホッと胸を撫で下ろす。これなら瞳が暗闇に反応して光っても蝋燭の明かりのせいだとごまかせるだろう。
やがてほぼ全校生徒がテーブルに着き、パーティ開始の時間になると教員席中央のダンブルドアが立ち上がり、
「今宵は存分に食べて楽しもう!」
と言ってパチンと指を鳴らした。
すると何も乗っていなかった皿の上にパッと料理が現れた。
「さぁ、たっぷり召し上がれ!」
ダンブルドアはニコニコしながら席に着いた。彼自身、そうとうこの時間を楽しみにしていたに違いない。今日のローブは黒地に蛍光オレンジのカボチャと星の柄だ。
リリーとはゴブレットにかぼちゃジュースをなみなみと注ぎ、乾杯した。
「去年とはずいぶん違うわね」
「うん。でもごちそうのおいしさは変わらないね」
皿に盛り付け、食べ始めるを見てリリーは苦笑した。
毎度の食事風景を見慣れているとはいえ、不思議なものは不思議だ。
5人前は軽く食べているのにどうして太らないのか。そもそもどこへ入っていくのか。
太りやすい体質で悩んでいる人からしたら、体を交換したいくらいだろう。
パーティはとても平和に進んでいた。
そう、平和に……。
ふと、リリーは気付きたくないことに気付いてしまった。せっかく忘れていたのに。
そのことに自身で嫌気が差したのかやや眉をひそめながも、気になるからそれを口にする。
「あの人達、いないわよね。どうしたのかしら」
こういうイベントでは必ず何かしでかす例の4人組みがいない。
だからこんなにも平和なのだ。
もグリフィンドールのテーブルを見回したが、目立つ彼らの姿はなかった。
「どうしたんだろう。何かするならとっくにやってるよねぇ」
「忘れている、なんてありえないでしょうし……あれ、猫? 何でこんなところに?」
視界の下のあたりにウロウロする影を見つけたリリーは、それを見て口元をほころばせた。
抱き上げたそれは白黒ブチの子猫だった。
「わぁ、かわいい! 誰かのペットかしら」
子猫の愛らしさにすっかり甘い表情のリリーだったが、すぐ後に何かが変だと気付く。
あちこちから「子猫だ」という声が上がったからだ。
いきなり子猫が湧いて出てくるわけがない。
するとリリーは子猫を抱いたまま、周囲に鋭い視線を走らせた。
「まさか、あの人達のしわざ!?」
「それにしちゃぁぬるいやり方だと思うけど」
子猫が現れるだけの悪戯など、彼らが好むとは思えないだった。
けれど、こんなことをするのはあの4人意外考えられなくて、首を傾げてしまう。
そしてふと思った。
「……失敗したんだったりして」
例えば、何かを計画していたのだが実行段階になって何らかのトラブルが発生し、失敗してしまったのだとしたら?
姿を見せないのは、その後始末に追われててんてこ舞いになっているのだとしたら?
「……ぷっ」
リリーとはほぼ同時に吹き出した。
いつも人をはめて楽しんでいる彼らが、自爆するとは!
「、まだそうと決まったわけじゃ……」
「けど、リリーもそう思うから笑ってるんでしょ」
突然現れた子猫達が悪戯仕掛け人の仕業だとして、何がどうしてこんな事態になったのか。
「まぁでも、子猫なら無害ね。かわいいし」
そう言って膝の上に子猫を置くと、リリーは途中だった食事を再開させた。
大広間のそこかしこで子猫の鳴く声が聞こえる。
だがそんなに呑気な人ばかりでもなかった。
ごく少数だが、猫を苦手とする者や猫アレルギーの者にとってはこの場はとても座っていられない場となってしまったのだから。
その証拠にハグリッドはくしゃみを連発しながら大広間から出て行ってしまった。
その時、ハグリッドと入れ替わるようにしてピーターが駆け込んできた。ひどく慌てている彼は一直線にを目指してくる。
そしてが挨拶をする間もなく、
「、ちょっと来てっ、早く!」
と、小声ながらグイグイとの腕を引っ張る。
リンゴをかじっていたは、フォークに突き刺したそれを持ったまま、呆然とするリリーに見送られてピーターに引きずられていったのだった。
理由も何も告げられないまま連れて行かれた場所は、大広間に一番近いところにある空き教室だった。
そこには案の定、残りの悪戯仕掛け人が気まずい空気を漂わせてそろっている。
ごちそうを食べながらリリーと笑い合っていた通り、どうやら何かに失敗した様子だった。
「どうしたの?」
あえて失敗のことは突付かなかったが、どうしてもの口元はニヤついてしまう。
それに気付いたシリウスは苦い表情で振り返り、ジェームズとリーマスは途方に暮れたような力ない笑みでを見た。
ピーターはジェームズの傍へ駆け寄り、机の上に広げられている羊皮紙を心配そうに覗き込んだ。
「どう?」
ジェームズはそれに肩をすくめてみせ、を呼んできてくれてありがとう、と答えた。
「、ちょっとこれを見てくれる?」
ジェームズに呼ばれて手元の羊皮紙を見てみれば、それはが書いた今日の変装のための調合法だった。が、それ以外にも余白にの字ではない書き込みがしてある。
緩む唇のままは追加の書き込みの内容を読み解いていく。
「改造したんだ。へぇ、よくできてるね。さすが」
それは無機物を有機物に変える魔法薬だった。変身術にも同じ魔法があるが、これはそれの魔法薬バージョンだ。利点は対象をまとめて指定のものに変化させることができるというところ。
「これの分解式に詰まっちゃってね。僕らで考えた部分はできたんだけど、キミが作った部分がいまいちわからないんだ」
「ああ、そういうこと。……ねぇ、そんなことが今必要なの?」
ジェームズの向かいの椅子を引き、羽ペンを勝手に借りながら尋ねる。
何だか嫌な予感がした。
「あれを見てほしいんだけどさ」
と、ジェームズが隣の机の上の麻袋を指す。
「中身は飴玉なんだ。本当ならあれが子猫になって大広間に行くはずだったんだよ。それが……」
言いよどむジェームズの肩にシリウスがブスッとした顔で体重をかけた。
「こいつ、エヴァンズへの夢がふくらみすぎて派手に転んでな。周りの机や椅子に、完成した薬を全部ぶちまけたんだよ。アホめ」
「うぅん、あれは痛かった」
言われてみれば、ジェームズは額にアザがあったり眼鏡のフレームが歪んでいたりしている。
「……ということは、あそこの子猫達はここにあった机や椅子なんだね。で、薬はいつ切れるの?」
もしも魔法薬の効果が切れた時、子猫を抱いていたら。
その生徒はきっと机か椅子に押し潰されることだろう。
それが憎たらしいヤツだったら笑えるが、関係のない人だったら笑えない。
ニヤニヤ笑いをようやく引っ込めたがじっとジェームズを見つめれば、彼は困りきった顔で「1時間後」と答えた。
「正確にはもう少し短いな。子猫になってから何分か過ぎたから」
シリウスが訂正を入れる。
は一瞬呆けた後、声を裏返して叫んでしまった。
「マジで!? リリーの膝に子猫いたよ!」
そこからは時間が早送りを始めたかのようだった。
まず、シリウスは大広間の生徒達へこのことを伝える。子猫は外へ出すのが良いだろう。リーマスとピーターで子猫回収の手伝いと、外に出された子猫の見張り。ジェームズとで分解薬の調合法作りと調合。
分解薬の調合に時間がかかっても、子猫らを外に出すのに時間を食ってはいけない。
「あ、3人は猫化して行くといいよ。注目されるから。そのほうが話を聞いてもらえるでしょ」
の提案にシリウスは嫌そうな顔をしたが、言い合っているヒマはないから、とリーマスに問答無用で猫耳魔法薬のクリスタル小瓶を口に突っ込まれた。
時々リーマスは乱暴になるな、とは思った。
きっと大広間に着く頃にはかわいらしい耳と尻尾が生えているだろう。
は3人を見送ると羊皮紙を睨みつける。
ここがわからない、とジェームズが指差した調合式に頷き、計算用の羊皮紙を一枚出してもらうと、カリカリと式を書き散らし出した。
が、焦っているせいかすぐに羽ペンの先を折ってしまった。
イライラと舌打ちしたに気付いたジェームズが、あっ、と小さく言ってローブのポケットを探り見覚えのあるものを差し出した。
「だいぶ使っちゃったんだけど、もつかな」
新学期歓迎会の時にが悪戯仕掛け人にあげたボールペンだった。
「ありがとう。今度はまた違うペンをあげるよ。あと、これの弁償も」
「楽しみにしてる。でも羽ペンは予備がたくさんあるから気にしないで」
それからはは計算用紙に止まることなくボールペンを走らせ、10分程で分解薬の調合式を完成させた。
「で、どこで作る?」
「地下牢教室しかないだろう」
「だね。急ごう」
不法侵入だとか薬品の窃盗だとか、こだわっている場合ではなかった。
2人とも、後の減点や罰則は覚悟で地下牢教室へと走り出す。
「シリウス達が全部の子猫を外に出していることを願うよ」
「きっとうまくやってるさ」
不安をもらしたにジェームズが笑顔で言い切った。確かな信頼の証だ。
2人は鍵のかかった入り口を開錠魔法で開けて中に駆け込むと、手分けして薬品をそろえ始める。まだどこに何があるのかよくわかっていなかったため、少し手こずってしまった。
薬品の中には特殊なものもあり、それは奥の薬品庫にあるらしいことがわかった。もちろんそれも部屋に侵入してちょうだいする。
はその奥の薬品庫の隅の棚にあった予備の鍋と柄杓を取り出すと、残りの薬品集めはジェームズに頼んで、自分は教室に戻り竈に鍋を乗せ先に集めた薬品の下準備に取り掛かった。
奥の薬品庫から必要なものをすべて取ってきたジェームズも、ナントカの根を刻んだりカントカの角を砕いたりと手際よく作業を始める。
余計なことを考えている場合ではないと言うのに、は思ってしまった。
ジェームズと作業するのも悪くない。
いつもリリーとペアを組んでいて、彼女とは息がぴったり合って調合に苦労したことはなかった。そのせいか、他の人とやるのに少し不安があったが、これなら失敗しないだろうと安堵したのだった。
「できた!」
と、歓声を上げた時は子猫が無機物に戻る15分前。
2人は薬品が減った以外の痕跡を残さないよう完璧に片付けをすませると地下牢教室から飛び出した。
「それにしてもジェームズ。子猫はやめたほうが良さそうだよ。ハグリッドは猫アレルギーだったみたいで、くしゃみしながら出て行っちゃったから」
「それは悪いことをしたなぁ。今度お詫びに行こう」
「そうだね」
「さて、誰も潰されてないといいけど」
大広間の扉の前で足を止めた2人は、呼吸を整えるとやや緊張した面持ちでそっと扉を引いた。
隙間から覗うようにして見た大広間は、特に誰かが机の下敷きになったとかいう騒ぎは起こっていない。
どうやら子猫は全部外に出されたようだ。
それよりも別の騒ぎが起こっていた。
注目されるから猫耳生やして行け、と言ったのはだったが、今のシリウスを見るとさすがに同情を禁じえない。
彼は女子生徒の大群に囲まれていた。耳を触られ尻尾を掴まれ、もみくちゃだ。
隣にはリーマスもいて、同じように女子達にいいようにされている。
薄暗い中でもそれがはっきりとわかった。
2人とも女子が相手なだけに何もできずにいるようだ。
「優しいね、彼らは」
「あはは。、今あの2人の目の前でそれを言ったらきっと首絞められるよ。ところでピーターはどこだろう」
「外で見張ってるのかも」
そうだとしたら、今頃は気ままな方向に歩き出そうとする子猫達相手に一人で奮闘しているに違いない。早いトコこの魔法薬で助けてあげるべきだろう。
ジェームズとはそっと扉を閉めると玄関ホールへと向かった。
子猫と奮闘するピーターは、玄関扉を開けてすぐのところにいた。
思ったとおり息を切らせながら子猫達が散らばっていかないようにがんばっている。
駆け寄った達にピーターは安堵のあまり泣きそうな笑顔を見せた。
小瓶の中身を集めた子猫達にふりかけると、ポンッと音を立ててもとの机と椅子に戻った。
「大変だったんだよ。信じてくれない人もいてさぁ。男子だったら力ずくでシリウスが奪ってくれたけど、女子だった時は……時は……シリウス、がんばったんだよ。リーマスはおもしろがってたのかノリノリでやってたけど……」
「いったい何をやったの?」
ピーターは何故か顔をやや赤くしていた。
恥ずかしいことでもしたのだろうか、とは首を傾げた。
その予想はあながち間違いではない。
「あれは……あれは、絶対に迫ってたと思うっ」
言い放ったピーターは、その現場があまりに恥ずかしかったのか「きゃー」と言って顔を覆ってしまった。
それだけで何があったのか納得したジェームズとは、シリウスに同情と拍手を送った。
名のある貴族の家の跡継ぎでめったにお目にかかれないハンサム君なシリウスに迫られて正気でいられる女子がどれほどいるだろうか。もしかしたらリリーでさえうろたえるかもしれない。
もっとも、シリウスはそんな身分を嫌悪しているのだが。
──貴族だから何だ、あの家はロクでもねぇ家だ。寄せられる好意のほとんどが地位と財産目当てなんだ、女は特に信用できない。
こんなことを常々ぼやいていたのだ。
そのシリウスが、甘い顔と声で子猫を放そうとしない女子に言い聞かせていたという。
建前と打算に満ちた生活環境故か、極度に嘘を嫌う彼が心を殺してそんな行為に出たのだ。
これに感動しないで何に感動しろというのか。
シリウスは後でたっぷり労ってやらなければ、とは思った。
他に方法があったのでは、という問いは持たないことにする。
そんなことを言えばシリウスが泣いてしまいそうだから。
それはそれとして、もう一つ気になる発言があった。
「リーマスはノリノリで……って、何?」
「リーマスもかなり女の子ウケがいいでしょ。それを利用して……リーマスは、そういうのうまいから。シリウスは真正面から行っちゃうけど……」
ああ、なるほど。と頷く。
きっとリーマスはどう受け取っても遊びでしかない会話で、なかなか子猫を放さない女子をうまいこと言いくるめたのだろう。
シリウスが直球ならリーマスはカーブだ。
そして猫耳に萌えた女子に囲まれる怖さを前もって体験していたピーターは、そうなる前に外で見張ると申し出たのだろう。
それから3人は魔法で机や椅子を浮かせると、もとの教室に戻すため城の中に戻ったのだった。
時々机同士、椅子同士をぶつけてしまいながら歩いていた時、ため息混じりにジェームズが口を開いた。
「あーあ、ごちそう食べ損なっちゃった」
「急いで戻ればデザートくらい残ってるかもよ」
の励ましにもジェームズはゆるゆると首を横に振る。
「実はこの失敗であんまり食欲もない」
肩を落とすその姿は、疲れ切った中間管理職の人のようだ。
彼自身で引き起こした失敗とはいえ、少々哀れに思ったは元気づけるために子猫を抱き上げた時のリリーの様子を話すことにした。
「そうか、そんなにかわいかったんだ……見たかったなぁ。でもその話を聞けて良かった。ありがと、」
少しは効果があったのか、ジェームズの顔に明るさが戻った。
この時ピーターはある事実を隠すため、必死に無表情を貫いていた。
それは、も知らないこと。
シリウスとリーマスとで大広間に子猫を手放すよう知らせにきた時のことだ。
話を聞いたリリーは烈火のごとく怒り出し、子猫をシリウスに押し付けながら切れ味の良い文句を並べ立てていた。
さらにが連れて行かれたことに、彼女も一枚噛んでいたのかと怒り倍増。
本来ならかわいい悪戯で終わる予定が、不幸な事故が起こったためにジェームズとは寮に戻ったらリリーの雷が待っているというわけだ。
「あ、でもリリーはスラグホーン先生に呼ばれていたから、帰りは少し遅いかも」
「そうなんだ。待ってようっと。飴玉はふつうにラッピングしてリリーにあげよう。リリーの好きな色、知ってる?」
「明るい色が好きみたいだよ。特に何色ってのはないみたい」
待ち受ける怒りの女王も知らず無邪気に盛り上がる2人に、ピーターは結局何も言えず心の中で十字を切った。
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