10.この頃の日々、そして変化

2年生編第10話  ここのところの身辺は忙しい。
 まず早朝。
 誰もいない談話室へ下りると、時折何者かが待ち伏せしている。
 にそんなことをするのは言うまでもなく悪戯仕掛け人なのだが、
「私まで標的!?」
 と、問い詰めたところ事情が少し違った。
 初めてに透明マントを披露したあの日、彼らはちょっと驚かせようとマントに隠れて彼女に近づいたが、あっさり気取られてしまった。
 それが不服だったのだ。
 それ以来4人──主にジェームズとシリウス──は、時間があれば早朝に一人でいるに奇襲を仕掛けるのである。
 は時には彼らがいる一点をじっと睨み、時には気付いていないフリをしながら壁際へ追い詰めてみたりと相手をしていたが、そろそろ飽きてきた。
 そして今日も降参したジェームズとシリウスが「どうしてバレるんだろう」と首を傾げながら透明マントを脱いだ。
「もしかして、僕達の姿が見えてる?」
「見えてないよ。気配がするだけだよ」
「気配って言ったって……ねぇ」
 苦笑しながらジェームズがシリウスを見やれば、彼も同じ表情をしていた。
 彼らとて日々スネイプやフィルチを相手に不意打ちに精を出しているのだ。あの2人に通用するのに何故にはかわされてしまうのか。
 どうしても納得がいかなかった。
 の鋭すぎる感覚の理由をリーマスだけはわかっていたが、まさか口にするわけにもいかず悔しがる友人2人にいつも苦笑するしかなかった。
 そんな彼らには意地の悪い笑みを見せてこう言う。
「修行が足りんのだよ」


 リリーが中傷の手紙をもらったあの日から、時々その手の手紙がふくろうに運ばれてくるようになった。
 差出人はいつも不明。
 内容は一方的にリリーを責めるものばかり。
 はじめのうちは「くだらない」と歯牙にもかけなかったリリーだが、それが何通にもおよんでくるとやはり気分は良くないし憂欝になってくる。
 いい加減にしてくれ、とうんざりしていた。
 どれもこれもリリーには身に覚えのないことばかりだ。
 今日も運ばれてきた手紙にため息をついていると、横からヒョイとの白い頭が近づいた。
 は手紙の内容に眉をひそめる。
「シリウスに馴れ馴れしくするな……か。この前はジェームズだったね。その前は悪戯仕掛け人だった」
「同じ人が送ってるんだと思う?」
「筆跡が違うからねぇ。でも、繋がってるとは思うよ」
「やっぱり……。うっとうしいの一言に尽きるわね」
「だね。あ、これもちょうだい」
 はリリーの手から手紙を取り上げた。
 毎度のそれにリリーはやはり首を傾げる。
「そんなの、いったいどうするの?」
 そしてもいつものようにニヤリとして同じ言葉を返すのだ。
「ふふ……ちょっとね」


 はふらふらと城内を散策していた。
 今は抜け道を歩いている最中だ。この抜け道がどこへ出るのか、まだわからない。
 出口に期待しながら足取りも軽く歩き続けていると、やがて道の終わりにたどり着いた。
 目の前にはむき出しの土壁があるが、はそれにそっと手を当てる。
 手は土壁の中に何の抵抗もなく沈んでいった。どうやら土壁に見えるが実際はそうではないらしい。
 もっと手を押し込んでいくと、次に感じたのは分厚く固い布のような手触り。壁掛けだろうか。
 そこをめくって外に出ようとした時、覚えのある複数の声が聞こえてきた。

「待てよスニベリー! 逃げるのか? 弱虫ヤロー!」
「そのドロドロの髪を洗ってやるよ! 少しは見れる顔になるぜ!」
「アハハハ、それは無理だろー。何たって最高の鼻くそ野郎なんだから! 人間どころか虫だって寄ってこないよ!」
「……貴様ら、言わせておけばっ」

 動きを止めたままはやれやれとため息を落とす。
 今頃彼らは殺気立った顔で杖を突きつけあっていることだろう。
 そんな面倒くさい中に出て行く気はさらさらない。
 この出口の先がどこなのか気になるところだがまた次の機会にしよう、とは来た道を引き返すことにした。
 人の楽しみを奪った彼らに後で仕返しをしてやる、と決心しながら。
 隠し通路から出て少し歩くと、ピーターがスリザリン生に絡まれていた。
 ピーターはよくこういう目にあう。
 きっと彼のおとなしそうなところや少し人よりゆっくりなところが、スリザリン生いじめっ子組のかっこうの的になってしまうのだろう。ちょうど、ジェームズとシリウスがスネイプに絡むように。
 どいつもこいつも、と内心で舌打ちするとはピーターを囲む5人のスリザリン生の群に走り込み、進路上にいた生徒の尻を蹴飛ばした。
「はい、ごめんよ! 邪魔邪魔!」
 不意を喰らって目を白黒させている左右のスリザリン生もついでに突き飛ばし、何が起きたのかとポカンとしているピーターの腕を掴んで走り出した。
「何だお前は! おい、待てこら!」
「誰が待つかっ、おととい来やがれ!」
「何だとテメェ!」
 意外としつこいスリザリン生にはポケットからクソ爆弾を一つ取り出すと、後ろへヒョイと放った。
 あっ、と思った時はもう遅く、爆発音と共に追撃者達は泥と悪臭まみれになったのだった。
 そのままピーターとはグリフィンドールの談話室まで駆け込み、ソファに倒れこんだ。
 しばらく2人は息切れだけだったが、やがてどちらからともなく笑い出し、それはすぐに止まらなくなった。
「あいつらの顔見た? 真正面から喰らってた!」
「口の中にも入ったかもね! でも、ありがとう。助かったよ」
「たまたま通りかかっただけだよ」
、クソ爆弾なんて持ってたんだ」
「去年のクリスマスプレゼントで誰かさんが贈ってくれたやつだよ。やっと役に立った」
「うん、ホント、助かった!」
 ようやく呼吸が戻った頃、リーマスが寝室から下りて来て2人を見つけた。
「どうしたの? 何だか楽しそう」
 2人の向かいのソファに腰掛けたリーマスの問いに、ピーターが今しがたあったことを話した。
 思わず笑ってしまったリーマスも、それが引っ込むと「それにしても……」と感心したようにを見る。
「思い切りが良いというか……ケンカに慣れてるの?」
「まさか」
 あいまいに笑う
 こんな時、の口は重くなる。
 ホグワーツに入学する前は何をしていたのか。あまり話さない。
 マグルの世界でマグルの仲間がいたことを話したくらいだ。
 彼女が話したくないのなら、と彼らも深く尋ねなかった。


 また別のある日。
 はリリーにチェスを教えてもらっていた。
 がチェスゲームを知らないと言ったら、面白いのよ、とリリーがチェス盤を持ち出して遊び方を教えてくれたのだ。チェス盤は家から持ってきたそうだ。魔法界のチェスの駒と違い、マグル界のは無口で良いとリリーは言っていた。
「チェスを知らないなんて意外だわ。ゲーム、好きそうだから」
「うーん、トランプとかサイコロなら知ってるんだけどね」
「ポーカーや神経衰弱ね」
 頷く。ちなみに教えてくれたのはマグル界の愉快なはみだし者達なので、イカサマの方法も教えてくれた。
 そんな時、談話室の穴から大騒ぎしながら男の子が4人這い上がってきた。
 そのうるささに迷惑そうに眉をしかめるリリー。
 早く寝室へ行ってしまえ、というオーラが遠慮なしに出ている。噴き出していると言ってもいい。
 ところが彼女の願いに反して4人はまっすぐにのもとへ駆け寄ってきた。
 どこか苛立ったような慌てているような雰囲気だ。
 さらに、リリーとのところに来るまでに4人とすれ違ったグリフィンドール生は、皆驚きに目を丸くし、そして笑いをこらえるように口元を手で隠し顔をそむけた。
 ようやく2人の前に男の子達が現れた時、並んだその顔にリリーももこらえきれずに吹き出してしまった。
 4人はそろって唇を2倍にふくらませていたのだ。
 悪戯仕掛け人は、人に悪戯を仕掛けるのであって、自らが悪戯に引っかかったりするものではない──。
 それでもリリーは盛大に吹き出してしまった後は、悪いと思ったのか遠慮がちにくすくすと笑い声をもらしていたが、彼らがそんなふうになった原因を知っているは遠慮なく爆笑した。
「笑い事じゃねぇ! いったい何をしたんだ!?」
 精一杯凄むシリウスだが、2倍の唇では怖くも何ともない。しかも、これではハンサムも台無しだ。
 は無理矢理笑いを飲み込むと、悪戯が成功したように人の悪い笑みを浮かべた。
「スネイプに使ったんでしょ。あれね、私が望まない相手に仕掛けると、仕掛けた人にしっぺ返しがいくようにしておいたんだぁ」
 いつかこうなると思ってた、とは再び笑い出した。
 その用意の良さにピーターはクラリと体を傾げ、シリウスはますますいきり立っての肩を掴んで揺さぶった。
「解毒薬はあるんだろ!?」
「ちょっ、シリウス、目が回る……っ」
「解毒薬は!?」
 すっかり我を見失っているシリウスをジェームズとリーマスが両腕を掴んで引き剥がした。
 しかし、2人の目も「解毒薬は?」と訴えている。
 はリリーを見やるとこんな質問をした。
「私との約束を破って報復を受けた彼らをどう思う?」
「しばらくそのままでいいんじゃない?」
 リリーの軽蔑しきった視線は、特に強くジェームズに注がれていた。
 2人の間の溝は埋まるどころか、日々着々と深く広くなっているようだ。
 ジェームズの思いが届く日は一生来ないかもしれないが、彼自身、今のところ悪戯やクィディッチに夢中だから、リリーのことをどの程度想っているのかはわからない。
 リリーのその答えには頷くと、
「じゃ、そういうことで」
 と言ってチェス盤に目を戻してしまった。
 そんなぁ! と、同時に悲鳴じみた4人の声があがる。
「ぼ、僕達いったいいつまでこのままなの?」
 ピーターの震える声に、はニッコリして指を2本立てた。
「に、2分?」
「2時間」
 ピーターの希望は見事に粉々にされたのだった。
 そんなに待てるかぁ! と、再び暴れだしたシリウスを押さえながらリーマスはいつものように穏やかな口調で言った。
、わかりきったことだけど主犯はジェームズとシリウスなんだ。僕はただついていっただけなんだよ、今回は。だから、僕には解毒薬くれるよね」
「リーマス! 自分だけ助かろうってのか!?」
「本当のことを言っただけだよ。それに、僕は忠告したよ。との約束を破るのは良くないって」
「うわっ、コイツなんて根性の汚ぇヤロウだ」
「キミ達は2時間耐えてね」
 ニコニコと友人を見捨てるセリフを吐くリーマス。
 シリウスはもはや言葉もなく口をパクパクさせるだけだった。
 その様子を面白い見世物でも見るような目で眺めている
 さて、一番根性が汚いのは誰だろう、とリリーは思ったとか。
 そんな『悪戯仕掛け人小劇場』をたっぷり堪能したは、ちゃんと解毒薬を渡したのだった。


 10月の満月の晩、『叫びの屋敷』を訪れたの持っていたものに、リーマスは目を丸くした。思わず自ら傷つけた手足の痛みも忘れてしまうほどに。
「実は、この前の時本当はお腹すいちゃってたんだよね」
 ヘラッと笑ってバスケットを見せる
 彼女は呆然としている狼姿のリーマスを置き去りに、さっさとベッドのある部屋へ続くドアを潜って行ってしまう。
 部屋の奥から「早くおいでよ」と呼ばれてようやく、リーマスの金縛りは解けた。
 先月のように2人でベッドに座る。
 はさっそくバスケットの中身を広げていた。
「ここに来る前に厨房に寄って作ってもらったんだ。夜中だからお腹に重いものはないよ。あ、でもリーマスはお肉のほうが良かったかな?」
《いや、軽い食べ物のほうがいい。でも、よく見つからなかったね。透明マントを借りたわけじゃないんだろう?》
「目くらましの魔法をかけてきたから、人の目には見えなかったと思うよ」
《そういう魔法はうまくいくんだ……》
「何か言った?」
《ううん、何も》
 の声に冷たいものが含まれた気がして、リーマスは慌てて首を横に振った。機嫌を損ねられてせっかくの夜食がおあずけになったらかなり悲しい。
 ナプキンの上に置かれたトーストにかじりつきながら、リーマスはふと思って尋ねた。
は発作は大丈夫なの?》
「リーマスと一緒なら平気だよ。そっちこそ、ジェームズ達はどう?」
 オレンジジュースを一口飲み、も気になっていたことを聞く。
 狼姿だから表情の変化などわからないが、はリーマスの眉が八の字になったように感じた。
が作ったあの話をしたよ。昨日の夜……けっこう聞かれたから》
「そう」
《キミが言った通りの反応をしてくれたよ。でもきっと、今年の終わりまでだね》
「……そうだね」
 今年の後半には、闇の魔術に対する防衛術では狼人間を取り上げるから。
 でも、もしかしたらもっと早まるかもしれない。勘の鋭い人達だから。下手すればそろそろ見当をつけている可能性もある。
「ねぇ、ちょっと外に出てみない?」
 また唐突なの提案に、驚くリーマスの声は裏返っていた。
「気持ちいいよ」
《だ、ダメだよっ。それだけはダメ。誰か歩いてたらどうするの?》
「今何時だと思ってるの? そんな頓珍漢な人はいないよ」
 は呑気に笑うが、リーマスはとてもそんな気分にはなれなかった。
 そんな彼の雰囲気を察したは「残念」と肩をすくめる。
 リーマスは話をそらそうと話題を探し、思い浮かんだことをやや早口に言った。
《そういえば、最近エヴァンズとよく手紙を見ているね。ずいぶん頻繁だけど、家族から?》
「ううん。リリーの彼氏から」
《えぇ!?》
 どっちにしろ再度声が裏返ってしまうリーマス。
 その驚き方に満足したのか、くすくす笑っては「嘘だよ」と言う。
 彼女の嘘はふだんの話し方と何ら変わりないから性質が悪い。
「……私が悪いわけじゃないし、あちらさんの勝手な僻みなんだけど、やっぱり私のせいかもしれない」
 ぽつりと落とした呟きは、リリーに対する申し訳なさがあった。
 前後の説明のないそのセリフに、リーマスは首を傾げたがあえて深く尋ねなかった。がそんな空気を漂わせていたから。
「全部終わったら話すよ。たぶん、もうじき片付くと思うから」
 そう言ったの表情は、先ほど呟きを漏らした時とは正反対に、何かをたくらんでいる時の表情だった。
「ところでさ、ハロウィーンの話は聞いた?」
 パッと顔を明るくしたは、リーマスへ身を乗り出した。
 少し前にジェームズから当日の扮装のことを聞いていたリーマスは、うっと喉をつまらせる。
 その様子にはニヤニヤと口元を歪めた。
「脳みその活性化なしに猫の耳と尻尾を出して、さらにそれは本人の感情と繋がっているようにしてみたんだ」
《もうできたの?》
「まだちょっと調整が必要かな。良かったらリーマスのは特別に狼のにしようか?」
《……やめてください》
 リーマスはがっくりと肩を落とした。何でそんな自虐的なことをしなくてはならないのか。
とリリーもやるんだろう?》
「まさか。アンタ達4人だけだよ」
《え!? そんなこと言わないでやろうよ。きっとかわいいよ》
「やだよ」
 きっぱり拒否されたが、それでもしばらくリーマスはねばった。
 頭を押し付けてみたり前足でど突いたりしてお願いしたが、気がつけば2人は格闘まがいのじゃれ合いになっていて、そのまま疲れて眠ってしまったのだった。


 その日の朝食の時間、いつものようにリリーと大広間へ向かい食事をしていると、定時にやって来たふくろうの群の中から一羽のふくろうがリリーの前に手紙を落とした。
 リリーとは顔を見合わせ、手紙に呪いがかかっていないことを確かめてから封を切った。

『放課後 北塔7階 一番奥の教室へ来い』

 リリーは目元を険しくし、は目をキラキラさせた。まるで待ちかねていたものが届いたかのように。
「リリー、この手紙は無視しよう」
 は手紙の隅から隅まで見た後、封筒も念入りに見回して言った。
「もちろん、こんな呼び出しに行く気はないけど……そんなに楽しい?」
「楽しいよ。あ、廊下を歩く時は気をつけないとね」
 セリフと表情が一致していない、とリリーは思った。
 ふつうならやや深刻になってもいい場面なのに、は注意を促しながらも今にも鼻歌を歌いだしそうな雰囲気ではないか。
 手紙のことよりのほうが気になって仕方がないリリーだった。
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