基本的には真面目なジェームズ、シリウス、ピーターは足りない睡眠時間で頭を朦朧とさせながらも起床し、もとより規律正しい性格のリリーも目を赤くしながらもベッドのカーテンを開けた。
しかし、ここにそんなルールなどまるで気にしない人物が一人。
寝不足に顔を青白くさせながらも全ての準備を終えたリリーは、いまだ同室の少女のベッドから動く気配がないのを感じ取り、ため息を一つつくと「」と一言呼びかけてからカーテンを開いた。
が、そこはもぬけのから。
「……?」
確かに彼女はベッドに入った。もう起きたというのだろうか。
足早に廊下を行く足音が一人分。
まだ誰もいない薄暗い廊下をはある場所を目指していた。
深夜に散々な目にあわせてくれた箱の部屋の大量の箱から出てきたモノ。
あれを、もう一度見たかった。
一つでいい。欲しかった。
何かの役に立つのではないかと思ったのだ。
あまり周囲を確認せずに転げるように部屋へ入ったは、そこで息を飲んだ。
しばらく呆然と立ち尽くした後、がっかりしたようにヘナヘナと座り込んでしまう。
部屋は、からっぽになっていた。
塵ひとつ落ちていない。
(片付けられちゃった!?)
いったい誰が、いつの間に‥‥!
箱から出した自分を使って何をするか、など具体案はなかったが、持っていて損はないと思っていたのに、とは悔しがった。
そして同時に、あれだけ沢山あるのだから一つくらいくれてもいいじゃないか、とも思う。
どこかの誰かに対する恨めしい気持ちでいっぱいになっていると、不意に背後に人の気配を感じ、振り返る。
「あ……校長先生」
ドアを開けてダンブルドアが立っていた。
食事時にしか顔を見ないが、いつもの青い瞳を綺麗に輝かせていた。
「おはよう。こんなところで何をしておるのかな?」
言葉は問いかけだが、深いしわが無数に刻まれた顔は全てを知っているかのように悪戯っぽい微笑を浮かべている。
はその顔を見た瞬間、犯人はこの人かと確信した。
しかし、問い詰めるわけにはいかない。
どうせ偽者が出歩いていたことも、もしかしたら夜中の捕り物も知っているのかもしれない。下手に突付いて減点などされたくなかった。あまり減点されて寮の上級生達に目を付けられてもつまらないからだ。
「あ……おはようございます。この部屋にいるのは……散歩してたら見つけたので、ちょっと入ってみただけです」
内心の悔しさを押し殺して、何でもないように俯きながら言った。
しかしダンブルドアから見れば、そんなの心情など全てお見通しのようだ。経験豊富な彼には敵わない。
ダンブルドアは目を細めておもしろそうにを見下ろすと、独り言のように言葉をこぼし始めた。
「ちょっと前までここにはなかなかおもしろい道具が置いてあってな」
「はぁ」
「大小様々な沢山の箱だったのじゃが、何とそれらは欠陥品だったのじゃ」
何だって? とは顔を上げた。
「箱を開けた者のいわゆるコピーを作り出す仕組みだったのじゃが、長時間出しておくと命令に反して勝手に行動を始め、やがては箱を開けた者を殺めて入れ替わろうとするようになることがわかったのじゃ」
「そんな危険なものが、どうして……」
「箱にかけられた魔法の仕掛けを解く準備が済むまで、誰にも触らせないように保管してくれと頼まれたのじゃよ。成功すれば大ヒット商品間違いなしじゃったのにのぅ。わしも、一つ購入するつもりじゃった」
何に使うつもりだったんですか、とぜひ聞いてみたいだったが、ロクでもない答えが返ってきそうで聞かなかった。
「え……と、じゃあもう、仕掛けを解く準備が整ったのですね」
ダンブルドアは頷いた。
はゆっくり息を吐き出しながら、箱から出てきた自分を思い出した。
黒い髪の自分。
過去にあんなことがなければ、きっとあの姿でここに来ていたのだろう。
きっと、性格も少しは違っていて、違うホグワーツ生活を送っていて──家も、あったかもしれない。
考えが沈みかけ、は慌てて思考を止めた。
今はまだ、このことを考える時期ではない。
「おぉ、もうこんな時間じゃ。朝食を逃してしまうぞ。さぁ、行こう」
はダンブルドアに促されるままに部屋を出た。
いつも朝食を食べている時間はだいぶ過ぎていたので、は真っ直ぐに大広間を目指した。
グリフィンドール寮のテーブルを見れば、リリー達はやはり先に食事を始めていた。
は小走りに彼女のほうへ向かい、声をかける。
「おはよう。ごめんね、いなくなってて」
「あ、。もぅ、ベッドがからっぽでびっくりしたわよ。まさか今日も早起きしてるなんて。どこへ行ってたの?」
「……箱の部屋」
席に着きながら答えたに、リリーはムッと眉をしかめた。忌々しい記憶を思い出してしまったようだ。
はリリーのそんな表情に小さく苦笑しながら、もう箱はなくなってしまったことを話した。
戻ってきていたリーマス共々、ジェームズ達もその話を聞いていた。
箱を開けた主をやがて殺して入れ替わる、ということを話すとピーターがブルッと身震いした。
「夜のうちに消すことができて、良かったね……」
しみじみと言うピーターに、誰もが同意した。
「それにしても……『変態』って。キミ達ってホント……」
やや疲れた様子なのに、クスクスと笑いが止まらないリーマス。
シリウスやピーターから話を聞いたのだろう。
のことはともかく、不名誉なレッテルを貼られた自身のことを、わざわざジェームズが自分から話すとは思えない。
「リーマス、そのことは忘れて……」
ジェームズとの声が重なった。
そのことにさらに笑いのツボを刺激されてしまったリーマス。
しばらく止まらないだろう、とは諦めた。
その時、頭上から無数の羽音が降って来た。毎朝恒例のふくろう便だ。
自分には関係ない、とが食事を続けていると、そのうちの一羽がリリーの前に舞い降りてきた。
手紙を受け取り、ご褒美にベーコンを一枚差し出すリリー。
ふくろうは満足そうに一声鳴くとベーコンをくわえて飛び立っていった。
受け取った手紙の差出人を見たリリーの顔がパッと輝いた。
「家からだわ!」
「家族? そういえばリリーはきょうだいはいるの?」
食事の手をいったん止めてが尋ねると、リリーは妹が一人いると答えた。その間にも封を開けて便箋を開いている。
「妹かぁ、いいなぁ。……あ、便箋。久々に見たよ」
「こっちにはないものね。ほら、これきっとボールペンで書いたのよ」
そう言ってリリーは手紙をにも見えるように傾けた。
2人はしばしマグルの香りを懐かしんだ。
わからないのは男子4人だ。
便箋は何となくわかったが、ポールペンは何なのかさっぱりわからない。
「ボールペン、て何?」
と、首を傾げるリーマスに、手紙を読んでいるリリーに代わってが答えた。
「マグルの筆記用具だよ。いちいちインク壷にペン先を突っ込まなくても、字が書けるの」
「へぇ、それは凄いね」
「そのうち持ってきてあげるよ。そうだな……夏休み後とか」
「ずいぶん先だね。でも楽しみにしてる。あ、ボールペンて名前覚えておかなきゃね」
「私も、この約束を忘れないようにしないと」
額に指先を押し付けてが脳みそに刻み込んでいると、シリウスがきょとんとした顔で言った。
「お前、クリスマス休暇に帰らないんだ」
「うん」
「ふぅん……」
シリウスの反応は何か言いたそうな気配を持っていたが、は何も言わなかった。
そしてさっさと話題を変えるためにリリーに話しかける。
「家族、元気だった?」
「うん、皆元気でやってるって」
「ねぇ、妹の名前、教えてくれる?」
「ペチュニアよ」
「かわいい?」
リリーは天井を見上げて「うーん」と唸り、複雑な表情を見せた。
「私はペチュニアをかわいいと思うし大切だとも思うんだけど、あの子、魔法が苦手なのよ」
「そうなんだ。じゃあさ、いつかリリーが凄く立派なことをすれば、見直してくれるかもしれないよ」
「うん……そうだといいな」
の励ましに、リリーはほのかに笑った。
「リリーの妹さんかぁ。会ってみたいな」
「ジェームズに会わせるなんて、もったいないわ」
まだ夜中にあったことを根に持っているのか、リリーはピシャリと言った。
がっくりするジェームズを、シリウス達が笑っている。
リリーも本気でジェームズを嫌っているわけではないのがわかるから、こうして笑っていられるのだ。
すでに何個目かもわからないバターロールを頬張っているへ、リリーは何気なく聞いた。
「も手紙書いたら? あっちの世界にいた時の友達とか」
はウンウン言いながら口の中のものを飲み込むと、困ったような顔で答えた。
「住所、知らないんだ」
「ふくろう便は名前だけでも届くけど……?」
知らなかったの? というリリーの目に、は返す言葉もなく目を見開いた。
そして腹の底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。
「あいつら……」
しかし、怒鳴り散らすことはせず、険しい表情できつく唇を噛み締めるだけに留めた。
「ね、ねぇ、今からでも出しにいかない? きっと喜ぶと思うわ。返事が欲しかったらふくろうに言えば持ち帰ってくれるし」
「……もう、2年も過ぎてる。私のことなんて、見捨ててるかも」
「そんなことないって! 私、2年前の友達のこと、ちゃんと覚えてるわ」
リリーの必死の言葉に、は少しだけ励まされた。
施設を管理している魔法省への嫌悪はまた増したが、かつての仲間への思慕は消えない。
魔法界に連れてこられてからも、ずっと気になっていた。
院長に連絡方法を聞いたら、住所がわかれば送れると言っていた。
が、リリーの話からすればそれは嘘だったわけだ。
きっと、外と連絡を取らせたくなかったのだろう。
「うん、出してみる」
はジュースを飲むことで怒りを静めて頷いた。
「の友達って、どんな人?」
横でずっと話を聞いていたピーターが尋ねた。
は一番仲の良かった少年を思い浮かべた。確か、4歳ほど年上だったか。
「日本人だよ。親の仕事でイギリスに来てたんだって。すっごく悪知恵の働くやつだった。よく仲間達と一緒に騒いだなぁ。やりすぎて警察に追いかけられたりもしたけど」
「……そう」
どう答えていいのかわからず、ピーターは曖昧な笑顔を浮かべた。
ただ、が過激な生活を送っていただろうことは伺えた。
の向こうでは、リリーも曖昧な表情だった。
放課後、はリリーが図書館へ行くのを見送ると、談話室の隅で宿題をしているジェームズにある相談を持ちかけた。
「あのさ、クソ爆弾持ってない?」
顔を上げたジェームズは、意外なものでも見るようにを見上げた。
も突拍子もないことをすることはあるが、悪戯には関心がなさそうだったのだ。
その彼女が悪戯グッズが欲しいと言う。
「あるけど、何に使うの?」
一緒にテーブルを囲んでいたシリウス、リーマス、ピーターも興味津々に成り行きを見守る。
「ちょっと、お礼に」
のその言い方に、ピンときたのはシリウスだった。
ニヤリとに笑いかける。
「やるのか」
「当然」
短いやり取りに、にクソ爆弾を渡しながらジェームズが目を輝かせて身を乗り出す。おもしろそうな匂いを敏感にキャッチしたようだ。
「レースの時のお礼をメイヒューにね」
がそう言えば、ジェームズは「協力しようか?」と囁く。
「じゃあさ、これをちょっと改造したいから、知恵を貸してよ。私、こういうのいじったことなくて」
「OK! どう改造したい?」
ジェームズ達はテーブルの上のものをあっという間に片付けて、リーマスはのための椅子を一つ引っ張ってきた。
彼らは、箒レースの日にの身に起こったことを忘れてはいなかった。メイヒューのしたことは腹に据えかねていたのだ。しかし、やられた本人に仕返しをする気がないなら、自分達が手を出すのもどうかと思っていた。
それになら、やられたら自分の手でやり返すだろうと思っていたからだ。
もしもがショックで泣いてしまう子だったら、迷わず報復行為に出ていただろう。
「まず、爆発して泥だらけになるのはナシにしたい。その代わり……」
ゴニョゴニョと顔を付き合わせる1年生5人を、周囲のグリフィンドール生は奇妙なものを見るように眺めていた。
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