7.お前もか!

1年生編第7話  夕食前にリーマスは一泊分の荷物を持ってホグワーツを後にした。
 皆で大扉から彼を見送ると、とても心配そうな表情でピーターがため息を落とした。
 どうしたのだろう、と視線を向けたに彼は力なく首を振る。
「リーマス、先月もお母さんのお見舞いで帰ったんだけど、戻ってきたら大怪我してたんだ。……大丈夫かなぁ」
 何で家に帰って大怪我するんだ、と目を丸くする。すぐ横ではリリーも同じ顔をしていた。
 それにしても、まったく気付かなかったリリーとだった。
 思い出してみれば、彼ら4人と行動が重なるようになったのは最近のことで、先月あたりは別々に行動していたのだ。気を配らない相手のことに気がつかないのも当然だ。
「腕とか足とか、手当てはしてあったけどやっぱり治るのにはそれなりに時間かかるからね。見ているこっちが痛かったよ」
 話しているうちにそのことを思い出したのか、ピーターは痛みの幻に両腕をさすった。
 今はもう閉ざされた大扉を見つめながら、は初めてリーマスに会った時のことを思い返していた。
 あの時感じた奇妙な親近感。
 あれと似たようなものをわりと最近にどこかで感じた気がするのだが、いつどこでだったのか思い出せない。
 喉に小骨が刺さったようなもどかしさ。
 一人で考え込んでいると、いつの間にか大広間へ歩き出していたリリーに呼ばれた。
 とたんに鼻腔を香ばしい香りが刺激しお腹が鳴る。
 情けないことだが、そのせいで今さっきまで思い出そうと唸っていたことなど吹き飛んでしまったのだった。

 夕食を終えて談話室へ戻った5人は、今夜の作戦の計画を練るために隅っこのテーブルに陣取った。
 最初に口を開いたのはジェームズだった。
 こういう時、皆をまとめるのは自然と彼の役割になっていた。
の勘によると今夜例の人物が出るらしいね。そこで、5人でかたまって探しても効率悪いから、二手に分かれようと思うんだ。あ、ピーターとは別々でね」
 理由は聞かなくてもわかる。
「じゃあ男女で分かれればいいんじゃない? いつものように」
 リリーの提案にシリウスもピーターも頷いたが、ジェームズは反対した。
「夜中に女の子2人だけで暗いとこに放り出すなんて出来ないよ。2人には僕がついていく」
 シリウス、ピーター、はニヤつきそうになるのを必死で我慢しながら目配せしあった。
 ジェームズは紳士ぶったセリフを吐いたが、本心はわかっている。
 ここ最近、彼ら4人は時々校内に罠を仕掛けてはそれに誰かを引っ掛けて遊んでいるため、リリーの評価は下がりっぱなしなのだ。
 このままではリリーに口もきいてもらえなくなる!
 リリーに憧れるジェームズとしては、それは大変に困るのだ。
 今は共通の目的があって一緒にいる機会も多いが、これが落ち着いてしまえばどうなるかわからない。
 そして彼のこんな気持ちを当事者であるはずのリリーは微塵も気付いていない。
 周囲も周囲で、誰もそれを教えてやらない。
 何故なら、そのほうがおもしろいから。
「余計なトラブルはごめんですからね」
 怖い目付きで念を押すリリーに、ジェームズは何度も頷いてみせた。
 下手に騒ぎを起こせばフィルチに見つかって本来の目的を遂げることはできなくなるのだから、今夜は何も心配はいらないだろうとは思った。
 談話室から生徒達がいなくなったら寮を抜け出すことにして、それまではそれぞれに過ごすことになった。
 リリーは宿題と明日の予習をすると言うので、もそうすることにした。
「その前に図書館に行ってくるよ。本を返さないと」
「じゃあ魔法史で良い資料があったら借りてきてくれる?」
「いいよ。じゃ、行ってきます」
 はいったん寝室へ戻り、借りていた本を抱えると談話室を後にした。

 図書館での用事を済ませたは、まっすぐグリフィンドール寮へは戻らず、医務室へ足を向けた。
 気難しい医務室の主マダム・ポンフリーをいきなり不機嫌にさせないよう、丁寧にドアをノックしてからそっと開ける。
「失礼します。です」
 名乗ればマダム・ポンフリーは奥の事務室からイソイソと現れた。
「いらっしゃい、ミス・。さぁ、こちらへ」
 すべて心得ているマダム・ポンフリーは、一番端のベッドのカーテンを開けてを促した。
 そのベッドへ腰掛けたへ、マダム・ポンフリーは必要なものを取りに行きながらカーテン越しに具合を尋ねてきた。
「体調はどうですか?」
「どうってことないですよ。もともとクオーターだそうですから、ほとんど普通のヒトと変わりないんです。今日だってアレはいらないくらいで」
「けれど、万が一があっては遅いですから……」
「ええ、わかってます。強い衝動が来るのはだいたい年に2、3回程度ですから、その時はよろしくお願いします」
「我慢せず、すぐに来るのですよ」
 言いながら、カーテンの隙間からマダム・ポンフリーが入ってきて、にチューブの付いた銀色のパックを渡した。そこには『Blood 200ml』と記されていた。
 は当たり前のようにチューブを加えて吸い込むと、赤黒い液体が吸い上げられていった。
 人間が飲めば嘔吐をもよおすそれも、今のにとってはある意味ごちそうで彼女は恍惚とした表情で喉を動かしていた。
 ホグワーツに来てから2度目である。
 リリー達に言えないことの一つだ。
 マグルの世界にいた頃、満月になると何故か無性にヒトの血を味わいたくなる自分を「吸血鬼じゃあるまいし」と笑っていたら、実は本物だったとわかったのは魔法界に来てからだった。
 もっとも、検査の結果クオーターらしいことが判明したので、本来のヴァンパイアに見られるような特徴はほとんどない。クオーターらしい、とハッキリしないのはの両親が誰だかわからないからだ。
 2歳か3歳の頃には孤児となった。両親の名前は覚えていない。かろうじて自分の名前が言えた程度だ。
 魔法省もの両親について調査したが、魔法界に戸籍はなくマグル世界では偽名だったり改名していたり家は転々としていたあげく、最終的には情報が抹消されていてお手上げだったのだ。
 だが、はそのことを特に気にしてはいない。もともと両親の記憶はないに等しいのだ。かすかに誰かがいたのを覚えている程度で。
 だから、彼らのことは考えないことにした。
 考え出したら、深みにはまりそうな気がしたからだ。
 パック内の血液を飲み干したは、お礼を言ってカラになったそれをマダム・ポンフリーに差し出した。
 そしてふと思い出す。
 今、が住みかとしている施設のこと。
 そこにはのように満月に体を支配される生き物達が集められている場所だ。はっきり隔離されているとわかる環境なのに、そこにいる人達には安堵感を覚えてしまう不思議な場所。
「あの、リーマス……リーマス・ルーピンはもしかして……」
 あそこに来る新入りの中に、腕や足にたくさんの傷跡を持った人達が何人もいた。彼らにも、理由のわからない親近感があった。
 自分とは別の種類の、満月に体を支配される人達。
 けれど、あの施設では満月になっても支配されなかった人達。
 ある日聞いた話によると、ヴァンパイアとその生き物は太古から仲が良く、どういうわけか一緒にいると満月を迎えてもお互い心を失わずにいられるのだとか。
 クオーターのにも『心を失う』というのがどういう意味かはわかった。
 年に数回、どうしようもなくなる時があるからだ。
 ヴァンパイアと共に生きてきた彼らは──狼人間。
 ヴァンパイアの血は配偶者の種族によっては薄くなるが、狼人間はそうではないと聞く。
 リーマスが遺伝なのか噛まれたのかはわからないが、彼が狼人間であるとすれば謎の親近感にも説明がつくのだ。
 マダム・ポンフリーは人差し指一本での口を封じた。
「他言は無用ですよ。あなたのためにも」
 気遣いながらも厳しい彼女の眼差しに、は黙って頷いた。
 やはり、予想は当たっていた。
 それで、が午後8時以降に医務室に来るようにと時間指定をされた理由もわかった。
 我慢のきくよりも問答無用で変身してしまうリーマスを優先するのは当然だ。
 はふと、満月の日はリーマスと一緒にいることを考えたが、すぐに取り消した。
 そうするつもりなら、入学前にダンブルドア校長から話があっただろう。それがなかったということは、同じ日に生徒が2人もホグワーツから消えることで余計な問題を引き起こさないように、と考えたのかもしれない。
 それなら、にできることをするしかない。
「そろそろ行きます。……一つ、お聞きしたいのですが」
「なんですか」
「最近、ここに侵入者があったりしませんでした?」
「いいえ。どういうことです?」
「いえ、何もなければいいんです。それでは、失礼します」
 訝しげなマダム・ポンフリーを残し、は医務室から出た。

 グリフィンドール寮の談話室へ戻ると、リリーはまだ宿題をしていた。
「お待たせ」
「おかえり」
「これ、選んでみたけど使うなら先にどうぞ」
 魔法史のレポートに役立ちそうな本を差し出すと、リリーは「ありがとう」と言って受け取った。彼女のレポートは半分ほど書きあがっている。
 遅れを取り戻すようにもすぐに羊皮紙と教科書を置いた。
 しばらく経った後、レポートはまだあと3分の1ほど残っていたが、そろそろ談話室から生徒がいなくなりそうなので、はきりの良いところで道具を片付け始めた。
 時計を見れば11時を回るところだ。
 同じことを考えていたらしい男子4人もテーブルの上を綺麗にしてから、リリーとのほうへやって来た。
「上の階から順に行こう。1時間経ったら場所を決めて待ち合わせで」
 ジェームズの提案に一同は頷いた。
 しばらくすると他の生徒達はそれぞれの部屋へ引き返していったので、5人は行動に移ることにした。
 8階はシリウスとピーター、7階はジェームズ、リリー、が。
 待ち合わせは8階の談話室前に決まった。
「じゃ、健闘を祈る!」
 ジェームズの合図で5人は二手に分かれた。
 フィルチとその飼い猫に気をつけながら7階を歩きながら、はかすかな気配も逃すまいと神経を尖らせていた。
 けれど、いっこうにそれらしいものは感じられない。
 もっと下の階にいるのだろうか?
 ふと、前を行くジェームズが立ち止まり振り返った。
 は慌ててわずかに目を伏せる。本来夜行性の血を引いているせいで、暗いところでは少しだが目が光ってしまうのだ。前に箱の部屋に行った時にリリーと目が合った時も大いに慌てた。
「こっちの人数が多いから警戒してるのかもしれない。僕から少し離れて歩いて」
「OK」
「気をつけてね」
「心配してくれるの、リリー」
「怪我なんかされたら面倒だもの」
 素っ気ない返事に肩を落としつつも、ジェームズはだいぶ前を行った。
 いくつか角を曲がった時だ。
「あれ? 見失っちゃった」
 斜め前を行くリリーが呟いた。
 は主に後ろを警戒していたため、ジェームズのことはリリーに任せっぱなしにしていた。
 どうしようか、と目で訴えてくるリリーにはひょいと肩をすくめてみせた。
「ここで待ってよう。同じ階にいるんだし、ジェームズだって私達がついてきてないとわかったら、引き返してくるでしょ」
 下手に動き回るよりその方がいい、と2人は足を止めた。
 それに、ジェームズならきっと、2人がいないとわかったら立ち止まるよりも探しに出るだろう。
 少しの沈黙の後、リリーが言った。
「『黒髪の』とあの箱はつながりがあると思うの」
「うん。だって、あからさまに怪しいもんね」
 リリーとの考えは一致していた。
「ただ、わからないのは、『黒髪の』の目的なのよね。ううん、違う。あの箱の目的ね。何のために作られて、あんなにたくさん保管されているのかしら」
「それは……校長じゃないとわからないんじゃないかな。あるいは、もう一人の私か」
 と、その時、はかすかに足音を耳にした。走るでもなく、ごくふつうの歩調だ。
 ジェームズならこんなにゆったり歩かないだろうし、フィルチでもないのは明らかだ。相棒のミセス・ノリスの気配がないから。
 はリリーを飾り鎧の陰に押し込むと、自身もそこに隠れて近づいてくるものが何かを見極めようと伺った。
 が、すぐに隠れる必要がなかったことがわかった。
 暗闇の向こうからやって来たのはジェームズだったからだ。
 しかし、とは首を傾げる。
 自分達の前を歩いていたジェームズが何故後ろからやって来るのか?
 また、どうして散歩でも楽しむかのようにゆったり歩いているのか?
 何かがおかしい、とは警戒に目を細める。
 このことをはリリーに伝えようとしたが、先にリリーがジェームズを視認してしまった。長いこと暗闇の中にいたせいで、だいぶ目が慣れてしまっていたようだ。
「ジェームズ!」
 リリーは飾り鎧の陰から飛び出し、手を振った。
 仕方がない、とも出るが警戒はしておく。
「やぁ、リリー」
 同じくジェームズも手を挙げた瞬間、は彼が偽者だと気付いた。
 ただの『人間』ならきっとわからないが、には決定的にわかるもの。
 ヒトから必ず感じられる生命力というものが、目の前のジェームズからはいっさい感じられなかった。
 『黒髪の』と同じだ。
 箒で城内に突っ込んで、一度は捕まえたあの日。は自分とそっくりな顔に驚いたというだけで捕まえていた手の力を抜いてしまったわけではない。彼女から生き物の証である生命力がまるで感じられなかったから、というのが一番の理由だ。
 がヒトの血液を頂く時、血液型は問わない。問題はその人物が健康かどうかだ。うっかり病気のヒトの血液を頂いてしまっては、こちらまで病気になってしまう。
 が慌ててリリーを引き寄せようと手を伸ばすが、一歩遅かった。
 ジェームズが先にリリーを抱き寄せた。
 突然の行為にリリーはジェームズを押しのけようとするが、逃げられない。
「リリー、逃げないで。聞いてほしいことがあるんだ」
 リリーの耳元で囁くジェームズ。もはやのことは視界に入っていないようだ。
 ジェームズは上手く自身の体重を移動させて、リリーをゆっくりと床に座らせていく。
 彼の手はやさしくリリーの髪を撫でていた。
 混乱状態のリリーは一刻も早くジェームズの腕から逃れようと、必死でもがいているがなかなか抜け出せない。
 はジェームズの後ろに回りこみ、引き剥がそうと肩を掴んだ。
「離れろっての!」
、たまには気をきかせてくれよ」
「うるさいっ、それを言っていいのはアンタじゃないだろっ」
「おや、バレた?」
「あーもぅ、いい加減にしろ、この偽者がー!」
 フィルチのことなど頭から吹き飛んだは、怒鳴りながら見事な踵落としをジェームズの脳天に決めた。
 カエルが潰れたような声を最後に、ジェームズはぐったりとリリーにもたれかかりピクリとも動かなくなった。まさか実力行使に出るとは思ってなかったのだろう。
 友人のそんな姿にリリーは呆然としていたが、はハッと我に返りフィルチのことを思い出してジェームズとリリーの腕を掴んで引っ張った。
「誰か来ちゃうかもしれない。寮に戻ろう」
 まだ頭のハッキリ働かないリリーは、言われるままに立ち上がり、また言われるまでもなくジェームズを運ぶためにに協力したのだった。
 本物のジェームズなら心配いらないだろう。たぶん。

 何とか誰にも見つからずに談話室まで戻ると、リリーとは偽ジェームズを近くのソファに転がし、自分達もソファに身を投げるように座った。
「お、帰ってきたか。捕まえたぜ『黒髪の』。……ジェームズはどうしたんだ?」
 まだ落ち着かない呼吸のまま振り向けば、シリウスがリリーとを怪訝そうに見下ろしていた。彼の後ろのほうには足縛りの呪文をかけられた『黒髪の』がピーターに見張られていた。
「……これは偽者」
 いまいましそうには言うと、ジロリとシリウスを睨み上げる。
「ちょっと聞きたいんだけど、あの後箱の部屋に行った?」
 とたん、シリウスは視線をそらし口の中で何かゴニョゴニョ言った。
 その様子に「行ったんだな」と、は確信する。
 『黒髪の』のことを旅人から聞いた後、リリーとはその翌日に部屋を訪れるつもりでいたが、箒レースの練習や宿題に追われて夜更かしや早起きはきつく、行けずにいた。
 代わりというように男子4人が行ったようだが、何かやらかしてきたようだ。
 なるほど、とリリーも頷きシリウスに厳しい目を向ける。これまでのの言動と今のシリウスの反応から、だいたいの予測がついたようだ。
「行って、箱を開けたんだね?」
 確認するような言い方のに、シリウスは観念した。
「ジェームズが開けたんだ。あの時みたく煙が出て、逃げずにいたらいつの間にかあいつがもう一人いた。……ヤバイと思って逃げた」
「あぁ、やっぱりあっちの私も箱から出てきたのか」
 予想が当たっていたことを、喜んでいいのか悲しんでいいのかはわからなかった。
 その時、本物のジェームズが戻ってきた。
「あ、リリーに、大丈夫かい? いつの間にかはぐれちゃってると思ったら、の怒鳴り声みたいのが聞こえてきて、急いで戻ったんだけど誰もいなかったから慌てたよ」
「大丈夫だよ。怪我とかじゃないから」
「そうね。もしかしたらそっちのほうが良かったかもね。とんでもない変態に会ったわ!」
「変態!?」
「こいつだよ」
 疲れたようにシリウスはソファの偽ジェームズを指した。
 それを見たジェームズは「うわっ」と顔をしかめる。
 まじまじとソファに転がされた偽ジェームズを見つめた後、彼は不思議そうに一同を見回した。
「これ、何で気絶してんの?」
「私にいかがわしいことをしようとしたから、が踵落としで沈めたのよ」
 リリーは偽ジェームズに押し倒されそうになったことに、そうとうお冠のようだ。
 しかしジェームズは『の踵落とし』に吹き出した。
「笑いごとじゃないわよ!」
「あーまぁ、それはいいから」
 話がややこしくなりそうなのでは2人の間に入って落ち着いて、となだめにかかった。
 シリウスも話を先に進めたかったようで、3人に背を向けて興味深そうに様子を見ている偽のもとに歩み寄った。
「さて、お前達の目的を聞かせてもらおうか」
 杖をしっかり握り締め、命令するように言う様はなかなか迫力があった。もともとの顔立ちも効果を増していると思われる。
 けれど偽は肩をすくめて首を傾げただけだった。
「それを聞きたいのはこっちだよ。アンタ達こそ、なんで私達を呼んだの? ……もしかして、何だかわからずに箱を開けた?」
 思い切り真実を突かれ、シリウスは言葉に詰まり、他の面子はサッと目をそらせた。
 偽は小さく笑う。
「やっぱりね。命令もなしにいなくなるから変だと思った。だから、私達は呼び主の望みの通りに動いたんだよ」
 わかるでしょ、と偽を見る。
 それからチラリとピーターを横目で見てニヤリと笑った。
「もう少しだったんだけど、囮とは思わなかったな」
 他の人にはわからなかっただろうが、にはその意味がわかった。
 今日は満月で特に吸血欲求が強くなる。おそらくピーターを襲おうとしたのだろう。そしてその前にシリウスに足縛りの呪文をかけられたのだ。
 はシリウスの迅速かつ正確な魔法に内心で感謝した。
 もし、少しでも遅かったらの秘密がバレてしまったかもしれない。
「あの箱は、開けた人の望む通りに動く身代わりが出てくるものだったのね。そして、命令がない時は、呼び主がその時に感じている欲求に応じて行動する、と」
「正解」
 リリーのまとめた答えに、偽は満足そうに笑顔になる。
 そこでピーターがこんな疑問を口にした。
「けど、どうしてキミの髪は黒いの?」
 確かに、ジェームズは寸分違わずそっくりだが、は髪の色だけが違った。
 しくじったのか!?
 どことなく期待に満ちた目で見られた偽は、ちょっとだけムッとしたようだ。自分の存在にそれなりにプライドがあるのだろう。
の髪がもともと黒いからだよ。白いのは後天的なものだろう?」
 は嫌なものを思い出したかのように顔を歪めた。
 正直、こいつとはもう話したくない。
 どこまで自分のことを知っているのかと、怖くなった。
 まだ友人達に知られたくないことまで暴露されてしまいそうだ。
 しかし、彼らが理由を知りたがっているのは顔を見れば一目瞭然だった。
 理由の全てを話すには少々内容がショッキングなので、はこう言って終わらせることにした。
「事故のショックで色が抜けちゃったんだよ。それより、アンタ達はどうやったら箱に戻ってくれるのかな」
「ご命令のままに」
 は頷くと、
「ご苦労様。箱に戻っていいよ」
 偽は座ったままで礼をすると、光の粒子になって消えていった。
「さてと、後はこいつだけだな」
 これだけ周りで話しているのにまだ気が付かないのか、とシリウスは呆れ顔で偽ジェームズを見やった。
 一応手加減はしたけどけっこう強くやってしまったからなぁ……とは内心焦ったが、黙っていることにした。
 ところが、そうもいかなくなった。
「ねぇ、どうやって偽を捕まえたか聞かせてくれるかい?」
 蒸し返すのかジェームズ!
 反射的に怒鳴りそうになったが、ここで騒いでは不必要な好奇心を煽るだけだと、はグッとこらえた。できることと言えば、何か聞かれた時にごまかす用意をすることしかない。
 何も知らないシリウスとピーターは、その時のことをお互いに補足しあいながら話して聞かせた。
「最初は2人で杖握り締めて警戒しながら歩いてたんだけどさ、そのうちこれじゃ向こうも警戒するなと思って、ピーターには杖をしまってもらって、俺が、ヤツが出てきた時のために隠れて待機することにしたんだ」
「そしたら、わりとすぐに偽は出てきたんだけど、そしたら、その……ね」
 何故かピーターはそこで言いにくそうに口をつぐみ、助けを求めるようにシリウスを見た。
 ピーターのすがるような視線を受けたシリウスは、こっちを見るなと言いたそうにしてから、何故かを見て、
「怒るなよ」
 と、小さく前置きしてから話し出した。
「偽はピーターに気軽に声をかけたと思ったら、いきなり押し倒したんだ……」
「何ですって!?」
 派手に声を上げたのはリリーだった。
 はあまりのことに呆然としていた。
 押し倒した、という言葉だけが意味もなく頭の中をグルグルと回る。
 永久ループに入りかけたの思考を、リリーの鋭い声が断ち切る。
「ちょっと、あなた何を考えてるの!?」
「えぇ? 私じゃないよ」
「そ、そうだよリリー。やったのは偽で」
「黙ってピーター。その偽が言ったのよ。自分は呼び主の望む通りに動くものなんだって。ということは、つまりそういうことじゃないの!」
「違うリリー。それは凄い誤解だよ」
「いやっ、触らないで!」
「な! そういうこと言う?」
 伸ばしかけた手からサッと逃げたリリーに、はショックを隠しきれない。
 だからと言って誤解を解こうとすれば本当のことを話さなければならなくて……。
「ちょっとリリー。さすがにそれは傷つくんだけど?」
「私だってショックよ。友達がいきなり人を押し倒すような変態だったなんて! それも今夜だけで2人も発覚よ。絶望的だわ」
 絶望的と言われ、は返す言葉もない。
 本当のことを言いたくないなら、変態のレッテルを受け入れるしかないというのか。
 試練にしては酷すぎないか?
 ふだん頭の片隅にも思い描くことのない神を恨むだった。
 女の子2人のやり取りを、ジェームズとシリウスはおもしろそうに眺め、一応当事者のピーターはどうしたものかと困り果てていた。
 こんな時リーマスがいたらうまくまとめてくれるのだが、残念ながら不在だ。
 ニヤニヤするジェームズを、は恨みがましい目で睨む。
「アンタだって変態って言われたクセに」
「うっ」
「……お前ら実は双子じゃねぇの?」
「絶対違う! ヤだよ」
「違うはともかく、ヤだよって、酷いよ。お兄ちゃんに対して!」
「兄じゃないだろー!」
 夜中ということも忘れてギャアギャア騒いでいると、気を失っていた偽ジェームズが小さなうめき声と共に瞼を開いた。
 一同の口がピタリと閉じ、彼の動きを見守る。
 偽ジェームズはぐるりと周囲を見回した後、すべてを無視してリリーにのみ視点を合わせると、ニッコリとさわやかな笑顔を見せた。
「リリー、おは……」
「やぁ、偽者の僕。キミに何も言わずに帰っちゃって悪かったね」
 無視されてムッとしたのか、ジェームズは偽ジェームズの肩を掴んで強引に振り返らせた。
 それから彼が何かを言う前に別れの言葉を告げた。
「キミはもう、箱に戻りたまえ」
 妙に偉そうに言うと、偽ジェームズはソファから立ち上がり優雅にお辞儀をすると、偽と同じように光の粒子を撒き散らしながら消えていった。
 これで、ようやく片がついた。
 5人は一気に脱力し、ヘナヘナとソファに身を沈める。
 精神的な疲労が激しく、しばらく誰も口を開かなかった。
 やがて、ポツリとジェームズがもらした。
「あの箱を使う時は、きちんと命令しろってことだね」
「懲りるってこと知らねぇな」
 呆れ果てたシリウスは大きなため息と共に力なく頭を振った。
 とりあえず、この事の顛末は委細漏らさずリーマスに伝えられるのだろう、とは思った。
 その結果、自分とピーターのことは誤解され、さらにジェームズ共々『変態』と思われるのかと考えると、泣きたくなるのだった。
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