朝の談話室に授業の貼り紙がされた時、一年生は沸いたが、スリザリンとの合同授業とわかるとおもしろいくらいにしぼんでいった。
「そんなに嫌がらなくても……」
思わず苦笑するへピーターは不安げな瞳を送る。
「だってスリザリンだよ。ヘマしたらきっとこっぴどく言われるんだ。ヤダなぁ」
「何か言ってきたらぶん殴ってやればいいよ」
笑顔でサラリと言ったに、ピーターはギョッとした。
と一緒に下りてきたリリーもハッとして隣の友人を見る。
は2人がどうしてそんな顔をするのかわからず、不思議そうに首を傾げた。
ピーターは何か言おうとしたが、先に言葉を発することでリリーが遮った。
「朝食に行きましょう」
余計なことを言われて先ほどの物騒な発言について掘り返される前に、さっさと流してしまおうとしたようだ。
そんなリリーの考えなど知らないは、笑顔で頷いたのだった。
休み時間中、リリーとは例の箱の部屋について何度か話し合ったが、結局ハッキリしたことはわからなかった。
が予想した通り、リリーは次の日の朝には機嫌が戻っていた。
だから、こうして落ち着いて話し合いもできるのだ。
箱を開けたが煙にまかれている間、リリーの視界も煙でいっぱいで、ほとんどふさがれていたという。
また行ってみるしかないね、と結論した頃には飛行術の授業の時間だった。
この授業の知らせを見た時、一番喜んでいたのはおそらくジェームズだろう。クィディッチにも興味があるようだから、もしかしたらそのうちグリフィンドール寮のクィディッチチームへの選抜試験を受けるかもしれない。
そんな彼だからか、飛行術の初歩、箒を手の中に呼ぶということもいとも簡単にやってみせた。
「あがれ!」
という一斉の掛け声に反応した箒はそれほど多くない。
さすがに純血が多いスリザリンでは入学前から家で飛んだりしているのか、箒が上がらない者はほとんどいなかった。
逆にマグル出身やマグルの中で暮らす混血などが多いグリフィンドールでは、一度で言う事をきく箒はなかなかなかった。
苦戦するグリフィンドール生を見て、スリザリンのほうから嘲るようなクスクス笑いが聞こえてきた。
「動くんだけど上がらないわ……」
がっくりと肩を落とすのはリリー。
他の教科では素晴らしい成績の彼女だが、箒相手ではむずかしいようだ。
「強気で命令するんだよ」
一度で箒を上げた数少ないグリフィンドール生のがアドバイスする。
しかし、リリーは「うーん」と唸る。
「命令って言われても……」
「言う事を聞かない悪戯っ子を叱る時みたくやったらどうかな。ほら、あの箱の部屋の時みたいな迫力で」
その時のことを思い出したリリーの眉間が険しくなった。
そして、その気分のまま。
「あがれ!」
箒はきれいにリリーの手の中におさまった。
「やったー!」
「やったわ! あぁ、でもちょっと複雑な気分……」
「まぁまぁ、できればいいんだよ」
2人で喜んでいるとどこからか見ていたのかジェームズがやって来た。
「リリー、おめでとう。そろそろ皆もできたみたいだから、次はいよいよ空を飛ぶ練習だと思うよ」
その言葉に、リリーは緊張したのか小さく肩を震わせた。
「お前はすんなりできてたな。飛んだことあるのか?」
「ないよ。今日が初めて」
尋ねてきたシリウスに、ウキウキと答える。
そんな彼女の姿に、シリウスは妙な顔で再び尋ねた。
「何でサングラス?」
は外に出た時からサングラスをかけていた。担当教師のマダム・フーチには許可を取ってある。
そして、すでにリリーにしたのと同じ答えを返す。
「目が光に弱くてね」
「そうなんだ。そりゃ大変だな」
「もう慣れたよ。それにけっこう似合うでしょ?」
「似合うというか、ガラ悪ぃ」
「ふふふ、そういうこと言うヤツは……こうだっ」
突然、は箒の柄をシリウスに振り上げた。
わっ、と驚きながらも反射神経良くそれを受け止めるシリウス。
あっという間にチャンバラが始まった。
「ささ、あっちで見物しようね」
危ないから、とリリーの肩を押し、避難するジェームズ。止める気はさらさらない。おもしろいから。
しかしリリーは真面目な女の子だ。授業中にこんなふうに遊ぶなど、もってのほか、と考える子だ。
が、リリーが止める前にマダム・フーチの怒声が飛んできた。
グリフィンドール5点減点!
「あなた達、バカじゃないの!?」
やって来たシリウスとに容赦ないリリーのお叱りの声が降ったのだった。
嵐が過ぎ去るのをじっと待つシリウスとの様子を、ジェームズは思い切り笑い飛ばした。
「それでは皆さん、私の笛の合図に合わせて地面を蹴ってくださいね。1、2の3でいきますよ! 1、2の3──!」
マダム・フーチの笛と共に全員強く地面を蹴った。
フワリと体が宙に浮く。気持ちの良い浮遊感。
最初は2メートルくらいから、と言っていたのでリリーももそれに従う。
2メートルの上昇と着地ができるようになると、無理のない範囲で自由に飛んでも良いという許可が下りた。
「リリー、上に行ってみよう」
緊張気味だったリリーも実際飛んでみれば思いのほか気持ち良かったようで、の誘いに笑顔で応じた。
2人でゆっくりと上昇していく。
やがてホグワーツ城を見下ろせるくらいの高さまで上がると、上昇をやめて周囲をぐるりと見回してみた。
「絶景ね!」
目をキラキラさせながら楽しそうなリリー。
も頷いて笑顔になる。
少し下ではジェームズとシリウスが追いかけっこをしている。リーマスとピーターもゆっくりと上がってきていた。
「とても心が広くなる景色だわ」
「うん。この景色を全部自分のものにしたくなるね」
「……?」
何かズレたような友人の発言に首を傾げるリリー。
「って、時々妙に物騒なことを言うわよね」
「そうかな」
「たまにね」
「うーん」
「おーい、2人とも。こんな高くまで来てたんだね!」
声のほうを見れば、追いかけっこに飽きたのかジェームズとシリウスがぐんぐん近づいてきていた。その後ろからリーマスとピーターも追ってきている。
4人を見て、ちょうどいいところに来た、とリリーは先ほどのとの会話を話した。
「王様にでもなりたいの?」
と言うピーターに、は目が覚めたように手を打った。
「そんなこと考えもしなかった! いいね、王様!」
「ちょっと待って、王様じゃなきゃどうやって自分のものにするつもりだったわけ?」
「マフィアのボスとか」
首を傾げるピーターにさらりと答えたに、すかさずリリーが叫んだ。
その声ははるか下の地上まで届いたとか。
これ以上この話題でいてもロクなことにならないと判断したリーマスは、話をクィディッチに変えることにした。
「ジェームズは来年のクィディッチチームの選抜試験を受けるのかな」
「もちろん! 希望はシーカーさ」
ジェームズがあまりに目を輝かせて言うものだから、は思わず聞いてしまった。彼女はクィディッチのことはあまり詳しくない。
「クィディッチってそんなにおもしろいの?」
「おもしろいとも!」
よくぞ聞いてくれました、といった勢いでジェームズはマダム・フーチが終了の合図をするまで延々とクィディッチのおもしろさについて語り続けた。
クィディッチがどんなものか、ジェームズがどれだけこのスポーツに興味があるかは嫌というほどわかったは、彼の熱意に半ば怯え、もう二度とこの話題はふらないと決心したのだった。
マダム・フーチの前にグリフィンドール生とスリザリン生が集合すると、彼女は次の授業に二人一組でレースをすると言った。誰と組むかは自由だそうだ。また、練習のために校庭での箒使用を許可するとも言った。
とたん、両生徒間にメラメラと対抗意識が燃え上がる。
グリフィンドールとスリザリンは、とにかく仲が悪い。ライバルという枠をはみ出している、とは常々思っている。
マダム・フーチはそんな生徒達の感情を見越したように続けた。
「ただし、練習と言って悪質な悪戯を仕掛けたり怪我をさせるようなことがあった時は、その生徒はレースの参加は認めません。よってその分の評価も与えられません。このことをよく肝に銘じておくように!」
「リリー、私と組もう!」
授業が終わるなりはリリーの手をガシッと掴んだ。
直後、リリーが返事をする前にの予想通りにジェームズが割り込んできた。
「リリー、僕と組んでくれるよね?」
真剣な二人に迫られ気圧され気味のリリーに、
「わー、リリーはモテモテだね」
と呑気なリーマスの声が投げられた。
しかしリリーはそれに答えるどころではない。
目の前で、本人の返答を無視してリリー争奪戦が繰り広げられているのだから。
「ちょっとジェームズ、後から来てなんなの!? シッシッ」
「僕は犬猫じゃないんだけど? それより、キミこそいつもリリーといるんだから、こんな時くらい僕に譲りなよ」
「やだよ。そっちこそ女の友情に土足で入ってこないでよ」
「男女の愛情の応援をしたってバチは当たらないよ。むしろ感謝して後でたっぷりお礼するよ」
「いらない。ジェームズは仲良しのシリウスと組むといいよ。絶対一番を取れる。そしてグリフィンドールのヒーローになれるよ」
「それはそうなんだけど、このレースはリリーとやりたいんだよね」
放っておいたらいつまでも言い合っていそうだ。
しかも他人に割り込む隙を与えない。
シリウスもリーマスもピーターも困り顔を見合わせた。
「これも、三角関係に入るのかな……」
「ピーター……深く考えると頭痛がしそうだから、それ以上言わないでくれ」
そう言ったシリウスはすでに頭痛が起きているような顔色だ。
やはり、この場をおさめるのはリリーしかいない。
三人がそう思った時。
「あんた達いい加減にしなさいよ! どうしてそんなに自分勝手なの! そんな人達なんか、もう知りません! 私、ピーターと組むわ」
これには指名された本人含め全員が驚いた。
けれどリリーは驚く周囲を綺麗に無視して、ポカンとしているピーターの前に出るとニッコリ笑って「よろしくね」と言ったのだった。
「リリー、僕はどうしたらいいの!?」
悲鳴じみたジェームズの訴えに、リリーは冷たい一瞥を投げると、
「と組みなさい」
命令形で返した。
それから、今のセリフにショックを受けているにも棘のある口調で言った。
「ジェームズ以外の人と組んだら、もう一生、口きかないから。ジェームズもよ。いいわね!?」
は目の前が暗くなったような気になった。
命令を下された二人が呆然としているの置き去りに、リリーはピーターを引きずるようにして去っていってしまったのだった。
石になったかのように動かない二人の肩を、シリウスが哀れみの目を向けながら叩いた。
「ま、がんばるんだな。良い成績を取れば許してくれるんじゃないか?」
「そうだね。でもまぁ、リリーの目の前で本人無視して争ったのはまずかったねぇ」
せっかくシリウスがなぐさめてくれたのに、無情なリーマスのトドメに、ジェームズとは同時にうなだれた。
先に声を発したのはだった。
「ジェームズ……速く飛ぶ方法教えて」
「いいよ。がんばって一番になってリリーに見直してもらおう」
しだいに心に火が付き始めた二人は、談話室に戻る頃には周囲に飛び火するほどに闘志を燃やしていたとか。
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