16.夜明けに笑う

1年生編第16話  グリフィンドール談話室にて、学年末試験のためにがリリーと問題の出し合いをしていた時、男子寮へ続くドアが物凄い音を立てて開かれた。
 幸い壊れはしなかったが、何度も繰り返せば確実に壊れるだろう勢いだ。
 しかし、ドアにそんな仕打ちをした人物はその勢いのままソファやテーブルを蹴散らすようにして、の横に突進してきた。
 ゴブリンの反乱について意識のすべてを集中させていたはその気配に気付かず、現れた人物の体当たりをまともに喰らった。
 そのとんでもない人物──ジェームズとは、ソファごとごろごろと転がる。
 の正面にいたリリーはもちろん、周りにいた寮生達も何事かと振り返ったが、音の出所が白い髪の1年生とクシャクシャの黒髪の眼鏡少年だとわかると、何もなかったかのようにそれぞれの日常に戻っていった。
 騒動を起こすのは決してではないが、騒動が起こるとたいていその場にいるのと目立つ頭髪のせいで、まるで彼女も騒ぎの要因のように扱われている。
 噛みついたのはリリーくらいだ。
 ちなみにリリーは騒動の後遺症と周りに思われているが、本人は知らない。
「ポッター! を殺すつもり!?」
 あの日以来、リリーはジェームズ達『悪戯仕掛け人』を名前で呼ばない。そして宣言通り、自分のことも名前で呼ばせない。
 突然の衝撃の後、ジェームズの下敷きになったは数秒目を回していたが、すぐに意識がハッキリすると、
「いきなり何するんだ!」
 と、容赦なくジェームズを蹴飛ばした。
 ギャッと悲鳴を上げ尻もちをついたジェームズの腹の上に、素早く立ち上がったの足が落ちる。ダンッと床に押し付けられる強さに、ジェームズは「ギブアップ!」と床を叩くが力は少しも弱まらない。
 ジェームズが見上げた先には剣呑な光を瞳に宿らせたの姿。
 冗談抜きで死神に見えたジェームズだった。
 その死神、もといは怒鳴りたいのを必死に押さえつけた声でジェームズに問う。
「どういうつもりかな、ミスター・ポッター?」
 親しみのカケラも伺えない声音は、ふざけたことを言えばすぐさま腹の上の足が圧力を増し、胴を貫くだろうことを告げていた。
 ジェームズとて、まさかこんな惨事になるとは思っていなかったのだ。
 人の気配に敏感なだから、たとえ体当たりしてもうまく勢いを殺すと思っていた。
 しかし結果は、2人して吹っ飛んで床を転がり、ソファはかわいそうなくらい遠くまで弾かれてしまった。
 ゴブリンの反乱について一生懸命考えていたのを、こんな方法で邪魔されたに「怒るな」というのは無理というものだ。
 ジェームズは頬を引きつらせながら慎重に答えた。
「君が作ってくれた魔法薬の出来が予想以上でね……どうしても感謝の気持ちを伝えたくて……」
「ほぉ。それが今の仕打ち、と。なるほどなるほど」
「ちょ、、青筋浮かべながら微笑むのヤメテ。怖い……」
 助けを求めるようにジェームズはリリーを見やるが、案の定、彼女は知らん顔をしていた。
 むしろ「、やっちまえ!」な雰囲気を放っている。
「祈りの時間くらいくれてやろう」
ッ、それ悪役のセリフだから!」
「悪役上等! くたばれ眼鏡ェ!」
「ギャーッ、眼鏡差別だぁ! ノォォォォォオ! 身がっ、身が出るーっ! の反乱だぁぁ!」
 グリグリとごついブーツで腹を踏みつけると、騒ぐジェームズ。
 周囲の寮生達はやはり顔色ひとつ変えない。
 すべては慣れだ。
 約1年もこんな光景を見ていれば、いやでも慣れる。
 ──今年の1年生は濃いのが入ってきたな、と。
 そして彼らの経験によれば、そろそろストッパーが来るはずだった。
、もう許してあげようよ。ジェームズ、本当に中身が出そうだよ」
 今日はピーターか、と彼らは安堵した。
 ピーターかリーマスが来ればいい、と願っていたからだ。この2人はうまく事態をおさめてくれるが、シリウスが来るともうひと騒動起こるのだ。
 予想通り、はジェームズの上から足をどけた。
「あの薬、注文通りだったんだって?」
「注文通りどころか、それ以上だよ。やっぱりに頼んで良かったよ。ありがとね」
「まぁそれはいいけど。ほどほどにね」
 苦笑気味にが言うと、ピーターは曖昧に笑い返した。
 悪戯仕掛け人から頼まれて作った魔法薬だ。使い道など一つしかない。そして標的は管理人のフィルチかスリザリンのスネイプだ。
 それからは声をひそめてジェームズとピーターに尋ねた。
「リーマスの具合はどう?」
 2人は表情を曇らせて首を振る。あまり良くないようだ。
「あんな顔色で、きっと今日もお母さんのお見舞いに行くんだ。具合が悪いなら寝ていればいいのに」
 ピーターの疑問になら答えることができる。
 けれど、それは決して口にできないことだった。
「お見舞いから帰ってくると大怪我してるのもよくわからないし。リーマス、家で酷い目にあわされてるのかな」
 ひどく心配そうなピーター。
 は視線をジェームズに移した。
 彼はじっと自分のつま先を見つめて何やら考え込んでいた。
 ──気付いていなければいい。
 は切に願った。
「ところで
 不意に、それまでの真剣な表情から一変してジェームズが顔を上げた。
「君のブーツ、いやに重かったけど、どうなってんの?」
「あ、これね。つま先と踵に鉄板入ってんの」
「何で鉄板!?」
 ジェームズとピーターの悲鳴じみた声が重なる。
 ジェームズは『箱の部屋事件』の時の偽の自分がから受けた踵落としの威力を想像し、背筋を寒くさせた。同時に、もういないが偽の自分に同情した。
 はどこか照れたように微笑む。
「昔の名残っていうか……ないと落ち着かなくて」
「君いったいどういう生活してたの!?」
 正確には、そういう生活をしていた、だがは笑ってごまかした。
 何となくまだ話す気にはなれなかった。
 それ以上に、時間が経てば経つほど彼らとの思い出は聖域のようになっていく。
 ジェームズ、ピーターが部屋に戻ると、ずっとだんまりを決め込んでいたリリーがようやく言葉を発した。
「災難だったわね、と言いたいとこだけど。魔法薬なんて作ったとはねぇ……」
 リリーの視線がチクチクとを突付く。
 は身構えてうつむいた。
「別にあなたのお付き合いに口を出すつもりはないけど……」
 リリーのわざとらしいほどの大げさなため息に、は心の中でジェームズを恨んだ。

 その夜明けの少し前。
 は異様な寝苦しさで目が覚めた。
「……んあ……っ」
 思わず漏れた声は、酷くかすれていた。
 こんな感覚をはよく知っている。
 年に2、3回やって来る、体の芯から溢れるような渇き。
 高熱の病人のように辛そうに身を起こすの視界の端に、頭上のカーテンの隙間から月光が細く差し込んでいた。
(マダム・ポンフリー……今回は、足りなかったよ……)
 声には出さずにはぼやく。
 ようやく意識がはっきりしてくると、の耳に入ってきてほしくない音が入ってきた。
 同室者の寝息。
 ふだんなら、そんなもの聞こえてこないほどお互いのベッドの間隔は開いているのだが、今日のような日はの感覚は嫌になるほど鋭くなっている。そのせいで、聞こえてしまう。
 リリーの、健康的な寝息が。
 そしてそれが聞こえてしまうと、体の中の獰猛な渇きがの意識を支配しようと暴れだすのだ。
 そんなことになってたまるか、とはきつく目を閉じ、両手を握り締めた。
 一度、強く頭を振るとはベッドのカーテンを静かに開けて、椅子に引っ掛けておいたガウンを羽織り、足音を忍ばせて部屋を出た。
 真っ暗で誰もいない談話室を突っ切りヨロヨロと出入り口を出ると、背中に『太った婦人』の「こんな時間にどこへ行くの?」という声がかかったが、今のに答える余裕はなく、ただ手を振っただけだった。
 こんな時、はダンブルドアを憎く思う。
 何故、同室者などつけたのか。
 一人部屋ならわざわざマダム・ポンフリーのところまで行かなくても、朝まで布団をかぶって耐えられるのに。
 あんなふうに『おいしそうな』同室者がいては、そうもいかないではないか。
 イラついたとたん、たった四分の一しかない夜の魔法生物の血が騒ぎ出す。
 自分を解放しろと、を飲み込もうとする。
「うるさい黙れ!」
 ガツン、と壁を殴る。そのままずるずると膝が崩れていく。
 マグル界で食べ物に困った時は、この力に意識を委ねたりもした。
 恍惚となるほどの開放感と、ほんの少しの罪悪感。
 でも、そうしなければ死んでしまうから。
 満月の日だけは、仲間と一緒にはいられないから自分でどうにかするしかない。
 こんな体質だなどと言うこともできず。
 他人から見ればひどく孤独な話かもしれないが、はそれで満足していた。
 十歳にも満たないの、狭い世界のすべてがその仲間達だった。
 彼らのために不思議な力のコントロールを身に付け、満月の夜には離れた。
 魔法力とヴァンパイアの血と外見のせいで孤児院では誰にも受け入れてもらえなかった。
 負けず嫌いの気質か、そっちがそうならこっちもアンタらなんか知らない、とも心を閉ざした。
 孤児院が全焼し屋根のある場所なくして裏町をさまよっていた時に、生まれて初めて嘘のない笑顔を向けてくれた仲間達。
 その中にはと同い年くらいの子もいた。
 彼らは、の髪が白かろうが瞳が暗い金色だろうが屈託のない笑顔をくれた。
 中でも、4つ年上の日本人はよくをかまってくれたのだった。
 出会った当初は、嬉しいと思いながらもそれを表現できなかったにもかかわらず。
 魔法省に捕まるまでの、宝物のような一年間。
 その仲間達も今ではほとんどバラバラになってしまったらしいが、によくしてくれた日本人とは今でも時々手紙のやり取りをしている。
 方法を教えてくれたのはリリー。
 その日本人も、そろそろ日本に帰るはずだ。
「会いたいな……」
 ホグワーツは毎日楽しいが、それでも彼らを思ってしまう。
 少しすると衝動も落ち着いてきたので、は立ち上がって歩き出した。
 ふと窓の外を見ると、空の色にわずかな変化が表れていた。
 夜明けが近いのかもしれない。
 それなら医務室に行く必要はないだろうかとも思ったが、部屋に戻って何も知らずに眠るリリーを前にして正気でいられる自信はなかった。
 行くしかない。
 途中、ミセス・ノリスにもフィルチにもゴーストにも会うことなく、は目指す医務室へたどり着くことができた。
「失礼します……」
 そっとドアを開けて薄暗い室内に入ったが、マダム・ポンフリーがいる気配はなかった。いつもならセンサーでもついているのかと思うほど素早く現れてくれるのに。
 は事務室のほうも覗いてみたが、やはりいなかった。
「あぁ、もしかして……」
 もうじき夜明けだからリーマスを迎えに行っているのだろうか。
 いないなら仕方ない、とは自分で血液パックを探すことにした。
 さっさと見つけてとっとと飲んで、リーマスが戻ってくる前に出て行こうと思った。
 思ったのだが。
「マダム〜、どこに保管してるのさー」
 あっちの戸棚もこっちの戸棚も探したが、目的のものは見つからなかった。
 どうしたものかと困った時、戸棚の上に箱を見つけた。
 そのままでは届かないが、はもしやと思いガウンのポケットに手を突っ込み、杖を握ろうとした。
 が、どうやら部屋に置いてきてしまったらしい。
 その失態に軽く眉を寄せたは、誰もいないことを確認すると、指で箱をさしてちょいちょいと呼び寄せた。
 すると箱がフワリと浮き上がり、の手元までゆっくり下りてくる。
 テーブルの上に箱を置き、蓋を開けると思ったとおりの物が保管されていた。
 血液パックがいくつも並んでいる。
 こんなふうに置いておけるのは、箱に保存魔法でもかかっているからだろう。でないと腐ってしまうはずだ。
 それらを見た瞬間、再びの中の飢えが強くなった。
 やはり、部屋に戻らなくて正解だったようだ。
 は中から一つ取り出すと、箱に保存魔法をかけ直してもとの場所に戻した。
 手近な椅子に腰掛けて、ストロー口を開けて一口吸うとの中で暴れていたものが急速に鎮まっていくのがわかった。
 そのことに少し憂鬱になりながら、は中身を飲み続けた。
 自分の体質のことを今さら悲観したりはしないが、やっかいだなとは思う。
 しかし、この体質のおかげで孤児院が焼けた後も、生きながらえることができたのは確かなことだ。
 けれど。
「ダンブルドアめ……」
 リリーはもはやの大切なものの一つだ。
 何でもない顔をしているが、本当は満月の日が怖い。
 予防はしているし、今日のようになっても血が欲しくて我を失うことはないが、それでも万が一を想像してしまうのだ。
 たとえ、記憶が残らないとしても。
「あー……何か落ち込んできた。イカンイカン」
 暗い想像を追い出すように頭を振っていると、ドアが開く音がした。
 はハッとして振り返る。
 血液パックを探したり何だりしているうちに、用が済んだらさっさと出て行くつもりでいたことをすっかり忘れてしまっていた。
 チラリと窓の外を見れば、太陽は出ていないものの空は朝の白さに覆われていた。
(踏んだり蹴ったりって、このことかなぁ。ううん、私のドジだ)
 うなだれたいのをどうにかこらえ、は入ってきたマダム・ポンフリーの姿を認めた。そして案の定、後ろにはリーマスらしき影。
 マダム・ポンフリーも椅子に座るの姿を目に止めた。
「まぁ、ミス・?」
 マダム・ポンフリーの声にリーマスが息を飲む気配がに伝わった。
「あー、えーと……」
 はどうごまかそうかと考えたが、考えるまでもなく自身の手には血液パックが握られていることを思い出した。ただの生徒が握るものではない。
 は腹をくくった。
「発作が出たので来ました。マダムがいらっしゃらなかったので、これは勝手にいただきました」
「まぁ、そうだったの。それで、もう大丈夫なのね?」
「はい」
 がしっかり頷くと、マダム・ポンフリーも安心したように頷き返した。
 そしては、マダム・ポンフリーの後ろで戸惑っているリーマスに明るく声をかける。
「やぁ、リーマス。おかえり」
「あ……うん。ただいま……」
 リーマスはやや混乱しているようだった。同時に怯えているようにも見える。
 両方の理由がにはよくわかった。
「リーマス、私は大丈夫だよ。知ってるから」
 が静かに告げると、リーマスはビクッとして一歩後ずさり、マダム・ポンフリーは咎めるような目をに向けた。
「マダム、そんな怒らないで。だって、これ持ったままで頭痛だの腹痛だの言っても信じてもらえないでしょ」
 と、が血液パックを掲げる。
 それはリーマスの目にも映り、彼はいったいどういうことなのかとを凝視した。
「リーマス、怪我の手当てしたほうがいいんじゃない? それが終わったらお話しよう」
 の提案にリーマスはぎこちなく頷き、マダム・ポンフリーは諦めたようなため息をついた。

 リーマスの手当てが終わる頃にはも血液パックを飲み終わっていた。
 そして彼女はリーマスのいるベッド脇の椅子に腰掛ける。
 マダム・ポンフリーは「少しは休むのですよ」とだけ言い置いて事務室へ行ってしまった。きっと、いつかこんな日が来ると予測していたのだろう。
 リーマスはのほうを見ようとせず、組んだ指先をじっと見つめているが、耳はに集中していた。
「満月の日って、嫌になっちゃうよね……」
 ぽつりとこぼしたの言葉に、リーマスの組んだ指先が反応する。
「お互い、難儀だね」
 困ったもんだ、と小さく笑う
 リーマスはようやく彼女を視界に入れる。悲壮な覚悟を決めた目で。
は何を知ってるの。お互いって……?」
「さっき私が持ってたもの、見たでしょ。あれでだいたい察しがつくと思うけど」
「あぁ……うん……えぇ!?」
 答えにたどり着いたリーマスは、まさか、と目を見開く。
 その顔がおもしろくて、ついは吹き出してしまった。
「とはいえ、四分の一なんだけどね。だから、リーマスのことも割りと早いうちに気付いたんだ。私が今住んでいるとこにも、リーマスみたいなのはいっぱいいるからね」
「君が住んでるとこって……」
 瞬間、の目が冷たく光った。
「保護とは名ばかりの監視隔離施設だよ」
 住人はともかく最悪のとこなんだ、と憮然と言い捨てる
 しかし彼女が話したいのはこのことではない。
「あのね、狼人間とヴァンパイアはお互いを鎮めることができるんだよ。知ってた?」
 とっておきを教えるように、の瞳が楽しげに煌めいた。
 逆にリーマスは世界一突拍子もない話を聞かされたかのような顔になっている。
 彼の表情には満足そうに笑みを深くした。
「私のとこでは満月の日は皆で一緒に過ごすんだ。そうするとどっちの衝動も落ち着いちゃうの。もちろん一緒に出掛けて人間を襲うこともできるけどね」
!?」
「あはは、冗談だよ。私が言いたいのは、狼人間とヴァンパイアが満月の日に一緒にいれば、お互い理性を保っていられるってこと。……ここまで言えば私の考えてること、わかるよね?」
 リーマスはポカンとしてを見つめていた。
 奇跡の法でも聞いてしまった気分だった。
 自分が狼人間であるという現実から逃れられるわけではないが、今までさんざん苦しめられてきたものから許されるような。
 真っ暗だった世界に、一筋の光が差し込んだような。
 舞い上がりそうになったリーマスだが、次の瞬間その危険性に気がついてしまった。
 明るくなりかけた彼の表情がみるみる曇っていく。
「ダメだよ。そんなことして、もし誰かに見つかったらとんでもない騒ぎになるよ」
「私そんなにドジじゃないよ」
「それに、校長先生が許してくれるとは思えない。だって、そのつもりなら最初から僕達に話していたはずだろう?」
「あ、うん。それは私も思った。最悪の事態を避けるために別々にしたんだろうなって。だからリーマスの言う通り許可はされないと思う。となると、残された手段は一つ」
「僕は反対だよ」
「大丈夫だって。皆が寝静まってから抜け出すから。だから、リーマスには悪いけどそれまでは一人で頑張ってもらうことになると思う」
 はどうあっても自分と共に満月の夜を過ごすつもりらしい、とリーマスは思った。
 そのことは嬉しくてたまらないのだが、それでも万が一を思うと頷けなかった。
 渋るリーマスに、は切り札を出す。
「そろそろ彼らも気付くんじゃない? 怪我が少なくなるだけで疑いの目も少しはおさまると思うけど……」
「それは……!」
 リーマスもそのことは気になっていた。
 今日もいろいろと聞かれた。
 本気で心配している同室の彼らを前に、嘘をつくのはリーマスにとってとても苦しいものだった。
「そういう言い方って、ずるい……」
 脅されてるみたいだ、と思わず恨みがましい目になるリーマス。
 そんな彼にクスクス笑う
「ごめんね。じゃあ正直に言うね。私といればリーマスは朝まで苦しまなくてすむし、私も今日みたく強い衝動の日は助かるんだ。それがわかってて見逃すのはバカでしょ? それに……私だってリーマスが大怪我した姿は見たくないんだよ。友達の、そんな姿は見ていて辛い」
「でも……もし見つかったら……」
「その時は、一緒に退学しよう。一人で退学よりはマシでしょ」
 何てことない、というように明るく言う
 バレたら、退学。
 そのことにとても神経をすり減らしていた。
 それはきっとも同じ。
 傷を舐めあうわけではないが、リーマスはにすがってしまいそうになっていた。
 そしてきっと、も。
 軽い言葉を吐きながら、自分と同じものに救いを求めていた。
 先にすがりついたのは、
 リーマスは狼人間とヴァンパイアの関係を知らなかったのだから。
「バレたら大騒ぎだね」
「悪口の手紙がどっさり来るよ。私、そんなに沢山手紙をもらったらどう返事を書こうか絶対悩むと思う」
 嘘か本気か、呑気なことを言うにリーマスは笑いをこぼした。
「何だか君と話してると、僕の体質が何てことないように思えちゃったよ」
「それは良かったね。じゃあついでにもう一つ。危険度で言えばヴァンパイアのほうが上なんだよ。狼人間は満月の日だけ狼人間だけど、ヴァンパイアは年中無休でヴァンパイアだからね。血をいただこうと思えばいつだってできるんだ」
 満月の日には特別に欲しくなるだけ、とは笑った。
 笑うことではないのに、年中無休でヴァンパイアという言い方がおかしくて、リーマスはしばらく笑いがおさまらなかった。
 しかし、唐突に思い出す。
「ジェームズ達、きっと気付き始めてる……」
 さっきまでの笑顔が嘘のように表情が沈むリーマス。
 その点に関しては、はリーマスとは違う。
 短時間のうちに予防が終わるとは違い、リーマスは満月が近づけば体調を崩すし当日にはいなくなり、戻ってくる時は大怪我だ。
 バレる速さはリーマスのほうが格段に上だろう。
 さっきは軽く「バレたら退学すればいい」などと言ったが、本当はそんなものではないと2人ともわかっている。
 は魔法界で初めての、リーマスは狼人間になってから初めての、大切な友達がいるのだ。
 彼らに自分の体質を知られた時、どんな反応をされるかなんて考えたくもないことだった。
 はほとんど無意識にリーマスの手を握っていた。
「協力するから、ギリギリまでごまかそう。やっぱり、まだまだみんなといたいしね。それでも、もし気付かれちゃったら……私も、一緒にいるから」
 初対面の相手には少しばかり恐怖を与えてしまうの暗い金色の瞳は、今は深く真摯な色をたたえていた。
 リーマスはその瞳に確かに安堵した。
「僕も……もし、のことにリリーか誰かが気付いた時は、一緒にいるよ」
 もしもホグワーツでの生活を途中で断念しなくてはならなくなった時は、2人一緒に。
 生きにくい魔法界で生きていくには、一人は寂しすぎる。
「2年生からよろしくね」
 そう言ってニッコリしたに、リーマスも笑顔を返した。
 それはとても悲しい繋がりだったかもしれないが、今の2人には必要なものだった。
 不安や恐怖や引け目や……あらゆる暗い要素の中の、たった一筋の光だった。
 それからリーマスは、満月の日に自分がどこへ行っているのかを話した。
 あの理不尽に凶暴な暴れ柳から行くのだ、と聞いた時、は感心のあまりため息も出なかった。
 「度胸試しだ」と男子達が暴れ柳に挑んでいたのはも知っているが、誰かが大怪我をしたことで今では一人として近づく者はいなかったはずだ。
 まさか、その木がリーマスが狼人間でいる間の屋敷に繋がっているとは、誰も考えないだろう。
 もちろん、は暴れ柳の静めかたも教えてもらった。
 残るはジェームズ達への対策である。
「まだ時間はあるから、怪我も含めて納得するような言い訳を考えておこう。まぁ、こういうのは私に任せておいてよ。リーマスは顔に出さないようにがんばってね」
 ニヤリとするに、何故かリーマスは得体の知れない不安を覚えた。
 いったいどんな理由をでっち上げるつもりなのか。
 そんな彼の不安を読み取ったようには続ける。
「何を言うかはちゃんと教えるから」
「うん……絶対だよ」
 リーマスは、から言ってくるのを待つよりも自分から聞き出したほうがいいだろうな、と決意した。
 ふと、窓の外を見れば、もうすっかり太陽が昇っていた。
 怖い夜は終わった。
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