成績は学年別に総合と科目ごとの点数に分けて掲示されている。
すでにできた人だかりをかき分け、リリーとは見える位置まで進んだ。
筆記試験の結果はそれほど心配していないだったが、魔法実技の試験は少々気がかりだった。前みたいに暴走するようなことはなかったが、自分の満足のいく結果だったかと聞かれれば、堂々と頷くことはできない。
何より、メイヒューに負けたくなかった。
「あっ。あったわ!」
リリーが1年生の成績表を指差す。
が上から名前を見ていくと、5位にリリーの名前を見つけた。
「わ、リリーすごい! 5番だよ!」
「ありがとう。自分の名前は見つけたの? ほら、あそこ」
「うーわー」
信じられなーい! と、のけぞる。
リリーから下がること2つ。7位に・とあった。
「がんばったわね、。おめでとう!」
リリーは自分の順位よりものことのほうを喜んでいた。
「私、真ん中よりちょっと上だったら上出来くらいに思ってたよ」
「そんなことないわよ。あなた、本当に魔法がうまくなったもの。最初の頃からすれば奇跡みたいよ」
「ハハハ……」
さりげなく痛いことを言うリリー。だが事実なのでは言い返せない。
予想外の出来に気を良くしていただったが、自分の名前のすぐ下に例の人物の名前を発見し、ニタリと笑った。
8位 オーレリア・メイヒュー。
とは3点差だった。
「リリー、見て。私達、アイツに勝ったよ」
の指差す箇所を見て、隣で歓声を上げる友人にリリーは苦笑した。
はメイヒューと張り合っていたかもしれないが、リリーはそうではない。
それはそうと、何故こんな時にと思うのは、すぐ側でメイヒューの声がしたせいだ。
「あらあら。総合でたかが3点上だったからってはしゃぐのは、どこのおバカさんかしら」
「たかがでも3点は3点。悔しいんでしょ?」
初めてがメイヒューに会った時、彼女は完全に無関心だった。
リリーはその無関心さに怖ささえ感じたものだったが、いつの間にかはメイヒューに対して好戦的だ。彼女とのやり合いに楽しみでも見出してしまったのだろうか。
メイヒューもと言い合う時は何故か生き生きしている。
案外、この2人は気が合うのかもしれない、などとリリーは思った。
「科目別のほうは見まして? あなた、やっぱり魔法には向いてないんじゃないの? 学年が上がって授業についていけなくなる前に自主的に身を引くことを勧めるわ」
「そういうアンタも言葉を知らないから筆記で点を取れないんじゃないの? 後々恥をさらす前に、夏休みに言葉の勉強でもしておくんだね」
とメイヒューの間にバチバチと火花が散る。
リリーは、やれやれと肩を落とすとの腕を引っ張って大広間のグリフィンドールのテーブルへ向かった。
この2人は知らないが、この後トイレへ入ったメイヒューが総合で負けたことを個室で激しく悔しがっていたりする。その場で表に出さなかったのは、貴族としてのプライド故だ。
それから学年末パーティが始まるまで、リリーとはテーブルでおしゃべりしながら時間を潰した。
リリーは夏休み中に家族とニュージーランドに行くのだと言っていた。
はそれをとてもうらやましいと思った。
彼女にはどんなに願っても決して手に入らないものだからだ。
だからといって、自分が不幸だと感じたわけではないが。
すると、そこに騒がしい4人組みがやって来た。
「おはよう、リ……じゃなくて、エヴァンズ、」
わざわざ言い直すジェームズに苦笑しながらも「おはよう」と返す。
リリーはあからさまに顔をそむけていた。
4人は達の正面の席を陣取ると、さっそくピーターが話しかけてきた。
「、掲示板見たよ。がんばったね」
「えへ。ありがとう。自分でもあんな点数が取れるとは思ってなかったよ」
「うんうん。お母さんは感激よ。さすがワタクシの子ね!」
「お母様!」
ヒシッとうっとうしく手を取り合うジェームズと。
「何でお前がお母さんなんだよ。お父さんじゃないのか?」
「シリウス……こういう時はお母さんのほうが合ってるんだよ」
わかってないなぁ、と嫌味ったらしく肩をすくめてみせるジェームズ。
シリウスはムッと口を尖らせる。
「じゃあ、シリウスがお父さんね。さあお父様、娘の成績に一言!」
調子に乗ったが、シリウスの口元にマイク代わりにグッと拳を突き出した。
しかし無情にも拳はシリウスに無言で叩かれた。
どうやらからかいすぎたらしい。
拗ねるシリウスを、リーマスとピーターがクスクス笑う。
「それにしても、僕ももう少し良い成績もらえると思ってたんだけどなぁ」
「そんなの無理に決まってるじゃない。あれだけ遊び呆けていれば」
図々しいわ、と鼻息も荒く吐き捨てるように言ったのはリリーだった。
辛辣なセリフをもらったのにジェームズは嬉しそうだ。
ジェームズのリリー好きは、かなり進んでいるなとは思った。
もしかしたら、つれなくされればされるほど燃える性質なのかもしれない。
Mの世界にまで発展しなければいいが、などとは余計な心配をした。
「それでもジェームズは20番以内なんだからいいよね。僕なんて下から数えたほうが早いよ」
「あれ、ピーターは呪文をうまく使ってなかった?」
は首を傾げる。
自分よりも先にうまく操っていたはずだ、とは思った。記憶にあるだけでも、多少のミスはあっても充分に修正のきくものばかりだったと。
ピーターは居心地悪そうに体を捩った。
「それがね……先生がじっと見てるでしょ。緊張しちゃって……」
「なるほど……でもさ、今度はきっとうまくいくよ。2年生の試験前には先生役と生徒役に分かれて練習しようよ」
「……気が早すぎ」
思わずピーターが笑いをもらすと、つられても微笑んだ。
そうこうしているうちに、大広間には生徒も先生方も全員そろったようだ。
「また一年が過ぎた!」
というダンブルドアの言葉で学年末パーティは始まった。
ダンブルドアは、くどくど言わない。
さっさと寮対抗杯の得点発表に移る。
テンポの良い進め方は、だけでなく全校生徒を退屈させなかった。
そういえば、入学式も堅苦しくなく進んでたっけ、とは思い出す。
それはまるで昨日のことのように脳裏によみがえった。
ホグワーツ特急でリリーとピーターと出会い、入学式でジェームズとシリウスと会った。翌日にはリーマスとも知り合って親戚に会ったような感覚を覚えたのだ。
変な部屋に迷い込んだり、メイヒューに絡まれたり、いろいろあった。
あれからもう一年も経つんだ、と思うと何やら不思議に感じてしまうだった。
どちらかと言えば、たいした期待もなくやって来たホグワーツだったけれど、今はとても楽しんでいる。
正直、夏休みに入るのがもったいないくらいに。
ダンブルドアの合図で、今年度最後の料理がテーブルの上に現れた。
途中から回想にふけってまったく話を聞いていなかっただが、料理の出現で意識は素早く現実世界へと切り替わった。
「こんなごちそう、新学期まで食べれないからなー。食いだめしとこ」
「……」
ナイフとフォークを手にしたの意地汚い呟きを耳にしたシリウスが、呆れの視線を送った。
は皿に大量にチキンやベーコンやサラダを盛りながらぼやく。
「お坊ちゃんにはわからないよ。あ〜あ、ホグワーツに残りたいなぁ」
「お坊ちゃんて言うな。……目当ては飯か」
「それもあるけど、あんなトコ帰ってもおもしろくも何ともないし」
ブツブツ言いながら食事もする器用なを、シリウスはじっと見つめた。
その視線に気付き顔を上げる。
何、と問えば、何でもない、と返ってくる。
が、数秒の沈黙の後、ポツリとシリウスは言った。
「俺も、帰ってもおもしろくも何ともないな」
横でそれを聞いていたジェームズは、茹でたジャガイモを飲み込むと2人に提案した。
「じゃあ僕の家に来る? 2人くらい増えたってどうってことないよ」
シリウスとはそろって目を丸くした。
そんな2人を、悪戯が成功した時のような笑顔で見やり、それからジェームズはリーマス、ピーター、リリーにも同じことを言った。
「皆で泊まりにおいでよ。大丈夫だよ、家は広いし。父さんも母さんもきっと喜ぶよ」
それはにとってかなり魅力的な誘いだった。
けれど、彼女は夏休み中にやりたいことがあったのだ。
それにやはり、休みの間ずっと泊まり込むというのも非常識だろう。
「飛びつきたいお誘いだけど……ゴメン。さすがにそれは申し訳ないよ」
「、食費のことも心配いらないよ」
「う、それは……うん、ありがとう。でも、やっぱりゴメン」
とて自分が人より大量に食べることくらい自覚している。
しかし、人の血をもらうのは衝動の強い満月の日だけ、と決めている限り他の日は人間の食べ物で栄養を摂らなければならないのだ。そしてその人間の食べ物は、大量に摂取しないと栄養にならないのだから仕方がない。
そして渋るのはシリウスも同じだった。
本人が望もうと望むまいと、半軟禁状態になることは覚悟していた。
もちろんそれだけではない。
これもまた本人の意思は関係ないが、シリウスにとって退屈極まりない貴族達のパーティに出席させられるだろう。『ブラック家の長男』として。
そんなものに出たくもないが、無謀な行動に出るのはまだ早いとシリウスはわかっていた。自分の無力さを彼は知っている。
「俺も……あー、ゴメン。そんなに家をあけられない」
「シリウスまで……あぁ、でもそうか。厳しいか」
「……うん」
沈んだ表情のシリウスに、もどう声をかけていいかわからなかった。
空気が重くなりかけたが、ジェームズがそれを破った。
「二泊三日ならどう?」
しかし、食い下がるような彼の発言に、は何か引っかかった。
何を考えている?
探るような目で見つめると、彼はごまかすように視線をそらす。
なおも見つめ続けているとようやく観念したのか、ジェームズが身を乗り出して耳打ちした。
「キミが来るって言えばリリーも来るかなって……」
「私はエサか」
「そんなつもりはないんだけど。にだって来てほしいし。宿題の答え合わせもしたいし」
宿題は絶対ついでだ、とは強く思った。
それに、ジェームズには大きな誤解がある、とも。
は焼いたトマトをフォークで突付きながらそれを教えた。
「リリーは自分の意思で動く人だよ。私がOKしても自分が嫌だと思ったら行かないと思うよ」
「あぁ……やっぱり〜」
ジェームズも薄々は感じていたのだろう。ガックリと肩を落とす。
は少し哀れに思ったが、この件に関してはジェームズに分が悪すぎた。
しかし彼はすぐに顔を上げると、
「は来てくれるんだろ? 手紙出すから」
「うん、待ってる」
二泊三日ならは喜んで行く。
「どうせなら教科書リストが来た後がいいな。皆で買いに行こう」
同じく二泊三日ならシリウスも乗り気のようだ。
ジェームズの案に今度は頷いた。
は下心があるとはいえ、それでも嬉しい誘いをかけてくれたジェームズにせめてお礼でもしようと、リリーの名を呼ぶ。
「リリーも皆と一緒に教科書買いに行かない?」
リリーは一瞬複雑そうな顔をしたが、
「教科書を買うだけならいいわ。お泊りはしないけど」
と、答えた。
それで充分だ。
見れば、ジェームズは飛び上がりそうに喜んでいる。
フォークを振り回しているので両隣のシリウスとピーターがピンチだった。
それからいつものように周囲の人間が胸やけするほどが食べている時、ふと思い出したようにピーターが言った。
「そういえば、が帰りたくない理由って何? シリウスみたいに家族と仲が悪いの?」
ギクッというような反応をしたのはシリウス、リーマス、リリーの3人。
その3人が話題を無理矢理に変えようとするより先に、があっけらかんと答えた。
「私、施設で暮らしてるんだよね。そこの管理人が最悪なヤツでさ。フィルチのほうがまだマシだよ」
初耳のピーターとジェームズは、そのことに一瞬表情を硬くしたが『フィルチのほうがまだマシ』というセリフに、思わず吹き出してしまった。
あまりにも軽い言い方だったから。
質問したピーターに気まずい思いをさせないように。
その言い方がのやさしさだったのか、それとも本気でそう思っていたからなのかはわからないが、少なくともその場の空気が重くなることはなかった。
さらには続ける。
「せっかく覚えた魔法で嫌がらせでもしてやろうと思ったんだけど、夏休み中は魔法使っちゃいけないんだってね。アイツ、転職してくれないかなー」
「そ、そんなに最悪なんだ……」
芽生えかけた罪悪感よりも、同情がふくらんだピーターだった。
は憎々しげにベーコンにフォークを突き刺す。
「今度写真でも送ってあげるよ」
「ううん、遠慮しとく……」
そんな最悪の人物の写真など、誰がすき好んでもらおうなどと思うだろうか。
見る限り、からは自身が孤児であることによる卑屈さは伺えない。けれど、心の内で本当はどう思っているのかは、本人以外には誰も知ることができないのだった。
それに、一年も付き合っていればわかる。
が人に弱味を見せるような態度は、よほどのことがないかぎりとらないだろうと。
そのことに少し寂しさを覚えたりもするが、だからといって強制的に何もかも言わせることはできないし、やってはいけない。
故に、から話し出すまでこの関係の話題は終わり。
その後はどうでもいい話題に移っていった。
そしてやはりというか、最後にはデザートを貪り食うにシリウスの、
「お前の腹はどうなってるんだ!」
という怒鳴り声で今年度の締めとなったのだった。
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