彼女の姿に5人は目を丸くする。
は、リリーにもらったネクタイピンを見せびらかすため、ローブの前を開いて着ていたのだ。白いシャツブラウスにグリフィンドールカラーのネクタイ。そこに光る銀のネクタイピン。スカートからは健康的なすんなりとした足が伸びている。
「、そのタイピン付けてくれたのね!」
「えへへ。見せびらかそうと思って」
リリーと手を取り合い、笑い合う姿はただの女の子だ。
ふだん上から下まで黒いローブに包まれ、その中性的な顔立ちから男とも女とも取れる姿しか見ていない男子4人には、妙に新鮮に感じられるものだった。
とリリーが2人ではしゃいでいるのは、特に珍しいことではないが、姿ひとつでこうも印象が変わるのか、と。
「僕、今すごく貴重なものを見ている気がするよ」
「あぁ……そういえばあいつ女だったんだよな」
「2人とも、失礼だよ」
ジェームズとシリウスの素直な感想を、リーマスが咎め、隣でピーターも頷いているが、それとは裏腹に2人の表情は先の友人達の言葉を肯定していた。
男の子達がそんな失礼な会話を交わしていることなどまるで気付いていないは、とても機嫌が良さそうにクリスマスプレゼントのお礼を言った。
もちろんすぐに手紙にお礼を書いて送ったのだが、はどうしても口で告げたかったのだ。
その日は夜遅くまでクリスマス休暇中のそれぞれの出来事の報告に花が咲いた。
休暇明けはすぐに通常の授業が始まった。
変身術ではいきなり小テストなどが行われ、生徒をうんざりさせたのだった。
しかし、そんな反応で揺らぐようなマクゴナガルではない。いつものように背筋をピンと伸ばし、キビキビとテスト用紙を配っていく。
あまり文句を言い続けていると、彼女の射るような視線が飛んでくるので生徒達は諦めてテスト用紙と睨み合うのだった。
小テストは魔法薬学でも行われた。
ただし、こちらは休暇前に告知されていた。
その点では変身術と違い誰も文句は言わなかったが、その代わり休暇中は宿題プラス休暇明けのテスト勉強となる始末で、どちらがマシかは判断に困るところだ。
小テストの結果は、一週間後に返ってきた。
筆記テストなら、は上位の成績を収めることができる。
今回もその通りだったが、ひとつ納得がいかないことがあった。
魔法薬学の結果だ。
自分では満点以上の、それそこ完璧だと言ってもいい解答をしたと思っていたのに、予想より点数が低かったのだ。
満点以上ではあったのだが、もう少し高い点数をもらえると思っていた。
しかし、仲間内でに並ぶかそれ以上にこの科目に強い人はいない。
何度も解答を読み返すが、何がまずかったのか見つけられずにいた。
「誰かに見てもらってほうがいいかな。──リリー!」
談話室で唸っていた顔を上げると、リリーの姿が目に入ったので呼んだ。
「どうしたの?」
「ちょっと見てほしいものがあるんだけど。これ……どこがまずかったんだと思う?」
は手の中の解答用紙を見せた。
リリーも魔法薬学はかなりできる。彼女も満点以上をもらっていたはずだ。
実験の時、はいつもリリーと組み、間違いなく指示された魔法薬を作り上げて先生に褒められていたのだ。
だから、リリーならが見落としているものに気付くかと思ったのだった。
ところが、しばらく解答を読んでもリリーからは何の反応も得られなかった。
逆に首を傾げている。
「どこも悪くないと思うけど?」
「そう……。う〜ん」
「納得いかないんだ」
「うん。もっと点数もらえると思ってた」
「先生に聞きに行く?」
「そうだね。でも、もう少し考えてみる。そうだ、図書館に行って調べてくるよ」
「じゃあ、私も行くわ。私も解答用紙持ってくるから、ちょっと待ってて」
「おっけ」
善は急げとばかりに2人はバタバタと忙しく談話室を出て行った。
図書館で必要と思える本をかき集めたリリーとは、沢山の本を広げても他の人の迷惑にならないような、生徒のあまり来ない奥の机へと向かった。
クリスマス休暇にがよく利用していた席だ。
今日も誰もいなかったので、大いに使わせてもらうことにした。
それから2人して出題された分の充分な解答になる資料は全部引き出したのだが、結局が納得できるほどのものは見つけられなかった。
かえってリリーの良い復習になってしまったほどだ。
あきらめて先生のところへ行こうか、と本を片付ける準備をしていると、本棚から人影が覗いた。
反射的に顔を上げてそちらを見やれば、あの日以来図書館で会うことのなかったスネイプだった。
彼を見た直後のの行動は光のごとくだった。
立ち去ろうとしたスネイプの腕を力いっぱい掴み、彼が文句を言う前に達が使っていた机の前まで引きずってくる。
そして無理矢理席につかせて、目の前に解答用紙を叩きつけるように広げた。
それを見たスネイプは、不快も露わに眉間にしわを寄せる。
「何のマネだ。自慢でもしたいのか?」
「違う。この中でまずい点がどこなのか、わかるかなと思って。私達じゃ見つけられなくてさ」
スネイプはざっと解答を一瞥すると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてみせた。
「お前は本を読む前にABCからやり直したほうがよさそうだな」
「へ?」
「aとeを書き間違えてる。何箇所も」
バカめ、というスネイプの心の声が聞こえそうだった。
はスネイプの前から解答用紙をひったくると、真剣な顔で書き綴った文字に目を走らせていく。
その横からリリーも顔をのぞかせた。
そしてスネイプの指摘通り、は綴りのミスを発見していったのだった。
「なんてことをーっ! ああもうっ、私のバカー!!」
グシャッと解答用紙を握りつぶし、はここが図書館ということも忘れて体中で叫んだ。
直後、カッカッカッと鋭く靴音が接近し、鬼のような形相のマダム・ピンズに文字通り叩き出されたのだった。
「何で僕まで……!」
スネイプも一緒に。
彼はこれみよがしに盛大に舌打ちし、リリーとの前から去っていった。
しかしはスネイプが行ってしまったことにも気付かず、図書館の前で床に両手をついて嘆いていた。
通り過ぎる生徒達が不思議そうにそれを眺めていく。
恥ずかしいのは一緒にいるリリーだった。まるで見世物だ。
自分の世界に浸りきっているの背に、リリーはそっと手を置いた。
「元気出して。次で挽回すればいいじゃない」
「次なんか……。うぅ、情けない。こんなミス、ガキでもしないよ……こんなんで点数落とすなんて、最悪だ……」
は、杖を使う授業ではしょっちゅう騒動を起こし、ふざけているように見られがちであるが、実はけっこうな勉強家であることをリリーは知っている。
だから、つまらないミスを犯したが故のショックもわかるのだが、個人的希望を言えば部屋で落ち込んでほしかった。
「、移動しよう。通行の妨げになってるわ」
はノロノロと立ち上がると、リリーに手を引かれるままに足を引きずるようにして歩き出したのだった。
ゆっくりと廊下を歩きながらリリーはふと思った。
このまま寮へ戻っても大丈夫だろうか? どこかで気分転換してからのほうが良いのではないだろうか?
そんな時だ、よく知った声に呼ばれたのは。
「……どうしたの?」
ジェームズ達悪戯仕掛け人の面々だ。
すっかりうなだれてしまっているに、彼らは目を丸くする。
「まさかメイヒューに嫌がらせでも!?」
サッと険しい表情になるシリウス。
リリーは首を振ってそれを否定した。
「違うわ。ちょっと……そうね、個人的なことよ。誰かからの嫌がらせじゃないわ」
「よくわからないけど、元気出して。ねぇ、これから一緒に雪遊びに行かない?」
の顔を覗き込み心配そうにピーターが誘うが、からの返事はない。
代わりにリリーが答えた。
「行くわ」
向かった先は校庭だった。
すでに数人の生徒が集まって雪だるまを作ったり雪合戦をしたりしていたが、寒いせいかそれほど多くはない。
「雪合戦しようと思っててね。2人が加わってくれて良かったよ。人数の多いほうが楽しいからね」
ジェームズの言葉に、ようやくは顔を上げた。しかし、まだぼんやりしているようだ。
「それじゃ、グループを決めよう。──グーとパーでわーかれーまショ!」
ジェームズの掛け声に合わせて、それぞれグーとパーを出す。
もつられて出していた。グーだ。
何回か続けた後、ジェームズ、ピーター、組とシリウス、リーマス、リリー組に分かれた。
「とりあえず、ここが境界線で……」
と、ジェームズはどこからか拾ってきた木の枝で雪の上に線を引いていく。
それから約一分間で雪玉を作り、そこからは、ただひたすら相手に雪玉をぶつけるという、ルール無用の戦いが始まったのだった。
「ほら、投げて投げて! ピーター、どんどん作って!」
「まかせて!」
ジェームズは生き生きと雪玉を向こうの3人へ投げつけていた。
当然、こちら側にも雪玉は飛んできて、時々ジェームズやピーターに当たる。
は生気のない目でその様子を眺めていた。
その時、彼女の頬を雪玉がかすめて飛んでいった。
見れば、シリウスが挑発的な笑みを浮かべてを見ているではないか。
「ボケーッとしてると、次は顔面にヒットさせるぜ」
「そりゃ大変だ。迎撃しなくちゃ」
嬉々としての手に雪玉を握らせるジェームズ。
「シリウスッ、に当てたら私があなたに当てるわよ!」
「俺は味方だろ!?」
相手チームのリリーとシリウスが唐突に仲間割れを始めた。
「隙ありぃー!」
「ギャッ」
ニヤリとしたジェームズがシリウスに雪玉をぶつける。
敵と味方に挟まれ、ちょっと可哀相なシリウスだった。
いったいどういうことなんだ! と叫ぶシリウスの姿に、は小さく拭き出す。
それに気付いたジェームズがの背を軽く叩いた。
「よしっ、やるぞー!」
は大きく腕を振り上げると、雪玉を思い切り投げた。
「〜!」
顔半分を雪まみれにしたリリーが恨めしそうにを睨みつける。
どうやら彼女に当たったようだ。
「わ、ラスボスを怒らせちゃった!」
「誰がラスボスよっ」
の言葉に激昂したリリーが、リーマスが作った雪玉の山から2つ奪い、顔を真っ赤にしてそれを投げてきた。
ペシペッと見事に二連打での顔面にヒットする。
「ジェームズ、ラスボスと中ボスは任せたっ。私は敵の補給路を断つ!」
早口に言ったは、ピーター作の雪山から次々と雪玉をもぎ取り、リーマスが作っている雪山にぶつけていった。
「わーっ、何てことを!」
慌てるリーマスにも雪玉がヒット。
「こしゃくな! あの遊撃兵を狙うぞ!」
「了解!」
シリウスの声にリリーが合わせ、集中的に狙われてしまう。
さすがにリーマスを狙っているどころではなくなった。
そのうち雪玉は各自で作るようになり、最終的には自分以外は皆が敵、という荒んだ雪合戦になったのだった。
それから十数分後。
リリー、リーマス、ピーターは疲れたので休んでいた。
リリーは呆れたように、まだ戦いを繰り広げている3人を眺めていた。
「あの3人、バカよね」
「あれは何て言ったらいいんだろうね」
「雪合戦じゃないと思う……」
リリー、リーマス、ピーターの順で目の前の光景について感想を述べる。
ジェームズ、シリウス、の3人はついに杖を出して雪を操り戦っていた。
シリウスが巨大な雪の塊でジェームズを埋めてしまおうとすれば、ジェームズも雪の塊でそれを防ごうとする。その隙にが雪の塊を浮かせ……。
「……あれ? 、ずいぶんうまく雪を浮かせているね」
先ほどから何度も見ている様子に、リーマスは初めて違和感を覚えた。
彼の言葉にリリーもピーターも気がつく。
「言われてみれば。僕より失敗してたのに。練習したのかな」
「私、練習している姿なんて見たことないわ」
ピーターの推測にリリーは首を振る。
休暇中は生徒は杖を使えない。
いつの間に上達したのか。
実際のところ、は杖を使って雪の塊を操っていたわけではない。
杖はカモフラージュに握っていただけだ。
まだマグル界にいて、そこの仲間達と行動していた頃、彼らの役に立ちたいという気持ちから、自らの不思議なチカラをコントロールしようとした結果、得たものだった。
簡単な魔法ならは杖がなくても使えるのだ。
だからかえって杖を使い呪文を唱えて何かをしようとすると、集中できずに変なふうに魔法が発動してしまうのだった。
魔法の使い方そのものに独自のクセがついてしまった、といったところだ。
「……しかも呪文を言ってないし」
ジェームズとシリウスの浮遊呪文は聞こえてくるが、の声は聞こえてこない。
リリーは怪訝そうに呟き、首を傾げた。
「いったい何事?」
リーマスの疑問にリリーもピーターも答えられず、首を振るばかりだった。
戦いの渦中にあるジェームズとシリウスは、そのことにはまったく気付いていなかった。
手加減なしの魔法雪合戦も、ようやく終わりを迎えた。
3人のエネルギー切れだ。
彼らはほぼ同時に雪の中に倒れこんだ。
これまでの雪遊びのおかげで、あちこちに雪の山を作りデコボコになった白い世界に達の姿が消えると同時に、リリーが立ち上がる。
「バカ2人の回収よろしくね。私はもう一人のバカを拾うから。お風呂に入らないと風邪引いちゃうわ」
酷い言い様だが、機嫌を損ねているわけではないことは、その口調からわかった。
その証拠に。
「誘ってくれてありがとう。おかげでが元気になったわ」
振り返り、リリーはきれいに微笑んだ。
不意打ちの微笑に、思わず頬に熱が集まってしまうリーマスとピーターだった。
リリーは時折雪に足を取られながら、すっかり荒らされた雪の校庭を進み、倒れているの側で立ち止まり、彼女の手を引いて無理矢理立たせる。
「こんなとこで寝てたら風邪引くわよ。帰ってお風呂に入りましょう」
「そだね。ジェームズ、シリウスも行こう」
まだ息は乱れているが、の足はしっかりしていた。
呼ばれた2人もリーマスとピーターに引き起こされている。
「じゃあ、夕食の時にまたね」
は手を振ると、リリーと共にグリフィンドール寮を目指した。
小テストのミスであんなに沈んでいた気分は、もうすっかり晴れていたのだった。
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