グリフィンドール対スリザリン。
宿敵同士の対決に、どちらの寮生も試合間近になると選手も一般生徒も関係なくピリピリしはじめた。
例えば、お互いの寮生が廊下ですれ違う時、毛を逆立てて睨みあう猫のようだったりする。
スリザリンは優勝候補でグリフィンドールは最下位争いをしているのが現状だ、とはジェームズから聞いた。
グリフィンドールの応援席でそのことを思い出し、コテンパンにやられちゃうかな、と思っただったが口には出さなかった。
口に出したら本当になってしまいそうだったからだ。
寮監のマクゴナガルは冷静そうに見えて、クィディッチに関しては熱いらしく、朝食の席ではスリザリンの寮監のスラグホーンにガンを飛ばしているのを、はしっかりと見てしまった。
は、あの目付きはただ事ではないと感じたものだ。
例えるなら、研ぎ澄まされた刃物か。
リリーを隣に、いつもの面子でかたまって座っていたがそんなことを考えていると、突然観客席が拍手と歓声で沸いた。両チームの選手達が入ってきたのだ。
正選手は7人。審判のマダム・フーチを先頭にフィールドの真ん中まで進むと、向かい合ってキャプテン同士が握手を交わした。
まず、スニッチが放たれた。
ゴルフボール大で羽のついた金色の物体は、マダム・フーチの手からパッと飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。
続いて両チームの選手達が箒で浮き、2人のシーカーは誰よりも高く浮き上がる。
「それでは、試合開始!」
甲高いホイッスルと同時にクァッフルが放られ、ブラッジャーが解放された。
先にクァッフルを取ったのはグリフィンドールだった。
3人のチェイサーが素早くパスを回し、スリザリンのチェイサーを翻弄する。ビーターも狙いを定めきれずにいるようだ。
「いいぞいいぞ!」
リリーとは反対側のの隣にいるジェームズが、チェイサーの動きを褒め、点を入れろと叫んでいた。
しかし、ゴール直前でスリザリンのビーターが打ったブラッジャーに叩かれ、クァッフルを取り落としてしまう。
グリフィンドール席からがっかりしたため息がもれた。
「はクィディッチのルールは知ってるんだっけ?」
不意に話しかけられたは、ちょっとびっくりしたがすぐに頷いた。
ジェームズの狙いは今日の試合をが見ることで、彼女にクィディッチに大きな興味を持たせることにあった。
なら、今の選手よりも良い動きができるようになると踏んでいた。
さらに最近ではこうも思う。
──自分とチェイサーとして組むことができたら……。
チェイサーは3人だからあともう一人誰かがいるが、そこは何の問題もないと思っていた。
面倒くさそうに見えて、はけっこう周りを見ているから。
もっとも、選抜試験で選ばれたらの話だが。
最初はシーカー希望だったがチェイサーにも惹かれはじめたジェームズだった。
光に目が弱い、という問題もあるが、まずはプレイをしたいと思わせるほうが先だと思っていた。
クィディッチ観戦は屋外のため、今日もはサングラス装備だ。ついでに寒いのでマフラーもしている。
「試合を見るのは初めてだよね。どう?」
「思った以上に激しいスポーツだね」
「……もしかして、気に入らなかったり?」
わずかにためらうように聞いたジェームズに、は口の端を釣り上げた。
サングラスに隠されて目の表情はわからないが、それはどこか好戦的な笑み。
その時だ。
リリーが小さく悲鳴を上げ、ジェームズの隣のシリウスが激昂したのは。
会話をしていて見ていなかったジェームズとは、何が起こったのかと急いでフィールドに目を戻した。
どうやらスリザリンが反則をしたようだ。
それからはジェームズもも試合に集中することにした。
結局、グリフィンドールはスリザリンのシーカーにスニッチを取られ、50対210で負けてしまった。
グリフィンドール寮へ帰る道すがら、シリウスはスリザリンの反則連発に酷く腹を立てていた。
もし目の前にスリザリン生が現れたら、飛び掛って首を絞めそうな勢いだ。
「確かにスリザリンはちょっと強引だったけど、反則もうまく使えばいい手だよね」
「! スリザリンの肩を持つってのか!?」
「ちょ、落ち着いてよ、そうじゃないって! 首を絞めようとするなぁ!」
しかもマフラーで。
興奮冷めやらないシリウスを男子3人で必死に止める。
「よく考えてみてよ。例えばキーパーがとても優秀だったら、チェイサーの突破を許すより反則で止めてフリーシュートを防いだほうが失点にならないでしょ? でも、そんなキーパーなんて滅多にいないだろうから、反則するならもっと上手い方法があるはずだよ。スリザリンはその点まだ荒いと思うな。もっと反則ギリギリを狙わなくちゃ」
のこの発言に、リリーも男子4人も言葉を失った。
騎士道精神を尊ぶグリフィンドール生にあるまじき考え方だと思ったのだ。
異様なものでも見るような目の5人に、はきょとんとした。
「……なに、変な目をしてるの? ジェームズ達なら簡単だと思うけど。悪戯の要領で考えればいいんだよ」
「や、悪戯と反則は違うし……」
幾分引きつった表情で返すリーマスに、やはりは首を傾げる。
しかし、ショックから立ち直ったジェームズは、心の中でますます『をクィディッチに引き込もう作戦』に火が付いたのだった。
反則ギリギリを狙えという彼女の案が認められるならば、きっと作戦に奥行きが生まれるだろう。
もしもそれが実現されるなら、おそらく高学年になって自分達がチームの主導権を握れるようになってからだろうが。
それからの約一ヶ月間は、平和だった。
はいつものように迷珍魔法を披露し、ピーターは世にも不思議な魔法薬を作り、悪戯仕掛け人は標的を管理人とスリザリンのある1年生を主とし、リリーはますますそんな彼らを嫌うようになり、メイヒューとはたまに罵り合いをする。
穏やかな気質の多いハッフルパフ生が聞いたら「平和なの!?」と、声を裏返して問い詰められそうだが、にとってはこれが日常だった。
その日常が、もうじき変わろうとしていた。
クリスマス休暇だ。
ホグワーツからは、ほとんどの生徒がいなくなる。
はもとからホグワーツに残る気でいたので、居残りリストが貼り出された時、すぐに名前を記入した。
「、残るんだ」
「うん。ピーターは帰るの?」
「うん。ジェームズもリーマスも帰るって」
「シリウスは?」
「悩んでた。家の人と仲悪いんだって」
後半のセリフは声を落とすピーター。
は入学式のことを思い出した。
ブラック家は代々スリザリンの家系だ──。
そんな中、グリフィンドールに入ったということは、もともと家の人達とは何かが違っていたのかもしれない。
「リリーも帰るの?」
「うん。家族でフランスにスキーに行くって言ってた」
「すきー?」
「マグルの冬のスポーツだよ。こういう長い2本の板をはいて……」
がスキーの説明をしていると、シリウスが寝室から降りてきた。
彼は掲示板の居残りリストをじっと見ていた。
それからピーターと話しているのほうへと、ゆっくりと歩み寄っていく。
2人が気付くと、シリウスはを何かを言いたそうに見下ろした。
それに気付いたピーターが「宿題しなくちゃ」と気を利かせて席を外す。
ピーターとすれ違い様、シリウスは「悪いな」と呟いたが、ピーターは笑っただけだった。
シリウスがさっきまでピーターが座っていたソファに腰を下ろした後も、しばらく沈黙が続いた。
言おうかどうしようか迷っているようだ。
は黙って見守っていた。
「クリスマス休暇、ここに残るんだな」
ようやく切り出した話題は、の予想通りだった。
前にもこんな会話があったからだ。
確か、リリーの家族から手紙が来た日だったか。
あの時も、何か言いたそうだったが結局言わなかった。
しかし、次の言葉は予想外だった。
「もしかして、家族と折り合いが悪い……とか?」
一瞬きょとんとしたが、すぐに納得がいった。
が施設暮らしということを知っている生徒は、リリーと、不本意ながらメイヒューとその取り巻きだけだ。
は、何故シリウスが自分にこんなことを聞いてきたのか考えてみた。
──もしかしたら、自分と似た境遇の仲間が欲しいのかもしれない。いつも堂々としている彼だけど、一族の中でたった一人異質であることを不安に思っているのかもしれない。
残念ながら、彼の望むような境遇ではないけれど。
はあえてこう答えた。
「家族じゃないけど、あんなとこ帰りたくないから残ることにしたんだ」
「家族じゃない……?」
「言ってなかったね。私、施設暮らしなんだよ。でも、そこの住人達はともかく、管理人が大嫌いだから、帰らない」
目の前の同級生が孤児だったことにももちろん驚いたシリウスだったが、それよりも「帰りたくないから帰らない」と、はっきりと自分の心に素直な姿勢が強く印象に残った。
は、シリウスの家庭がどんなふうだかを知らない。
だから、帰りたくなければ残ればいい、とは言えなかった。
古くから続く家なら、が考えもつかないような事情や何やらがあるかもしれないから。
人には様々な深い事情があることを、はマグル界での仲間達から学んでいた。
シリウスは真っ直ぐに見つめるから目をそらした。そのまま視線を落とし、組んだ自分の手を見つめる。
「俺も、そう言えたらいいな……」
「できないの?」
「まだ、無理かな。俺はコドモで何の力もないから」
俯いたシリウスの表情は、悔しそうで悲しそうだ。
彼を縛り付けるものを、振り切ってしまいたいのに、そうできないでいるのだろう。
もしかしたらそれは家族への愛情だったりするのかもしれないが、にはわからない。
せめて、言えるのは。
「それじゃ、力、蓄えなくちゃね。どっちにしろ夏休みにはホグワーツを追い出されるんだからクリスマス休暇くらい大目に見ろよ、て言えるくらいの力をね」
シリウスがハッと顔を上げる。
その目には、ここに降りてきた時にはなかった光があった。
胸の中の重い塊が消えたように、シリウスがふわりと微笑んだ。
つられても微笑む。
「同じこと、ジェームズにも相談したんだ。そしたら、帰りたくなきゃ残ればいいじゃないか、と軽く言われた」
「あはは、ジェームズらしい。でも、あいつがそう言うと頷きたくなるから不思議だね」
「まったくだ。うっかり名前を書くとこだった」
「書いても良かったんじゃない?」
「そんなことしたら、呪い付き吼えメールが来るな。……ああ、こういうのもはね返せるようにならなくちゃな」
「受け流すとかね」
不意にシリウスは、のことをもっと知りたくなった。
いつから孤児だったのか。マグル界ではどんな暮らしをしていたのか。そこでの仲間とは、どんな人達だったのか。
けれど、結局は何も聞かなかった。
聞けば教えてくれるだろうけれど。
聞くにはまだ自分があまりにもひ弱に思えたからだ。
「──来年。来年のクリスマス休暇は、きっと残る」
静かに決意するシリウスを、は応援するようにやさしく見つめていた。
クリスマス休暇で帰宅する友人達を見送るため、は一緒にホグズミード駅まで来ていた。
「クリスマスプレゼント、楽しみにしていてね」
しばしの別れの抱擁を交わしながら言ったリリーに、はハッと顔を上げた。
クリスマスプレゼントのことなど、すっかり忘れていたからだ。
「あの、ごめん。私……プレゼント用意できないから、送らなくていいよ」
「そういうわけにはいかないわ。お礼が欲しいわけじゃないもの。私が贈りたいから贈るのよ」
「で、でも……」
「いいの。は黙って受け取ればいいのよ」
リリーの男前な発言に困ったは、助けを求めるように男子4人を見たが、何故か彼らもリリーと同じような表情だった。
の事情を知っているのはリリーとシリウスだけだから、後の3人はがプレゼントを用意できないのはホグワーツに残るからだと思っている。だが実際は基金でホグワーツに在籍しているため、自由になるお金がないのだ。
だから、シリウスは助け舟を出すことにした。
「来年にまとめてもらうから。よろしくー」
来年もプレゼントを用意できないことは知っている。
けれど、今はこう言うしかないだろう。
いつか、が自分のことを話すまでは。
もっとも、近いうちに知ることになりそうだけど、とシリウスは思った。例えば、クリスマス休暇明けとか。
でも今は、ジェームズもリーマスもピーターも、シリウスの発言に乗って笑いながら別れの挨拶を交わすのだった。
発車時刻が迫り、5人はホグワーツ特急に乗り込んだ。
リリーはジェームズ達と同じコンパートメントで帰るらしく、彼らは窓を大きくあけてに手を振る。
が駆け寄ると汽笛が鳴った。
「休暇明けに、いろいろ話を聞かせてよ」
が言えば、それぞれがそれぞれに返事をしてきた。
乗車口が閉じ、列車が動き出す。
は一歩下がって少しずつ離れていく友人達に手を振り続けた。
紅い影が見えなくなるまで。
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