あれからもとレギュラスの関係は良好だ。恋人として付き合っているわけではないが、何かあれば相談し合うくらいの仲にはなっている。
この前も、数占いの課題を一緒に仕上げた。
ある日、廊下を歩いていたは嫌なものを見てしまい、眉間にシワを寄せた。
以前友人に「スネイプ先輩のみたくなっちゃうよ」とからかわれた表情で、進路で繰り広げられている不快なものを眺める。
ホグワーツではよくあることだ。
一部のスリザリン生によるマグル出身者イジメ。
は出自に関わらずイジメが大嫌いだ。そして、そんな場面に出くわして黙って見過ごせる性格ではなかった。
はわざと足音を立てて接近すると、大きめの声で話しかけた。
「あなた達、何しているの?」
に背を向けていたスリザリン生達がハッと振り返る。
そこにいたのが寮は違えど自分達と同じ純血の生徒だとわかると、顔の緊張を緩めて言った。しかも現れたのは最近レギュラスと仲の良い女子だ。彼女達は自分達の仲間だと思い込んだ。
「何って、わからないことがあるって言うから教えてあげていたのよ」
「そう……」
スリザリン生に囲まれるようにされて縮こまっているのはグリフィンドール生だった。それもどうやら下級生らしい。
答えたスリザリンの女子はシレッとしているが、いびって楽しんでいたのは明らかだ。
グリフィンドールの下級生は、現れたレイブンクロー生が敵か味方か探るような目で見ながら、助けを求めていた。
はスリザリン生達に視線を戻すと、その中にスラグホーンのお気に入りがいるのを見つけた。
「ところで、スラグホーン先生が探してたよ。行ったほうがいいんじゃない?」
こう言えば、きっと彼女達はみんなで動くだろう、と踏んだ予想は違わずその通りになった。それに、もともと暇つぶしに因縁を付けていただけなのだから、こだわる理由もない。
スリザリン生が姿を消すと、グリフィンドール生達は一様に安堵の息を吐いた。安心のあまり涙が浮かんでいる子もいる。
宿敵と言われる寮の怖そうな上級生に囲まれれば、誰だって泣きたくなるだろう。
は笑顔を浮かべて声をかけた。
「災難だったね。もう大丈夫だから」
「ありがとう……」
「それじゃ、気をつけてね」
下級生と別れて少し歩くと、後ろのほうで誰かがヒソヒソと話す声が聞こえた。
振り向くが、誰もいない。同時に話し声も止まった。
……確かに声がしたのだけれど。
変だなと思いつつも、は再び歩き出す。
だが、しばらくするとまたヒソヒソ声。
今度は勢いをつけて振り向くが、やはり誰もいない。そして話し声も止む。
は何だか怖くなった。
平気でゴーストがうろつくホグワーツ城だが、こんな性質の悪いゴーストは聞いたことがない。ピーブズはもっとやることが直接的で派手だから、当てはまらない。
どうして他の生徒がいないのか、と普段から人の少ないこの廊下を呪いつつ、足早に進む。ほとんど小走りだ。
すると今度は足音付きで話し声が。
「誰かいるの!?」
叫んで振り向くと同時に、あてずっぽうで金縛りの魔法を飛ばす。
と、偶然魔法が犯人にかすったのか、男の子達の声と転ぶ音があった。
は声のしたあたりを睨み、杖を向ける。
落ち着け、と自分に言い聞かせて彼女ははっきりとした発音で呼びかけた。
「そこにいるのは誰? 姿を見せて。さもないと、ありったけの呪いをかけるよ」
本当はローブの中の膝はすぐにでも震えそうだ。こらえているのは、負けず嫌いな性格故だ。
しかしそれが功を奏したのか、誰もいないはずの空間から慌てたような声がして、今にも杖を振るいそうなに待ったをかけた。
そして、何もないはずの空間からニョキッと現れる頭。
頭だけ。
突然出てきた生首に息を飲んだは、無意識に攻撃呪文をぶつけようと杖を振り上げていた。
生首の横に両腕が突き出され、それは大慌てで「やめてくれ!」と訴える。
よく見れば、その顔はシリウス・ブラックだ。
生首はもう一つあり、後ろを向いているので顔は見えないが、自由を求めてあちこちに跳ねる髪の毛からしてジェームズ・ポッターだろう。
この2人を知らない人はもぐりだ。
悪夢でも目の当たりにしたような顔のの前で、じょじょに2人の実体が露わになる。
ジェームズが透明マントを丸めているのだが、まさかそんなものがあるとは思いもしないには、奇怪な現象にしか見えなかった。
知っている顔である上、片方は想い人であるにも関わらず、は目を細めて思い切り疑わしそうな表情でいた。
「あなた達……本物? 誰かの変装じゃなくて?」
疑われていることがわかったシリウスは、バツが悪そうに頭を掻きながら頷いた。
「驚かせて悪い。本物だ」
「何で私のあとをつけてたの?」
「いや、あとをつけたのはその場の思いつきで……」
きっと、それまでは誰にどんな悪戯を仕掛けるか、タイミングでも計っていたのだろう。
チクチクとしたの視線をどうにかしようと、シリウスは強引に話題を変えた。
「それにしても、あのスリザリンの集団を口先一つで追い払うなんて、なかなかやるな。スラグホーンが探してる、なんて嘘なんだろ?」
「え……まぁね。いくらなんでもあの人数相手にケンカなんかできないし、下手に騒ぎにして減点なんてされたくないもの」
「前も、そうやって絡まれてたヤツを助けてたな」
ローブの埃を払い、立ち上がるシリウス。
過去の話を持ち出されたは、ちょっとだけ恥ずかしそうに瞬きをして目をそらした。
「実はそういうの、何度か見てたんだ……うわぁっ」
「わっ」
突然シリウスは背後から突き飛ばされ、のほうへつんのめる。は反射的に両腕を出してシリウスを支えていた。
シリウスが転んだわけではなさそうだから、原因はおのずとわかる。
「じゃあね〜」
いつの間にまた透明マントを被ったのか、ジェームズは声だけ残してどこかへ行ってしまった。
抱き合うような姿勢のまま呆然と何もない空間を見つめていた2人だったが、すぐにハッとして距離をとる。
気まずい沈黙の後、シリウスは空気を変えるように軽く咳払いをした。
「その……ちょっと話をしたいんだけど、場所変えないか?」
「うん、いいよ」
シリウスとレギュラスの仲が最悪なのはも知っている。もしかして、その話だろうかと少し身構えた。
ところが、誰もいない教室でシリウスの口から出た話は、そんなことではなかった。
レイブンクロー寮談話室で、魂が抜けたようにソファに沈んでいるを、寮生達が奇妙な目で見ていく。
しかし今の彼女はそんな視線にまるで気付いていない。
頭の中は別のことでいっぱいだった。
──ずっと気になってたんだ。今すぐ付き合ってくれとは言わない。でも、もっと話をする機会が欲しいんだ。
とても遠回しな表現だけれど、それの意味するところを汲み取れないほどは鈍くはない。
まさか、あのシリウスからそんな言葉をもらうとは。
王子と呼ばれ、一部の過激なファンに何人もの純粋な女子が理不尽な制裁を受けたと噂のあるくらい人気の人から告白のセリフをもらうとは。
あの悲劇の前までは、自身がそれを言う立場だったのだが。
本当なら狂喜乱舞していてもおかしくないのに、どうしてこんな複雑な気持ちになっているのか。
「……全部私のせいか」
人違いから始まったとはいえ、レギュラスにそうとう情が移ったようだ。
けれど、憧れてやまなかった人物からの申し出が嬉しくないはずもなく。
シリウスには、曖昧な返事しかできなかった。
どっちが好きなのだと聞かれれば……どちらも同じくらい好きになってしまったのだ。
はっきりしないことが好きではないは、こんな自分に嫌気がさしていた。
でも、こんなこと誰に相談できる?
友人に切り出したところで「アホ」の一言で終わりだろう。その一言にはいろんな意味が含まれているはずだ。まず、最初に間違えた時点ですぐに行動に出なかったこと。その後もずるずると時間を送ったこと。シリウスに気持ちを告げられた時、正直に話さなかったこと……賢い友人達のことだ、他にもあるに違いない。
返事のわかりきった相談を持ちかけるなど時間のムダだ、とは思った。
それに、自分がすべきこともわかっているのだから。
……とても気が重いことだが。
翌朝、は寝不足の目をして朝の大広間に下りていた。
確かに寝不足のせいで顔色はやや青白くまぶたも重そうだったが、気力はみなぎっていた。
今日こそ言うのだ、と。
何としてでも放課後に捕まえて、本当のことをちゃんと話すのだ、と。
どちらから話すのかは問題ではない。
見つけたほうからだ。
こんな彼女の気合の入り方は、悲劇の日と同じだったことを本人はすっかり忘れていた。
そして、授業内容などほとんど頭の中に残らないまま迎えた放課後。
先に捕まえたのはシリウスだった。
いつもの4人でつるんでいたところを抜けてもらったのだ。
ジェームズ達にお礼を言うと、にこやかに手を振ってくれた。気の良い人達だ。
はシリウスを中庭の人のいない隅のほうに連れていった。
この時、シリウスはまるで戦場に赴くかのような気の張ったを奇妙に思っていた。それから、断られるかなと予測した。
しかし彼女の口から出てきたのは……。
「あ〜、えっと……ややっこしいな、つまり、俺に告白しようとしたら実はレギュラスの奴に言ってしまって、流れで友達付き合いから始めたら思った以上にいい奴だった、と。そしたら俺のほうから告白されてしまった……で、いいのか?」
「……その通りです。何て言うか、ホントに……」
声に出すと本当に恥ずかしくて、は顔を上げることができなかった。
頭上でシリウスがため息をついた。
完璧に呆れられたな、とは何を言われても仕方がないと観念した。
ところが。
「……で?」
「……?」
「事情はわかった。それで? 俺、お前の気持ちをまだ聞いてないんだけど」
は思わず顔を上げてシリウスの顔を凝視してしまった。
シリウスはどうしてそんな目で見られるのかわからず、疑問にわずかに眉を寄せる。
たっぷり数秒の間をあけた後、の口からポロリとこぼれる言葉。
「なんてお人好し……あ、ううん、そうじゃなくて」
「訂正遅い。聞こえたから。悪かったな、俺だってそう思うよ。それで、答えは?」
今度は恥ずかしさからか目元を渋くさせるシリウス。もともと色白の頬がほんのり赤い。
は深呼吸をしてから、正直な今の気持ちを伝えた。困ったことだけれど。
「どっちも同じくらい好き……なんて、思ってます……」
シリウスの片眉がピョンと跳ね上がる。
「同じくらい? あいつと?」
逆鱗に触れてしまっただろうかと思いつつも、嘘はつきたくないから頷くしかない。
シリウスはから体の向きをずらすと、口元を片手で覆って何やら考え事を始めてしまった。
さっさとしておくべきだったか、とか生意気な、とかそれなら……、とか断片的な呟きが聞こえてくる。
やがて、シリウスは体の向きを直してと目を合わせると、やたらと挑戦的な笑みを浮かべた。
の背筋を電気が走ったような感覚が襲う。ずっと好きだった目だ。
定規でも差し込まれたかのように真っ直ぐになったに、シリウスははっきりと言った。
「同じくらいってことは、俺が勝つ可能性は充分あるよな。何たって、最初から好きだったのは俺だし」
な、と同意を求めてくるシリウス。
同意を求められても困る。この場合、どういう態度をとったらいいのか。
「諦めないから」
シリウスの言葉は、の脳に刻み込まれた。
──おかしいな。これらのセリフは本来なら私が言うはずのものなのに。
脳内で繰り返されるシリウスの言葉の片隅で、はこんなことを思っていた。
レギュラスはどうだったのかというと。
結論から言えばシリウスと同じだった。
さすが兄弟だ、とは現状から外れた感想を抱いた。もちろん声には出さないが。
その時のことを思い出し、はちょっぴり寒気を覚えた。
「実は人違いだったんです。騙していたと思われても仕方ありません。心から謝ります。ごめんなさい」
たぶん、こんな内容のことをは言ったはずだった。
レギュラスこそ怒って当然の人物だ。
彼は聞いた時こそ絶句していたが、ショック状態から立ち直ると綺麗すぎる笑みで言った。
「僕が怒ってどこかへ行くと思った? う〜ん、そうなるにはキミのこと知りすぎたかな。せっかくも僕のことを良く思ってくれてるんだし、僕としてももっと親密になりたいんだけど。あの兄よりもね」
綺麗な笑顔はそれだけで迫力があり、説得力があり、そして……攻撃的であった。
「今すぐ答えは出せないんだろ? 僕は遠慮しないから」
トドメを刺された。
シリウスが好きだったはずだ。
けれど、人違いでレギュラスに告白してしまい、それがきっかけで相手を知ってみればけっこう好ましい人物で。
いつの間にかどちらも好きになり、選べなくなってしまっていた。
自分はこんなにいい加減な人間だったのか、と腹立たしく思うも気持ちをコントロールできない。
彼女の苦悩をよそに、ブラック兄弟は暇さえあればを誘いにくる。
たまに兄弟がはち会えば、のことなど忘れたように火花を散らす。
仲裁に入ろうにも隙などなく、どちらかが立ち去るまで眺めているしかない。
もしかしたら、あの兄弟は示し合わせて自分をからかっているのではないか、などとは勘繰ってしまう。
そのたびに自己嫌悪に陥る。
日々、これの繰り返し。
きっと女子達からは猛烈に嫌われているだろう、とのため息は尽きることがない。
だからといって焦ってみても思考は空回りするばかり。
性格上、ヤケクソになって投げ出すこともできない。
はまだ知らない。
やがてブラック兄弟の彼女に対するスキンシップが大胆になっていくことに。
いつ結論を出すのか。
選択の時、修羅場になるのかならないのか。
その前にが2人に振られるという可能性もあるのだが……。
先のことは、まだ誰にもわからない。
■■
大変お待たせしました! 若桜帆志様へ7887hitリクエストを捧げます。
シリウスに言うつもりが間違えてレギュラスへ……。ラストは並木にお任せということでしたので、このような終わり方になりましたがどうでしょうか?
どこか一箇所でも気に入っていただける部分があれば嬉しいです。
それにしても、告白の相手を間違えた瞬間て、きっと頭の中真っ白になりますね(笑)。
それでは、リクエストありがとうございました。
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