1.新しい家、そしてダンス

五年生編第1話  ホグワーツ特急を降り、待ち合わせしていたバートルミー・レドナップと合流したは、彼について地下鉄に乗った。
 レドナップが地下鉄を使うとはまったく予想していなかったためはかなり驚いたのだが、電車を降りて少し歩いたところにあるアパートに着いた時はもっと驚いた。
 3階建ての古いアパートを呆然と見上げるに、レドナップは悪戯が成功したような笑みを見せた。
「……実は4階に住んでるとか?」
「いや。マグルに混じって暮らしている」
「信じられない。何で? 何か必要があってここに住んでるの?」
「特に理由はないが、強いて言うなら闇祓いを引退した時の気分だな。ほんの気まぐれだったが、今ではすっかり気に入っているんだ」
「気分……。でも、死喰い人には恨まれてるよね。引退したからって見逃してくれるとは思えないけど」
「マグル除けの呪文があるように、魔法使い除けもあるのだよ。さあ、いつまでもここに突っ立っていても仕方ない。中に入ろう」
 アパートの玄関に入り、中央の階段で3階まで上る。
 301号室──そこがレドナップの部屋だ。
 杖ではなく、マグルが作った鍵を使いマグルのように鍵穴に鍵を差し込んで開錠したレドナップが、ドアを大きく開けてを中へ誘った。
「ようこそ我が家へ。そして、今日からはお前の家でもある。仲良くやっていこう」
 ただいまと言えばいいのか、お邪魔しますと言えばいいのか、にはわからなかった。
 戸惑うにレドナップは穏やかに言った。
「まあ、いきなり自分の家と思えと言われても難しいな。少しずつ慣れていけばいい。ああそれと、管理人には親戚の子と言ってあるから、そのつもりでな」
「そう……わかった。これからよろしく」
 結局は、ただいまともお邪魔しますとも言えなかった。

 レドナップとの生活は、が思っていたよりは良いものだった。
 彼は基本的にがすることに干渉はしなかった。
 その代わり、外出する時は行き先を教えるようにと言った。
 アルバイトのことも話し、店の名前を告げると、
「あそこか」
 と、まずいものでも食べたような顔をして許可した。
 現役時代に何かあったのかあるいは個人的な知り合いのかはわからないが、追求はしないことにした。
 それから、夏休み中の計画も。
「友人らのパーティは日時と場所が決まったら教えてくれ。それさえわかれば何泊でも好きにすればいい。しかし、ガードナー家か……」
 引退したとはいえレドナップは情報収集を怠ってはいないようで、ここ最近のガードナー家の動向に注視していた。
「お前も知っての通りの状況だ。ブラックも面倒なことに巻き込んでくれたな。とはいえ、あいつも被害者か。学生身分のお前らに変な話をふっかけるとは思えんが……気をつけろとしか言えなんな」
「逃げるのにちょうどいい魔法はないの? ほら、姿くらましとかさ」
「お前にはまだ早い」
 の提案は、考える素振りを見せることもなく却下された。
 それどころか、からかうような笑みでこう続けた。
「せいぜいダンスでブラックに恥をかかせるなよ」
「フン、どんな曲にも合わせられるように完璧にマスターしてやる」
 レドナップは大笑いした。
 それから数日後、ジェームズからふくろう便が届いた。
 ドレスローブの準備とダンスのレッスンをするから家に来てくれという内容だ。
 出発の準備はすでに整っている。
「ちゃんと宿題も持って行けよ」
「親みたいなこと言わないで」
「親みたいなもんだろ」
 暖炉の前で言い合うとレドナップ。
 言われずとも、宿題は鞄の中にちゃんと入れてある。
 ダンスレッスンに、とりあえず五日間設けた。
 その後は、ガードナー家へ直行だ。
「行ってくる」
「行ってこい」
 こうしては、煙突飛行でポッター家へと旅立った。

 ポッター家の暖炉から吐き出されると、そこにはすでにジェームズ達がそろっていた。
「やぁ、いらっしゃい。さっそくだけど母さんとドレス合わせをしてくれるかな」
「ダンスレッスンが先じゃないの?」
 階段を指さすジェームズには疑問をぶつけた。
 ジェームズは苦笑して答えた。
が来るって聞いて、母さんはしゃいじゃってさ。今頃、部屋はドレスローブでいっぱいだよ」
 がんばってね、とは他の3人に挨拶する間もなく2階に追いやられた。
 何部屋も並ぶ長い廊下で、一部屋だけドアが半開きになっている部屋があった。
「あそこかな」
 足早に向かい、ドアの隙間からそっと中を覗うと、大量のドレスローブがベッド上や壁一面のハンガーにかけられていた。
 その中央にポッター夫人がいて、ドレスローブを一着一着眺めては首を傾げて何か考えている。
 はドアを軽くノックして来訪を知らせた。
「こんにちは、お久しぶりです」
 振り向いたポッター夫人は、を見とめるとパッと表情を輝かせた。
「あらっ、まぁまぁまぁ! ようやく来てくれたのね! 待ってたのよ。シリウスのパートナーとしてダンスパーティに出席するんですって? それで力にやってやってほしいってジェームズに頼まれたのよ」
「ご了承いただきありがとうございます」
「そんな堅苦しい挨拶はいいから。大まかに選ぶだけ選びましょう。着るものがある程度決まってるとイメージもしやすいでしょう」
 何のイメージかにはよくわからなかったが、今のポッター夫人には逆らえるような雰囲気ではない。
 部屋に入り、何着ものドレスローブを見回した。
「あなたに似合いそうなものを選んでみたの。気に入ったものはあるかしら? もしなければ衣装ルームに案内するわ」
 は一通り見ていった後、ある一着に目を留めた。
 水色をベースに白と金で縁取りやラインを入れたドレスローブだ。
「それがいいの? 清涼感があっていいと思うわ。他に候補はあるかしら?」
 ポッター夫人はハンガーごと壁から下ろしながらを促す。
「他かぁ……うーん。おばさんのお勧めはありますか?」
「そうねぇ、これなんてどうかしら」
 黒に金糸のレースがついたものだった。
「私には大人っぽくないですか?」
「そんなことないと思うわよ。は背もあるし、女王様みたいになれるんじゃないかしら」
「いや、女王様は目指してませんから」
 が慌てると、ポッター夫人はホホホと笑った。
 ジェームズに似た感覚を覚え、さすが親子だなとは思った。
「ところで、シリウスはどんな感じのものかわかりますか?」
「オーソドックスに黒を選んできたけれど、とても良いドレスローブだったわ」
「黒か。私も色をそろえたほうがいい?」
「そんなことないわよ。ここにあるのは、彼の横に立った時に見劣りしないレベルのものよ。だから好きなものを選んで大丈夫」
 は何とも言えない気持ちになった。
 というのも、この部屋にあるドレスローブはどれも高級品だからだ。
「うん……服に着られないようにしなくちゃね」
 心配事はそれだった。
 ひとまず二着の候補があがったところで、一階に下りてお茶にすることになった。

「おばさんのスコーン、すっごくおいしかった!」
 ティータイム後、庭に出たがご機嫌でそう言うと、ジェームズは得意気に笑った。
「夕食も張り切って作るって言ってたよ」
「やった! それじゃ、ぼちぼち始めようか」
「まずは僕とシリウスで手本を見せるよ。シリウスが男性パート、僕が女性パートでいくから、は僕の動きをよく見ててね」
 は頷き、リーマスとピーターと一緒に芝生の上に腰を下ろした。
「最初は基本のワルツ。ワン、ツー、スリーだ」
 ジェームズとシリウスが構え、ジェームズのワン、ツー、スリーの声と共にステップを踏んでいく。
 は真剣にジェームズの足運びを見た。
 隣のリーマスが気遣わしげに囁く。
、本当にあれやるの? 本番はヒールの高い靴はくんだよ」
「……がんばる」
 言葉を発するまでの間隔に、リーマスはハイヒールで踊ることを知らなかったんだなと察した。
「僕、目が回ってきた……」
 ピーターは額に手をあて、軽く頭を振っている。
 すると、は決然とした表情で立ち上がった。
「ジェームズ、代わって」
「わかった。何事も実践だよね」
 シリウスは、正面に立ったの顔を見て苦笑する。
「もっと肩の力を抜け」
「……ん」
 は素直に深呼吸をする。
 そこでシリウスは改めて思った。
「お前がハイヒールはいたら、俺とあんま背丈変わんねぇな。どんだけ伸びるつもりだ?」
「私がコントロールできる話じゃないね」
「そりゃそうか」
 そして2人は構えた。
「ゆっくりいくぞ」
「うん」
 傍についたジェームズのかけ声と手拍子でステップが始まった。
、すごい……ちょっと見ただけでちゃんとできてる」
 ピーターがあんぐりと口を開けて感心する。
 一方リーマスは何とも言えない表情だ。
 というのも、の顔はダンスを楽しむというより戦場で戦う戦士のようだからだ。
 ジェームズも苦笑していったん止めた。
、顔怖すぎ。もっと笑顔で。ね?」
「えがお〜? 難しいなぁ」
「そうかい? 何か楽しいことを考えてみるとかさ。ほら、毎年の値切り合戦が大成功したとか」
 とたん、の表情が渋いものになる。
 は重いため息をつくと、援助金が打ち切られたことを告げた。
「ほら、レドナップが後見人になったでしょ。生活費は全部あいつ持ちになったんだよ。値切るどころか新品になると思うよ。古本てけっこうおもしろいんだけどなー」
「古本でいいって言ってみれば?」
「そのつもり」
「じゃあ、笑顔は後にして、細かいところに移ろうか。リーマスとピーターも見てるだけじゃ暇だろ。一緒にやろうよ」
 ジェームズが誘うが、リーマスは苦笑して返した。
「男同士で踊ってもねぇ」
 すると、いつからそこにいたのか窓際で達の練習を眺めていたポッター夫人が加わってきた。
「よかったら私がお相手しましょうか?」
「そりゃいいや。ねぇ、音楽もかけようよ」
「ついてけないって!」
 性急な提案をするジェームズに、ピーターが悲鳴をあげる。
 しかし、そこは親子、ポッター夫人は杖を一振りしてレコードプレーヤーとスピーカーを運んできてしまった。
「一曲ごとにパートナー交代よ」
 ポッター夫人はそう言うと、レコードに針を落とした。
 優雅なワルツがスピーカーを通して庭に響く。
 音楽に乗りきれず、の最初のステップは大失敗に終わった。
 芝生に足を滑らせてスッ転んでしまったのだ。
「お!?」
「うわっ!」
 お互いの手を取っていたため、シリウスもつられてつんのめる。
 まるでシリウスがを押し倒したような形で倒れ込んだ。
「シリウス〜、昼間っから何やってんのさ」
「黙れジェームズ。そっちこそ昼間っから何をトチ狂ってんだ?」
 あははは、と笑うジェームズのほうを見ると、達とどっこいどっこいだ。
「ふふふ。ジェームズもシリウスも、まだまだ甘いわね」
 軽やかに笑うポッター夫人は、ダンス初心者のピーターを上手にリードしていた。
 ピーターの足元はおぼつかないものの、夫人に合わせて足を運んでいる。
 の負けん気に火がついた。
「シリウス、いつまで乗ってる気? 天狗になってるあの2人を倒すよ!」
「倒す? お前、こんなとこで喧嘩なんか……」
「ダンスで倒すに決まってるでしょ! さっさと立つ!」
 が怒鳴りつけると、シリウスは反射的に立ち上がった。
 グリフィンドール一のハンサムと言われているシリウスを間近にしても、の心は微塵も揺れなかったようだ。
 一方シリウスも、に女の子的要素を欠片も感じていないのか、慌てた風が少しもない。
 ジェームズはそんな2人に苦笑した。
 2人にくっついてほしいということではなく、おもしろい反応が見れるかと期待していたのだ。
「それじゃ、僕達も再挑戦だ。リーマス、今度はうまくリードするよ。調子に乗ってる母さん達を倒す!」
「キミも倒すほうなのかい?」
 すると、乗りの良いポッター夫人が挑発するように言った。
「ほほほ。私を倒すなんて百万年かかっても無理ね。アシカのほうが上手に踊れるんじゃないかしら」
「何でアシカ……。クッ、こうなったら……、僕達全員の力を合わせてあの大魔王を倒すぞ!」
「それしかなさそうだね。シリウス、足引っ張んないでよ」
「初心者はお前のほうだろ」
「ああ、もうわけわかんないよ」
 シリウスもリーマスも、ジェームズとの実践魔法の特訓時でおなじみとなった『コーチと生徒』の新バージョンが始まったことを悟った。しかも巻き込まれつつある。
 ピーターはというと、夫人のダンスについていくのに忙しくそれどころではない。
 は目でシリウスを促すと、再び練習に打ち込むのだった。
 それはシリウスが飽きて「解放しろー」と騒ぐまで続いた。
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