心の内を爆発させてしまったことで、一時的に虚ろになっていたのだ。
マクゴナガルが現れたのはそんな時だった。時計を見ていないから正確な時間はわからないが、彼女が動けるということはきっと放課後なのだろう。
自寮の生徒の見舞いに来たのはもちろんだが、用件はそれだけではないことは考えなくともわかる。
が身構えているのをマクゴナガルも感じ取ったのか、すぐに本題に入った。
マクゴナガルは背筋を伸ばして椅子に座り、を見据えて言った。
「さて、あなたは何故あんな危険なことをしていたのか、説明してくれますか?」
何と答えよう、とは悩んだ。
攻撃力を重視した魔法の実験をしていたことは、すでに知られている。下手な言い訳は通用しないだろう。かといって、全部を話す気にもなれなかった。
なかなか口を開かないを、マクゴナガルは急かすこともせず忍耐強く待っている。
それが居心地悪くてはお尻をモゾモゾさせた。
マクゴナガルはじっと動かない。
いっそ厳しく問い詰められたほうがマシだ、とは苦々しく思った。そうしてくれれば、子供らしく反抗して罰則でも食らってうやむやにできたのに。
さすがマクゴナガル、と言うべきか。の性格をよくわかっている。どうすれば彼女が根を上げるか、ちゃんと知っているのだ。
も、これがつまらないケンカの末の魔法の暴発だったら、渋々ながらもそうと話したかもしれないが、事は命に関わる復讐の話だ。簡単に口にできるものではない。
十分経っても口を真一文字に結んだままのに、とうとうマクゴナガルが折れた。
「……わかりました。詳しい事情は聞きません。ですが、これだけは確認します。あなたは自分がやったことを反省していますか?」
ため息混じりのマクゴナガルの問いに、は、それは破壊してしまった教室のことだろうかと思った。
とたん、顔から血の気が引くのがわかった。
──修理費の話か!?
の顔色が変わったのをどう解釈したのか、マクゴナガルは重々しい口調で続けた。
「エヴァンズはもちろん、あのポッター達でさえ元気がなかったのですよ。クィディッチチームのメンバー達も落ち着かない様子でした。あなたは、あなたが思っているよりもずっと多くの人から心配されていたのです。それを、きちんと理解しなさい。もし、また同じことを繰り返したら、たとえどんなに高度な魔法を使えたとしても、あなたはただの愚か者ですよ」
「……はい」
の脳裏に、先ほどのリリー達が浮かんだ。
ふと、マクゴナガルの雰囲気が変わった。
「教室の修理費についてですが──本来なら保護者の方に請求するところですが、あなたの場合は事情が違いますので、校長先生と相談してこういうことに決めました」
「……」
「出世払いです」
「……は? 誰が出世するんですか?」
緊張したのも束の間、今度は脱力する。
純粋なヒトではないに出世の機会があるのかどうか。それ以前に、就職先があるのか。
卒業後の魔法界の暮らしに、は今のところ何の期待もしていない。まっとうな職は、の意味でだが。
マクゴナガルはそんなの考えを読み取ったのか、キリリと眉を吊り上げピシャッと言った。
「これからO.W.L試験やN.E.W.T試験が待っているのは知っていますね。にはそれらを優秀な成績で通過してもらいます。そして必ずまともな職に就いてもらいます」
まともな、にやたら力が入っている。
「あなたは優秀な魔女です。きっとあなたの能力を欲しがるところがあるはずです。そのためにも、今から力を磨いておきなさい。──話は以上です」
の返事も待たずにマクゴナガルは立ち上がった。
そしてに背を向け、カーテンに手をかけたところで何かを思い出したように、また戻ってきた。
「忘れるところでした。あなたの杖ですが、あの爆発で壊れてしまったのでじきに来るイースター休暇の時に買いに行きなさい。それまでは、この予備の杖を使うように」
「壊れた!?」
差し出された杖を受け取りながら驚きの声を上げる。
ほんの半年程でまた杖を失ってしまうとは。
唖然とするに、マクゴナガルは冗談ともつかない声音で言った。
「大丈夫ですよ。杖の代金は基金から出ますから」
マクゴナガルが帰っていき、一人になったベッドの上では彼女に言われたことを考えていた。
将来に関わる2つの大きな試験で上位の成績を修め、きちんとしたところに就職をする──。
マクゴナガルは修理費の支払いのためにと言ったが、はたしてそれだけの理由だろうかとは疑う。
もしかしたらマクゴナガルも校長も、の置かれている環境のことを心配しているのかもしれない。闇の陣営のほうへ流されていかないようにと。
「そんなに心配しなくてもあっち側には行かないのに……まぁ、仕方ないか」
教室一つぶっ飛ばしちゃったし、とため息をつく。
そこからの思考は爆発の原因へと移る。
「呪文にも相性があるのかな。それとも順番かな」
時折唸りながら真剣に考え込むを、もし今リリーが見かけたら「懲りない人ね」と呆れ顔で見られたことだろう。
そしてやって来たイースター休暇。
はマクゴナガルから杖の代金を受け取り、帰省する生徒達に混じってホグワーツ特急に乗っていた。今回はリリーもジェームズ達も帰らなかったので、列車内では暇を持て余していた。
ダイアゴン横丁までは日帰りできる距離ではないため、漏れ鍋で一泊することになっている。ありがたいことに宿代は学校側が出してくれた。出世払いに上乗せではない。
壊した教室の修理費が出世払いになった、とジェームズ達に話したら彼らは涙が出るほど笑い転げ、こう言ったのだ。
「の人生は借金道だね!」
ズシーンとショックを受けた。
箒の代金と修理費。
学生の支払える金額ではない。
「思い出すな、思い出すな! 悔しいから! それに箒の代金はもう話がついてるじゃないか!」
半ばうなされながらは無理矢理眠りについたのだった。
翌日の夕食の時間帯にホグワーツに戻ったは、荷物を持ったまま大広間に向かった。とにかくお腹がすいていたのだ。漏れ鍋で朝食をとってから何も口にしていなかった。金銭事情の厳しいに、車内販売の食べ物に手を出せるだけの余裕はなかった。
グリフィンドール寮の長テーブルのいつもの席につくと、珍しくリリーが本を片手に食事していた。時々が同じことをしていれば「行儀が悪い!」と本を取り上げるというのに。
本に夢中になっているのか、リリーはに気づかない。
彼女の正面に座ったは、ツンと指先で本を突付いた。
大げさなくらいに驚いて顔を上げたリリーに、思わず笑う。
「ただいま。それ宿題?」
「おかえり。その通り、宿題よ。魔法史の。あなたもこれからでしょ」
「ああ……」
嫌なことを思い出した、と顔をしかめる。しかも杖を買いに行っていたため、2日分出遅れている。
の渋い顔に本を脇に置きながらクスクスと笑いを漏らすリリー。
「杖は見つかった?」
「うん。たいして時間もかからずにね。オリバンダーにすっごく悲しそうな目で見つめられたよ」
「そりゃそうよ。あの人の手作りをたった半年で壊したんだから」
「壊したんじゃないよ、壊れたんだよ」
「どっちにしろ原因はあなたでしょ」
サックリ言われ、は撃沈した。事実だからだ。
夕食を終えたは、疲れたので今日はもう寝てしまおう、と『太った婦人』を潜るとまっすぐ女子寮へのドアを目指した。
その背をリリーの声が呼び止める。
「もう寝るの?」
「疲れちゃった。お腹もくちくなったしね。宿題は気になるけど、この頭じゃダメだな」
「ちょっと待ってて。私も行くから」
そう言うとリリーは勉強道具のまとめてあるテーブルへ行き、手早くそれらを集めて小走りに戻ってきた。
は寮の時計に目をやると、8時を少し過ぎた頃。
リリーのいつもの就寝時間には早すぎる。だって疲れていなければまだまだ起きている時間だ。
それなのに一緒に寝室に行こうとするリリーを、は不思議に思った。
不思議をぶら下げたまま寝室に入り、荷物の整理をするにリリーは重い口調で話しかけてきた。
「突然だなんて思わないでね。、あなた……ふつうのヒトではないでしょう?」
ピタリ、との手が止まる。
顔が引きつりそうになるのと声が震えそうになるのをこらえ、いつものように軽い調子で返した。
「何を言ってるんだか。教室をブッ飛ばしたこと言ってんの? それなら……」
「そうじゃなくて。──単刀直入に言うと、人間以外の何かが混じっているんじゃないかなってこと。その……ルーピンみたいに」
ごまかせなかった。
は目を見開いてリリーの顔を凝視していた。思い詰めたような顔だった。このことを言うのを悩みに悩んだのだろう。もしかしたら本当は医務室にお見舞いに来た時に話したかったのかもしれない。けれど、ジェームズ達もいたから遠慮したのかもしれない、とは思った。
こんなふうに考えるだけの思考力は残っていたのに、他の部分は真っ白だった。どんなことを言えばいいのかわからない。感情の動きさえも止まったかのようだ。
石のようになってしまったに、リリーは慌てて話を続ける。次にとるの行動を止めようとするかのように。
「待って。落ち着いて聞いて。だからってあなたやルーピンをどうこうしたいわけじゃないの。……ただ、教えてほしいだけ。本当のことを知りたいだけなの」
「──知ってどうするの?」
の口から出てきた声は、自身もびっくりするほど冷えたものだった。視線は変わらずリリーから離されていない。
リリーもの声の冷たさに、手が白くなるくらいきつく拳を握っていた。
医務室の時に時間が逆戻りしたかのようだった。
の頭はまだ冷静さを取り戻してはいない。リリーの返答しだいでは、また爆発してしまいそうだ。
やがてリリーは小さく口を開き、よく耳を澄まさないと聞き取れないくらいの小声で言い始めた。
「……もう置いていかれたくないの。去年で懲りてたはずなのに、また繰り返して。手遅れはもうたくさん。違うから何だって言うの。私達、同じ部屋にいて3年間、何も起こらなかったわ。が気をつけてくれてたんでしょう? 時々、夜中に出て行くのを知ってるもの。でも、そうじゃなくて、片方だけが気をつけるとか知らないふりをするとかじゃなくて、お互いをきちんと見つめて認め合うことが大切だと思うの! そうじゃないと、いつか大事なところですれ違ってしまいそうで──」
「わかった、もうわかったから。……ありがと」
気がつけば、はリリーを抱きしめて背を撫でていた。
「話すよ、本当のこと。でもリーマスのことは言えない。わかるよね?」
リリーは頷いた。
は小さく微笑む。
それから途中だった荷物の片付けを終えて、2人はベッドに並んで腰掛けると、から話し出した。
ヴァンパイアの血が四分の一ほど流れていること。日常生活にほとんど支障はないが、やはり気をつけなければならないことが何点かあること。血に関する発作もその一つで、発作が出ることはほとんどないが、まれに強く出てしまうため満月の日には医務室で処置を行っていることなどだ。
リリーは一つ一つに納得したように頷きながら耳を傾けていた。今まであった疑問や疑惑が解決していっているのだろう。
そして彼女はそれ以上は聞いてこなかった。きっともっといろいろと確認したいことや質問もあっただろうが、我慢するように苦笑していただけだった。
はその思いやりに感謝しながら、わざと声を落とし遊ぶように言った。
「このことはリリーと私の秘密。校長先生とは卒業まで隠しておくって約束したから。バレたのがわかったら退学になっちゃう」
「心配しなくても、口が裂けたって言わないわ」
「過激なたとえだなぁ」
「ふふふ」
は何の心配もしていなかった。頼まなくてもリリーなら誰にも言わないという確信があった。
「それじゃ、私ももう寝ようかな」
「……え? またあっちで宿題するかと思ってた」
「そうしようかなって思ったんだけど、あなたと同じ時間に起きてみるのもいいかな、なんて」
「校内散歩、行く?」
「いいわね。便利な抜け道があったら教えてくれる?」
「もちろん。この前ね、床の一部がトランポリンみたいになってる部屋を見つけてね……」
この後、さんざんしゃべり倒し、結局ベッドに入ったのは真夜中のことだった。
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