見送りの大人、見送られる子供。
深紅の汽車が蒸気を吐き出しながら、発車を待っている。
そんなざわめきを背景に、あるコンパートメントに子供が一人、あくびを噛み殺していた。
退屈そうに腕時計に目をやると、出発5分前だった。
(もうダメだ……)
その子は落ちてくる瞼への抵抗をやめてしまおう、とトランクからローブを取り出し、それを上掛け代わりにして誰もいないのをいいことにシートに体を倒し、丸くなった。
いよいよ深い眠りの世界に入ろうとした時、ドアをノックする音で起こされた。
やや不機嫌にドアのほうを見ると、淡い金髪の小柄な少年が覗き込んでいた。
少年はその子供を見るとびっくりしたように目を開き、すぐに失礼な反応をしてしまったと反省したのか驚きを引っ込めると、相席していいかと尋ねた。
「……どうぞ」
愛想のない答えに気を悪くしたふうもなく、少年は苦労しながらトランクを引きずってコンパートメントの中に入る。
トランクを隅に寄せた少年が遠慮がちに先客の向かいの座席に着いた頃には、その子供は頭までローブを被り、再び眠りの世界に旅立ってしまっていた。
自己紹介する間もなかった。
その代わりというわけでもないが、少年はまじまじと眠る子供を観察する。
まず目に付くのは、お年寄りでもないのに真っ白な髪。
髪の根元まで白いのは、染めたわけではないということなのか?
銀色のような金髪ならいるが、雪のように白い髪というのは初めて見るものだった。
それから、一瞬しか見ていないが、それでも身を強張らせるには充分だった瞳。
寝ていたところを邪魔されて機嫌が悪かった、だけではすまされないようなプレッシャーを与えた瞳。
あれは、何色というのだろうか。
大まかに言えば、金色だろう。しかし金色にしては暗い色だった。琥珀色まではいかない。暗く深い金色にほんの少し赤を混ぜたような、不思議な色をしていた。
もう一度見たいと思う反面、見たくないとも思ってしまう。
一通り観察を終えた少年は、次に途方に暮れた。
相席を許してもらったはいいが、目の前でぐぅぐぅ寝られてはとても居心地が悪い。
お尻をもぞもぞさせてみるが、それで解決するはずもなく。
来る場所を間違えたかと思った時、ドアのノック音があった。
カチャリ、とノブを回して現れたのは女の子だった。
あたたかみのある綺麗な赤毛に、聡明そうな緑の瞳。
「どこもいっぱいで……ご一緒してもいい?」
「僕はかまわないけど……うん、まぁいいんじゃない?」
言いよどむ少年の視線の先は、最初にこのコンパートメントにいた白い髪の子。
ありがとう、と言って入ってきた赤毛の少女は、座席の側まで来てようやく少年の視線の意味を理解した。
「具合が悪いの?」
「僕が来る前から寝てたみたいだけど、どうだろう」
「ふぅん。寝不足なのかな」
赤毛の少女もトランクを隅に寄せると、少年の隣にちょこんと座った。
そして、少し前の少年のようにじっと、眠る子を見つめる。
「お年寄り……じゃないよね」
少年は小さく笑い、僕も同じことを思った、と呟いた。
それから二人はできるだけ声を落として自己紹介をしあった。
少年はピーター・ペティグリューと言い、少女はリリー・エヴァンズと言う。どちらも新一年生だ。
リリーはピーターが魔法界で暮らしていたとわかると、いろいろと質問攻めにした。
魔法界での常識や流行、食べ物のことなど。
リリーは、非魔法界出身だったから。
いつの間にか汽車は発車していて、窓の外はどこまでも平らな田舎の景色が流れていた。
リリーの質問も尽きてきた頃、コンパートメントのドアがノックされ、車内販売のおばさんが笑顔をのぞかせた。
「飲み物や食べ物はいかが?」
「ちょうどお腹がすいてたの。あ……」
席を立ったリリーは、ふとまだ眠っている子供に目を落とした。
それから小さく頷いておばさんにかぼちゃジュース二つとパンプキンパイを二つ、それからチョコレート菓子を頼んだ。
ピーターもかぼちゃジュースとパンプキンパイに、百味ビーンズとカエルチョコを買った。
来た時のようにおばさんが笑顔で去っていくと、リリーは白い髪の子にそっと声をかけた。
「ねぇ、ジュースを買ったんだけど一緒に飲まない?」
「うん……?」
寝ぼけ声をもらしながら、その子はもぞもぞと頭まで被っていたローブから顔を出した。
まだ焦点の合わない目をぼんやりと開く。
「あれ……人が増えてる」
「あなた寝てたから勝手に相席させてもらったの」
「そう、いらっしゃい」
返事としては妙なそれに、リリーは小さく笑う。
その子供はだるそうに体を起こすと、あくびをしながら大きく伸びをした。その際にローブが膝から落ちる。
リリーがそれを拾って渡すと、ようやくその子の目も覚めたようだった。
リリーは改めてジュースとパイを勧めた。
「わざわざありがとう。ちょっと待ってて」
そう言ってその子はローブのポケットをごそごそあさり、小銭入れを取り出して代金をリリーに差し出した。
そしてやっと、この子の名を聞くことができたのだった。
・というらしい。
パンプキンパイを食べ終わると、リリーは正面のをちらちら見ながら少し恥ずかしそうに言った。
「あの……気を悪くしないでね。あなた、女の子よね?」
リリーの隣でピーターがかぼちゃジュースを噴き出しそうになった。
問われたは、複雑そうな顔で頷く。
リリーが尋ねてしまうのも無理はない。
の顔は中性的で髪も短い。愛想にも欠けていて意志の強そうな目は、あまり女の子という雰囲気を感じさせなかった。おまけに声も女の子にしてはアルトで落ち着いていた。背丈も同年代の平均よりは高い。
男の子の格好をしてしまえば誰もが男の子だと思ってしまうだろう。現に、まだ制服に着替えていないの服装はチェックのシャツにジーンズのズボンという機能的なものだった。
「ごめん……僕、男の子だと思ってた……」
申し訳なさそうにピーターが俯く。
「あぁ、うん、いいよ。よく間違われるから。気にしないで。でもほら、これからは制服なんだから、もう間違われることはないよ。あ、でもオカマさんみたいに見られたら悲しいかも……」
部屋割りが決まった時、間違えてるよ、とか言われたらどうしようなどとが真剣な顔でぶつぶつ言うものだから、リリーもピーターも気まずさが吹き飛んでしまった。
気分が明るくなったところでピーターは百味ビーンズを開けて、リリーとに差し出した。
「一緒にどう?」
「ありがとう、私、これ好きなんだぁ」
パッと笑顔になってが黄緑色のを一粒摘んだ。
初めて見るお菓子に瞬いているリリーに、ピーターがこのお菓子の説明をした。
「罰ゲームにぴったりなお菓子ね」
やや緊張気味に、リリーはオレンジ色のを摘む。
ピーターが黄色のビーンズを摘むと、3人で同時に口に含んだ。
何回か噛んだ後、の顔がじょじょに歪んでいった。
彼女は口元をおさえて俯く。
「うへぇ、雑草の味だ」
ピーターがクスクス笑った。
ちなみにリリーは見た通りのオレンジ味で、ピーターはパイナップル味だった。
「絶対メロン味だと思ったのに。もう一回!」
「あはは、どうぞ」
食べ進めていくうちにわかったこと。
はハズレを引く天才であった。
最後にゲロ味を当ててしまったところでは百味ビーンズに手を出すのをやめた。
彼女がハズレを引くたびに変わる表情でさんざん笑わせてもらったリリーとピーターは、慰めるようにチョコレート菓子を進めて話題を寮へと移した。
寮が4つあることはリリーも『ホグワーツの歴史』を読んでいたので知っている。
「やっぱりグリフィンドールがいいわ」
リリー一押しの寮だった。
ピーターは少し自信なさそうに頭を掻く。
「僕はどこだろう。ううん、僕を入れてくれる寮があればいいんだけど」
「みんな必ずどこかに入るんじゃないの?」
リリーは不思議そうに首を傾げる。
「そんなのわかんないよ。もしかしたら、君はどの寮にも入れません、なんて言われちゃうかもしれない」
「でも寮に入らないと学校生活が始まらないんだから、そんな心配はしなくていいと思うけど……はどう思う?」
「実は私もどこにも入れないと言われたらどうしようかと不安に思う一人で……」
乾いた笑いを浮かべるに、リリーは苦笑した。
「希望はないの?」
と、リリーが聞けば、ピーターはグリフィンドールがいいと答え、は少し考えた後、2人と一緒がいいと答えた。
「だって、せっかく知り合ったんだし」
というのがの理由だった。
その後、交代で着替えを済ませしばらくすると、後5分でホグズミード駅だというアナウンスが流れた。
ホグズミード駅に着き、汽車を降りると、どこにこんなに詰まっていたんだと思うほど生徒達であふれていた。
ピーター、リリー、の3人ははぐれないようにピッタリくっついて歩いた。
遠くのほうから「イッチ年生はこっちだー! イッチ年生ーはこっちに来ーい!」という大声が響いてきたので、3人はその声を目指して人ごみを掻き分けて必死に進んだ。比率としては上級生のほうが断然多く、体も大きいので一年生は大変だ。
ヒィヒィ言いながら大声の主のところへ着いた時には、3人は髪も服装もかなり乱れていた。
「整備する人が絶対必要だと思うわ」
リリーの意見にピーターもも大きく頷いた。
ようやく落ち着いて初めてわかったのだが、大声の主は体も大きかった。どうしたらこんなに大きくなれるの、と思うほどに。縦も横も人間サイズをはるかに超えている。
3人は呆然としてその大男を見上げていた。
「俺はルビウス・ハグリッドっちゅうもんだ。これから俺が城門まで案内すっから、遅れずについて来いよ!」
ビリビリと大声で言うと、ハグリッドはずんずん歩き出した。
彼の先導について行き、湖をボートで渡るとやがて幻想的で荘厳な城が見えてきた。城はいくつもの光に照らされ、まるで一年生達をやさしく待っているように見える。
そして、ようやくたどり着いたのは、大きな樫の木でできた扉の前だった。
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