映画のようにはいかないけれど

遥川ケィ様相互記念  暖色系で整えられたグリフィンドール寮談話室。いつも賑やかだ。
 他寮に招待されたことのあるは実感を持ってそう言える。犬猿の仲のスリザリンは不明だが。きっと陰湿な色で内装されているに違いない、と彼女は偏見たっぷりに確信している。
 それはともかく、今日も明るいおしゃべりやちょっとした喧嘩の絶えない談話室に散らばるテーブルやソファや肘掛け椅子、生徒らの間を縫いは黙々と課題に向き合っている友人を目指した。
 彼──リーマスはよほど真剣に打ち込んでいたのか、が声をかけるまで彼女に気づかなかった。
「リーマス、忙しいとこ悪いんだけど」
「ん? ああ、か。どうしたの?」
 中断されたにも関わらずリーマスは嫌な顔一つ見せない。
「私、これから罰則でさ。悪いんだけど、その薬草学の課題を後で見せてくれないかな」
「別にいいけど……いつも頼んでるジェームズは? 今日は罰則はなかったはずだけど」
 不思議そうにを見上げてくるリーマスに、は苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる。
「この前、代わりにやってくれるって言うから頼んだら、世にも恐ろしいレポートにしてくれたからもう頼まない」
「何やってんだか……」
 リーマスは苦笑した。
 そしてふと思った。リーマスだって悪戯仕掛け人。ただのいい奴ではない。
「見せるのはいいけど、タダで? 僕の苦労をタダで掠め取っていく気?」
「わかったわかった。秘蔵のチョコレート一枚でどう?」
「成立」
 はニヤッと笑った。
 ダイアゴン横丁で評判のチョコレート菓子専門店を営むの家の秘蔵チョコだ。リーマスがあっさり食いつくのはわかりきっていた。
 じゃあよろしくね、とは笑顔で手を振り、談話室を後にした。

 そもそもが罰則を受ける原因になったのは、変身術の授業だった。
 今日の授業は無機物の色や模様を変えるというものだった。
 はいつものようにジェームズと並んで席に着いていた。
 もジェームズも変身術は得意なほうだから、この魔法の実践もすぐに成功してマクゴナガルに5点ずつもらった。
 そこまでは良かった。
 その後、マクゴナガルが教室内をゆっくり歩き、まだうまくいかない生徒に指導をし始めた時だ。
 暇を持て余したジェームズが、前の座席に座るピーターのローブの色をキンピカに変えてしまったのだ。
 ふつうどんなに手元に集中していても気づきそうなものだが、何故かピーターは気づかない。そのうちジェームズの向こう側に座っていたシリウスまで参加して銀色のストライプ入りにしてしまった。
 笑い声を何とかこらえているの脇を、キミも何かやれよとジェームズがつついてくる。
 これ以上どうすればいいのか、と考えつつもも悪乗りして杖を振った。
 ラメ入りピンクの大きめのハートマークを追加するつもりだった。
 しかし、運悪くその動きはマクゴナガルに見られてしまったのだ。
「何をやっているのです!?」
 突然の大声にの狙いは逸れ、魔法はマクゴナガルのローブに命中した……。
 さらにピーターのローブをド派手にしたのものせいにされた。
 ジェームズとシリウスはまるで知らん顔だった。
 おのれ! 後で覚えてろ!
 と、ヤラレ役のような陳腐なセリフが喉元まで出掛かったが、マクゴナガルの射殺さんばかりの視線に黙らされた。
 せっかくもらった5点は取り消しとなり、罰則がおまけで飛んできた。
「告げ口しなかったんだから、鞄運んでくれるよね?」
 授業の終わりに重い鞄をジェームズに差し出して八つ当たり混じりにニッコリすれば、彼は変わり果てた姿になったマクゴナガルのローブを思い出したのか、クスクス笑いながら「いいよ」と鞄を持ってくれたのだった。


 罰則の内容は、マクゴナガルの執務室にある本の一部を図書館に寄付するので、その移動をやれということだった。
「ただし、杖を使ってはいけません。言っておきますけど、途中の廊下で魔法を使ったらすぐにわかりますからね」
 まさに考えていたことだったので、思わずグゥと小さな唸り声がの喉から漏れる。
「では、私はレポートの採点をしてますから、よろしく頼みましたよ」
 マクゴナガルはさっさと執務用テーブルに行ってしまった。
 寄付する本の量の多さに、は遠慮なく顔をしかめた。これくらいで何か言ってくるような相手ではない。マクゴナガルの血は緑色なんじゃないかとは疑った。
 心の中でマクゴナガルの正体について考えながら、何往復した頃だろうか。はそろそろこの作業に飽きてきた。もともと熱心ではなかったが。
 やれやれとため息をつきながら執務室のドアを開けて本の山の前に立つ。
「半分……」
 眩暈がしそうだ。実際、眩暈でも気絶でもしてくれたほうがいい。そうすれば、修道院の修行生よりも過酷に違いないこの苦行を終わらせられるのだから。
 それでも文句を口にしないのは、さらなる罰則を避けたいがためだ。
 はずっしりと重たい本の山を抱え、執務室を後にした。
 本の山のせいで見えない足元に気をつけつつ階段をゆっくり下りていると、後ろから聞き慣れた陽気な声がかけられた。
「やあ、。何してるの? 何だか楽しそうだね」
「そう思うんなら代ってよ。そもそもあんた達のせいで‥‥」
 振り向かなくてもわかる、眼鏡でクシャクシャ頭のジェームズだ。
 唇を尖らせるをジェームズは豪快に笑い飛ばす。
「あれはタイミングが悪かったねえ! それにしても、あの時のマクゴナガルの顔! あ〜あ、カメラがないのが悔やまれるよ」
「一生悔やんでろ」
「ん? 何か言った?」
「いいえー何も! そんなことより、邪魔しに来ただけならどっか行ってよ。シッシッ」
「うわっ、酷いなぁ。僕らの仲ってそんなに険悪だったっけ?」
「たった今から険悪になったかもね」
 いい加減疲れてイライラしてきていたところに、うるさく周りをチョロチョロされ、の機嫌は急下降していく。八つ当たりも含まれている。いや、ほとんどが八つ当たりか。
 ジェームズと話すのは楽しいし、彼とは入学して数日後には意気投合していたから、かれこれ5年の付き合いとなるが、それ故に遠慮がない。
 隣でジェームズが笑う気配がした。声は立てていない。気配だけだ。
 すると、ジェームズは急に声の調子を変えてに話しかけてきた。
と険悪になるのは嫌だなぁ。修復しなくちゃね」
 ふわり、と腕から重みが減る。視界が良くなる。
 隣を見れば、ジェームズがにっこりしていた。
「手伝うよ。誰も見てないから大丈夫。どう? これで少しは機嫌を直してくれる?」
 優しく、少し甘えるような声。
 たったこれだけでの機嫌などあっさり上昇してしまうのだが、ふと意地悪をしてみたくなった。
「何を言ってるの? たったこれだけで? 私のことなめてんの?」
 ジェームズが三分の二ほど引き受けてくれたので、すっかり身軽になったはトントンと軽い調子で階段を下りきった。
 ツンとして言ったに、ジェームズは大げさすぎるほどに肩を落としてしょげた。
「だったこれだけなんて、よく言うよ。ふだんを考えれば僕は充分キミに尽くしていると思うけどね」
「それとこれとは話は別」
「はっきり言うなぁ」
 苦笑するジェームズに、極上の作り笑顔で応える
 そんなとりとめのない話をしているうちに、二人は図書館のドアの前に着いていた。
 ここからは好き勝手に話すわけにはいかない。何と言っても騒音に神経質な司書のマダム・ピンスがいるからだ。ぎゃいぎゃい騒いで出入り禁止にされてはマクゴナガルに何を言われるかわからない。
 は足音までも忍ばせて図書館に入った。ジェームズも後に続く。
 マクゴナガルからの寄付本は、カウンター脇の箱に入れておくように言われている。それを後でマダム・ピンスが閲覧用のシールを貼ってカバーをかけ本棚に並べるのだ。
 マダム・ピンスは古びた本の修復をしていた。
 は彼女の集中を途切れさせないように気をつけながら、箱の中に本を下ろした。
 図書館を出た2人は、同時にホッと息を吐く。
「まったく、心臓に悪いよここは」
「言えてる」
 にぼやきにクスクス笑いながら同意するジェームズ。
 図書館に通い慣れているリリーなら緊張なんかしないだろうけれど、あまり縁のない2人には少々息の詰まる場所だ。
 しかし、ここでめげている時間はない。運ぶ本はまだまだあるのだ。
 か細い神経ではいられないのだ。
 気持ちを切り替え、はジェームズの腕をガシッと掴んだ。もちろん、逃げられないように、だ。
「さ、続きをしようか」
「その前に、、ちょっと……」
「え? 何?」
「ちょっとこっち」
 掴んだはずの腕は逆に掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。どこに向かっているのかもわからない。
 さあ入って、と押し込まれたのは空き教室だった。埃っぽいやらかび臭いやらで思わずは顔をしかめる。
 ジェームズは杖を振って2脚の椅子の埃を取り払うと、一つに自分が座り、もう一つをに勧めた。
「少し休憩しよう」
 屈託なく笑って言うジェームズに、は呆れの目を向けた。
 まだ本は残っているというのに、こんな中途半端なままで休んでいる暇などあるものか。
 隠すことなくその思いを顔に出したに、ジェームズは苦笑して、再度座るように腕を引いた。
「……ジェームズは休んでたら? 私は行くよ」
 そう言って断ると、ジェームズはちょっと不満そうに口を尖らせ、次にはニヤリと笑った。いかにも何かたくらんでます、というふうに。
 そして、の腕を引く力を急に強くして自分のほうへ引き寄せた。
 突然のことには踏ん張りきれず、倒れないようにするために支えにしたのはジェームズの肩。
 ジェームズはにこにこしながら言った。
「しょーがないなぁ、は。そんなに僕と一緒に座りたかったなんて知らなかったよ。ほら、おいで」
「ちょっ、何をいきなり……引っ張らないで」
「照れない照れない。誰も見てないよ。僕は見られてもいいけどね。むしろ見せ付けたい」
「バカじゃないの!? もう、離してってば。わっ」
 もともと不安定だった体勢のは、とうとう力負けしてジェームズの膝の上に座る形になってしまった。
 たとえ誰に見られていなくても、こういうことに免疫のないの頬はみるみる赤くなっていく。普段は鋭い頭の回転も、止まっているも同然になる。
 カチンコチンに固まってしまったの体を落ち着かせるように、ジェームズの手が優しくの背を撫でた。
「キミはやり出したら止まらないだろう? いつからやってたのか知らないけど、かなり時間が過ぎてるんじゃないの? ほら、固まってないでリラックスリラックス」
 石像のように固まりっぱなしのをジェームズはさらに抱き寄せる。
 呼吸音さえも聞こえてきそうな位置にジェームズを感じ、とうとうの中で何かが弾けた。
「リラックスできるかボケェ!」
 気づけば猛々しく怒鳴り、ジェームズをアッパーでぶっ飛ばしていたのだった。

 酷いよ、と顎をおさえて涙目で訴えるジェームズに、我を取り戻したは平謝りするしかない。たとえきっかけが悪乗りしたジェームズだったとしても、拳をふるうのはマズイ。乙女としてもマズイだろう。
 床に頭をこすりつけんばかりに平伏していたは、おそるおそる顔を上げてジェームズを窺った。彼はムスッとしていた。当然か。
「いや、ホントにごめん。気づいたら手が……ね」
「まったくもう。僕って絶対に世の彼氏連中より損してると思うよ。彼女を抱きしめるたびに殴られてさ。かわいそうな僕」
「だってそれは! いきなりなんだもん。それも、たくらんでます、な悪い笑顔全開でさ! 身構えるっての」
 さっきまでのしおらしさはどこへやら、猛反発してきたにジェームズは「ふむ」と考え込んだ。
 そしてふと、真面目な顔になってを見つめる。
「じゃあ、たくらんでなければいいんだね? これでも気を遣ってたんだよ。気持ちのままに接したらびっくりするかな、とかさ」
 いつもの弾んだような話し方ではなく、とても静かな──けれど、熱さを感じさせるジェームズの声。眼鏡の奥のハシバミ色の瞳も、ひどく落ち着いていた。
 気圧されるような感じがして、は無意識に少しだけ後退する。
 ジェームズはゆっくりとその倍、詰めてくる。
「でも、そうじゃないほうがいいって言うならそうするよ。そのほうが伝わることもたくさんあるだろうし……どうして後ろに下がっていくの?」
 両手で体を押して床を滑るように距離をあけていくの手に、ジェームズはそっと触れた。そしてその手を包み込むように持ち上げると、つられるようにしても体を起こすしかない。
 2人の距離が一気に縮んだ。
 の頬が再び朱に染まっていくが、どうしたわけか今度は脳みそはしっかりしている。
 真っ直ぐに見つめてくるジェームズの瞳は、不思議と哀しくなるくらいに綺麗だった。
 初めて見たような気がするその目に、は吸い込まれそうになってしまう。
 今すぐ手を伸ばして、目の前のこの人を掴まえておかなければ──衝動にも似た感情が胸の奥底から突き上げてきた時。
 チュッ。
「!」
 何もかもが霧散して、は目を真ん丸にした。
 バッと押さえた箇所は、鼻。
「は、鼻ァ!?」
 ジェームズはの鼻のてっぺんにキスをしたのだ。
 口元を手で覆い、ニシシシと笑うジェームズ。
 からかわれた!
 の目が怒りに釣りあがった時。
「唇のほうが良かった? 期待した? それなら改めて……」
「しなくていいわー!」
 容赦ない幻の右がジェームズの頬を抉った。
 星を散らして目を回すジェームズを置き去りに、は鼻息も荒く教室を出た。力任せに閉めたドアの音が静かな廊下に耳障りに響く。
 の頬の熱はまだ引けない。
 ぷるぷると震える拳を握り締め。
「ジェームズのバカー! うわあぁぁぁん!」
 大きな泣き声を上げながら、はバタバタと空き教室の前から走り去っていった。

 ドアの向こうの足音が遠く聞こえなくなった頃。
 ジェームズは呻きながら身を起こし、そして痛みに顔をしかめながらもくつくつと楽しそうに笑うのだった。
■■

 相互リンクありがとうございます!
 リクエスト品ジェームズ夢をお納めいたします。いかがでしょうか?
 ジェームズ夢……ですよ? なんか散々な目にあってますが。
 それでは、これからよろしくお願いします!

Mainへ