チョコレート製ダイヤグラム

ゆきずり様より頂きもの 「今日はミス・と組みなさい」

教授に告げられたのはごく妥当な案だった。

いつも悪戯仕掛け人として四人で暴れまわって……もとい、活動しているリーマスだったが、
今日このときに限っては一人別行動をしなければならなかった。
というのも、ひとえに今この場にいないもう一人の悪戯仕掛け人であるピーターが原因なのだ。
前の授業の移動時間に、偶然見かけたスネイプに悪戯を決行したのだ。
もちろんやられるばかりを良しとしない彼がやり返さないわけもなく、その犠牲になったのがピーターだったのだ。

今頃彼は保健室で全身緑色になった皮膚をとても苦い薬で戻している頃だろう。

さらに、今この時間は魔法薬学という授業で、普段は二人一組で行う。
しかしグリフィンドールはペアを作るには一人足りない。つまりは奇数なのだ。
成績の良い生徒であればミス・のように一人で実験を行えたのだろうが、生憎と自分の成績は
”良い”からは程遠い、むしろ対局した位置にあった。
その他の教科ならできる方なのだが、こと魔法薬学となると一変するのだ。
薬学に嫌われているとしか思えない。否、逆に愛されすぎているのかもしれない。スネイプの飛行術のように。

そうなれば、リーマスが彼女と組まざるを得ないのは考えずとも極々当然のことだった。

「えっと……その、ミス・?」

「……でいいから」

「じゃあ、えっと、邪魔するよ?」

「…………どうぞ」

案外近いところで実験の準備を行っていたに声をかけると、隠そうともしない不機嫌そうな目を向けられた。
確かに、目は口ほどにも物を言うようだ。
……若干主張し過ぎであるようにも見えるが。

彼女、は自分の知る限りとても物静かな少女だった。
誰に対しても冷静で、授業も真面目に受けている。付け加える評価としては、なかなか見目が良い。
そんな彼女の欠点と言えば、物静か過ぎてあまり言葉を発しないことくらいだろうか。
同じ寮に属しているにもかかわらず、彼女の声を聞いたのはわずか数回しかなく、
言葉を交わしたのは今日が初めてのことだった。

しかしそんな彼女がここまで不快をあらわにするのも仕方のないことだとリーマス自身分かっていることだ。
誰だって人の世話をしながらの実験なんて、面倒くさいだけなのだ。
それが今まで一人で自由にやってきた者なら、なおのこと。

ふと横の席を見ると、さっきまで斜め後ろにいたはずの仕掛け人二人がいた。
二人それぞれの面持ちで、シリウスとジェームズはニヤニヤとこちらを見ていて、少し苛立ったので
「覚えておいてよ」と無音で口を動かした。



「ごめんね、その、僕あんまり薬学得意じゃなくて」

「知ってる。いっつも近くで見てたから。”あんまり”じゃなくて”ものすごく”だってことも」

「え、あはは……。そんなに見てたの?」

「うん。入学して最初の薬学の授業を見てから、なるべくルーピンを見るようにしてるから」

「リーマスでいいよ。……一応聞くけど、どうしてまた?」

「面白いから。リーマスが」


あはは、と笑って流したが、リーマスはもう笑うしかなかった。
このという少女と話してみて、一発で抱いていた印象が吹っ飛んだ。どこが物静かだ。
そしてそれと同時にこの少女がとてもいい性格をしているということも分かった。

彼女いわく、どうしてあのタイミングであの薬草を投入するのか、どうして皆と同じきざみ方をして
あそこまで異なった形にきざめるのか、さらにはどうして色が変わるだけの反応を起こすはずの鍋が煙を上げて
爆発するのか、ということが大変面白いらしかった。
なんだか不機嫌を忘れたかのように、彼女は楽しげに話してくれた。
……そんなことを楽しげに話されても、リーマスとしては恥以外の何物でもなかったが。

そんなこんなで今日の実験の準備は進んでいく。
は着々と、(リーマスからすれば)思わず見入ってしまう程の手際で下準備を進めていく。
それを参考に使用する薬草をきざもうとして、手を掴まれた。


「それ、きざむ前によく土を落として皮をむくのよ」

「あ、そうか。そうだった。ありがとう」

「どういたしまして」


簡単に、しかし分かりやすく説明をくれたはまた準備へと戻る。
リーマスも言われた手順道理に作業を進めていく。
そしてついにやっと、鍋で煮て行く段階まで来た。
それまでに色々と入った注意を振り返ってみても、よくは自分を見ていると思った。それだけ余裕があるということだ。


「さ、次にさっきの薬草をゆっくり入れて。絶対薬品を跳ねさせちゃ駄目だからね」

「わかった」


音もしないくらいに慎重にきざんだ薬草を入れる。後は色が変わるまで根気強くかき混ぜるだけだ。
そう安心したとき、鍋の中がありえない色に変化したかと思うと、嫌な感じに光り始めた。
何度も経験しあことのある、嫌な光り方だった。


、なんだか良い予感はしないよ。避けた方が良い……っ!」

「言われなくても……っ!」


二人してその場から飛び退き間一髪、鍋の爆発から、毛生え薬もどきの薬害からも免れた。
鍋から飛び散った液体が床の上でじゅうじゅうと上げてはならない音を上げているのを聞いて、流石に肝が冷えた。


「一体何をどうしたの!? やり方は合っていたはずなのに!」

「僕も言われたとおりにちゃんとできたと……」

「……まさか、あの薬草の根っこ、根からきざんだりしてないでしょうね?」

「まさか」

「そうよね、ならどうして……」

「その通りだよ」

「原因はお前だ!」


普段の物静かでお淑やかな彼女はどこへ行ったのか、僕に突っ込みまくりだ。
しかし、何故あの根を根の方からきざんではならなかったのか。
そんな指示は彼女から聞いていない、と抗議したところ。


「今回の授業のテーマが、あの薬草の取り扱いだったでしょ!」


だそうだ。そりゃあ知っているものと思って説明も省くに違いない。
悪いことをしてしまった、という意識はあるが、魔法薬学に関しては未だ
「どうしてきざむ方向を違えただけでこうなるのか?」である。やはり甚だ疑問だ。

きっとそんな心情が顔に表れていたのであろう。リーマスの顔を見たが、恨めしげな表情で言った。


「リーマス……、これからは遠くから観察させてもらうから」

「……そんなこと言わずに。今度はピーターと三人でどう?」

「絶対にお断り」


ふいっと顔を背けたの頬には、少しのすすが付いていた。確かに避けるのも間一髪だったのだから、仕様がない。
申し訳なさと感謝の気持ちを込めて、に常備している飴と小さなチョコレートをくるんだハンカチを差し出した。


、顔にすすが付いてるよ。ごめん、巻き込んじゃって」

「ああ、ううん。あなたの腕を知っていて気を抜いていた私も悪かったの」

「……本当にごめん」

「嫌味じゃないんだけど」


困った顔でハンカチを受け取った彼女が中身に気付いた時、一瞬こちらを見て苦笑した。
「ありがとう」と声を乗せずに放った言葉を理解したとき、彼女は笑みと一緒に一番にチョコレートを口に放り込んでいた。









チョコレート製ダイヤグラムはうまくいかない。
何をどうすればそうなるの! どうもこうも、こんな具合で。





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